16 お披露目準備・舞踏
生まれてから五年近い年月が経った。
エルミアとの情報交換。魔力による身体操作訓練。それによって可能となった戦闘訓練。
それでも、まるで目途が立たないゴート族救済への道筋。
そんな長いようで短い五年間。
「君、まったく自重する気ないよね」
エルミアが諦め交じりに苦笑する。
「人前で使わなきゃいいんだろ?」
右に赤、左に青の球体。魔力で造った火炎と水流。
それぞれを球体の中で激流させ、スピードと威力を制御できる限界まで上げ続ける。
「育て方、間違えたかなあ」
ぼやくように、それでいて楽しそうに、エルミアは勢いを増していく球体の輝きを眺める。
「感謝してるよ」
育ての親にして教えの親に俺は軽く返す。
「真心が感じられないなー」
「そんなことないさ」
軽口の応酬。でも、感謝しているのは本当だ。
エルミアは何だかんだ五年間ほとんどいつも一緒にいてくれた。そして、何だかんだ言いながらも、俺に必要な様々なことを教えてくれた。
恩人であり、師であり、家族だ。
「ああ、そういえば」
「今度はなんだよ?」
何かを思い出したエルミアに、俺はすぐに反応する。こいつのそういえばは大体碌なことじゃない。早めの確認が肝要だ。
「舞踏会の準備をしないといけないね」
「武闘会?」
おいおい、なんだその強くなるという俺の目的達成手段の一つにピッタリな響きは。
「あれ? やる気だね」
「もちろんだ。強くなるのに対人訓練は必須だからな。ようやくエルミアとアーサー意外と手合わせできるなら願ってもない」
アーサーには術法抜きという制限もあり、未だ二人には勝てていないものの、戦闘の癖やパターンは相手によって変わる。多くの相手と手を合わせるに越したことはない。
「ああ。そうだね、そっちもあるね」
エルミアは何がおかしいのか面白そうに笑っている。これ、絶対間違えてるやつだ。
「やっぱやめとくわ」
「まあまあ、せっかくのやる気を無駄にしたらもったいないよ」
察知しようと逃れられないのがエルミア。
肩を掴まれた俺は、深く諦めの息を吐き出すしかなかった。
※※※
「そうだよな。舞踏会だよな」
クリアナに体の採寸をされながら、俺は小さくぼやいた。
舞踏会。
魔界にはないイベントだから勘違いしたが、確かに人族の世界でブトウカイと言えば、こちらが正しいのだろう。
「クリス様?」
「ううん、ごめん。何でもないんだ」
俺のぼやきに律儀に反応したクリアナに首を振って何でもないことを示す。口調は子どもの口調にしてと。
「そうですか」
クリアナは雇い主の子どもである俺の言葉に素直に納得してくれる。
「終わりました。クリス様、ありがとうございました」
「こちらこそありがとう、クリアナ」
「それでは仕立て屋にサイズを伝えてきますね」
「うん、よろしく」
パタパタとクリアナが部屋を出て行く。
「今から君の正装が楽しみだね」
部屋の片隅で俺を見ていたエルミアが楽しそうに口にする。
「動きづらそうで嫌なんだけどな、あれ」
イブニングドレスとやらに身を包んだ従兄達の姿を思い出して、俺は思わず顔をしかめる。
「君らしい考え方だけど、王族としては必要なことだから我慢するしかないね」
あくまでにこやかなエルミアに俺はわかっているよと応えながらも、溜め息を吐いた。
舞踏会。
ヴァーンハイム王家では、王族の子の五歳の誕生日に舞踏会を催す。要はその子の顔見せの舞台を作るわけだ。一、二年前から従兄や従姉の舞踏会に参加させられてはいたのだが、興味が無さ過ぎて自分も同じことをするというのを無意識に忘れていたようだ。
「あれ、練習しなきゃダメか?」
俺は片手を上げて、片手を下げステップを踏む真似事をする。
「王族として必要なことだからね」
わかりきっていたエルミアの回答に再度溜め息。
「ちなみに当然だけど魔力は使っちゃダメだよ」
再三溜め息。
「……まあ、魔力と可動域を制限された上での身体操作訓練だと思えばいいか」
「舞踏のことをそんな風に考えるの君位だよ」
自分を納得させる俺の言い訳に、エルミアはやはり面白そうに笑うのだった。
