家が戦場と化したメリークリスマス ファイナルアルティメットディレクターズカット完全版
二〇XX年 十二月二十五日
──世は正にクリスマスの深夜。 何処にでもある一軒家でその事件は起こった。
──うぅん……? せっかく寝てたのになんか……何か物音が聞こえるけど一体何だろ……はっ!? も、もしかしてこの時期だしまさか……!
「──ってサンタじゃねぇっ!! あんた誰っ!?」
深夜に僕がベッドの上で目覚めて目の前にいたのは、赤の野球帽に全身赤ジャージで大きい白のビニール袋を持っている肥満体のおじさんだった。 明らかに不審者だった。 いやマジで何なのこの人、えっ、怖っ、軽く引くんですけど。
しかも黒いモジャモジャした髭のせいで五十は確実に越えてるように見えるのに目だけはやたらキラキラ輝かせてピュアピュアな少年みたいな目してるから余計に怖いんだけど。
「どうも悲惨太です、ヨロピク」
「悲惨太!? サンタじゃなくて!?」
「イエス。 それとヨロピク」
どう考えても──いや、考えなくてもヤバい人だよこれ。 でもどうしよう。 とりあえず下手に刺激しないようにしないと。 ていうかヨロピクしつこいんだけど。 僕も言わないといけない流れなのこれ。
「よ、ヨロピク……じゃなくて一体何の用ですか!?」
「ホッホッホッ。 この格好と袋を見て分からんかね。 プレゼントを渡す為に来たんじゃよ、プ・レ・ゼ・ン・ト♪」
どうみてもホームレスとか野球観戦が終わった後にコンビニで酒買って帰ってるおっさんにしか見えないよ。 後そのウインクしながらプレゼント言うのは喧嘩売ってるんですかね。 いやもういつまで話しててもキリが無いしさっさと終わらせて追い出そう。
「分かりましたよ分かりました、じゃあ早く貰うんで早くここから立ち去って下さい!」
「フォッフォッフォ。 まぁまぁ少年、いやエキセントリック少年ボーイよ、そう急がせるでない。 いきなりで失礼かもしれないが君にはその──付き合ってる彼女さんはいるのかね?」
「えっ……まぁ、つい最近付き合い始めた彼女ならいますけど……」
あっ、しまった、つい質問に素直に答えちゃったよ。 というか僕には急かすなと言っといて自分は急に質問してもOKとかズルくない?
「ファッファッファッ! それはめでたいめでたい! いやー実は彼女さんへのプレゼントに丁度いい物があるんじゃよ」
何で笑い声コロコロ変えてるんだこの人は、サンタを一体何だと思ってるんだ──ってそんな事を気にしてたらオジサン急に袋の中に手を突っ込んで何か探し始めたんだけど……いやいやまさかとは思うけど本当にプレゼントでも出す気なの?
「あったあった、これこれ」
おじさんがビニール袋の中から取り出したのは長方形の見た目の高級っぽくて綺麗な箱だった。
「えっ!? な、なんか凄い高そうな……!? も、もしかしてですけど指輪とかそういうのが入ってたり……?」
まさかそんな安っぽい袋の中から場違いともいえる箱が出てくるなんて思わなかったから普通にビックリしちゃった。 人と同じで見た目で判断しちゃいけないんだね。
「え?──うん、まぁ指輪みたいなもんかな。 はい、メリクリ」
指輪という言葉に釣られて素直に受け取っちゃった……ん? 何かイメージしてたより重たいや。 箱が重たいのかな?
