後日談 1人で過ごした15年 その1
『椿』との電話を終えて帰ってきた神林さん。
その表情はとても楽しそうで、まるで友人に久しぶりに会ったみたい。
…いや、実際そうなんだけどね?
「随分楽しそうですね?」
「妬いちゃった?」
「まあ、少しは?」
「ふふっ、いくつになってもそう言うところは可愛いわね」
『椿』に少し嫉妬した事を笑われ、でも可愛いと言ってもらえてまんざらでもない気分だ。
それはそうと、神林さんはなにか私に話があるみたい。
「そう言えば、杏って大幹部になったのよね?」
「そうですね。愛とセットで同じ時に大幹部に出世してます」
「『椿』と『向日葵』か…『椿』は尊敬する今は亡き元上司からの襲名として、『向日葵』の由来ってなに?それに、2人が大幹部に選ばれた当時の事も聞きたいな」
「昔話ですか?良いですよ。飽きるまで聴かせてあげますよ」
どうやら神林さんは自分が居なかった15年間の話。
その間に何があったのかを聞きたいらしい。
どうせ特にやることも無いし、ゆっくり昔話をするとしよう。
「あれは神林さんが居なくなってから3年後の話ですね…と言うことは、今から12年前。もうそんなに昔なのか…」
「かずちゃんが昔を思い返しておばさんみたいになってる」
「もう32歳なんですから、それくらい当たり前ですよ。コホン!気を取り直して…あれは12年前―――」
◇◇◇
―――12年前
スベルカミとの決戦から3年後 咲島恭子別荘にて…
「さて、訳者は揃ったわね」
「早くしてほしいなぁ…私はこれに関してはほぼ部外者なんだからさ」
「まあまあ。親友の出世祝をしてあげなよ」
今日はとある用事で咲島さんの別荘に呼び出されていた。
その用事と言うのは、『花冠滋賀支部長』の浅野杏と『花冠北海道支部長』の町田愛の大幹部就任式。
つまり、神林さんの親友である浅野さんと私の親友の愛の出世祝だ。
しかし、ただの出世祝じゃない。
私は今、咲島さんの隣に座って就任式が始まるのを待っている。
この席は、学校の運動会や終業式、卒業式なんかで言うと校長のとなり、教頭が座りのような場所。
そこに本来部外者であるはずの私がいる。
来賓席ならまだしも、がっつり幹部席にいるんだよね。私。
まあもちろんこれにも意味がある。
それは後で分かるとして…もうすぐ就任式が始まる。
普段あまり見ない咲島さんの代わりに『花冠』の長をしている女性が、マイクの置かれた司会席に移動して話し始める。
内容は至ってシンプルな、特に面白みのない普通の就任式って感じ。
なんか、学校の新任教師との顔合わせに似てる話が一通り進む。
面白くなくて途中寝落ちしそうになったけど、席が席なのでなんとか耐えて今は浅野さんのスピーチを聞いてる所。
「―――私は、先代『椿』である奥村チエの直属の部下として働き、『花冠』に所属する人間としての在り方を学びました。そんな私をあの人は評価してずっとそばに置いていた。それは、いずれ引退する自分の後任を私に任せたいから、だと考えて今日まで世の女性の為にと生きてきました」
う〜ん…なんか堅苦しいスピーチで嫌になるね。
まあ、浅野さんらしいけど…
思わずあくびしそうになるのを堪えながら、話を聞いていると浅野さんの声が強くなる。
「―――そのため私は此度の大幹部就任に伴い、大恩ある奥村チエさんの意思を継ぎ『椿』を襲名する事を選択致しました」
会場全体から拍手が巻き起こり、みんなが浅野さんの『椿』襲名を祝っている。
さっき浅野さんが言っていた通り、彼女は先代『椿』の背を見て『花冠』の何たるかを学び、在り方を学んできた正統後継者。
私も、浅野さんが『椿』を襲名する事になんの異論もないし、大歓迎だ。
拍手が鳴り止むとスピーチを締め、壇上から降りる浅野さん改め―――『椿』。
席に戻った『椿』の姿を確認した司会は、今度は愛にスピーチを読んでもらうべく名前を呼ぶ。
そして、愛が壇上に上がった。
…愛のスピーチか。
全然どんな話か想像できないね。
一体どんなスピーチが始まるのかと待つ。
カンペを取り出した愛は、深呼吸をして心を落ち着かせると口を開いた。
「私は大幹部就任の知らせを聞いた時、真っ先に二つ名をどうするか考えました。候補がたくさんあったので、とても迷ったのです。頼れる先輩から勧められた二つ名、自分で考えた二つ名、仲の良い親友から小馬鹿にされる形で勧められた二つ名」
…割と普通のスピーチだと思ったらこれか。
絶対私に対する当てつけでしょこれ。
後でしこたま酒飲ませて酔い潰れさせてやる…
「そんな中、私が選んだのは『向日葵』。これは親友の恋人から、2人だけで話した時に勧められた二つ名です」
「待って、そんな話聞いてない」
「落ち着きなさい一葉。スピーチの途中よ」
とんでもない爆弾をぶち込んできた愛。
神林さんと2人だけで話しただぁ?
