23 確執
五歳のお披露目式を終え、俺は王族としての教育を受け始めていた。
本格的な教育は七歳になってかららしいが、物覚えの良さを認められ、自分でも教育を希望していた俺は、従兄の講義に同席することが認められていた。
「エルス様、クルト様、クリストフ様、本日もよろしくお願いします」
いつものように部屋に入ると、いつも通りに先生が両手を広げ、右足を踏み出し腰を下げて挨拶をする。
「「「よろしくお願いいたします」」」
俺達も同様に儀礼に倣った挨拶を返す。
「それではお掛けください」
先生は手で俺達に着席を勧める。
「「「失礼します」」」
儀礼に則り、右手を胸の前に添えて軽く頭を下げてから俺達三人は先生の正面に腰掛けた。
「さて、本日はそうですね」
壮年の先生は、何とはなしに季節が過ぎるごとに陽が低くなり、吹き荒ぶ風が冷たさを増す木戸の外を眺めた。
「そうですね、今年は間引き戦争の年。時節も近付いておりますし、ヴァーンハイム王国の軍務と言える間引きについてお教えするとしましょうか」
「よろしくお願いします」
「「はい! よろしくお願いします」」
先生が口にした今日の講義内容に、エーリヒの長男であるエルスは静かに頭を下げ、国王の次男の長男であるクルトと俺は声を高くした。
先生の講義は礼儀作法、ヴァーンハイム王国史、外交関係等々多岐に渡り、全て知っておいた方がいいものではあるのだが、礼儀作法等正直あまり興味のないものもある
その中にあって本日の話題は、俺が詳しく知りたかったものの一つだ。なぜなら俺の求める魔界への道、ウルムス洞穴へ続くそれは半魔の領域にあると思われるからだ。
考えるまでもない。半魔は人間と魔族の混血児。であれば、その生息域は古の地上侵攻時の魔族の侵攻ルートと重なるはずであり、それを逆に辿れば魔界への道に繋がっているはずだ。
「皆さんもご存じの通り、間引き戦争は文字通り人族の敵である半魔の間引きを行う戦争であり、半魔の生息域であるユースタフ大森林に隣接する我が国の国是、義務とも言えます」
話し始めた先生はチラリとエルスを見る。
「さて、ではエルス様。ではどうして間引き戦争は行う必要があるのでしょうか?」
「はい。前提として、半魔は人族の敵であること。次に半魔は繁殖能力が高く、放置すると戦力を増してしまうためです」
「その通りです」
エルスの端的な回答に先生は満足げに頷く。
「今の理由から、ヴァーンハイム王国は五年周期でユースタフ大森林に遠征を行い、半魔の間引きを行っています。これは帝国歴の一の位が0と5の年に当たり、帝国歴1685年の今年はまさにその年のため、これから一月もせず王国軍がユースタフ大森林に向けて出立するでしょう」
俺は内心で首を捻る。
魔界には無かったが、地上には四季というものがある。寒さを増し、森も緑を失いつつある今は秋であり、これから寒さと不毛を呼ぶ冬を控えている。なぜ寒空の下暖も取れず、糧食も心許ないこの時期に遠征を行うのか。
「間引き戦争は秋に行うことが慣例となっています。ではクルト様。なぜ低温に晒される秋に間引き戦争を行うのでしょうか?」
俺の内心の疑問を、先生はクルトに出題した。
「はい。秋に遠征を行うことで、半魔の冬越えの蓄えを収奪することが可能となるからです」
クルトの答えに俺は納得した。不毛の冬越えは食料の確保が難しくなる。備えが無ければ庶民の間では餓死もありうるため、秋の収穫で蓄えを作る。
それは地上に生きている以上、半魔も同じ条件というわけで、それを奪えるのは大きいメリットだろう。
「その通りです。しかし、それ以外にも理由がございますが、いかがでしょうか?」
満足げに頷きながらも、先生は先を促した。
先生の指摘にクルトは少し目を見開き、真剣に考えだした。しかし口を開かない彼に、先生は目線を俺に向ける。
「クリストフ様はいかがですか?」
一応といった様子で、先生は順番で俺に水を向けた。
ぼんやりと考えていた俺は思考をまとめる。
間引き戦争はそもそもが半魔の勢力拡大を阻止するのが目的だ。その主旨に沿って考えるのであれば、この時期に行うメリットは。
