東京は2度燃える
『花冠』という組織は凄いもので、仙台の中心から少し離れた場所に、ヘリがあるのだと言う。
それに『菊』の権限で乗せてもらえるようで、東京まで一飛びするらしい。
「予算の都合上、片道分――それも、東京までギリギリ行けない程度の小型ヘリだけど…我慢してもらえる?」
「…もしかして、狭い?」
「3人…操縦士合わせて4人で乗るにはちょっと…」
ヘリがあると言っても、そんなに大人数が乗れるモノじゃないらしい。
4人乗りで狭いヘリって…大丈夫なの?
「咲島さんみたいに走っていきますか?」
「私は主君ほど体力がない。2人は?」
「私はあるけど…かずちゃんはどう?」
「多分無理ですね…行けたとしても、疲れて戦闘に支障を来すかもしれません」
走って行くことも考えたけれど、私達は咲島さんではないので、流石に無理がある。
……逆にあの距離を普通に2時間で走りきった咲島さんは、本当にイカれている。
しかも、急いでいる様子だったからノンストップで東京まで来たんだろうし…あの人本当に人間?
「なら、ヘリで行きましょう。狭いけど我慢してね?」
「はい。……なんか、口調が柔らかくなりましたね?」
「そう?」
「変わったよ。前は私にも神林さんにも高圧的だった」
「高圧的――に接してたつもりはないんだけどね…?まあ、下に見ている節はあったけど」
ヘリで行くことが決まり、ヘリポートに向かって走っている最中、ふと気になった事を聞いてみる。
『菊』の口調が以前と比べて変わっているのだ。
なんだか、とても親しみのある感じ。
前の『菊』とは似ても似つかない……って事は無いか。
まあ、とにかく印象がガラリと変わった。
「…そうだね。前まではあなた達に嫉妬してたってのもあるかも」
「嫉妬してた?どうして私達に?」
嫉妬か…
かずちゃんは分かっていないみたいだけど、私には何となく理由が分かる。
「…かずちゃんだって、ぽっと出の何処の馬の骨かも分からない奴が、私に良くされてたら嫌でしょ?」
「まあ…はい」
「彼女が今の地位…『菊』と呼ばれ、咲島さんから大切にされるようになるまでの苦労を考えれば…なんの苦労もせず、才能を見込まれて特別扱いを受ける私達が気に入らなかったとか?」
「…まさにその通りね。元々未練はなかったとは言え、私はここに至るまでに多くのモノを捨ててきたから…」
多くのモノを捨てる。
それは、自分が本当は男だった事とか、咲島さんに生涯尽くす未来を選んだとかかな?
「羨ましかった。何もしてないのに、主君から全てを与えられて、主君にものを言えるあなた達が」
「だから、あの態度を?」
「…まあ、半分はそうだね。もう半分は私の本心。主君から聞いたと思うけど…私はどうにも協調性に欠けるらしい」
…あれで協調性があるとか言われたら、正直信じられない。
と言うか、自分でも協調性に欠けることは自覚してたんだね。
…なんで改善しようとしないんだか。
「私は間違ったことは言ってないのにどうして…って感じ?」
「そんなところ。よくわかったね?」
「振る舞いや考え方が、なにかしらの精神疾患のそれだからね…」
そういう疾患を抱えている人は、どこにでも一定数いる。
理解してあげるべきだし、そういう人と向き合っていくのも大人というもの。
かずちゃんはまあいいとして…私は彼女を責めようとは思ない。
それでも、あの失敗の責任は取ってもらうけどね?
「どうしますか?この騒動が終わったら咲島さんと相談して彼女を精神病院へ通院させた方がいいんじゃ…」
「そんなことしたら咲島さんが卒倒するよ。ただでさえ人手が足りなくて『青薔薇』と『牡丹』を呼んだのに…」
「確かに…」
色々とガタガタだなぁ…『花冠』。
早く杏と町田さんには幹部になって欲しい所。
じゃないと本当に咲島さんが倒れる。
そんな事を考えて本人含め色々と相談しているうちに、ヘリポートに到着した。
「…3人ですか?」
「さっき電話で伝えたはずだけど?」
「いや…はい、そうですけど……このヘリ乗れて2人ですよ?」
「なんとしなさい。多少航続距離が減っても問題ないわ」
「いや、そう言う問題じゃなくて…」
そう話すヘリの運転手。
…確かに小型のヘリで、運転手含めて3人が限界。
多分、私達3人が乗ったら狭くて、大変だと思う。
「神林さんが大き過ぎるんです。もっと縮んでください」
「こういう時、体の小さいかずちゃんは楽そうね?」
「なんですか?喧嘩ですか?」
「私は構わないけど…他の人を困らせるのは良くないわね」
「…何?今2人共仲悪いの?」
かずちゃんが文句を言ってきたので、言い返したら『菊』に心配された。
まあ、あんまり私達のやり取りを見ない人がこんなの見たらそうなるか…
「ただのじゃれ合い。それで、私達全員乗れそう?」
「…まあ、乗れるかとに聞かれれば」
「じゃあ行こう。かずちゃんもそれでいい?」
「目の前の贅肉がすごく邪魔です」
「持ってない人には分からないと思うけど、意外と大丈夫よ?」
「こんなところで下らない喧嘩しないで…時間が勿体ないわ…」
「ごめんなさい。さっ、行くよ」
ちょっとイチャイチャし過ぎて、『菊』に嫌な顔をされてしまった。
不快に思っていると言うよりは、呆れられている感じ。
これ以上遊んでいる時間は無いし、すごく嫌そうな顔をする運転手に無理を言ってヘリに乗り込んだ。
数時間後 東京
「案外持つものね?今後ともよろしく」
