13 地上の世界Ⅱ
「間引きの意味が通じてないわけじゃないよね?」
特に反応のない俺を見て、エルミアが聞いてくる。
『言葉の問題じゃないのはわかってるだろ?』
意識共有は文字通りお互いの意識の共有だ。使用言語に関わらず意思疎通ができるのは、魔族の頃のハービィ族との交流でもわかってる。
「だよね。それじゃ、間引きも魔界でも常識なわけか」
『常識ってわけでもないが、現在の支配勢力が対抗する勢力が出てきた時に取る対応なんて想像がつくだろ』
現在の支配勢力が自分達より強く、しかも数も逆転しそうな相手を放置するわけなどない。
「なるほど」
俺の言葉に頷くエルミアは無表情だが、表情豊かな彼女がそうして感情を表に出さないようにしている時点で、いい感情を持っていないのは容易にわかる。
『しかし、逆によく半魔はずっと持ちこたえてこれたな』
半魔が地上大侵攻時に魔族が人間に残した子どもだというのならば、その誕生はおよそ八百年前。
一方的に間引きをされるほどの勢力差であれば、それほどの時の間に根絶かもはや勢力としての形を成せないほどに追い詰めることはできなかったのだろうか。
「理由は幾つかあるけど、まずは数を考慮しない単体であれば半魔の方が魔素が強いこと。次に環境が半魔に有利に働いていること」
『環境?』
「そう。半魔の勢力圏、ユンカース大森林」
エルミアは半魔の勢力圏と言った東の丸を指差した。
「半魔の勢力圏は大陸の三割に迫ろうかという大森林。そこに住まい、異形の魔物や半魔には慣れたテリトリーだけど、平地に住まう人族にとっては住むにも戦うにも難しい環境なの」
『なるほど』
俺は納得する。空ならハービィ族や竜族、狭所ならドラル族、開けた場ではギガンダ族といったように、魔界でもそれぞれの種族に有利な環境というのはあった。
「あとエルフの時も話したと思うけど、人族の国同士の関係性もあるね」
『ああ、それもあったか』
これも魔界に照らし合わせても理解できる話だ。例えば竜族が全力でギガンダ族に戦力を向ければ、ドラル族に隙を晒すことになる。そういう話だ。
「ただ、それらは恐らく副次的な話だと僕は思ってる」
ここでエルミアは、初めて自分はという推察を挟み込んできた。
『というと?』
持って回ったエルミアの言い様に俺は首を捻る。
「多分、人族の支配者は半魔を意図的に滅ぼさないようにしてる」
『……どういうことだ?』
初めて話の糸口もわからず、問い返すまでに間が開いてしまった。
「ようやく君を驚かせられたみたいだね」
そんな俺を見て、エルミアはどこか嬉しそうに、悪戯に微笑んだ。
『おい』
「ごめんごめん。君、話が早いのはいいんだけど、ずっとそうだとそれもそれで面白くなかったから」
『本当に悪いと思ってるのかよ』
楽しそうに笑うエルミアに俺はため息を吐きたくなる。
「だからゴメンって」
謝りながらも笑ってるものだから、まるで説得力がない。
「まあ、からかうのは置いておいて」
ようやく笑い終えたエルミアが話を戻す。
「人族にとって、半魔には役割があるんだよ」
『役割?』
「そう。いざという時の防波堤っていう役割がね」
『防波堤も何も地上の勢力は二つって……』
話しながら、俺はそこで気付く。
「そう。魔族に対する防波堤だよ」
俺が気付いたのを見て取ったエルミアがようやく答えを口にした。
「今は神の恩寵があるとはいえ、八百年前はなかったわけだし、いつ無くならないって保証もないからね」
八百年。祖父か曽祖父の時代には無かったのだ。その程度であれば、確かに保証とは言えない。
「まあ、滅ぼすとなれば厄介以上に大変っていうのもあるだろうけど、それだけ魔族大侵攻は地上にとって根強い恐怖ってこと」
付け足しのようにエルミアは補足するが、訴えるように俺を見る翠玉の瞳に、俺はエルミアが言外に言おうとしていることを感じてしまった。
神の恩寵に何もするな。
魔界にいるゴート族の救済を目的とする俺に、彼女はそう言いたいのだろう。
自分達の平穏を願うエルミアの想いは、同じ望みを抱くものとして理解できたから、わかってしまった。
そして、互いにそれは譲れないことも理解しているから。心苦しさに俺達は黙り込んだ。
※※※
「……地上全体の話はこれくらいにしておいて、話をこの国に戻そうか」
気まずさを打ち消すように、エルミアは話を本題に戻した。
「最初に話した通り、ヴァーンハイム王国は人族の最前線。人族にとって半魔が魔族への盾だとしたら、この国は半魔への盾なわけだね」
まあ立地的にそうなるよな。
「そして、同時に人族全体の傀儡国家だ」
『傀儡国家?』
不穏な単語を、俺は繰り返すことで問う。
「さっきも話した通り、人族は定期的に半魔を間引いてる。その半魔のテリトリーは、この国と隣接したユンカース大森林。となると主で動くことになるのは」