ふざけたことを……
よくそれを私の目の前で言えたね。
「向日葵の花言葉は『憧れ』『あなたを見つめる』と言うもの。私は何かに憧れることはあっても、決してそれが実現したことはありません。恋人だって、仕事だって。頼れる先輩は今や2児の母ですし、親友は愛する人の帰りを待つ良妻。仕事に関しても腕っぷしを買われて穴埋めとして最低限の教育を受けて役職を与えられている状況。まるで真夏に空を見上げて太陽を見つめるだけの向日葵のようです」
……そうかな?
神林さんってそんな事言ってたの?
流石にそれは無いか…あんまりにも酷すぎるし。
「ちなみにこれは、親友の恋人に言われたことを私の経験を語る形で訳したものです。本当は、『ひたすら明るいけれど、遠くから見つめるだけで憧れを現実に出来ない。真夏の太陽を見つめる向日葵のよう』と、皮肉交じり結構馬鹿にされました」
えっ、酷い…
流石にこれには会場の人達も苦笑いだし、咲島さんは呆れた表情で首を横に振っている。
そして、『椿』は頭を抱えて困り果てている。
私はと言うと、あんまりな事を言っていた神林さんに普通にドン引きしていた。
「とまあ、自分に対する戒めの意味を込め、いついかなる時も手を抜かないよう、私はこの二つ名を選びました。大幹部就任にあたって話したい事はありません。以上!」
「えぇ…?」
自信満々に壇を下りて席に戻る愛改め――『向日葵』。
ドヤ顔で私何か言いたげだけど、それで良いのか『向日葵』。
…あっ、やっぱり『椿』に殴られてる。
困惑する会場を収めるのには少し時間は掛かったけど、予定通りに事は進み私の出番がやって来た。
咲島さんと共に壇に上がり、隣に立って『椿』と『向日葵』が登ってくるのを待つ。
咲島さんが、『2人の大幹部就任を認める』的な事を回りくどく長々と話した後―――
「大幹部就任おめでとう。そしてようこそ、地獄へ」
そう言って、私の役割がやって来る。
私は銀のトレーに2本の『フェニクス』を乗せて2人に差し出す。
私は『強欲』の力によって色々なものを吸い寄せる。
例えば幸運とか。
その作用は蝶の神からすればかなり厄介なものらしく、私に最上級アーティファクトや至高の種子みたいな超貴重物品独占されないために、私が宝箱を開けてその手の物が出る場合、全部『フェニクス』になるように仕込んでいるらしい。
そのおかげでこの3年のうちに大幹部は全員不老化し、私は『フェニクス』を『花冠』経由で裏社会に売り捌く事で莫大な富を得た。
そして今回、手元にあった『フェニクス』2本を2人の大幹部就任式で使う。
卒業証書授与みたいな感覚で4000億円の価値がある最上級ポーションを飲ませる。
私がいるからこその贅沢だね。
2人は『フェニクス』を受け取ると咲島さんの合図で蓋を開けて飲み干す。
こうして2人も不老化し、大幹部として今後百年以上世の中の女性のために生きることとなった。
就任式が終わるとそのまま宴会が始まった。
今日の宴会の中心である『椿』と『向日葵』はひっぱりダコで私と話す余裕なんて無いように見える。
「この光景を、神林さんにも見てほしかったわね」
「まるでもう帰らぬ人となったみたいな言い方やめようよ。私また病むよ?」
「ふふっ、冗談よ。…まあ、半分は本気だけど。」
「私も半分冗談」
神林さんにも、2人の大幹部就任を見せたかった。
浅野さんは神林さんの親友。
