38 最後の晩餐
朝日の訪れ。
それを瞼の向こうに感じて、目を覚ます。
ベッドの上で体を起こす。
我ながらよく眠れたものだと思う。
感情に関係なく、休息を取ることができるようになったのはいつの頃からだったか。
魔界での闘争の日々を思い出し、慣れるというのも悲しいものだなと笑ってしまう。
クリアナの処刑について聞いた後は、散々だった。
泣き崩れたアリシアをアーサーは自室に連れて行く。エーリヒはただ気まずい謝罪を残して館を去る。クリアナは憔悴しながらも残されたままの晩餐を片付け、俺もそれを手伝った。
会話も少なくそれぞれが部屋に籠り、こうして朝を迎えた。
どうしたものかとぼんやりしていると、クゥーと小さく腹の音が鳴った。思えば、結局昨夜は晩飯を食べていない。
こんな時にでも腹は減るということに苦笑して、俺はベッドを降りた。
◇◇◇
「おはようございます」
食堂に行けば、クリアナはいつも通りに俺を迎えてくれた。
「すぐに朝食をお出ししますね」
「いいよ。自分で運ぶよ」
こんな時位、ゆっくりして欲しい。そう考えた俺が申し出る。
「いいえ、そうはいきません。これが私の仕事ですから」
しかし、あっさりとクリアナに却下されてしまう。
どう応えたものかとクリアナを見上げれば、
「いつも通りにしたいんです。最後まで、この家のことをさせてください」
そんな風に言われてしまえば、それ以上のことを言えるはずもない。
俺は大人しく頷いて、食卓に朝食が並ぶのを待つ。
支度を整える後ろ姿を見ていれば、クリアナは本当にいつも通りに手早く朝食の準備を進めている。
とても死を明日に迎えた者とは思えない。
エーリヒの話では、クリアナの処刑は明日の正午だ。
一昨日の内に先王殺害の犯人の処刑についてお触れを出したらしい。それが民衆に知れ渡る時間を置き、かつ民衆の不満が爆発するより早く事に片を付けるためできるだけ早急に。
そう検討した結果が、その処刑日時に決まった。
「お待たせしました」
ぼんやりと思い出していると、クリアナが朝食を並べてくれている。ローストビーフとステーキ。付け合わせの蒸し野菜とスープにパンと、朝食にしては豪華で重いメニューだ。
「すいません。昨夜の夕食が残っていたものでして」
「なるほど」
言い訳のようなクリアナの謝罪に納得して苦笑する。確かに昨晩は豪華な食事を作ったのに結局堪能できていなかった。放っておけば腐ってしまうのだから、今日食べるよりほかはない。
「それじゃあ、クリアナも一緒に食べよう」
「ですが……」
豪華な朝食にクリアナを誘うが、メイドのクリアナは遠慮する。
「お父様もお母様も起きてくる気配がありません。せっかく贅沢な朝食なのに、一人じゃ味気ないですから付き合ってもらえませんか?」
「……わかりました」
逃げ道を塞いだような俺の誘い文句に、クリアナは苦笑して自分の分を厨房から運んで俺の向かいに腰掛ける。
「それでは、天と神の恵みに感謝と祝福を」
「天と神の恵みに感謝と祝福を」
食前の挨拶をして、食事を始める。
クリアナは音もたてずスープを啜り、ローストビーフを口に運ぶ。俺という王族に食事マナーの手本を見せることもある食事姿に淀みはなく、いたって平静に見える。
どうしてそんな風にいられる?
