5 告白
うん、全っ然誤魔化せてなかったみたいだね。
あれから三ヵ月は経っただろう頃、俺がようやくアーサー達の言葉を理解できるようになった頃に、アーサーが明らかに尋常じゃない奴を連れてきた。
男か女か見分けがつかないが、飛びぬけた美貌と尖った耳。
魔族ほどではないが、人族と異なる身体的特徴を有し、そしてその見た目よりなにより、なにせ身に纏う魔素が明らかに俺達と違う。
あの只ならぬ男。あの男が上級魔族に踏み入ろうとする強さであるならば、こいつは特級に届こうかという領域にいる。
加えて、その魔素の質も違う。
あの男は自身の魔素が強い魔族と同じタイプだが、こいつはそれ以上に外気の魔素をまるで自身の魔素同様に身に纏っている。
内界の魔素が多ければ、それに比例して外界の魔素も多く操れるのは常識であるが、そんな意識的な操作と無関係に自然に外界の魔素を自分の物にしているように見えるのだ。しかもこの魔素が薄い場において。
それは一体、いかなる理屈か。
どうやってるか知らないが、どうにかしてこの技術はいただきたい。
『君は一体何者かな?』
とか思ってたら、言葉ならざる思念が頭の中に響いてきた。
あ、この懐かしい感触って。
『へー? 懐かしいってどういうこと?』
そいつはその細い首と長い金の髪をくたりと揺らした。
まず、読まれてる!
俺は慌てて相手の思念共有をシャットダウンする。
翠玉の瞳を丸く見開いて、そいつは俺を見つめた。
「なんなんだい、君は?」
透き通るようなソプラノ。思念共有をシャットダウンしたものだから、そいつは今度は実際に声に出して問いかけてきた。
し、知らんぞー、俺は純粋無垢な人族の赤ん坊だ。
しげしげと観察するように俺をねめつけるそいつから目を逸らす。
「ふーん」
翠玉の瞳がスッと細められる。
俺の内奥を見通すようなそれに、背筋に冷たいものが走った。
「君の魔力は、どこか古の魔族の匂いがするね」
問いかけているようでいて、問いではない確認。
どこか確信があった。魔王として数多の危難を潜り抜けた直感が物語っている。
こいつのこの疑惑が確証になった時、俺は殺される。
かといって、碌に身動きもできない赤子の俺にそれに抗う術もなければ、下手な言い訳も逆効果。俺は黙って赤子の振りを続けるしかない。
スッと、見つめ合う俺達の間に影が割り込んだ。
「そんな目で、クリスを見ないで」
温厚なアリシアが、普段見せない凍てつく碧玉でそいつを睨み返していた。
「ふむ」
そいつは細い顎に手をやった。
「この子は本当に君達の子どもかい?」
「当然です。この子は私達の子どもです」
アリシアの答えは即答だった。そして、その背には俺を守るという断固とした母の意思を感じた。
「なるほど」
そいつは顎にやった細い指で、顎を擦り、
「アーサー?」
アーサーを見やった。その視線は、その言葉に嘘はないかと問うていた。
瞬間、アーサーは答えに詰まった。
それはそうだろう。
妻の顔を焼き、生後半年と経ずに不審な魔力操作をする赤子。
そのあまりの不審さに、こいつを連れてきたのは外ならぬアーサーなのだろうから。
「……ああ。大切な、俺とアリシアの子だ」
それでも、アーサーは確かに頷いた。俺に異常を感じて、そいつを連れてきたのだろうアーサーが。
言い知れぬ喜びと、それ以上の罪悪感が胸中に沸き起こった。
俺はゴート族を守らなければならない。何を、誰を犠牲としても。
だから、無力な今はただの人族の子どもとして振舞うのが正しい選択だ。
でも……でも、それは。
そいつと俺の間に立ちふさがる両親。そのアリシアの頬に消えることなく残る傷跡。
それが、ずっと俺の心の脆い部分を突き刺していた。
『本当のことを……言うよ』
俺の思念共有にアリシアとアーサーは振り返り、目を見張った。
驚愕するその姿に、申し訳なさと躊躇いが胸中に溢れる。
喉が張り付くような感覚。震える体。
今ならまだ、引き返せるかもしれない。ここで思念共有を打ち切れば、勘違いで話を終わらせられるかもしれない。
でもそれじゃあ、アリシアとアーサーの心に対して、あまりに不誠実だ。
やはり、未だ消え切らないアリシアの顔の火傷痕は俺の躊躇いを強くし、反面、決意を促した。
