30 一つの決着 【クリストフ=グラン=ヴァーンハイム】
胴を裂かんと振られた手刀を逆向きに立てた剣で防ぐ。
剣と腕の衝突とは思えぬ激突音。魔力による硬質化がなければ、間違いなく剣の方が刃こぼれするか折れていただろう。
『硬いだべな』
『あなたこそ』
刃を回転させ、腕を弾く。即座に後ろに退いて距離を取る。
近距離は相手の土俵だ。こちらは剣だが、あちらは腕。意のままに動かせる上に、向こうは二本だ。
『便利な鱗ですね』
『蛇鱗族自慢の一品だべよ』
防御力強化の術式と相性のいい身体器官だ。もともと硬いだろうに彼の技能か、種族特性か。魔力の伝導速度も速そうだ。
『子どもを相手するのは気が引けるだでな。退いてほしいところだべが』
『ありがたいお話ですが、身内の事情もあるもので』
『厄介な戦士が減れば儲けもんだと思ったが、うまくいかないもんだでな』
敵が駆ける。地を這うような独特の動きは捉えづらく、おまけに低い。
斬撃が効かないうえに、当てづらい動きだ。剣は腕で振るっている以上、膝よりも下に攻撃するのには向いていない。
使うか。そんな考えが脳裏をかすめるが、口元を歪めた。
「命の危機がない限り十分の一だったか」
まったく厄介な縛りをくれたものだとこの場にいない師匠に毒づきたくなるが、これだけ周囲の目がある状況だ。うかつに力を見せるわけにはいかないだろう。それに、
「命の危機というほどではないな」
牽制の毒の射出をステップ一つで躱す。左右の腕の連撃はバックステップで間合いを外す。回転する尾の薙ぎを剣で受け流しながら飛ぶ。
一連の交錯の後に、にらみ合って退治する。
「クリス様を守れっ!」
手すきの騎士が左右から敵を襲う。毒液と尾の一撃が迎え撃つ。
「ギャアアアアアアアアァッ!」
「グッ!」
毒液を受けた騎士が床を転げまわり、尾の一撃を剣で受けた騎士が距離を離す。
「邪魔をするなっ!」
思わず素で叫んでしまう。
「ク、クリス様?」
戸惑いの視線を向ける騎士に我に返る。
「手強い相手です。うかつに手を出さないでください」
今いいところなんだよ。その本心を言葉で取り繕った。
「し、しかし、だからこそ!」
「大丈夫です。もう終わります」
舌打ちを心の中にとどめ、俺は剣に意識を集中した。
剣。
これは実に人族にあった武器だ。
魔族や目の前の半魔のような鱗や爪、角といった特徴的な身体器官がない。魔力の収束がしやすいそういった特徴がない人族にとって、その器官の代わりとしての役割を担え、リーチも伸ばせる。
武器として認識し、鍛錬により体の一部とし、魔力の伝導と収束を為す力とする。
『……なにか、変わっただべか』
警戒を隠しながらも、敵は探りを入れてきた。
『さあ。どうでしょうか』
俺はとぼける。
魔力は制御したままだし、特段何かが変わったわけではない。
ただ、せっかくの楽しみに茶々が入る前に終わらせようと意識を切り替えただけで。
そんな俺の異変を感じたか。
敵は体をゆらゆらと揺らし始めた。今までよりも緩やかに。今までよりも柔らかに。
脱力した肢体は、まるでゆらゆらと流れる水のよう。
シュラ、と。
今まで以上に捉えどころなく、小さな体は地面を滑った。
左から右。右から左。目標を絞らせない独特の軌道。
毒液の牽制もなく、必殺の爪が迫る。
その刹那を見切った。
「ギャボッ!?」
刺すは肩口。攻撃に魔力が集中した敵の腕の起点。
自慢の鱗を貫かれた敵が、苦痛と戸惑いの苦悶を上げた。
制限した魔力量で、この敵の鱗は斬れなかった。
しかし接触面が広く線である斬撃でなく、点である刺突であれば。
その先端のみ、その瞬間のみに魔力を収束すれば。
制限した魔力量でも、その鱗の防御も突き通せる。
「グギャア!」
貫いた剣に力をいれる。肩口からそのまま、致命の胸まで剣を埋め込もうと。
「ギッ!」