そんな親友の出世を祝う会に出られないなんて…いつになったら返ってくるのか。
「…でも、『向日葵』のスピーチを聞く限り、来ないほうが良かったかも」
「多分修羅場になって就任式どころじゃ無くなってたと思うよ」
私が神林さんを問いただして神林さんが言い訳する。
でも私が納得できなくて喧嘩になるんだ。
うん、ありありとその時の光景が思い浮かぶ。
……それくらい、私の当たり前に神林さんは溶け込んでたんだね。
またセンチメンタルな気持ちになって静かにお酒を嗜んでいると、『向日葵』が私のところに歩いてきた。
「一葉も20歳だもんね〜。ほらほらもっと飲みな!」
「それ日本酒…」
「なんだぁ〜?私の酒が飲めないってかぁ!?」
「酔うの早くない?私が潰すまでもなくもう泥酔してるし…」
『向日葵』は完全に酔っていて、私の隣に咲島さんが居ると言うのにダル絡みしてくる。
咲島さんは私達に遠慮してか静かにお酒を飲んでるし…それが『向日葵』の面倒くささを加速させている。
ものすごく不快な気分になりながら酔っぱらいの相手をして居ると…
「うぅ…」
「大丈夫?1回水でも飲んだら?」
「……うっ!」
「―――ッ!?」
『向日葵』がゲロった。
しかも思いっきり私の服に吐瀉物を掛ける形で。
会場はまたもや大混乱。
私は私でいきなりゲロを掛けられて何が何だか分からないし、ようやく理解が追い付いたらと思ったら急に殺意が湧いてきて……
「この酔っぱらいがぁ!!!」
普通に結構本気で力を使い、『向日葵』を攻撃する。
そのせいで更に会場が荒れるし…まあ、凄い事になった。
それ以降『向日葵』はお酒を飲むことを制限され、酒気を帯びた状態で私に接触することが禁止になった。
◇◇◇
「―――とまあ、これがあの時の思い出かな?…ん?何をそんなにモジモジしてるの?神林さん」
「いや、冗談のつもりで言った事が、理由のそのまま二つ名として採用されてる事に戸惑いを感じてね…」
さすがの神林さんも『向日葵』のスピーチには動揺してる。
まあ、理由はなんであれ『向日葵』を選んだのは間違いなく彼女の意思。
神林さんが何か恥ずかしがる必要はない。
とにかく話を戻すと…
「まあでも、『向日葵』の運んでくる厄介事はここから始まった訳だね」
「??」
「実は……ん?電話―――げっ!」
話している最中に電話が掛かってきて誰かと思えば…『向日葵』。
絶対にろくな事じゃないと思いつつ電話に出ると……
『やっほー!神林さんが復活したって聞いて大急ぎで仕事を終わらせて日本に帰ってきたよ!これから先輩と一緒に会いに行くからお酒の準備してて〜』
そんな事を話し、言いたいことだけ言って電話を切る『向日葵』。
これには神林さんも苦笑い。
「とまあ、直接厄介事を運んでくることもあれば、『向日葵』の海外支部はとにかく金を食う組織だから私に融資を頼む話が頻繁に来るんだよね…」
「だから厄介事を運んでくると…」
「どうせ飲みの席で神林さんの資産も狙ってくるだろうし…常に気を張ってね?」
「分かったわ。じゃあ、お酒を買いに行きましょうか」
そう言って、私達はデートがてらお酒を買いに行く。
これから訪れるであろう厄介事を考えると気分が悪くなるけど…神林さんが居るからと信じてお酒を買いまわった。
……ちなみに『向日葵』は酔った勢いで神林さんの怒りを買いガチで怒られたので当分は接近禁止を食らった。