1 現状確認 ~一筋の穴、母の傷~
目覚めると、見慣れない肌の色をした女が俺を覗き込んでいた。
俺達ゴート族の浅黒い肌と真逆な透き通るように白色の肌。
少し面食らいながらも、それは馴染みは薄くても、ゴート族にも極稀に現れる色素だと思い直す。
そんなことより何より、こうして自分の意識がある。
そのことに、俺は心底安堵した。
原理も何も知ったものではないが、どうやら俺の術法は成功したらしい。
転生の法。
魔界でまことしやかに噂され、しかし基本碌に過去の記録がない魔界ゆえ、その術理も法則も全く明らかでない術法。
だから、正直かなり分の悪い賭けだったのだが、こうして実際に成功してるのだから、何も問題はない。成功すれば、理由はどうあれ勝ちだ。
なんて考えてる間も、やたら周囲が騒がしい。
どうも結構な数の魔族がいるようで周囲を確認したいところだが、生まれたばかりのせいで頭も碌に動かせない。
「――……――」
もどかしさに臍を噛んでいると、やはり白色の肌の男が涙ぐんだ顔をフェードインしてくる。
なんだ? なんて言った? 俺の知ってる言語じゃない?
というかこいつも白色の肌? そんなレアものが二人も揃っているだと?
想定外の事態に混乱するも、そこで気付く。
こいつら、角がない。
ゴート族特有の両こめかみから生える二本の白色の渦巻く角。それがこいつらには見当たらない。
おまけに追加で気付く。
空間、大気の魔素がやたら少ない。魔素の密度は地域差があるとはいえ、ここまで魔素が薄い場所は見たことも聞いたこともない。
……もしかして。もしかしなくても、ここは俺の知ってるゴート族の生存圏じゃない?
「……―――!」
想定外の事態に衝撃を受ける俺の前、何者とも知らぬ男が両手をこめかみでヒラヒラさせながら、ふざけた顔を俺に見せつけていた。
◇◇◇
身動きが取れない。
多くの種族で生まれたての赤子としては当然の事態だが、俺は強い焦りを抱いていた。
死に瀕した俺が朧げに抱いていたプランでは、俺はゴート族に転生。
思念共有で魔王ルーダス=ゴート=ハインリウムの生まれ変わりであることを周囲に伝えるとともに、自身の死の隠蔽を指示。
他の魔王が俺の死に気付く前にある程度の力を取り戻すとともに、友好的であった魔王ハウゼルとの協力体制を継続・強化することで、勢力均衡を維持、ゴート族の身の保全を保つつもりだった。
それがどうだ。
生まれ変わってみれば、どこの種族とも知れぬ白色の肌の生物に転生。おまけに転生先の魔素も極端に薄いときたものだ。
ゴート族の生存地域に転生しなかっただけでも致命的だというのに、こんな脆弱な場に転生してしまったことは痛恨の極みでしかない。
運良く転生の法が成功すれば、ゴート族に転生するというのはただの願望ではなく、筋の通った理屈のはずだった。
ゴート族の魂である俺は、ゴート族の肉体に引かれる。
それは当然の性質で、帰結のはずだと考えていた。
――それがどうして、こんな知りもしない種族に転生しているのか。
臍を噛むも、結果は結果。仕方ない。
こうしている間にも、俺という魔王を失ったゴート族は危機に瀕しているはず。
一刻も早く、その救援に駆け付けるため、できることをするしかないと俺は決意を固めた。
◇◇◇
何はともあれ情報だ。
ここがどこなのか?
転生した自分が何者なのか?