「2度とこんな事したくない…」
なんと、ギリギリ東京まで飛んでくることが出来た。
運転手の女性はげっそりしていて、相当運転が大変だった事が伺える。
ちょっと可哀想だ。
「さて…敵は何処にいるのやら…」
「気配を感じない…ダンジョンに戻ったか?」
「それはないでしょう。多分、早川の持っていた気配を隠蔽するアーティファクトを使ってる」
「あぁ…そう言う」
あの咲島さんでさえ敵の気配を探知できなくなると言う、隠蔽のアーティファクト。
《率いる者》のスキルやスタンピードを引き起こす最上級アーティファクトだけでなく、そんなモノまで……
早川、死んでなおこんなに厄介とはね。
「とは言え、ダンジョンに逃げていないとも言い切れない…どうしたものか」
「私とかずちゃんでダンジョンに行ってみようか?行ったことないような深い階層に隠れられてるとどうしようもないけど…」
「戦力を分散したくはないけど…ここでヤツを捕捉できないのもよくない。こっちの捜索は私が『花冠』を使ってやるわ。ダンジョンは任せる」
「了解。……っと、その前に――」
私はずっと抱きかかえていたかずちゃんの体を揺らす。
すると、かずちゃんが凄く眠そうな表情をしながら私の顔を覗き込んできた。
「おはよう。仕事の時間だよ?」
「……ヤ」
「駄目だよ。どんなに文句言っても連れて行くから」
「………)プイッ」
「全く…もういい。このまま連れて行くから」
「…大丈夫なの?それで」
「敵の気配を感じたら起きるから大丈夫。かずちゃんはマイペースだから」
ヘリで東京まで運ばれている間、ずっと私の腕の中で眠っていたかずちゃん。
可愛らしい寝息を全員に聞かれているとも知らず、爆睡していた。
そして今起こそうとしても起きてくれないし…まあ、このまま連れて行くことにした。
『菊』にいつでも連絡できるように私の電話番号の書かれた紙を渡すと、すぐに別れてダンジョンへ向う。
道中、破壊された復興途中の東京を見て、何度も頭が沸騰しそうな殺意を覚え、必ずやあのクソボケの皮を被った人外を殺すと決意を固めた。
…そうとは知らず、かずちゃんは普通に眠っていて、寝息を立てるかずちゃんの愛らしさに心が和らぐ。
「う〜ん…」
「寝心地が悪かったかな?…まあ、走ってたし仕方ないか」
かずちゃんを安定した状態に抱き直すと、『花冠』の暗殺者とそれとはまた別の誰かが見張る入口に近づく。
すると、『花冠』の暗殺者が私の所までやって来た。
「罠の可能性が高いです。先に突入した一般冒険者の一団が戻りません」
「他にダンジョンの中に入った人はいる?」
「一応、自衛隊が…」
「…無駄死にも良いところね。となると、ダンジョンがおかしくなってる可能性が高いか…」
自衛隊も冒険者の一団も誰一人として帰ってこないなら、よっぽど強力なモンスターが配置されているか、本来あり得ない場所に繋がっているか…
どちらにせよ、罠の可能性が高い事は間違いない。
「暴れるだけ暴れて姿を隠せば、こっちから探しに行くとでも思ってるのかしら?…だとしたら、相当不愉快な相手ね」
「実際、あなた達のような人間まで釣れていますし…」
「戦力の分散を狙っているのかもね。だとしたら、狙いは私か『花冠』か…」
早川の記憶を読むとで私達の事を知っているのなら、果たしてどっちを狙うのか?
長年苦汁を飲まされた『花冠』と、最近ポッと現れて、計画を狂わせたイレギュラーの私達。
ヒキイルカミがどちらを脅威と見るかによるわね。
「…ここで燻っていても仕方ない。罠だとしても、踏み抜いて行けばいい」
「危険ですよ…?」
「冒険者なんて元から危険な仕事。リスクを取れずに何が冒険者よ」
それっぽい事を言って中に入ろうとすると、さっきまで様子見をしていた人間が近付いてくる。
「その子も連れて行くのか?」
「…誰かしら?」
「……政府の人間だとだけ言っておく」
「スパイか何かかしら?…随分と妙な匂いがする」
なぁ〜んかきな臭い。
政府の人間なんて…咲島さんとは仲悪そうだけど。
それにこんなところで見た所レベル70はありそうな優秀な戦力を遊ばせるとか…怪しさ全開だね。
「あまり口に出せない立場なのでね。君なら分かるはずだ」
「……何処かの権力者の犬」
「まあ、そんなところだ」
政府の人間…それも、それなりに発言力を持つ権力者の犬だ。
なんの為にこんな所にいるのか知らないけど…まあいいや。
『花冠』の監視でもしてたって事にしておこう。
「あなたの正体が何かはまあいいや。邪魔しないで。私にはやるべき事がある」
「しかしだね…そんな小さな子を誰一人帰らないダンジョンに連れて行かせるなど…」
「うるさい犬ですね…斬り殺してもいいですか?」
「っ!?」
起きてしまったかずちゃんが、目にも止まらなぬ早業で刀を抜き、男の首筋に刃を当てていた。
男は息を呑んで冷や汗を流している。
「よしなさい。咲島さんに迷惑よ」
「………」
私が宥めると、かずちゃんは不満気に刀を収める。
そして、また私に抱きついて寝てしまった。
「まあ、そう言うこと。この子は状況次第では私より強い。今は寝てるけど、『花冠』の大幹部に匹敵する猛者よ」
「そう…なのか…わかった」
男は引き下がり、『花冠』の目から逃げるように元の位置に戻った。
私はその事を確認し、『花冠』の人に一応監視するようお願いした後、かずちゃんを抱いてダンジョンへ飛び込んだ。