『俺は……魔族の生まれ変わりだ』
戸惑いと疑問、そして何より衝撃にだろう。アリシアとアーサーは顔を引き攣らせた。
その顔にあったのは、やはり驚愕。そして遅れてやってくる悲嘆。
「……どういうことだい?」
言葉も出ない両親に代わって、アーサーの連れてきた男とも女ともわからないそいつが口を開いた。
『生まれ変わる前……死の間際に俺は転生の法を試した。その結果だ』
魔族の生まれ変わりと口にした。その時点でもう隠す意味もない。俺は端的に答えた。
「転生の法……魔界にはそんな技術が確立しているの?」
両親の悲嘆になど目もくれず、矢継ぎ早にそいつは確認してくる。
『していない。本当か嘘かもわからないおとぎ話に残るだけで、成功したのはただの偶然だ』
自称神の言うことは俺の意志の範疇でないし、わけもわからないから置いておく。
確かで、重要な事実は一つ。
俺は自身の意志で選んだ。
その結果として、アーサーとアリシアの子どもの心はどこかに消え、俺の意志が乗り移ったということ、その一点だけ。
「それなら人族に転生した理由は? それも偶然?」
『そうだ』
「……根本的に信じがたいけど、元魔族がそんな嘘を言う利点はない。となると、偶然という回答も嘘じゃないと判断していいのかどうか」
正体・性別不詳の耳長は考え込むように腕を組んで細首を傾げた。
「私の子じゃ、ないの?」
その俺達のやり取りを共有していたアリシアが、呆然と問いを漏らした。
今まで俺を見る時は常に慈しみと幸福に満ちていたアリシアの眼差し。
それが、今は底なし沼のように暗く穢れ、虚ろに俺を見つめていた。
とても痛ましくて、痛くて、見ていられなかった。
『……すまない』
その瞳を前に嘘の否定も、その場しのぎの肯定もできずに、俺はただそう謝罪することしかできなかった。それでも、その謝罪は肯定と同義だったから。
「……ヒァアァア」
アリシアは壊れるように悲痛な声を上げ、泣き崩れた。
初めてだった。アリシアがこんな風に泣く姿を見るのは。
そしてそれは、他の誰でもない俺のせいだった。
俺じゃない!
転生先をアリシア達の子に選んだのは、自称神、あいつの仕業なんだ!
そう伝えたかった。
そう叫びたかった。
でも、そんなことはできない。
選んだ結果の責任は、取らなければならない。例えそれが、自分の望んだ結果と異なっていたとしても、実行したのは確かに他ならぬ俺自身なのだから。
「……どうして、転生なんてしようと思った?」
泣きじゃくるアリシアの頭を抱えて、アーサーが口を開いた。
言葉にしなくとも、俺が可愛くて仕方ないんだと言わんばかりだったその声が、今は聞いたこともないほど冷たく、静かだった。
『……守るため。俺の一族を守るため。そのために、俺はまだ死ぬわけにいかなかった』
こんな風に善良な二人を傷つけて。二人から実の子どもを奪って。
それでもまだ変えられない、変えようともしない自分勝手なエゴを俺は答えた。
「……どうして、俺達に本当のことを言った?」
俺の答えに何も反応することなく、アーサーは問いを重ねた。
そんなアーサーに何も言う資格のない俺は、ただ問いへの答えを考える。
『申し訳ないと、思ったんだ。俺を……いや、自分達の子どもを愛するあなた達二人を騙していることが』
そして、その子どもを奪ったことが。
生えそろいもしない乳歯を、ろくに力も入らない口で力いっぱいに嚙み締めた。
「……そうか」
俺の答えに何を思ったのか。
それ以上、言葉を重ねることなく、アーサーは泣き崩れるアリシアを支え、部屋を出て行った。
心を圧し潰されそうな沈黙が残った。
この上ない罪悪感。意味がなくとも、何にならなくともただ謝意を叫びたかった。
でも、あの二人が望んでいるのはそんなことじゃなくて、あの二人が欲していたのはただ当たり前に生まれた自分達の子どもで。今もきっと、望んでいるのはそれを返して欲しいということだから。
それをできなくて、できたとしてもそれで死を選ぶことなど無く、俺は未だ自分勝手にゴート族を救いたいと願っている。
だから、俺には謝罪する権利も、許される資格もなかった。
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