8 情報交換Ⅱ
「ホント、話に聞く魔族っぽくないよね、君って」
言葉が出ない俺に向かって、エルミアはクスクスと面白そうに口元を押えた。
「まあ、それがかつての関係性。今はちょっと違う」
憮然とする俺にもう一つ笑って、エルミアは話を戻す。
「今言った歴史の確執から当然仲良しとはいかないにしても、基本は相互不干渉っていったくらいまでにはなってるんだ」
『どうしてそうなる?』
自分達ゴート族と似た境遇だったエルフが、いかにしてその苦境から脱せるというのか。答えを求める純粋な渇望に俺は問いかけた。
「現実問題と相互利益のためかな」
今の話のどこにそんな話が。疑問を抱く俺にエルミアは説明する。
「まず僕達はエルフの森、シアルグレインに部外者の侵入を防ぐ結界を張ったんだ。神の恩寵を参考にあれほどの物とはいかないけど、似た物を作ることに成功してね」
現実的だが、真似のできない方法に落胆する。そもそも魔素量で劣っているゴート族が他の種族を防ぐ結界を作れるとは考え難い。
「あとはエルフに手を出せば、ただでは済まない。そのことをとくと教えてあげたんだよ。数の力で総合的な戦力では及ばないものの、先に言った通り個の力でエルフは勝ってたからね。エルフに不利益が及んだ時は、人族の支配者に自滅覚悟でエルフの戦士が特攻を仕掛けた。いかに支配者といえど、四六時中万全の警護は敷けない。その道連れ攻撃は、そこそこの成功率だった」
淡々とエルミアは話すが、俺は背筋が寒くなるのを押さえられなかった。
「人族には、エルフ殲滅って選択肢もあったかもしれないけど、それにはそれ相応の代償を覚悟しなければならなかった。それにそうなれば人族の他の国に隙を晒すことになる。そうして相互不干渉が現実的な路線になって、今に至るのでした。めでたしめでたし」
話の流れ的に全くそんな気分にはなれないが、エルミアは手をパチパチ叩いてまとめた。
「大分話が逸れた気がするけど、エルフと人間の関係はそんな感じかな」
だけど、とエルミアは繋げる。
「エルフ全体としての意志は置いておいて、僕が守りたいと思うのは一応人族まで含めるかな。まあ、種族全体なんて広い話はさておき、アーサーの一族とか人族にも仲のいい相手はいるからね。それを見捨てる気にはならないから、僕は自分が仲のいい相手は守りたいと思ってるよ」
だから、魔界が地上をどう思ってるかは気になるところさ。エルミアのふざけた表情の中で、翠玉の瞳だけは鋭く俺を貫いた。
『……俺も同じだ』
エルミアはパチクリとその澄んだ瞳を瞬かせた。
『俺達ゴート族も、弱いがために迫害されてきた。それがようやく、俺達が力をつけて、同じような立場だったハービィ族と手を組んで、自分達を守れるようになったんだ。だから、俺も自分が大切な相手を守りたい』
キョトンとエルミアは目を見開いて、やがてお腹を抱えて笑った。
「いや、守られなきゃ生きていけない赤ん坊がよく言うね?」
『グッ』
ぐうの音も出ない煽りに俺は臍を噛むしかない。
「いやー、でもホント伝書に残る魔族とは大違い。同じく迫害された者同士、仲良くしよ?」
そう言いながらも、小馬鹿にしたように俺の手を摘まみ上げるのはやめろ。
『俺も俺が思ってた地上とは違って驚きだよ』
神の恩寵で守られた弱者の楽園。そう思っていたのに、結局、地上も地上で弱肉強食の世界だとは思いもよらなかった。
「さて、君という存在は何となくわかってきたけど、魔界についてはまだまだ確認したいことだらけ。まず確認したいのは、魔族は地上をどうしたいのかな?」
人を食ったエルミアをして、場の空気が冷たくなるのを押さええなかった。
それはそうだろう。神の恩寵で魔界から守られた、かつて地上大侵攻で魔界に蹂躙されたがゆえに神の恩寵を与えられた地上の生物からすれば、それは致命的な問題だ。
『……俺は誤解していた』
自分でも答えになっていないとわかる言い様。エルミアは当然怪訝そうに俺の目を覗き込む。
『弱肉強食のルールに支配された残酷な魔界。俺はそこから神に守られた地上という楽園にゴート族を脱出させたいと思ってた』
「……その時、地上の生物、人類やエルフをどうするつもりだったんだい?」
すっと、エルミアは翠色の瞳を冷酷に細める。
『考えていなかった』
「……え?」
