22 武闘
ゴルバフがその巨漢に似つかわしい大剣を大上段に構える。
先程の対戦相手と同じか、それ以上に隙だらけの構えに思えるのに、俺の本能は踏み込むことを拒否していた。
「行くぞ」
野太い声でゴルバフが宣言する。
同時に、全身の肌が泡立った。
足裏に集中させた魔素をバースト。地を穿つ勢いで斜め前方に飛び込む。
ビュンと、大剣のものとは思えぬ鋭い風切り音が耳を裂いた。
正面衝突しそうになった壁を蹴り、距離を取った俺は即座に振り返る。
「躱すか。我が一撃を」
振り向いた先。十メルトル離れていてもわかるほどの喜悦を浮かべて、獣は笑っていた。
「恐ろしい剣撃ですね。僕を殺す気ですか?」
背を冷や汗が伝うのを感じながら俺は軽口を叩く。
「なに。躱せそうもなければ寸止めするつもりだったさ」
「それはありがたくて涙が出そうですね」
答えるゴルバフの遥か先。剣撃で生じたのだろうかまいたちが石壁を深々と切り裂いている。寸止めされたところで俺が無事でいられたのかは限りなく疑わしい。
間違いないのは、今の俺ではあの剣を受け止めるのは不可能だということだ。
「さあ、無駄話はいいだろう。続きと行こうか」
「僕はもう少しお話ししててもいいんですがね」
戦術を考える時間が欲しいところだが、ゴルバフは話を打ち切って再び剣を大上段に構え、摺り足で距離を詰め始めた。
考えるまでもなく無防備に見えるその構え。しかし、そこから振り下ろされる剣撃は信じられぬほどの速度で反撃する暇を与えてくれそうもない。
いや、あれは速いだけではない。一切の無駄を省いた剣撃運動。飽くなき反復で培ったのだろうその攻撃は、無駄がないからこそ実際の速度以上に速く感じられ、その起点も察知し難い。
速度は敵わない。
リーチもただでさえ子どもの俺に対し、巨漢のゴルバフが大剣を使っていることで倍はある。
膂力は比べるべくもない。
結論。まともに戦ったら勝てない。
でもまあ、ならば剣で戦わなければいいだけ……なのだが、人族の戦い方、そして実力を見ておきたい。それにおそらくは命のかからない戦い。そして、エルミアやアーサーと鍛えた自分の剣術でどれだけやれるのか確かめてみたい自分がいた。
こんなこと、魔界では考えられなかった。
「何がおかしい?」
どこか楽しそうに、目の前のゴルバフが口元を釣り上げていた。
「……いえ、なんでもありません」
指摘されて、自分もゴルバフ同様に口元を歪めていたことを自覚した。
口では何でもないと言いながらも、戦いの中にありながらの自分の内心に驚いていた。
安心と同時に、相反するように高鳴る鼓動。
臨んだ戦闘と情報収集する機会。でもこの気持ちはそれだけじゃ説明がつかない。
戦いでありながら命の危険が少ない。そして、今まで鍛えた自分を試せる。
そんなことがきっと。
「そうか」
ゴルバフは一段と深めた笑みを、短い相槌の後に消した。
いつの間にか狭まっていた距離。それを一挙手一投足で詰める。
間合いの外からの斬撃。速く、起こりの察知しづらいそれは、それでも一度見たもの。
『斬撃を躱すのも、斬撃を当てるのも重要なのは足捌きだ』
脳裏に蘇るアーサーの教えに背を押されるように、左斜め前に踏み込んだ。
耳を裂く風切り音。しかし、それは頭の横。
目の前で、ゴルバフの剛腕が斜め上から落ちてきている。
斬れる。その腕は。
半身の裏に回られたゴルバフは切り返しもできない。
踏み込みもそのままに剣を斬り下ろす。
瞬間、警鐘が鳴った。
先程まで取ったと判断した理性も、危険を察知する本能も、俺に回避を選択させていた。
斬撃を中断し、剣を手放してでも地に身を屈める。
頭上を通り過ぎたバックブローが毛先を掠める。
低さは短身の味方。背面蹴りで巨躯の根を刈りにいく。
ゴルバフは太い脚を素早く持ち上げ回避。そして、その足でそのまま斜めに俺を踏みつけようとしてくる。
背面蹴りの回転運動のままに俺は前方に身をかわしスタンプの難を逃れるが、距離は離しきらない。
ただでさえ圧倒的なリーチの差。
剣を失った今はなおさら、相手のリーチの内側の至近距離が肉弾戦唯一の活路。
