20 武闘会開幕 【第一王子・エーリヒ=グラン=ヴァーンハイム】
【王国軍第一軍軍団長・第一王子エーリヒ視点】
アーサーの長子、クリストフのお披露目舞踏会の翌日。
つまりは武闘会当日。
お披露目会ではお決まりのことではあるが、連日の式典は実に気怠い。
「軍団長のお前がそれでは部下に示しがつかんな」
「そういう君こそ」
欠伸を噛み殺す僕を揶揄してきた副群団長のゴルバフだが、そう言う自分も同じように退屈そうなので指摘し返しておく。
「仕方あるまい。あんな退屈なもののために昨晩は遅くまで付き合わされていたのだ」
「そう言うなよ。あれはあれで必要なことなのさ」
昨晩の舞踏会に皮肉を隠さないゴルバフに肩を竦める。
「なら勝手にやってて欲しいものだな。俺には性に合わん」
「だろうね」
元は庶民で戦いにしか興味のない戦バカのゴルバフにしてみれば、いつものことであろうと退屈極まりないイベントだっただろう。
本来であればサボりたくて仕方ないはずだが、僕の副官である以上、護衛且つ警備として出席してもらうのは仕方ないことだ。そうして不満を強いてる分、この自由な物言いやらを許してフォローもしてるんだからおあいこだと思ってほしい。
「まあ、今日の方がメインディッシュ。ゴルバフもこっちの方が好みだろ?」
「昨晩に比べれば格段にマシだな」
わかりやすいゴルバフに苦笑する。
連日の舞踏会と武闘会。
ゴルバフの好みだけでなく我がヴァーンハイム王国として見ても、どちらがより重要かという話になれば、歴史的にも実利的にも本日の武闘会がより重要であることは明白だ。
戦士の国。人族の最前線。
そのような歴史的、地勢的条件を持つ我が国では、元々武闘会が先行して開催されていた。
戦士に目的と名誉を。庶民に興奮の娯楽を。国に軍備増強に繋がる人材発掘の場を。
それらを齎す武闘会は、この国の成立時から重大なイベントだった。
元々王族に関係なく開催されていたこの一大イベントに王族のお披露目が加わったのは、王族に国民を守る力を求める我が国らしい。
しかし、そうして戦力を増強しながら人族の先鋒として半魔と戦っていたご先祖様の王族や貴族は気付いた。
純粋な武力と同じかそれ以上に、政が国には必要なのだと。
僕からすればそんなこと少し考えればわかるだろうと思わなくもないが、元は前線で戦うただの戦士だったのだ。我がご先祖様を責めることもできまい。
元々帝国の一庶民に過ぎないながらも、戦によって国を与えられるまでに成り上がった始祖様は、建国後も当然のように帝国の助言に従って半魔と戦い、その手を汚した。
それは当然の流れで、そこに疑問はなかったのだろう。……初めのうちは。
始祖やその仲間は魔界侵攻の騒乱で成り上がった武人ではあるものの、バカというわけではなかった。
すぐに国の運営の難しさを悟り、だからこそ帝国の思惑に気付いた。
国営の中で金食い虫のくせに、金を食ったからといって必ずしも成功するわけではないのに外せない最重要事項、国防。
それを自分達に押し付けるために帝国は王国の独立を許し、半魔の脅威を喧伝し王国の手で間引きを行わせることで、半魔の恨みを自分達に向けさせたのだと。
気付いた時には、とうに遅かった。
半魔の恨みは帝国の思惑通りに自分達に向かい、間引きの戦火の中で親しい者を奪われた王国民もまた半魔を恨んだ。
明確な敵対関係ができてしまっていたのだ。
一度できた怨念の連鎖は崩せない。
だからといって、このまま何もせずに帝国の言いなりになっているわけにもいかなかった。
だから、戦場で欠片も役に立たない舞踏会を武闘会に併せて開催することにした。
下らない華美。不必要な魅せるための動作。
しかし不必要こそを必要とする社交が、政治には必要だと理解したから。
「何を考えている?」
ゴルバフの呼びかけに物思いから覚める。
「いやなに。悲しい程に手遅れで、後手後手な我が国の歴史を想ってね」
僕の思考を尋ねるゴルバフに首を竦めて答える。
「自分が生まれる前のことを憂いても仕方ないだろう。俺達にできるのはこれからを作ることだけだ」
「ごもっとも」
ご先祖様同様に筋肉バカであるものの、決して本当のバカではないゴルバフの至言に笑う。
今を生きる僕達にできるのは、過去に学んで今とこれからを積み重ねていくことだけに違いない。
グォーンとコロシアムに響き渡る低い銅鑼の音が、僕達の会話を打ち切った。
刻限を告げる音が三度続いた残響の中、貴賓席最上段の男が立ち上がる。
「これより武闘会を開催する!」
王の宣言に、会場中が歓声に満たされた。
胸が熱くなるような熱狂だが、僕の内心は些か冷めていた。
必要なことは必要。このイベントをそう認識しながらも、熱くなることはできていない。
なぜなら、昨夜の舞踏会。この国がそれを必要とした歴史も証明している。
個の武力でどうこうできるほど、国というものは甘くない。
そうでなければ、戦士の国として個の兵で見れば帝国や神聖国に上回る我が国がその二国にこれほどまでに阿る必要も、人族よりも魔素に優れるユンカース大森林の半魔が我が国に間引かれる現状もないはずだ。