※※※
「え、えっと……その、恐縮ですが、私がクリス様に舞踏を教えさせていただきます?」
見るからに混乱 & 恐縮したクリアナが深々と頭を下げる。
「うん。ありがとう、クリアナ」
そんなクリアナに申し訳なさを覚えながら、俺はできる限り優しい声を掛ける。
「本当にすいません。普通は舞踏の先生がつくのですが……」
「この子は特別だからね」
「はあ?」
混乱が抜けきらないクリアナだが、エルミアの言葉にそういうものですかといった頷きをする。
そう。王族である俺には、本来専門の先生がついて舞踏を教えてもらうことになる。しかし、俺の軽い舞踏の真似事を見たエルミアからストップがかかった。
上手すぎると。
言わんとすることはわかる。五歳の子どもなら、あのステップはそれなりにでもいきなりはできないものなのだろう。
しかしまあ、如何に興味なくチラッと見てただけとはいえ、前世の知識も知恵もあり、今も身体操作訓練をしてる俺からすれば大したもんじゃない。ちょっと教えてもらって練習すれば、簡単にできてしまうだろう。そしてそれは、長年多くの子どもに指導をしている舞踏の先生からは、非常に奇異に見られるはずだ。
そこで多少なりとも誤魔化すためにエルミアが提案したのが、クリアナによる指導だ。
クリアナは半魔でメイド。
舞踏の正式な教えなど当然受けていないが、他の子の舞踏を見ていたことはあるし、お遊び程度に練習に付き合わされたこともあるから、全く踊れないわけではない。
何より俺のお付きのメイドで、俺が元魔族ということまでは知らなくても、俺の異常(失礼な)を多少なりとも知っているし、口止めもされている。
人見知りで恥ずかしがり屋の俺(大嘘)は、いきなり舞踏の先生に習うのは難しいため、まずはクリアナに踊りを教わる。そして、しばらく舞踏を習って自信がついたところで本来の先生に習い始める。すると上手すぎはするだろうが、それは才能とクリアナとの特訓の成果ということにするということだ。
完璧でなく所々間違っているだろうクリアナの教えも、逆に適度な下手さを身に着けるのに役立つだろうとのことだ。ちなみに失礼なことを言っているが、これは俺じゃなくてエルミアの言だ。
ということでレッスンスタート。
「えっと、確か動き始めはこうして」
「こう?」
「え、はい。そうです」
「次にこうして」
「なるほど」
「そう! そうです! クリス様、お上手ですね!」
「そう? ありがとう」
そんな風にクリアナのお手本を真似すること一時間。
「……クリス様、本当に初めて踊られたんですか?」
一通り通しを終えてしまった俺に、クリアナは目を丸くして驚いている。
「僕とお遊びで何回か踊ったことがあるんだ」
「そうそう」
エルミアのフォローに俺もさも本当のことのように頷く。
「エルミア様が。なるほど」
まだ驚きが抜けきってはいないようだが、少し納得の色を浮かべるクリアナ。うん、素直なのはいいことだ。
「でも、本当にクリス様は物覚えが早いですね」
クリアナは褒めてくれるが、転生した結果なのでズルをしているようで素直に喜べない。
「そうだね。この子は何事においても才気に溢れてる」
反面、俺の異常性を誤魔化すためとはいえ、エルミアにこんな風に言われるのは悪い気はしない。ニヤリとエルミアを見返すも、いつもの何を考えてるかわからない微笑で流される。チェッ。
「これなら私がお教えすることは、もうないですね」
半分嬉しそうに、それでいて半分寂しそうに、クリアナは笑った。
「……いや、そんなことはないよ」
エルミアが珍しく理に合わないただの否定を口にする。チラリと俺を流し見ているのは、考えるまでもなくペース配分をまるで考慮しない俺の上達に対しての物言いだろう。クリアナに教えてもらったから上手いという言い訳作りとして、教えてもらった実績がたった一回では弱すぎる。
それは認めるが、敢えて下手な振りをしたり、間違ったことをして時間を浪費したくない。
「ずっと知ってるクリアナに教えてもらえる方が、僕も安心できるよ」