『当然、この国になるってことか』
傀儡国家の意味が徐々にわかってくる。
「そういうこと」
『他の人族国家からの支援は?』
半ば予測がつく問いを俺は確認する。
「君の想像通り。金銭や武具、兵糧といった物資的な支援は多少はあるけど、兵隊みたいな人的支援はほぼ無いよ」
『……姑息だな』
予測通りの答えだが、思わず吐き捨ててしまう。
「そうだね。それにしても、本当に君は賢くて面白くない」
『うるさいよ』
エルミアの茶化しに、俺も素直に乗る。何も挟まず真面目に語り続けるのには、あまりに胸糞が悪すぎるからだ。
物資の支援だけで自分達は矢面に立たず、ヴァーンハイム王国を戦わせる。そうすることで半魔の恨み、標的はこの国になる。
そして一度そうなってしまった以上、この国は間引きを止めることはできない。半魔の勢力が自分達を上回った時、真っ先に狙われるのは自分達なのだから。
『この国に他の選択肢はないのか?』
困難は承知で問う。
「ない」
難しいのはわかっていたが、返ってきたのはあまりに早く、あまりに断定的な否定だった。
「半魔と人族、この国の確執はあまりに積み重なりすぎてる。でもそれ以上に、この国がそうあるのは他の人族国家に強いられていることだからだ」
どこか攻めるような俺の視線に、エルミアは説明した。
「アレア神聖国。国家を問わず、全人族の信奉する神聖教の総本山たる宗教国家」
エルミアはヴァーンハイム王国北西の東西に長い広大な国家を指差す。
「ヴァイセルン帝国。この世界で最も古い歴史を持つ帝国で、ヴァーンハイム王国の宗主国」
エルミアはヴァーンハイム王国の西方、アレア神聖国の南に当たり、神聖国同様東西に長い広大な領土を示す。
「この二国がヴァーンハイム王国にその役目を強いている」
『どうやって?』
強要されれば逆らえない力関係。それは、ヴァーンハイム王国の三倍はあろうかというそれぞれの領土を見ればわかる。それでも、その方法がどのようなものかによって対応は変わるから俺は確認した。
「アレア神聖国はその教義で。神聖教は、半魔を地上に絶望を齎した魔族の血の流れる不浄のものとして存在そのものを認めていない。全人族に信奉され、強い影響力を持つ神聖教がそう定めている以上、半魔は人族の敵と見做すことしかできない。そしてアレア神聖国がその撃滅の令を発すれば、逆らうことも同様にできない」
宗教。
魔界にはない概念で、理解が難しい。世界を作った何者か、神がいるとは伝わっているが、そんな物の言うことを聞くやつはいないし、むしろ弱者はあんな世界にした神という存在を呪ってる。
だから俺は、ギガンダ族の魔王がゴート族をおもちゃと定めている以上、ギガンダ族は全員がゴート族をおもちゃ扱いすると同じようなものと理解した。
「そしてヴァイセルン帝国。ヴァーンハイム王国は元を辿れば、当時のヴァイセルン皇帝から魔族大侵攻時の人族の英雄が領土を下賜されたことから始まってる。ヴァイセルン皇帝は自国の領土の内、半魔の領域のユンカース大森林と接する部分を、魔族を撃退した英雄に下賜したんだ」
『……まさか』
「その後の誘導を見れば明らかだけど、最初からヴァーンハイム王国に盾の役割をさせるために独立させたんだろうね」
『大した先見の明だ』
感嘆はするが、やはり胸糞の悪さに吐き捨てるようにはなってしまう。
「そしてヴァーンハイムの王族や貴族は元を辿れば戦士。全員が愚かだったわけではないけれど、ヴァイセルン皇帝や貴族達のその策謀に当初は気付けなかった。そして、一度半魔と戦ってしまった以上、もはや手遅れとなってしまった」
身内を殺されれば、当然その相手を恨む。
相手に事情があろうと、その裏で動いている者がいようと、実行犯を憎む。
身内を殺されているのだ。視野は狭くなるし、身内を殺されてそうならない奴なんてどこかおかしい奴か、余程の知恵者だ。
「この国の状況は以上」
そう締めくくったかと思うと、エルミアは俺を見つめた。
「翻るに君の存在だ」
俺は頭を抱えたくなった。
「君は紛れもなくヴァーンハイムの王族だ。その君が不浄の存在である半魔の魔力に似た魔力を使うなんて、どう考えてもこの国にとって愉快な話にならない。ましてや魔族大侵攻をした仇敵、魔族の生まれ変わりだなんて知られれば」
エルミアは言葉を区切ったが、その先は言われるまでもなくわかる。
間違いなく俺は殺されるだろう。
それだけで済めばいいが、俺の両親であるアーサーやアリシア、果てはヴァーンハイム王家からその国に至るまで。碌なことにならないのは火を見るより明らかだ。
「そういうことだから、くれぐれも行動は慎重にね」
ゴート族救済への道程の険しさに、俺は本気で頭が痛くなった。
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