そんな風に考えながらも、今日は僅かばかりの期待が胸中にあるのも自覚していた。
まず入場してくるのは一般兵。
一般兵とは言っても、それはこのヴァーンハイム王国軍の主力。決して五歳の子どもが勝てる相手ではない。
それでも、この国の王族に求められるのは民草を守ること。
ゆえに、その国民より王族が弱いことなどあってはならない。
加えて、戦場においては大人も子供もない。
その基本理念から、お披露目会において王族は五歳から一般兵と戦わされる。
いかに英雄の末裔たるヴァーンハイム王家の者でも、半分は普通に負ける。
その負けた者の多くはさらに五年後の十歳のお披露目会でこの敗戦の経験を糧に汚名を晴らす。
残りの半分の中の半分は、善戦して負ける。
同じ負けるにしても、五歳で成人の一般兵を相手に戦えていることが既に傑出していると言える。そこにはもちろん、英雄の子孫としての魔素の資質がある。
そして最後の半分の半分は、勝利する。
五歳で成人を相手に勝利するのだ。これは一種の偉業、神童と言って差し支えないだろう。そこには本人の資質はもちろん、それを磨く意識と鍛錬が見え隠れする。
そして強き王が求められるこの国において、この者たちは大きく次代の王に近付く。
そのヴァーンハイム王家最初の試練の場に、クリストフは入場した。
その歩みには目の前の兵への恐れも、満場の観客の視線への気後れも一切が感じられない。
まさに威風堂々。
王族に相応しき姿勢に、感心したような吐息がそこかしこから聞こえてくる。
「さて、この子はどうかな」
どこか結果に期待しながらも、僕は人知れずそんなことを呟いた。
「わかっていて口に出すとは変わっているな」
独り言に突っ込んできた隣の筋肉バカもいつになく楽し気だ。
「僕が変わってるのなんて、君もよくわかってることだろう?」
「確かに」
機嫌よく楽し気にゴルバフは笑った。全く貴賓席に相応しくない男だ。
「やっぱり君もそう思うかい?」
「ああ、あれは物が違う」
「そう思うよねぇ」
昨晩の舞踏会。
その段階でクリストフの異常は顕著だった。
いかに王族としての教育を受けていようと、五歳にしてあれだけの数の貴賓と挨拶を交わすのは難しい。状況を見て身内である王族や国内の貴族は挨拶を切り上げるのは不文律の法則だ。
しかし、クリストフにはその必要がまるで見えなかった。
辟易を見せながらも、そこに子どもらしい疲れや癇癪は一切なかった。
そして舞踏。
お披露目舞踏会であれほどの舞踏を見たのは、初めてのことかもしれなかった。
五歳にして、その舞踏は形をなぞるだけのものではなく、流麗な美しさを見る者に感じさせていた。
三歳上のエレナーゼに歩調を合わせ、リードする姿はとても五歳のものとは思えなかった。
怖い子だと思った。
噂には聞いていた。あのエルミアが目をかけ、手ずから教育している子がいると。
まあ、珍しいことではあるが、ない話ではない。
そもそも初代国王にして人類の英雄たるアルフレッド=グラン=ヴァーンハイムとエルミアに親交があったらしい。
だからエルフにしては変わり者のあの女傑は、ちょくちょく我が国に顔を出しては見込んだ者に手解きをしていた。何だったら僕だって少しくらいの薫陶は受けたことがある。
しかし、数年にわたって付きっきりでというのは紛れもない異常だ。しかも生まれた直後から。
『そんなに優秀なのかい?』
三、四年前、城の廊下で二十年ぶり位に顔を合わせたエルミアに尋ねた。
『うーん、優秀は優秀なんだけどね』
するとエルミアは彼女らしい曖昧な微笑みに、彼女らしくない困るとでもいった感情を滲ませた。これは本格的に珍しいと俺は驚いたものだ。
早めに見てみたかったが、こう見えて中々忙しい身で、適当な会う口実もない。同じ王族とは言え、あるいはだからこそ、ただ会うというのは難しい。王位継承権第一位の自分がそんなことをすれば懐柔、共謀、暗殺諸々何を疑われるかわかったものじゃない。
だから、昨年の弟の長男の舞踏会でようやく見ることが叶った時には興奮し、そして我ながら珍しいことに焦った。
これはマズい。
エルミアが目を賭けている。優秀なのはわかっていた。いたが、それは想像以上に出来過ぎていたのだ。
立っているだけでその異常はわかった。
体の重心にブレが全くない。
そして体内を巡る魔素にも偏りも淀みもない。
それは五歳に満たない子どもにして、体と魔素の使い方をかなり以上のレベルでできているということを意味していた。
普通であれば、子どもでなくとも体、魔素の両方にブレがある。
それは利き手であったり、古傷の影響であったり、鍛錬の偏りであったり。
それが無いというのは、それを自覚し修正しているということだ。
そんな子どもがどこにいる。
「まったく、本当に」
その時ほとほと呆れた彼の姿は、現在満場の観衆の下立つ今もまるで変わらない。
どこでも変わらないクリストフの落ち着き払った姿と表情に、僕は溜息ともつかない失笑を漏らすしかなかった。