だが後ろに目でもついてくるかのように、スタンプしたゴルバフの豪脚が流れるようにこちらを追撃してくる。かかとで蹴り潰さんばかりのそれを地に寝るかというスウェイでやり過ごし、敵の引き足よりも早く、前転した。
立ち上がる勢いの頭突きで金的を狙おうとするが、振り子のように戻るゴルバフの蹴り足を背で感じる。
大人と子どものスピード差を加味しても、直線と曲線。こちらが早いと考えそうになるが、ゴルバフの急所防御に巡らされた魔力量に俺の頭突きは劣っている。
諦めて横っ飛びに逃げ、落ちていた自分の剣を掴み、ゴルバフに向き直る。
ゴルバフも俺同様、地に突き立っていた自分の剣を掴んで俺に向き直った。
一度目の斬り別れと違い、彼我の距離は一足で縮まる間合い。
それでも、彼も俺も動きを止めた。
そうして向き合う互いの頬は、やはり喜悦に緩んでいる。
「大した小僧だ」
獣のような息を吐き出してゴルバフは言う。
「お褒めに預かり光栄です」
自分もそんな獣臭さを出してるのかと呆れながらも、それを隠す気にもならなかった。
「誰に剣を学んだ?」
「父上とエルミア様に」
「殺し合いもか?」
「……少しばかりですが」
物騒な物言いだが、今の戦いを経て完全に否定するのは難しいと流す。
「そうか」
俺の答えに満足したようにゴルバフは獣の笑みを深め、赤銅色の瞳を細めた。
「さて、お喋りはこれ位にしておこうか」
「そうですね」
カチャリと音を立てて大剣を構え直すゴルバフに、こちらも剣の切っ先を向け直す。
三度の斬り合いを前に、目を細めた。
「そこまでだな」
横合いからの声が、再開に水を差した。
「エーリヒ、邪魔をするつもりか」
とても上官、それも王族に向けるものとは思えない言葉遣いで、ゴルバフはエーリヒを睨んだ。
「僕がしなくても、もうタイムアップだと思うけど」
エーリヒは指で試合場の方を示す。
歓声は鳴りを潜め、静かなさざめき。そんな試合中とは思えない静けさから、第一試合が終わったことが察せられた。
となれば、この通路を今の試合を終えた戦士と次の試合に臨む戦士が通るはずだ。
「これ以上今日の主賓を足止めしているのも難しいだろうしね」
さらにエーリヒは斜め上方の貴賓席を指で指し示した。
「……そうですね」
少し残念ではあるが、エーリヒの指摘は正しい。俺は軽く息を吐き出して剣を収めた。
「……ッチ」
続いて、舌打ちしたゴルバフも剣を収める。
「それでは失礼します。エーリヒ叔父様、ゴルバフ様」
そうと決まればここにいても仕方ないし、痛い腹を探られても面白くない。
俺は早々に二人と別れて退散しようとする。
「待て、小僧」
「……はい」
しかし即座に失敗して、ゴルバフに呼び止められる。
「日を改めて、また俺と立ち会え」
「喜んで」
俺は心から歓迎する。これほどの新たな鍛錬相手。拒否する理由がない。
「君は何者だい?」
喜悦の視線を交える俺達に、やはりエーリヒが横槍を入れてきた。
「エーリヒ叔父様も知っての通り、父様と母様の息子で叔父様の甥です」
「質問を変えよう。君は何を求めている?」
俺の答えに全く納得していない様子で、エーリヒは問いを重ねた。
「……特に思い浮かびません」
まさかゴート族を守りたいなどと言うわけにもいかず、俺はとぼける。
「それじゃあ、アーサーやアリシアに聞くしかないかな」
故意にだろうが、エーリヒは不穏さを滲ませながら告げてきた。
「これ以上、何を聞くことがあるのでしょうか?」
だから、こちらも同様にして問い返した。
「冗談だよ」
ようやく少しだけ相好を崩して、エーリヒは両手を上げた。
「クリス様にエーリヒ様!? ゴルバフ様まで!?」
第三者の声が通路に響く。
次の出場選手だろう戦士が俺達を見て目を丸くしているが、俺達は当然気配を察知していたので特段驚かない。
「ああ。何でもないから試合に急いでくれ」
「は、はい」
エーリヒに促されながらも、戦士は俺達とゴルバフの斬撃で斬られた床面をチラチラ見ながら通り過ぎようとする。
「ああ、ちなみに」
戦士が俺達の前をを通り過ぎようとした瞬間、エーリヒは再度彼に声を掛けた。