前世の死の間際、俺はそんな風にはいられなかった。心残りと未練に醜く生に追いすがった。
死を明日に迎える者と思えないその有り様に、俺は尋ねる。
「今日はどうするのですか?」
「そうですね。アーサー様とアリシア様が起きてこられたら朝食を整えて、日が昇ったら洗濯と掃除をして、日が落ちたら夕食の準備を整えます」
いつも通り。それでは本当にいつも通りだ。
揺らぎないクリアナの在り様に、俺は思ってしまう。
本当にそれでいいのだろうか。最後に彼女にしてあげられることはないのか。
そんな俺の内心を読んだわけでもないだろうに、クリアナは俺を見てほほ笑む。
「最後まで、この家のメイドでいたいんです。愛するこの家の一員でいたいんですよ」
やっぱり、彼女に俺は何も言えなくて、
「そうですか」
せめてクリアナを困らせないように笑おうと、そう努めることしか俺にはできなかった。
◇◇◇
館の裏庭で、俺は素振りをしていた。
この館は本来は外国の貴賓等を招く際に使うもので、今は王城を追い出された第三王子……改め王弟の一家である俺達しかいない。
だから誰の目を憚ることなく魔力も使える。
素振りをしながら、同時に魔力で生み出した炎を操る。
同時の動作と魔力操作。同時の攻防、あるいは二重攻撃を可能とする実技を確かめながらも、頭では別のことを考えていた。
クリアナを犠牲とする今の方法論。
それがどうしても必要なのかと考えてみるも、頭ではわかっていた。
昨晩、それを告げられた後に、俺は反論しなかった。そして今に至るまで、それを既定路線として受け入れている。
それは、これが今の事態を解決する上で一番の上策だと判断していたからに他ならないと。
エーリヒの立場で考えればよくわかる。
彼は王という立場にこそ着いているものの、それは先王の崩御という緊急の事態の結果であり、正当な手順で戴冠したものではない。
先王の嫡子であるのだから、先王が崩御すればエーリヒが戴冠するのは当然ではあるのだが、誰もが予測していなかったタイミングであることは確かだ。
つまり、エーリヒの立場も力も盤石ではない。
加えて、今回の戦争で一番被害を受けた者がいる。
第二王子。いや元第二王子にして、現王弟にあたるクラウスだ。
王国軍第二軍を預かる彼は、半魔との境界、グレートウォールの守護を担当する第二軍を率いて防戦した。結果、その役目は見事に果たしたわけだが、その被害は数千人という近年類を見ないものとなった。
クラウスがどのような人物か。俺は直接は知らない。ただ伝聞で聞いている限りは、このような状況下で馬鹿な真似をする程、愚かではないと思う。
ただ彼本人がそうであろうと、彼に付き従う臣下や彼を支持する貴族もそうとは限らない。
先の戦争の後始末は終わっていない。この状況でクラウスがそれを為せば、エーリヒに代わってクラウスを王位に就けることができる。そう考える者がいてもおかしくないのだ。
そして、グレートウォールにいる彼が行いやすい先の戦争の後始末となれば、それは明白。
出陣して、先王を殺した半魔にそれを後悔させるだけの被害を与えることだ。
考えただけでぞっとするシナリオだ。しかし、これは決してあり得ないどころか、十分に起こりうるシナリオ。
これがあるからこそ、エーリヒはクリアナの申し出を即座に採用し、実行に移したのだろう。そして、あの情に厚いアーサーも承服せざるを得なかった。
「おっと」
ボボッと魔力で制御する炎が乱れた。
この程度で魔力を乱すとは、俺はまだまだだ。
自嘲し、俺は頭を振った。
飲み込むしかない。
状況を整理して、理屈はそう事態を結論付けていた。
それでも感情はそう簡単には、それを飲み込んではくれそうにはなかった。
◇◇◇
「クリアナ」
洗濯物を干していたクリアナに声を掛ける。
「はい、クリス様。どうかされましたか?」
「半魔の言葉の授業をしてくれませんか? まだ教わってないことが沢山あります」
クリアナは俺のお願いに目を瞬かせた。