「冬越えの食料を収奪できるのは我が国にとって大きなメリットであると同時に、半魔にとっては死活問題です。収奪を行うことで我が国は食料の鹵獲という実利を得るだけでなく、冬越えの食糧不足による半魔の自然減で間引きの主目的達成に利することができるかと思います」
俺の答えに先生が目を剝いた。
「その通りです。我が国の戦力を削ぐことなく、自然の力で間引きを行えるのは大きなメリットです。他には何が考えられますかな?」
先生は続けて俺に問う。他に理由かと考えようとしたところで気付く。
隣のクルトがどこか悔しそうに俺を見ているが、それはまあいい。
問題はその向こう。エルスが試すように、見定めるように俺を見ていた。しかも俺がそのことに気付いたことを察しても、慌てることもなく楽しそうに俺を見返してきた。
エルスの親のエーリヒは、武闘会の後に俺に牽制を入れてきた。その息子のエルスは、俺の調査でも命じられているのかもしれない。
これ以上目立つのは好ましくなさそうだ。そう考えるも、即座に切り捨てた。
知るか。
既に目を付けられてるんだ。それがこれ以上になろうと以下になろうと知ったことじゃない。
「ふむ。エルス様はどうですかな?」
しかし余計なことを考えていた俺が答えられないと思ったらしい先生が、質問相手をエルスに代えてしまった。
エルスはどこか残念そうな苦笑を俺に見せてから先生に目線を移す。
「はい。遠征は国にとっても民にとっても少なくない負担です。しかし冬越えの食料という実益があることで、間引き戦争に対する国民の理解と賛同を得やすくなるかと思われます」
「その通りです。民衆に兵役の負担を強いる遠征には国民の協力が不可欠です。厳しい冬を超えるための食卓を少しでも贅沢にすることは、国民の不満の抑制に繋がります。他にはどうですかな?」
エルスの答えに、先生は満足げに頷きながら続きを促す。
「半魔売買による利益も無視できないものがありますね」
その単語を聞いた時、一瞬血が頭に上った。
「そうですね。公には言い辛い話ではありますが、諸外国に対する確たる産業のない我が国にとって、ユースタフ大森林産品の貿易、特に半魔売買の利益は外貨獲得手段として決して無視できないものです」
どこか声を低くしたエルスに対して、先生は当然のように応じるものの、その言葉はどこか苦かった。
理解できる。
総じて理解できる理由だ。
だが、それだけであれば、どうして二人はこのような声で話すのか。
「しかし先生。そもそも間引き戦争を行わなくて済むのであれば、それが一番なのではないでしょうか?」
問題の根本。そもそもの有り無しを俺は言及した。
俺の確認に先生は短く息を飲み、呼吸を止めた。
「冬越えの食料や売買できる半魔という収穫はあるとしても、それは一時のものです。そのために半魔の恨みを買い、襲撃に備えた常設王国軍の維持費用を考えると釣り合いが取れているのでしょうか?」
言っても仕方ないことかもしれない。それでも前世のゴート族のことを、俺の面倒を看てくれたクリアナのことと、彼女の一族の舞踏を請うた時の遣る瀬無い表情を想うと、言わずにはいられなかった。
「クリス」
呼びかけは想定していなかった方向から来た。
「お前は賢い。しかし、それはダメだ」
振り向いた先。俺の隣のクルトが、いつにない厳しさで俺を睨んでいた。
「そうですね」
クルトの制止に、先生もようやく息を吐き出した。
「この話は我が国の存亡に関わるものです。決してこの場以外では口にしないと、誓えますか?」
「「はい」」
即答した二人と違い、俺はすぐには頷けなかった。
「クリストフ様?」
「……はい」
そんな約束はできない。それでも、先生や従兄二人の認識や意見を聞きたかったから、俺は嘘でも頷くしかなかった。
先生は呆れたように俺を見て息を吐き出しながらも、話し始めてくれた。
「まず大前提として、他国が我が国に求めている役割があります。他国が我が国に求めているのは、人族の鎌と盾です。半魔を間引く鎌、そして半魔から自分達を守る盾の役割ということですな。これを忠実に果たしているからこそ、我が国は他国の賛同と助力を得ています」