「ここで見たことは他言しない方がいいと思うよ」
内容とは打って変わった軽やかなエーリヒの言葉に、男は小さく身を震わせた。
「私は何も見ておりませんっ」
戦士は賢明な回答を残し、そそくさと試合場に足を速めた。
「さて」
エーリヒは視線を戻す。
「いよいよ目立ちそうだね。主役は早く席に戻った方がいい」
「はい。失礼します、エーリヒ叔父様、ゴルバフ様」
お前が足止めしたんだろという不満とお前らは戻らなくていいのかよというツッコミを飲み込んで、俺は二人を後に貴賓席に向かった。
※※※
【エーリヒ視点】
「さて」
クリスが十分以上に離れたことと、前試合の戦士が負傷したのかこの通路に戻ってこないのを確認して私は口を開く。
「彼をどう思う?」
「最高の素材だ」
「君にとってはそうだろうね」
求めてはいないが、あまりにゴルバフらしい答えに肩を竦めることしかできない。
そしてゴルバフは私の危機感に関係なく目を輝かせていた。
どうも私の危機感も、彼にとっては期待度に代わっているらしい。
それはそうだろう。クリスの子どもとは思えない戦闘能力とその才は、戦バカのゴルバフにとってこの上ない魅力に映るはずだ。
ゴルバフの一撃を避けた回避能力に危機察知能力。加えて反撃に転じる胆力とその攻撃能力。
さらに、いかにゴルバフに殺気が無かったとはいえ、十二分に致死の攻撃圏内で立ち回る精神力が強いという言葉では片付けきれない精神構造。
あれは本当に何者か。
本人を前に言葉にした疑問が脳裏を渦巻く。
どう考えてもただの五歳の子どもではない。
戦闘力はいかにヴァーンハイム王家のものとはいえ高すぎる。五歳でゴルバフと斬り結べるものが、いや身を竦ませぬ者が一体どこいいるというのか。
しかもあれはそれを楽しんでいた。
戦場も知らない幼子が、命の危険すら感じられる戦いを楽しんでいたのだ。
「考えすぎても仕方あるまい」
ゴルバフの不意の言葉に顔を上げる。
「ここで考えたところであれが何者かわかるはずもなければ、同じ王族同志、簡単に手を出すこともできまい。ましてあれは普通ではない。余計に考えるだけ無駄だ」
戦バカのくせに真っ当な正論に反論できない。
「それに少なくとも今、お前を含めたヴァーンハイム王家に害意あるものでもない」
さらに真っ当な指摘に言葉に詰まる。
「先程の試合中もその前も、あれはお前に手を出そうとはしなかった。何よりも最後のお前のカマかけに対するあれの殺気は嘘と思えん」
ゴルバフはその赤銅色の瞳ですっと俺を流し見る。
「そう思ったからこそ、お前も手を引いたのだろう」
やはりバカのくせにゴルバフの指摘はもっともだから、私は諦めたように息を吐き出すしかなかった。
そう。少なくとも、自身の両親に害意を向けた私に対するクリストフの反応に嘘はないように感じられた。
であれば、あれがアーサーとアリシアの息子で、二人に害を為す気が無いのは本当なのだろう。
それに、あのエルミアがこの国に不利益となる相手に手を掛けるとは思えない。
「それとも自分の息子の王位を脅かすかもしれない競争相手が出てきて焦っているのか」
無言を貫く私をからかうようにゴルバフは笑う。
「バカな」
その茶化しがバカらしくて、私も笑ってしまった。
「それだけの人材がいることは我が国にとって喜ばしいこと。私やその子どもの事情なんてこの国の前には些事に過ぎないよ」
「冷たい父親だな」
「心外だな。それが息子のためにもなると信じているのさ」
軽口の応酬にようやく調子を取り戻した私は、長く不在にした席への帰途についた。
我が国と、些事だとしても我が息子に幸あれと。
そのためにも、クリストフが私達の敵になることがないよう、信じてもいない神とやらに祈りながら。
23投稿目にして、初のガチ目バトル。
展開が遅い! 某天狗面の師匠に平手打ちされても仕方ないレベル。
しかし、これでお披露目編も終了です。次から幼年期最終章になります。
25投稿目から序盤最大の山場に入り、特に31投稿目から36投稿目位までは怒涛の展開(自称)となります。ぜひ読んでいただければ幸いです。




