15 母親 アリシア=エル=ヴァーンハイム
それからアーサーとエルミアに面倒を見てもらって、エルミアと情報交換しながら、互いに魔力についても習い教え、訓練を重ね、ようやくハイハイで身動き位はとれるようになった。
けれどそんな日々の中、たまに俺の様子を遠めに見に来るアリシアとはいまだ話もできず月日が過ぎている。
「ちょっと出てくるね」
そんなある日、唐突にエルミアがそんなことを言い出した。
『急にどうしたんだ?』「ううにあしたんら?」
最近エルミアと喋る時は話す訓練も兼ね、意思共有と別に声も出すようにしている。
エルミアからは二重に情報が入ってきてめっちゃわかりづらいと大不評だが変えるつもりはない。ゴート族を守るという目標のため、できること、身に付けられることは何でもする所存だ。
「うーん、言うだけ野暮?」
『なんだそりゃ?』「あんあおら?」
「さあ? なんだろうね?」
エルミアは悪戯に笑うと背を向け、ヒラヒラ手を振る。
『おい!』「おい!」
呼び止め、続けようとした言葉は止まった。
エルミアが出て行こうとする扉。そこを開いて、アリシアが立っていた。
声が出ない俺にかまうことなく、エルミアはアリシアの背をトンと押す。
それを合図にしたわけでもないだろうが、俯いていたアリシアは顔を上げ、部屋の中へ、俺に向かって、歩を踏み出し、入れ違いにエルミアが部屋を出て行った。
アリシアの存在に、緊張に、俺は声を出せない。
アーサーがここに来るようになって以来、アリシアは度々、扉の方から俺の様子を見に来ることがあった。それでも、俺と目があえば逃げるように去っていき、俺という存在に戸惑っているのは傍目にも明らかだった。
――いや、戸惑っているだけならいいが、俺はアリシアの子どもの体を乗っ取り、挙句、赤の他人のくせにアリシアの美しい顔に傷跡を残して。
『すまない』
「ごめんなさい」
俺の思念共有とアリシアの謝罪が重なり、
「『……え?』」
俺達は互いに間の抜けた表情を浮かべた。
『……どうして、アリシアが謝るんだ?』
本当に意味がわからなくて、俺は戸惑った。
「……あなたは一人で生きられないのに、放ったらかしにしてたから」
『……そんなのアリシアが気に掛けなきゃいけないことじゃない。そんなことより、よほど』
俺の罪のほうが重い、と続けようとした俺の思念は
「どうして? 私達は親子じゃないから?」
心臓を鷲掴むようなアリシアのセリフに遮られた。
親子じゃない。そう、親子じゃないんだ、俺達は。
『……そうです』
アリシアの本当の子どもの体を乗っ取った憎き魔族。それが、俺だ。
俺が肯定に頷いて、その意を受けたアリシアは寂し気に俯き、ややもせずその瞳からは一筋の涙が流れた。
「そう……だよね。赤ちゃんなのに、こんなにもはっきりと意思を持って、伝えてくる。私の子どもに乗り移った魔族があなた。心は、私の子どもじゃない」
言葉が、胸に突き刺さった。
そう、まさにその通り。
わかっていた。誰よりも自分がわかっていて、それを自分からアリシアに伝えたはずだった。
なのに、アリシアの口からそれを伝えられることが、どうしてこんなにも胸に痛いんだろう。
アリシアの顔が見れず、何を伝えていいかわからず、俺は目を背け、それでもそうだと自分の罪を意思として伝えようとした瞬間、自分の両頬に冷たい感触が落ちた。
驚きに目を上げるまでもなく、頬を挟んだアリシアの手が、俺の目をアリシアの顔の正面に上向けた。
「親子じゃないんだから、私は母親じゃない?」
涙を湛え潤んだその碧玉の瞳。
「母親なんて、思えない? 私は……母親失格だった?」
その瞳を、引き込まれるように見つめていた。
『そんなことは、ない』
