32 離別
「アーサー!」
玉座の間に駆けていると、見慣れた顔が主回廊から駆けてきた。
「エーリヒ兄! 間に合ったのか」
アーサーが緊張で強張った顔を、微かな安堵で緩ませる。
「国境は超えていたからな。運送は任せ、私一人先に来た。それより状況は?」
対するエーリヒの表情は切迫している。
「半魔の急襲だ。俺が見たのは十人。二人仕留め、残り一人をハーヴェル達が仕留めに掛かってる」
「……では七人もの刺客が王に向かっているというのか」
エーリヒの指摘にアーサーは悔し気に顔を歪める。
「ハーヴェルの話ではフィンリルが止めに向かっているはずだ」
「そこで止めてくれているといいが……」
「大丈夫さ。フィンリルと、何よりあの親父だぜ。俺達が心配するまでもない」
「王自身が戦う事態がマズいんだよ、バカ」
口では非難しながらも、エーリヒの口元は軽口に僅かに緩んでいる。あのハインリッヒの強さへの信頼ゆえだろう。
話す間にも、玉座の間に続く広間が見えてきた。
荒れ狂う魔力と怒号は、そこでも戦闘が続いていることを示している。
しかし、それ以上に禍々しいのは。
「なんだ!? あの魔力は!」
王の間から感じられる懐かしい魔力の気配。
それに愕然と、足が止まった。
あれは……あれは!
「クリスッ!」
足裏で爆発させた魔力で前に飛ぶ。
着地した壁を蹴り、玉座の間に飛び込む。
「行かせぬよ」
扉の前に立ち塞がる半魔の老人が剣を一閃させる。
「ご老体。これ以上は流石に欲張りすぎだ」
その剣戟を全身鎧の騎士が横切りで止めた。
飛び込んだ玉座の間。
その玉座に、王はいなかった。
代わりに、ここで立つのは一人。
赤い、魔界の魔力を溢れさせる小さき少女。
それが、床に倒れたハインリッヒに止めを刺そうとしていた。
「親父ぃーーー!!!」
アーサーの叫びと飛び出しは同時だった。
「ダメだ、アーサー!」
咄嗟に制止するも、アーサーは止まらない。
そして、少女は魔力と同じワインレッドの瞳をアーサーに向ける。
ドクンッ、と心臓が跳ねた。
スローモーションで世界は流れる。
少女の手が緩やかに上げられる。
そこに途方もない魔界の赤き魔力が集約する。
それが向けられているのは、アーサー。
【ただまあ、だから今更自分達の子どもじゃない、なんて言われてもはいそーですかとも思えないんだよなあ】
「ああああああああああああああぁぁぁあああああああああぁーーーーーー!!!」
内奥の穴に魔力を伸ばす。
体を内から焼く熱に追われるように、俺は飛んだ。
眼前に迫る赤き奔流。
がむしゃらに、溢れ出す魔力をぶつけた。
「ガッ!」
衝撃に体が飛ばされる。
「グゥッ!」
その俺を受け止めたアーサーごと、床を転がった。
「魔界の……炎?」
辛うじて立ち上がれば、玉座の間の対岸で俺と同じように床に膝突く少女が、呆然と綺麗な声で何事かを呟いていた。
「君は……」
ただただ、俺達は見つめ合う。
一瞬にも、永遠にも感じられる時間。
「これは一体……」
それを邪魔したのは、呆然としたエーリヒの声。
しかしそれも、床を転がるハインリッヒを見て声を失う。
「貴様等」
血が出る程に唇を噛み締めて、エーリヒは剣を抜く。
しかし、そこまで。壊しそうなほどに剣の柄を握りしめながらも、怒りに総身を震わせながらも。彼は自身を押し留める。
冷静なわけがない。アーサーのように激怒していないわけでもない。
それでも、エーリヒは自分の心と体を抑え込んでいた。
次の王として、ここで自分まで死ぬわけにはいかないと。
しかし、俺はそれどころではなかった。
『あなたは、誰?』
彼女が意識を共有してくる。
『俺はクリス。クリストフ=グラン=ヴァーンハイム』
彼女を見つめ返し、
『君は?』
問う。
『フラディアン。フラディアン=ウルブズ』
ワインレッドの瞳がこちらを見つめてくる。どこか泣きそうに、どこか嬉しそうに。
そして、どこか懐かしそうに。
『君は、もしかして』
「ハグリア! 逃げろ!」
扉外の絶叫が、俺達の意識共有を阻んだ。
「兄貴!?」
立ち上がった有翼の半魔が叫ぶ。
「ハグリア! 戦姫を連れて逃げろ!」
片腕の巨躯が立ち上がる。
「それじゃ、兄貴が! みんながっ!!」
「戦姫は我ら半魔の希望! ここでそれを潰えさせる気かっ!」
半泣きの有翼の半魔に片腕の巨躯が怒鳴る。
「逃がすかぁ!」
アーサーが斬りかかる。片腕の巨躯は残った腕でアーサーの斬撃を受け止める。
「全員、首を置いていってもらう!」
エーリヒも斬りかかる。
ゆらりと幽鬼のように、地に倒れ伏していた体が立ち上がる。
「なにっ!?」
