8.カズの私室にて-寿命というか、耐用年数というのは-
全48話予定です
日曜~木曜は1話(18:00)ずつ、金曜と土曜は2話(18:00と19:00)をアップ予定です(例外あり)
「ちなみに、呼吸はどうなっているのですか?」
「呼吸は、パイロットと同じだ。三重にフィルタリングされているのは、知ってるよね? 背中の丁度コアユニットがある後ろ辺り、そこに吸排気口があるんだ。だから、そこには絶対に被弾しない事だ」
レイドライバーは背中がウィークポイントである。それは、機動性を重視して全体的に装甲が軽量なのもあるが、重要機関がすべて背中に集中しているからである。背中がウィークポイントという情報は残念ながら敵にも知られている。その為、最近は装甲板を一枚追加したくらいだ。
「こんな姿の私が言える事ではないし、お聞きしていいか分かりません。それを承知でお聞きしますが、自我が無いサブプロセッサーは別として[コアユニットの彼女たち]はずっとあの体勢のまま昼も夜もあの中に閉じ込められて身動き一つできない訳なのですが、その、寿命と言いますか、耐用年数といいますか……」
当然の疑問だ。
コアの人物は四肢を切り落とされてレイドライバーに固定され、器具をはめられて目を閉じる事も出来ず、匂いを嗅ぐ事も、口を閉じる事も出来ない。与えられるものはと言えば栄養と水分だけ。
そんな生活が一体どのくらい持つものなのか。
カズは答えに窮しているようだ。
それをクリスは、
「すみません、聞いてはいけない事でした……か?」
ビクッとしながら恐る恐る聞く。
だが、
「ゴメン、その質問はとても難しいんだ。何故なら、われわれの機体が[第一世代]だからだよ。つまり実戦投入出来た最初の機体なんだ。もちろん[実験]はしたよ。実際に人間の四肢を切断して感覚器官をすべて奪って。そう、まばたき一つ出来ないように、今のレイドライバーと同様の環境下に置いて暗室に放置するだけ、という[実験]をしたんだ」
そこで一息つきながらクリスを見る。聞いていいのか、それともよした方がいいのか、そんな顔をしている。
「聞きたいかい?」
わざと意地悪な質問をする。
こんな関係だ、カズにもサディスティックな感情が全く芽生えない訳でもない。それこそ彼は[男]だ。今すぐ目の前の、手を縛られて抵抗できない娘を襲いたい、そんな気になってもおかしくはない。
だが、カズはそれをしない。恐らくはクリスから求められても[絶対に]しないだろう。そして、彼女もまた求めない。それは、彼の心は別にある事を知っているからだ。
――チトセ……。
「教えて頂けるのでしたら」
どうやら興味が勝ったらしい。
「その結果を言えば、半年だったよ。人間は常に刺激を受けていないと生きてはいけない生物なんだ。[実験]には当然、実戦を想定して女性を使用した。四体、それだけの命をそこですでに使っている。そんな事を言ったら他の[実験]にも何体も使った。死んでいるモノも、生きているモノもね。いろいろ切り刻んだり、壊したり……」
カズはハッと我に返り、
「ゴメンゴメン、話がそれた。で、その四体には一切刺激を与えなかったんだ。戦争だって毎日やるもんじゃあない、待機状態を想定してね。一週間ごとに質疑応答をして、精神が保てているかどうかを専門的に分析してみたんだ」
そこで一息つき、
「その結果は、二か月目あたりで二体に異常が見られた。最初は軽微な、軽いうつ病のような症状だったが、三か月、四か月と経つにつれてまた一体、残る一体もどんどん生気がなくなっていった。そして半年、どの個体も判断能力も、思考能力も使い物にならないレベルになったんだ。つまり心が[壊れた]んだよ。そして、一度[壊れた]ものは二度と元には戻らなかった」
そう語ったカズはどことなく感慨に浸っているようにも見えた。これは彼がたどってきたその一端なのである。
カズはレイドライバーの基礎開発段階からその責任者として深く関わっている。沢山の非道な[実験]をしてきたのだ、彼でなくても[まともな人間なら]精神がすり減ろうというものだ。だが、カズは正気を保っている、ように見える。
――まぁ、オレもある意味[壊れて]いるんだろうな。
「そのあと、その被験者たちはどうなったんですか?」
クリスは興味が尽きない。
怖くもあるが知りたくもある、そんな気持ちなのだろう。
「よく出来ている、というべきなのかたまたまなのか。そのあとサブプロセッサーの運用試験が控えていたんだ、と言えば分かるかい?」
「つまり、自我を失った、と」
「そう、人間ではなくなったんだ。その試験も、サンプルが十分に取れたところでその四体は[廃棄処分]になったよ」
クリスは次の言葉が見つからないでいた。そんな恐ろしい計画に、自分が加担しているなんて。
だが、それよりもカズへの忠誠が、自分の欲求が勝ったのだろう。全身に鳥肌が立っているようで、短パンから見える足だけを見てもそれは容易に想像が出来る。それほど今、クリスは[興奮]しているのだ。
そんな彼女を見てか、
「もちろんきみをコアユニットにしようとは思っていないし、既にコアユニットはいるんだ。その[実験]はあくまで待機状態を想定しての結果だ。実際、今きみたちは戦場にいるし、コアユニットも戦闘に参加している。そういう意味では刺激はあると言えるだろう。だが、どのみち短命なのは間違いないよ。じきに次の手を考えないとね」
と言ったあと、
「その為にも、きみのすべてを使いたいんだけど、付いて来てくれるかい?」
あくまで優しく、最後は耳元で囁くようにクリスに問いかける。元々鳥肌を立てているくらい[興奮]している彼女にその質問は燃料のようなものだ。
直ぐに、
「はい、ご主人様。私のすべてをお使いください」
目をつむって息に熱がこもった声がする。わずかではあるが震えているのが分かる。
――じきに第二世代にバトンダッチする。その為の俺たち第一世代なんだ。もうすぐそこまで来ている。それはじきにやって来るだろう。
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