そんな彼女に対して、俺はあまりに間抜けな回答しかできなかった。
『考えてなかったんだ。一族を、ゴート族を守りたい。魔族だった俺は、本当にそのことしか考えてなかった。この地獄から、自分の一族を救い出す方法だけを模索していた。だから、それから先のことなんて、まったく考えられていなかったんだ』
自分で言いながら驚きなことに、本当に何も考えていなかった。
あの地獄から一族を救い出さなければならない。それだけを思って、その場しのぎで。全てを神のせいにしていたことといい、俺はもっと色々と考えなければならなかったんじゃないか。
今更になって、そう思えてくる。
「……まったく、君って」
エルミアは仕方ないなとばかりに肩を竦めて笑い、
「もう君がどう思ってたかはいいよ。何の役にも立たなそうだから」
俺の発言をバッサリと切って捨てた。
『おい』
「君の、君の一族以外の魔族は地上をどうすると思う?」
俺の不満を無視したエルミアは、真面目な表情に戻って問い直す。それは、確かに彼女達にとって重要な問いだろう。
『支配しようとするだろうな。魔界のルールは弱肉強食。それを地上でも同じように再現するだけだ。それこそ、神の恩寵ができる以前の地上大侵攻のように』
「……そう」
さしものエルミアがギシリと歯を嚙み締めた。
それはそうだろう。
あの不干渉を決め込む自称神をして、神の恩寵なんて大掛かりな結界を作る理由。それは、かつてこの世にあの不干渉主義者さえ見過ごせないほどの惨状があったということだ。
『神の恩寵があるうちは大丈夫さ。あれはどうやったって破れない』
気休めではない事実を俺は告げた。かつて魔王だった俺ですら、その攻略の糸口すら掴めなかったのだ。残念ながらそれは保証できる。
「そうだね。でも、絶対はないし、それがいつまで続くかの保証もない。なら、可能な限りは備える必要がある」
それはまったくもってその通り。現実的なエルミアの思考に俺は反論しない。
「それに、それだよ」
続いたエルミアの不思議な言い様に俺は首傾げる。
「僕達は神の恩寵がある限り魔界の脅威からは守られてる。でもそれなら、魔界のお仲間を救いたい君は神の恩寵をどうするつもり?」
『……あ』
エルミアの指摘に、俺は間抜けな思考を漏らすことしかできなかった。
そう。神の恩寵はエルミア達にとっては魔界の脅威を防ぐために、どうしたって必要なもの。でもそれが、魔界のゴート族を救いたいと思う俺にとっては障害となっている。
「まさか壊すつもりじゃないよね?」
できるとも思えないけど、と付け加えながらもエルミアは俺の思考を読み取ろうとするように目を合わせてくる。
ゴート族を守る。
力が無くても、方法はわからなくても、そのために行動するということは心に決めている。でも、そのために神の恩寵を破るという行為は、地上の生物を、エルミアを、そしてアーサーとアリシアを魔界の脅威に晒すということに他ならない。
「話を変えよっか」
言葉を失う俺に諦めたように、エルミアは微笑んだ。
「そもそも、この後、君はどうするつもり? アーサーとアリシアに自分は魔族です、あなた達の子どもじゃありませんなんて言って、この後どうやって生きてくつもりなの?」
『それは……』
アーサーとアリシアに捨てられる。
それは容易に想像がつく。何せ自分達の子どもの体を乗っ取った悪魔だ。顔も見たくないだろう。そうなれば、まだ満足に動くこともできない俺はどうやって生きていけばいいのか。
「……魔族ってみんな君みたいにバカなの?」
『……余計なお世話だ』
からかってくるエルミアにもろくに言い返せない。考えなしここに極まれりだ。
「仕方ないなー。とりあえずは、僕が面倒看てあげる」
『は?』
予想外の申し出に心からの疑問が出る。
「貴重な情報源だし、放っておくにもあまりに危険な代物だからねー、君は。とりあえず手元に置いとくのが吉ってなもんでしょ」
そんな風に言いながら、母乳はあげないよなんてふざけたことをエルミアは言う。
『いや、その平たい胸じゃ無理だろ』
「んー、なんか言った?」
『な……なんでもありませ』
無力な赤ん坊の首を締めあげるのってどうかと思う。いや、マジで。
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