11 思いついたことがある
思いついたことがある。
エルミア。
ほんわり笑顔に見せかけて、中身は赤ん坊を餓死させることも厭わないあのクレイジーサイコエルフ。
あれに自身の命とも言える衣食住を握られている今の状況は、控えめに言っても非常にまずい。
そう危機意識を抱いた俺は、何とか文字通りの自立ができないかと考えた。
そこで俺は思いついたね。
題して、体を動かせないなら魔力で操っちゃえばいいじゃない大作戦である。
最も基本的な術法の一つに、身体能力向上の術法がある。
これは体内の魔素、もしくは外界から取り込んだ魔素を術式で変換した魔力として体内に巡らせ、身体能力を向上させる術法だ。単純な身体動作に、魔力の力を上乗せしているわけだ。これにより術者は、自身の身体能力の限界を超えた膂力やスピードを得ることができる。
これは元々の身体能力や動作を魔力で強化しているわけだが、動作の強化ができるなら動作それ自体だって魔力でできるはずだ。
もう一つ、防御力強化の術法がある。
こちらは身体能力向上の術法とは逆に、体内の魔素、もしくは外界の魔素を同様に魔力として体外に纏い防御を強化する術法だ。
これは外部からの攻撃に対して魔力で防御の膜を張っているわけだが、同様に魔力を纏い体を固定することで、未だ脆い体の関節を固定することができるだろう。
問題は魔素不足と術法の併用についてだ。
魔界ではこの二つの術式のどちらかを用いる時は全身に用いるのが常識だったが、今の俺にそれだけの魔素容量はない。
また、身体能力向上の術法は体を動かす術法であるのに対して、防御力強化の術法はある意味体を固定する術法で相反するものだ。よって攻撃や回避の際は身体能力向上の術法、受け止めて防御する際は防御力強化の術法を使用するというように切り替えて使用するのが常識だった。
しかし、これは魔界の常識だったと今ならわかる。
アーサーの鍛錬を思い出す。
アーサーは必要な時に必要な部位にのみ魔素を集中させていた。
そしてここで注視すべきは、アーサーは身体能力向上の術法と防御力強化の術法を同時に発動させている点だ。例えば剣舞の最中、蹴りを繰り出す時はその足の内部に魔力を巡らせ身体能力を向上させると共に、攻撃部位の外部を魔素で覆って強化している。まあ、これは攻撃に用いているので防御力強化の術法と言うより攻撃力強化の術法になるのだけれど理屈は同じだ。
俺が着目したのはアーサーの部位ごとの操作性と併用性。そして、全身でなく部位ごとという局地性により実現される使用魔素量の低減。
それを再現することができれば、脆い体を固定しつつ操作するというある意味相反する術法使用を、今の俺の限られた魔素容量でも実現できるのではないか?
ということで、早速実践だ。
ベッドに横たわる俺は、腰の内部と外部に魔力を巡らす。魔力で無理やり腰を折って上半身を起こしつつ、まだ脆い腰の外部を魔力で覆って固定する。
成功だ。
ここで上半身を起こしたままにたる最低限の魔力だけを腰の外部に留まらせる。
残りの魔力を両足に。やることは腰の時と同様、内部で流動し、外部を固定。
立った! 立てたぞ!
フハハハッと、内心で俺は高笑いする。
気をよくした俺はさらなる挑戦に挑む。
目標は食の確保。であれば、食料の元までは自分で辿り着けねばなるまい。移動が必要だ。
俺はベッドの下を見下ろす。大人の腰程度、そこそこの高さだ。
しかし、魔力による強化があれば、やってやれないことはないだろう。
足の魔力に命じてジャンプ。
そして着地!
衝撃に倒れ込みそうになる腰の外部を魔力で覆い固定!
決まった。
見事ベッドからの旅立ち、床への到達を果たした俺は達成感に満たされる。
「ク、クリス様?」
そうして満足していると、聞きなれた声で呼びかけられた。
ある程度自由に動かせるようになった首を振り向かせれば、両親に面倒を看てもらえなくなってから、俺の衣食を一手に担ってくれているメイドのクリアナが驚愕の表情で口を手で覆っていた。
ヤバ……魔力操作に夢中で、まったく気づかなかった。
「クリス様が立ってる? ベッドから飛び降りて? まだ生後半年も経ってないのに?」
クリアナは小さい角の生えた額を手で押さえ、フラフラと体を揺らめかせる。
あ、危ないって!
俺の不安は的中し、クリアナはふぅとその場に倒れ込む。
ヤバい!
咄嗟に足裏で魔力をバースト。クリアナの倒れ込む地点に先回り、両手を無理やり魔力で掲げる。
掌を除く全身を、ありったけの魔力で固定した。
ズシンと衝撃。
柔らかなクリアナの胸部を辛うじて受け止める。
安堵に息を吐くが、魔力強化せず受け止めた掌に激痛。手が、手がー!