「あ、ありがとうございます……開けてみてもいいですか?」
「オフコース」
不審者には変わりないけどもしかして良い人なのかな? ちょっとドキドキしてきた。 よーし開けるぞー。 それに指輪ならきっと彼女も喜んでくれる……。
「──ってこれメリケンサックじゃねえかっ!! あっぶなっ! 知らずに渡してたら修羅場になってたよっ!!」
「えっ? でも指に入れるんだから指輪みたいなもんじゃろ、うん」
「こんなゴツゴツで暴力的な指輪なんか見た事無いよっ!! それに宝石付いてないし何処に指輪要素あるんだよっ!」
「あー、ダイジョブダイジョブ。 彼女さんがそれ着けて通りすがりの人を殴ったらルビーみたいに赤く輝くよ」
「そんなの余計嫌なんだけどっ!? 後なんで僕の彼女はそんなに物騒で好戦的なイメージなの!?」
危なかったー、やっぱこの人ヤバイよ。 こんなの返してさっさと追い出そう──ん? 何か急にプルプル震えはじめたけどいきなりどうしたのこの人。
「うっ、うぅぅぅぅっ……す、すまんけど……ちょっとトイレ貸してくれないじゃろか?」
「えぇ……絶対嫌ですよ。 早くここから出て誰も見えない所で勝手にしたらいいじゃないですか」
「そんなぁっ……! ハァ……ハァ……もう無理ぽ……限界点突破……! はっ、早くしないと股間からシュワシュワのシャンメリーが溢れちゃうっ! この部屋という名のグラスに注いじゃうぅぅっ!」
「それただのションベンじゃねえかっ!──分かりましたっ! 分かりましたからっ! 早く廊下に出て今すぐトイレに行ってください!」
「おぉ……かたじけねぇ……危うくズボンにシャンパンの染みを作る所だったわい」
何で頑なにシャンパンと言い張るんだ──あ、駄目だ駄目だ、今はそんなの気にするよりこの人が何するか分からないから付いていかないと……!
──悲惨太がトイレに入ってから三分後。
「ふぅ、スッキリしたぁ……最近キレが悪いから時間掛かっちゃうんだよね~。 君も今はキレッキレのを出すと思うけど年取ったらワシみたいになっちゃうからね、覚悟しといてね」
「何でトイレ貸したお礼に腹くくれと言われなきゃならないんですか。 いやもうそんなのはどうでもいいので早くここから出て行ってください」
「おい、何やってるのか分からんがうるさいぞ。 もうちょっと静かに……って誰だそのおっさんっ!!」
あっ、ヤバいっ! 父さんだっ! どうしよ、この状況どう説明すればいいんだよこれ……。
「どうも悲惨太ですパパ。 今日は息子さんにクリスマスプレゼントをと思イヴゥゥゥゥゥゥゥッッ!」
きっと悲惨太を見た瞬間に危険人物と察したんだろうね。 何の躊躇もなく元アメフト部の父さんによる一年後に廃部になりそうな某大学ばりの反則タックルが悲惨太を捕えてくれたよ。
「騒がしいわねぇ……クリスマスだからって調子乗り過ぎよ──って何このおっさん!? 何でお父さんに確保されてるのっ!? えっ、怖っ!?」
まぁ何にも知らない状態でこの光景を見せつけられたら混乱するよね。 ちょっと慣れてきた自分が恐ろしくなってきた。
「マッ、ママさんヘルプミー……! ワタシッ、プレゼントッ、モッテキタダケッ! ムスコサン、マイ、フレンド」
急にカタコトになったよこの人。 もしかしてここに来て外国人になりすまそうとしてる……?
「あんたみたいな髭モジャじいさんが友達な訳ないでしょっ! とにかく警察に通報よ通報っ!」
「警察だけは許して下さいっ! 僕自身がプレゼントになりますからっ!」
「一番いらねぇわっ!」
それから母さんが警察を呼んだらすぐ来てくれて、悲惨太はパトカーという名のソリに乗せられて僕の家から姿を消した。 立ち去る瞬間に「また来るね」と言ったような気がしたけど、聞き間違いだよね。
──翌日、悲惨太が後ろから「フレンドフレンドフレンドプレゼントフレンド」と無限に言いながら追いかけてくる悪夢から目が覚めた僕は、汗ダラダラになりながら一階に降りるとニュースで昨日の事を報道していた。
「不法侵入の罪で逮捕された三田苦郎、無職は『一回ぐらい本物のサンタになってみたかった、プレゼントを渡して喜ぶ顔が見たかった』と意味不明な供述をしており──」
三田さん……確かにこういう呪いのような名前を付けられた貴方は悲惨だ……。
家が戦場と化したメリークリスマス 完