そういう俺なりの理由があることとはいえ、俺のせいの展開なのは間違いないので、俺もクリアナを引き留める。
「……ありがとうございます」
クリアナは花のように微笑んだ。
「こっちこそいつもありがとう」
日頃の感謝を言葉にして、俺も微笑み返す。
どこか、優しく柔らかな時間。
「それじゃ、次の舞踏もクリアナよろしくね」
「はい。わかりました」
エルミアが締め括って、第一回の舞踏練習は丸く収まった。
※※※
「本当にクリス様は凄いですね」
「ありがとう」
第二回の舞踏練習。
開始三十分で早くもやることがなくなってしまった俺を、エルミアが呆れ顔で眺めている。仕方ないだろ。もう覚えたんだから。
「どうしましょう? 恐縮ですが、私と踊る練習をしましょうか?」
講師初体験であるメイドのクリアナは、当然ながら覚えの早すぎる生徒にこの後どうしていいか困っているようだ。
「そうだね。それもぜひお願いしたいんだけど」
一人でなく相手と呼吸を合わせての練習は絶対に必要だろう。しかし、それも終えてしまえば次のクリアナとの舞踏講習に繋げられない。
「クリアナ。君の部族の舞踏ってないのかな?」
空気の凍る音が聞こえた気がした。
エルミアは丸く見開いた瞳で俺を見つめ、それはクリアナも同じだったが、そこに宿った感情は遥かに複雑に見えた。
俺はゆっくりと息を吸い込む。
「ダメかな?」
俺の問いかけに、クリアナはどこか寂しそうに笑んだ。
「……どうしてですか?」
ようやく開かれたクリアナの口から零れたのは、そんな問い返し。雇い主の子どもの俺の問いかけや要望を無視して、クリアナが初めて見せた遣る瀬無さ。
半分魔族だというクリアナ。その額に見える角は、小さくとも俺達ゴート族のものに似ていた。そして、その浅黒い肌の色も。だから、気になっていた。
「知りたいんだ。クリアナの一族のことを」
でもそんなことは言えないから、俺はただ単純に求める。
そんな俺のただの疑問に、きっと思うことがあるだろうクリアナは諦めたように笑う。それは、かつての他部族に支配されていた頃のゴート族が浮かべていた笑みにどこか似ていた。
「わかりました」
ただ請け負って、クリアナはすっと空を仰いだ。
先程までの人族の緩やかに流れる舞踏より早く激しく刻まれるステップ。
けれど猛々しさの中に垣間見える穏やかな潮流。
男の角合わせを受け入れる、女の柔らかな角受け。
受け入れるように、それでいて受け流すように。惑わす四肢の流麗さ。
時折空を見上げる顔に映るは、魔素への畏怖と感謝。そして、喜び。
まったく同じでなくとも、その根底にあるのはきっと同じ源流、そして文化と思想。
「クリス様?」
気付けばクリアナは舞うのを止めて、驚いたように俺を見つめている。
「うん?」
不思議に思いながらクリアナを見返して、俺は頬を何か温かいものが流れているのに気付き、指でそれに触れた。
「どうして、泣いているのですか?」
そう、俺は泣いていた。
「ああ、ごめん」
どこか懐かしくて、どこか温かい。
自分でもわからない胸中の熱。それを想いながら、俺は口を開いた。
「とても綺麗だったから」
陳腐な賛辞。それは自身の涙の理由を隠すためのものであったとしても、そこに嘘はない。
だからか。それを投げかけられたクリアナは呆然と俺を見つめていた。
「綺麗……?」
信じられないといったような呟き。
どこか嬉しさを抱えながら、でも思い出したような苦さを滲ませて。
そこにあるのはきっと、俺が与り知らぬ人族と半魔の、そしてヴァーンハイム家とクリアナの確執。
それでも、今は。
「教えてくれないか。その舞踏も」
いよいよその瞳を今日で一番大きく見開いて、クリアナは俺を見返す。
驚きと、喜びと、戸惑いと、そして少しの屈辱。
「はい。クリス様のご命令とあれば」
それでも、やっぱりクリアナは請け負ってくれるから。
「ありがとう、クリアナ」
俺は、せめて真摯にその一族の誇りに向き合おうと誓った。
これから7話、クリスのお披露目編になります。
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