「……何やってるの、君?」
安堵と激痛に見舞われる俺の頭上から、クレイジーサイコエルフの底冷えするような声が降ってきた。
※※※
「君はバカなのかな?」
ニッコニコと満面笑顔のエルミアさんが、未だかつてない程に恐ろしい。
『すいません』
一部の言い訳も許されない俺は、平謝りに謝り倒す。
「自分は普通の人間じゃありませんって喧伝して、せっかく君が転生魔族だって秘密にしてる僕達の苦労を水の泡にしたいんだ?」
『滅相もございません。誠に申し訳ありません』
釈明の余地もなければ、エルミアはヤバい怖いし、更にはいつぞやの只者じゃないおっさんまで来てる。これは一歩間違うとマジで死まであると俺は必死の謝罪。
「なぜそんなことをしたのだ?」
頭が痛いとばかりに、おっさんは掌で顔を覆っている。
「……いや、エルミアが餓死させるって言うから」
俺はエルミアを売ることにした。
「エルミア?」
おっさんは疑わし気な目でエルミアを見やる。
「ちょっとしたコミュニケーションだよ」
メンタル強え!
おっさんは全てを諦めたように深々と息を吐いた。おっさんもエルミアに苦労させられてるんだな。俺はおっさんに深い共感を覚えた。
「ここでは魔族は敵視されてる。そのことは当然理解しているな」
おっさんは俺が魔族の転生だということを知っているようだった。この状況で呼ばれたからにはそうかなとは思ってはいたが。
『はい』
「であれば、お前の秘密の露見は我々の立場にも影響する。そのことも理解しろ」
『はい』
おっさんの言っていることはもっともなので、俺は素直に頷く。
「お前には、心得のある専属のメイドを付けるとしよう」
『……あ』
しかし、続けられた提案には素直に賛同できなかった。
「なんだ? 異論があるのか?」
『そ、そのクリアナは代えないで欲しいというか』
「なぜだ?」
おっさんは不思議そうに俺を見る。
『ずっと世話になってるし、俺のせいでクビになるのも申し訳ないというか』
おっさんは目を丸くすると、口元を隠した。隙間から愉快気な声が漏れているが……これは笑ってる?
「そうか。まあ、それはそれで口止めする者が減って好都合だ」
ホッと安心する俺におっさんはただし、と付け加える。
「メイドを代える必要があると私が判断すれば、その時は即座に代える。そうならないように注意することだな」
『……はい』
釘を刺されても反抗できない俺はただ頷くしかない。
「さて、それで」
おっさんは前置いて話を切り替える。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
『……俺は、俺の一族を守る』
俺の答えに、フンッとおっさんは鼻を鳴らす。
「まあそれができるかどうかは置いておいて。それでは、私達を、人族をどうするつもりだ?」
『……それは別にどうとも』
正直、本当に何とも思ってない。
「対象を絞ろう。アーサーとアリシアを、エルミアやクリアナをどうするつもりだ?」
そんな俺に、おっさんは質問を切り替えた。
『それは……』
俺は、また言葉に窮する。でも、その窮する理由は先とは違う。
生まれ変わった俺。それがあるのは偏にその人達のおかげだ。それを、その恩義を、俺はどうすればいいのか。それが、今の俺にはわからない。
悩む俺の耳に届いたフッという吐息に目を上げれば、おっさんの口元が微かに緩んでいた気がした。
「まずお前に伝えておくべきことだが、我々は苦しい状況にある。それは理解しておいてもらおう」
そう切り出して、おっさんは真っすぐに俺の目を見た。
「私はハインリッヒ。第四十二代ヴァーンハイム国王ハインリッヒ=グラン=ヴァーンハイム。そして今のお前の祖父に当たる」
おっさん、国王の名乗りに俺は息を飲む。城に住んでいることから、まさかとは思っていたが、本当にそのまさかだったようだ。
「お前の父親アーサーは私の子どもで、兄弟で言うと三男に当たる」
そうなれば、当然アーサーは王子だ。
……あれが王子か。いや、まあ、いいんだけど。
「であるから、その長男であるお前も当然ヴァーンハイム王家の者となる。アーサーの上の兄弟にも子どもはあるから普通であれば王を継ぐ位置にはいないが、かといって我が国や一族に影響がないというわけでもない」
祖父にして国王であるその男は丁寧に俺の立ち位置を説明する。それが言いたいのは、
「お前には、その王族としての立場を自覚した行動を願いたいものだな」
そういうことだよな。
この国に厄介ごとを持ち込むな。一族の他の者とトラブルを起こすな。立場を弁えろ。そして何より、魔族の転生体である秘密を守れ。
そういうことだろう。
『わかりました』
彼の王としての立場は理解できたので、俺は素直に頷いた。
「それでいい」
俺の了承を王も素直に受け入れる。
ありがたいが、アーサーといい、アリシアといい、エルミアといい。この国の人間は皆こんなお人好しで大丈夫なのだろうか? いや、エルミアはこの国の人間じゃなかったか。
「王族である以上、我が国の立ち位置を理解してもらう必要があるわけだが」
言いながら、彼はチラリとエルミアを見る。
「私には執務がある。後のことはエルミア、任せてもいいか?」
「了解。任せて君はお仕事頑張って」
すんなり請け負うエルミアに、王は苦笑しながらも頭を下げて、部屋を出て行った。
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