「……そうでしたね。それでは、洗濯物を全部欲し終わってからでいいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
洗濯物を早く終わらせるために手伝ってみたけれど、身長が届かなくて干すのは難しかった。
「さて、グリークはお教えしましたし、半魔の部族間の言語事情もお教えしましたね」
「はい」
俺の部屋で、いつも通りにクリアナと俺は向き合う。
「最後の授業になりますし、今日も全体的なことをお教えしましょう」
そう切り出して、クリアナは講義を始める。
「今日お伝えするのは、言語や風習、文化が違う方と接する際の心構えについてです」
思えば、クリアナには様々なことを教わった。
「グリークに通じるものがありますが、大切なのは相手と理解し合いたいという意志です」
クリアナには、舞踏を教えてもらった。所々間違っていたけれど、おかげで何とか舞踏の先生を煙に巻けた。
「たとえ言葉が通じなくても、意思を伝える手段は他にも幾らでもあります」
彼女の部族の舞踏も教えてもらった。同じ文化と思想、源流が感じられるそれに、俺は地上との繋がりを感じることができた。
「例えば、身振りや手振りで意思を伝えようと試みることもできます。それはもし相手に伝えたいことが伝わらなかったとしても、その伝えようとする姿勢は相手に伝わるものです」
そして、こうして半魔の言葉も教えてもらっている。
「クリス様。今のクリス様からは、私の話を理解したいという意思が伝わりませんよ?」
クリアナは困ったように苦笑して、俺の瞳を覗き込んでくる。
「クリアナ」
俺はそんな彼女に呼び掛ける。
「はい?」
クリアナは優しく首を傾げる。
「クリアナは僕にとって、最高のメイドでした」
思えば生まれた時からずっと、俺はクリアナの世話になりっぱなしだ。
クリアナには、返しても返しきれないほどの恩義がある。それを返す時間は、まだこれから沢山あると思っていたのに。
もう手に入らないそんな時を思って見上げれば、クリアナは両の瞳からポロポロと涙を流していた。
「クリアナ?」
どうして泣いているんですか? そんな疑問に呼びかける。
「す、すいません。どうしてでしょう? 涙が止まらなくて」
誤魔化すように笑って、ボロボロ零れる涙を手の甲で拭って、クリアナは言い訳みたいなセリフを紡ぐ。
「おかしいですね。本当に」
それでもクリアナの涙は止まらないから。俺はいつかのようにテーブルに登り、彼女の頭を抱き寄せようとした。
「おーおー。もう女を泣かせてるとは、我が息子ながら恐ろしい奴だな」
唐突に、部屋の入り口からからかうような声が響いた。
「悪いけどクリアナはお前だけのメイドじゃないんだ。俺達のメイドだからな」
驚いて振り向けば、そこでは壁に腕をよりかけたアーサーが、悪戯な表情で俺達二人を眺めていた。
「そうよ、クリスちゃん」
そしてもう一人。
「申し訳ないけど、ここからは私達全員とクリアナの時間にさせてもらいます」
泣きはらしたのだろう、赤く腫れぼったい瞳。けれど、そこに力強い光を浮かべて。
「昨晩のやり直しをしましょう?」
しっかりと両の足で立つアリシアが、俺達二人を見つめていた。
「……はい。奥様」
益々涙を溢れさせながら、それでもクリアナは確かに頷いた。
それからは、楽しい楽しい時間。
アリシアは、またクリアナに料理を教えてもらって昨夜のやり直し。勝手なことをしようとするアリシアを、クリアナは苦労して止めながらなんとか料理をこなしていく。
アーサーと俺は、高い酒とつまみを買いに露天商巡り。
準備が終わったら贅沢な晩餐だ。
普段は飲まないクリアナに、まだまだ子どもな俺まで酒を飲んで。
食べて、飲んで、騒いで、泣いて。
お腹いっぱい、四人、疲れ果てて眠るまで。
俺達は最後の夜を、家族全員で心行くまで堪能した。
【応援よろしくお願いします!】
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちで大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。