その愛おしい瞳が、その美貌を焼かれようとこの身を案じてくれたあなたが、母親でないなど。
『この心は魔族のものだけど。その記憶を宿していても』
あなたは紛れもなく、俺の母です。
そう言いたくて、でも、言えなくて。
資格のない俺は、そこで意思共有を止めようとするけれど、アリシアの瞳は俺の言葉の続きを待つように俺を見つめていた。
『……母と思っても、いいんですか?』
怯えながらも縋るように、俺は問うた。
俺の問いかけに目を見開いて、そこに湛えた涙を溢して、
「私の子どもだよ。今更違うなんて、思えない」
アリシアは微笑んだ。
それが嬉しくて、あんまりにも嬉しいから、俺も赤ん坊らしく泣いてしまった。
互いに一頻り泣いた後、
「ねえ、お母さんって呼んで?」
まだ目端に涙の欠片を残しながら、アリシアは俺に向かってそんなことを言った。
それが気恥ずかしくて、俺は咄嗟に応えられない。
「お母さんって、呼んでくれないの?」
すると悲しげに顔を曇らせるから、俺はああもう、と頭の中で身もだえする。
「……おああはん」
恥ずかしさを堪えて、俺は自分の口を開いた。
すると、アリシアは嬉しそうに、本当に嬉しそうに顔を輝かせて、俺を抱きしめた。
「うん。うん! お母さんですよ、クリスちゃん!」
温かくて、こすりつけてくる頬が温かすぎて、気恥ずかしいけれど、嬉しかった。
アリシアにされるがままに抱きしめられ、いい加減俺も疲れてきた頃、アリシアもようやく飽きてくれたのか、俺を降ろしてくれる。
「……一つだけ、聞かせて」
一呼吸おいて、アリシアの瞳が真剣に細まった。
唐突な転調に驚きながらも、覚悟を決めるように息を飲む俺に対して、
「あなたは、いつからクリスだったの?」
泣きそうなのを、辛そうなのを耐えるように、隠すように。平静な口調で、アリシアは確認した。
『……最初から』
俺も同様に、努めて平静に、落ち着いて聞こえるように願いながら返した。
『生まれたその瞬間から、クリスは俺だったよ』
「そう」
俺の答えに安心したようにアリシアは目を伏せ、
「そっか……それなら、よかった」
本当に、よかったと。
きっと、生まれた自分の子どもが持っていた心が、俺に乗っ取られて消されてしまったのではなくてよかったと、アリシアは心底安堵したように、頷いた。
『……すまない』
気付けば、反射的に俺はまた伝えてしまっていた。
きっと、アリシアはそれを望まないと、もうわかっているのに。それは、ただ罪の意識を抱える俺がしたいだけで、相手が望んでなどいないとわかっていたのに。
俺の予想通りに、アリシアは首を横に振った。
「ショックだったけど、なんでもないよなんて言えないけど」
そうだよな。すまないと思いながらも、俺がそれを伝えるのを躊躇う間に、アリシアは微笑んだ。
「転生したのがあなたで、他の誰でもないあなたでよかった」
驚きに目を見張る俺の前で、アリシアは慈愛に満ちた微笑みを深める。
「私の子どもが、あなたでよかった」
本当に、アリシアは。君達夫婦は、お人好しだ。
この温かさは何だろう。
心を締め付けるような、包まれるような気持ちは何だろう。
言葉にできない感情を、俺はゆっくりと噛み締める。
ようやくそれを受け入れて、
『俺も』
俺はアリシアに伝える。
『俺もあなたの、あなた達の子どもでよかった』
花のような笑顔を咲かせて、アリシアはやっぱり、俺を抱きしめてくれた。
ようやく0歳期が終わりです。物語で言うとプロローグのプロローグ? 位が終わったイメージです。
次は魔王様のお披露目が始まります。よろしくお願いします。
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