敵は傷口に魔力を集中し、剣を固定。残る手で剣の横腹を殴り、力任せに身をよじった。刃先のみに魔力を集中していた剣が、半ばで折られる。
そのままの勢いで、敵は回転する尾の一撃に繋げる。
「見事」
心から称賛した。激痛にも揺るがぬ意志と闘志に。
尾の一撃を小さく飛んで躱す。回転のままに残されたもう一方の腕のバックブローがくる。上体をスウェーして躱す。
「グゥウィッ!」
スウェーしながら繰り出した回し蹴りで、折れた剣の根元を押し込んだ。
口から泡吹きながらも、敵は背後に飛ぶ。
距離を離した敵。しかし、その目は死んでいない。
「……戦姫に、誓ったべ」
肩口から腕が千切れそうな深手。今も耐え難い苦痛が彼を襲っているはずだ。
「一族を、守るべ」
それでも血が出るほどに、彼は歯を噛み締めた。異なる言語で何を呟いているのか。
「もう……家族を奪わせないべぇっ!」
裂帛の気合で、彼は駆けた。
致命に届こうかという傷にも折れぬ意志。
それはきっと、自分ではない誰かのため。
それを守りたいという願い。
その姿に、どこかありし日の自分達が重なった。
――それでも、俺にも守らなければいけない今の家族がいるから。
中距離からの尾の薙ぎ。
それは強力で、リーチを活かしたいい攻撃。
でも、もう何度も見たものだから。
俺は前方に回転して飛ぶ。
そのまま宙で縦に一回転。
「グベッ!」
魔力を込め伸ばした足の踵を、彼の頭に叩き落とす。
「グニャアアアアアアアッ!」
それでも怯まない彼は、俺の着地の隙を狙う。
渾身の突き。
それでも、それは片腕だけの不完全なもの。
「ギイッ!」
スリップインで躱しながら、腕を被せ彼の肩に刺さったままの剣の尾を掌で押し込む。
「ギャガアアアアアアアアアアアアアアッ!」
そして折れた剣を握りしめ、振り切った。
ドチャリと。
袈裟斬りに分かたれた死体が床に落ちた。
最後まで退くことのなかった彼に、短い目礼で敬意を払う。
「ク、クリス様」
先に割り込んだ騎士が恐る恐るといった様子で声を掛けてくる。
「剣が折れてしまいました。すいませんが、予備の剣があれば貸していただけませんか?」
「は、はい」
懐かしい目だ。理解しがたい異物を見る目。
そんな畏怖で、彼は俺を見ていた。
「クリス」
アーサーの声に振り向く。返り血に濡れた体と剣。
どうやらアーサーの方も終わったようだ。
「父様」
アーサーは俺の体と手に握った折れた剣、そして転がった敵の死体に目を向けた。
一瞬の、しかし確かな驚愕。彼の目にも、それがありありと見えた気がした。
俺はどこか諦めたように口元が歪むのを自覚した。
しかし、アーサーが次に吐き出したのは笑いを含んだ溜め息だった。
「まったく。派手にやりやがって」
そして、そう言ったアーサーは本当に笑っていた。
「怪我はないな」
「は、はい」
「よし」
俺の答えに満足げに頷いて、アーサーは傍らで立ち尽くしていた騎士に顔を振り向ける。
「悪いな。それ、貸してくれるのか?」
「は、はい」
俺に言われるままに騎士が手にしていた剣を、アーサーは受け取る。
「ほらよ」
それを、アーサーは鞘ごと投げてくる。
「ハーヴェル!」
「ハッ!」
一人残る敵の巨人に対峙する騎士の一人が野太く叫ぶ。
「親父が心配だ! ここは任せたぞ!」
「二人片付けていただきましたからな! 最後くらいは華を譲っていただくとしましょう!」
力強い答えにアーサーは笑って、俺の横に立った。
「よし、行くぞ」
くしゃりと、血にまみれた俺の頭をアーサーは撫でたかと思うなり駆けだした。
「はい」
知らず口元を緩めながら、俺もその背を追った。
先を急ぐアーサーが心配したのは、父親だったのか。それとも。
考えて、やはり俺はまた笑う。
どちらにせよ結局、家族を気遣った。そういうことなのだろう。
連投します。
展開の関係上、次は再び戦姫視点です。




