19 舞踏会Ⅱ・お披露目
「さて、皆様お待ちかね! ヴァーンハイム王家第三王子アーサー様のご子息、クリストフ=グラン=ヴァーンハイム様のお披露目舞踏です!」
立食で賑わっていた主城の大広間。その中央のテーブルがいつの間にか片付けられている。
幾百の拍手に迎えられ、中央階段下に俺と俺のダンスの相手が立っている。
「緊張しちゃってる?」
パートナー、王の長女の長女、つまりは俺の従姉が半分気遣うように、半分からかうように小声で尋ねてくる。
「ええ。流石に」
俺は無難に適当に応じる。
「かわいくなーい」
それに対する俺よりも頭一つは大きい従姉の反応がこれである。
「初対面の時も、今日も、可愛いって抱き着いてきた気がするんですが」
母親のアリシアといいこの子といい、この王家の女性はちょっと頭がハッピーすぎないかと思ったのだが、他の人はそんなことはなく安心したものだ。
「それはそうだけど。この場面、普通の子はもっと緊張するものでしょ」
「そうですね」
従姉の指摘に淡白に首肯する。
これは多くの有力者への俺のお披露目であり、俺の第一印象を決める場だ。王族として俺の印象を、そして俺だけでなくアーサーやアリシア、それにこの王家への印象も左右する重要な場だ。
ただ、それでも。どれだけ重要だとしても、これで直接的に誰かが死ぬわけでもない。
そう思ってしまえば、そこまで気負うこともない。
上の空でそんな風に考える俺の横で、従姉が不満そうに小さく口を尖らせてるのが見える。自分だって見られているというのに自由なことだ。
「エレン様。クリス様」
そんな俺達の様子を伺いながら、舞踏の先生が気合を入れるように両腕を握りしめて呼びかけてくる。
そして、その遥か後方。壁の花となっているクリアナが、人混みの隙間から見えた。
「行ってきます」
俺は二人の恩師、ほとんどはクリアナに挨拶をして背を向ける。
「ホント、可愛くない」
「なんでですか」
パートナーの謎の反応に思わず不満の声も出ようというものだ。
「小さいくせに、格好いいから」
「え?」
「さあ、踊りましょう?」
驚く俺に笑いかけ、従姉は優雅にしなやかな手を差し出してくる。
それを合図としたように、楽団の演奏が始まる。
「ええ」
俺は音を受け止めるようにエレンの手を取って、ステップを踏み始めた。
※※※
エレンのステップは確かなものだった。
初対面で抱き着いてくる王族らしからぬ振る舞いも、俺との身長差も、まったく舞踏会のパートナーに相応しくないと思ったからできれば遠慮願いたかったが、やりたくて仕方なさそうなので仕方なく受け入れた。
その時もやっぱりここの王族の女性ってちょっとおかしいんじゃないだろうかと思ったものだが、なにはともあれ協力的なのはありがたいことだ。
身長差を埋めるため姉はステップを自分のストライドに見合わぬ小ささで踏むが、パートナーに合わさせるというのは男側、リーダーとして情けない限りだろう。
俺はつま先立ちで身長差を埋め、できる限り開いたストライドでパートナーの歩幅に極力合わせ、そうしたことを繋いだ手を進行方向により遠く引くことで伝える。
「それで最後まで持つの?」
ミュージックに隠れるほどの小声で驚いた従姉が確認してくる。
「男ですから」
この程度でどうにかなるほど難しいものじゃない。俺は茶目っ気を見せて、笑って見せる。
「やっぱり可愛くない」
半分不満そうに、そしてやはり半分楽しそうに、エレンは容赦なくステップのストライドを本来の自分のものに戻してくる。
それは流石にキツイって。内心で苦笑しながらも、俺は無理を見せないよう体の軸は安定させながらも、滑るように大きくステップを踏み込む。
挑発するように、楽しそうにエレンは笑う。
受け止めるように、導くように俺も笑い返して、繋いだ手を引く。
周囲の驚きの騒めきが目と耳についたが、そんなものよりもアーサーとアリシア、そしてクリアナの嬉しそうな微笑みの方が俺には大切だ。あとまあ、ついでに舞踏の先生の満面の喜びも。
舞踏は佳境。演奏は残りワンフレーズ。
俺は強く最後のステップを踏むと同時に、姉の腰を左手で強く引き付け、繋いだ右の手を後ろに押し込んだ。
一瞬の驚きが繋いだ手越しに伝わるが、過たず俺の意をくんでくれたパートナーは背を逸らして後ろの観客に上下逆さまの笑顔を振り向ける。
満場の拍手と喝采が、割れんばかりに大広間に響き渡った。
「なんと素晴らしい!」
「五歳の子の舞踏とはとても思えん!」
「流石はヴァーンハイム王家の御子!」
うん、中身は六十八足すことの五歳だから。なんかすまんな。
「素晴らしい! 素晴らしかったですぞ、クリス様!」
感極まった舞踏の先生の声がうるさいとともに恥ずかしいことこの上ない。
「最後のはなによ」
乱れた呼吸に満足げな笑顔。しかし声には毒を含ませるという器用さでエレンは不満のような疑問をぶつけてくる。
「アドリブです。あの方が盛り上がると思いまして」
「私が応じなかったらどうするつもりだったのよ」
「でも、反応してくれたでしょう?」
確信の笑みで返せば、不満げだった従姉は丸く目を見開いて、
「生意気」
くしゃりと俺の頭を潰してそっぽを向いた。酷くない?
「まことに見事! 流石は我がヴァーンハイム王家の子だ」
王の声に喧騒の大広間が静まり返る。
「我がヴァーンハイム王国に栄光あれ! それでは皆も存分に踊りあかしてくれたまえ」
しかし続いた王の言葉に、大広間は舞踏お披露目前よりも賑やかな喧騒に包まれるのだった。