不意を突かれたエーリヒだが、ゆらりと遅い爪撃を受け止める。
「ハ、グリア」
血を吐き出しながら、死にかけの男は口を開いた。
「フランを……頼んだ」
男の言葉に、有翼の半魔は瞳を閉じて目の涙を切った。
「フランッ!」
有翼の半魔が少女の両肩を鉤爪で掴む。
「待って、ハグリアッ!」
少女が俺と、半死半生の男を見て何かを叫ぶ。
「ダメだ! フランは、生き残らなくちゃ……ダメなんだっ!」
有翼の半魔は壁に四角く開いた穴に飛ぶ。
「クリストフッ! 何をしている!」
思わず彼女に手を伸ばせば、エーリヒが叫んだ。
俺は手を止め、呆然と彼女を見送り、
「クリス。親父の……仇を」
アーサーの嘆願に、心がぐちゃぐちゃになった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
魔界の魔力は体を焼く。
「まさか、戦姫と同じ……」
苛立ちをぶつけるように、アーサーを止める片腕の半魔を殴りつける。
「ハグリアッ! 任ぜっだぉ……」
全身を覆う鱗ごと、残った隻腕の肩口から反対の腹部までを殴り千切る。
残るはエーリヒの前の半死の男だけ。
視線を向ければ、何が楽しいのかそいつは笑っている。
その笑みに手を向けた。
「去らばだ……我が娘よ」
「父様ぁあああああああーーーー!」
空からの絶叫と、俺の魔力が走る音が、どこか遠く聞こえた。
「親父っ!」
アーサーが床に倒れるハインリッヒの下に駆け寄る。
「父上!」
逃走した半魔の確認に向かおうとしたエーリヒも慌てて戻る。
「親父! おい、親父っ!」
アーサーはハインリッヒを仰向けに抱き起して、体を揺する。
『……やめんか、アーサー』
弱々しくも答えたハインリッヒの意識共有に、エーリヒは安堵したように息を吐き出したが、その顔はすぐに歪んだ。
ハインリッヒの腹部は、ほとんどが無かった。幸い焼け焦げたような断面から流れる血は少ないが、助かる傷でないのは明らかだった。
「父上……」
『エーリヒ。次の王はお前だ。アーサー、証人に』
「……親父」
言葉を失うエーリヒにハインリッヒは告げる。激痛に苛まれているだろうに、その意識は淡々と必要なことを並べている。
『そんなことでどうする。これからこの国を支えるのはお前達だ。エーリヒなら心配はないだろうが、それでも苦しい時はアーサー。お前とクラウスで次代の王を支えよ』
「……わかりました、父上。いえ、先王」
「……親父ぃ」
エーリヒは涙を呑み、全てを請け負った。アーサーはまだ、突然の別れを飲み込めていなかった。
『此度の敵は、かつてない程に強大だ。ヴァーンハイム王国一丸となって、事に当たれ。身内で争うことは厳に禁ずる』
「承知しました」
「わかった。わかったから、親父」
二人の息子の了承に、震えるほど微かにハインリッヒは首肯し、俺を見た。
『クリストフ。二人の息子を守ってくれたこと、礼を言う。願わくばこの先も、我が子達のことを頼みたい』
「……当然です。ただ静かに私を受け入れてくれていたこと。心から感謝しています」
偽りなき謝意を、俺は最後に告げた。
『エーリヒ。クリストフのことはアーサーと本人に聞け。判断は次期王のお前がすることだが、この者は邪悪なものではない。そして、紛れもないアーサーの息子だ。寛大な処置を望む』
ハインリッヒの言葉にエーリヒは俺を見るも、
「わかりました、先王」
素直に頭を下げる。
『できた息子を持ち、私は幸せだ』
血の気のない顔で、力なくハインリッヒは笑った。
『我が子とも言えるこの国の未来をお前達に託す。ヴァーンハイム王国に穏やかな幸福があらんことを』
一国の王らしく、ハインリッヒは国の幸先を願う。
『些か、意識を保つのも厳しくなってきた。私も祖先達の御元に旅立つとしよう』
はっきりとした意識でそんなことを告げながらも、ハインリッヒは緩やかに瞼を閉じた。
『……エーリヒ、アーサー。お前達という息子を持てて私の人生は幸福だった。妻や他の子達にも、最期の感謝を』
「……父上」
エーリヒの瞳に、今まで堪えた光るものが浮かぶ。
「親父……」
アーサーは未だ顔を上げられず、呼びかけた。
その二人の姿と、穏やかなハインリッヒの顔が、滲んで見える。
「ありがとうございました。お爺様」
知らず、溢れた感謝を俺は口にした。
けれど、ハインリッヒからの意識共有が戻ってくることはなかった。
もう、二度と。
これで山場は一段落です。ここから悲劇の戦後処理に移ります。
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