「それは我が国に掛かる負担に見合ったものでしょうか?」
重ねた俺の否定的な確認に、先生は眉根を寄せた。
「……見合っていないでしょうな」
先生の諦めに言い募ろうとした俺を遮るように、先生は首を振った。
「しかし、先程上げたメリット。戦利品と今の条件を併せれば、十分以上に見合うと私は考えます」
今度は俺が息を飲む番だった。それぞれ単独では国の負担に見合わないとしても、その二つがあるとなれば話は違う。それは理解できた。理解はできたが、心が納得できるかは別の問題だった。
「……クリストフ様の乳母は半魔でしたな」
俺の顔色を見取ったのだろう先生は、俺のわだかまりの核心の片方を突いた。
「彼女は恵まれています」
しかし、続いた言葉は俺の心を波立たせるのに十分以上のものだった。
「半魔を召使として扱うのは我が国位のものだ。ほとんどの国では奴隷。まともな扱いは期待できない」
だが隣のクルトからの言葉が、俺の怒りに冷や水をかけた。
「神聖教において、半魔は魔族と交わった不浄のものとして扱われます。そのような者を人と同じように扱う理由はありませんからな」
俺が落ち着いた隙に、先生は淡々と純然たる事実を羅列する。
「帝国や神聖国ではもちろん、そのような半魔に理解を示すことがないため、人語を半魔に教えることはありません。当然、逆に半魔の言葉をわかる者もいません。言葉が通じなければ相互理解は生まれず、ましてや姿形も違う者同士。差別するには十分すぎる理由でしょうな」
知っている。そんなことは魔界でも嫌という程知っている。
「しかし、我々は違います。半魔が私達の言葉を理解するほど知的であることを理解していますし、戦ってきた者同士、彼らの力も理解しています。何より彼らの境遇に同情もしています。だから他国と違い、召使というせめてもの温情的措置を取っています」
先生はどこか悲哀を感じさせる瞳で、木戸の外に目を向ける。
「だったら」
「クリストフ様。それ以上はいけません」
言い募ろうとした俺の言葉を、先生は切って捨てた。
「この国の存亡に関わります」
戻された先生の瞳には、どこか曖昧な諦観が滲んで見えた。
それはきっと先生にとっても望むものでなくて、それでもそう言うしかない問題なのだと理解できた。
でも、それでも。納得しきれるものではなかった。
「事は我が国の根幹に関わるんだ。感情で考えるべきことじゃない」
そんな俺に、クルトは冷静に指摘した。
「そうだね。でも、クリスのその感覚はいいものとは言えないとしても、僕は悪いものだとも思わないよ」
エルスはやはり薄い笑みで俺を見ていた。
「それでも。いえ、だからこそ」
言ってどうにかなるものじゃないなんてことはわかっていた。
「私はこの問題について知りたい。そう思います」
より深い情報を求めて、俺は先生を見返した。
そんな俺に先生はうっすら口を開き、
「我がヴァーンハイムの将来が楽しみです」
やがてそれを緩やかな笑みに変じさせた。
※※※
「クリス様、お帰りなさい」
自室に帰ると、いつものようにクリアナが出迎えてくれた。
変わらない、本当にいつも通りのその姿を、俺は思わず見つめてしまった。
「クリス様?」
普段と異なる俺の様子に、クリアナは不思議そうに小首を傾げた。
「クリアナ」
「はい?」
思わず呼び掛けて、俺が呼びかけたからクリアナは素直に応じる。
聞きたいことは幾らでもあった。でも、そのどれもが彼女を傷つける気がした。
だとしても、お互いを理解しなければ、言葉を交わさなければ、不理解はいつまでもそのままだから。
「半魔の言葉を、教えてほしい」
理解の第一歩として、俺はそのための手段を求めた。
半魔の舞踏を求めた時同様に、クリアナは目を見開いた。
「クリス様は、本当に不思議ですね」
けれどあの時と違って、
「わかりました。私で良ければ、私の部族の言葉を教えさせていただきます」
クリアナはどこか呆れたように、楽しそうに、笑ってくれていた。
幼年期最終章スタートです。20章近くの長さになりますがお付き合いいただければ幸いです。