それがわからなければ、ゴート族の生存圏までのルートも掴めなければ、迂闊に動き出すこともできない。
ということで一刻も早く駆け出したい焦燥に急かされながらも、俺は懸命に周囲を観察した。どうせ動くこともできないしな。
まず目覚めた時にいた白色の肌の男女。これはまあ当然といえば当然だが、今の俺の両親らしい。
飽きることもなく俺の様子に一喜一憂しているが、俺があまりに泣かないことを心配したらしい。医者らしき爺を呼びつけられたので、仕方なく泣き真似をして見せた。
おぎゃあ。マジでこんな声しか出ない。軽く死にたくなってくる。
さておき、仕方ないものは仕方なし。
両親の会話を注意して聞いていれば、少しずつではあるが言葉がわかってきた。やはり、俺の知っているゴート族他の言語体系とはまるで異なる言語だった。
「鍛錬と稽古に行ってくる」
剣を担いだ父親がドアに手をかける。
「はい。行ってらっしゃい、あなた」
母親は、にっこり笑って父親を送り出す。
これがこの家の一番多い日常パターンだ。
これからわかるのは、恐らく父親は戦士階級であること。
さらに、かなり裕福な家庭であるらしいことだ。
赤子の俺がいるという事情を差し置いても、母親は家に残っている。さらにメイドらしき女も出入りしている。部屋もどうも俺専用のようだが、広いし立派な石造りだ。
これは喜ばしい情報だろう。
権力があるところには情報が集まる。これからどう動くかを決めるのに勢力図や地勢情報は必須だ。
加えて、父親が戦士階級。
これも俺が新たに転生したこの場の戦力を図るとともに、新たな自身の肉体性能を図る上でも有用だ。早く動けるようになって父親の鍛錬と稽古とやらを見たい。
◇◇◇
といっても、動けるまではまだまだかかる。
なので、動けない間に魔力の使用感を試してみることにする。
まず意識共有による情報の収集も考えたのだが、両親に警戒されるリスクを考慮し、一時保留とした。下手な動きで警戒されたり、万が一忌み子や外敵扱いで殺されでもしたら笑えない。
仕方なしに、とりあえず根本。大気の魔素を軽くいじってみる。
まとめて、右行って、左。
……普通にできたが、大気中の魔素がやたら少ないので、そもそも集めるのに多少苦労する。魔素を集めるだけで苦労するなんて初めての経験だ。改めて転生したこの地の異質さを実感せざるをえない。
加えて俺自身の魔素総量も高くない。
両親も低級魔族とまではいかないものの、中級魔族に毛が生えた程度の魔素しか持っていなかった。これから先のことを考えると眩暈がしそうだが、前世の子どもの時とどっこいといった程度だからこれからの鍛錬でどうにかするしかない。
そう覚悟は決めるものの、やはり焦りが生じる。
こうして時間を無駄にしている間にもゴート族は危機に瀕しているかもしれない。なのに、駆け付けられない。加えて、駆け付けられたとしても、現状そもそも役に立つだけの力がない。大気だけでなく、己の新たな体に宿る魔素の矮小さに絶望する。
何とか魔素を得られないか?
念じ、魔素を収束しようとしたその時、奇妙な違和感を抱く。
自身の中に、一筋の穴があるような奇妙な感覚。
空恐ろしさを覚える程に途方もない空洞。どこまでも先が見えない洞穴のようなその奥底に、懐かしい感触が漂っていた。
ありふれて、溢れて。かつては当たり前だったが、今となってはこの上なく心強く感じる純粋な力の源。
それを引き出さんと、魔力を伸ばした。
「ぎゃあっ!」
久しく忘れていた激痛に、思わず声が出た。
しかも、痛みそのものは久しぶりで懐かしくすらあるものの、これはどこか今まで感じてきた痛みとは種類が違う。外からでなく、体の内側から焼かれているような。
「クリスッ!」
抱きしめられる感触。浮遊する感覚。
そして、覚えのある生きた肉が焼ける匂い。
そこで初めて、俺は自身の体と、目前の彼女が発火していることに気付いた。
反射的に、空洞に伸ばした意識を断ち切る。
身を焼く痛みは消え、体中を苛む不快な後遺症だけが残る。じくじく皮膚とその下を何かが這い回るような不快感。
それに顔をしかめれば、その俺の前では、
「良かった……本当に良かった」
心底安堵したように、微笑む母親の姿。
美しい美貌の右頬は、見るも無残に赤く焼け爛れていた。
痛むだろうに、その痕はきっと残るだろうに。
それでも、彼女は俺の無事を心底嬉しそうに微笑んでいた。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
心から俺を案ずる母の顔を見て、俺は転生して初めて、心から泣いていた。
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