10 新たな日常
さて、それからどうなったかといえば。
我が家に同居エルフが一人増えたぞ。
というのは冗談として、その新参者によって俺は今までの日の当たる暖かな部屋から、城の奥の物置のような薄暗い一室へ移された。
まあ、これは仕方ない。アーサーと何よりアリシアの心情を思いやれば、俺の姿は二人に見えないほうがいい。むしろエルミア、ナイス判断。
おまけにここなら誰の目に憚ることもなく魔力操作の訓練ができる。再びアーサーの訓練を思い浮かべて、すると今はもう俺の前で笑うことのないその姿にどこか胸が苦しくなるが、それを胸の片隅に追いやって俺は魔力操作をし続ける。
腹、背骨、左手、左胸、右胸、右腕、右足、左足。
「んー、なんというか、君思ったより普通だよね」
バッサリだ。暇なのか、俺の監視なのか。エルミアはやたら俺にべったりだ。
「伝書見る限りじゃ魔族ってヤバいイメージだったけど、そんなもんなの?」
『俺からすると魔族がヤバいんじゃなくて、お前達と地上が異常なだけだけどな』
ピクリとエルミアの眉が動く。
「どういうこと?」
『お前達も、地上も魔素が薄すぎる。正直、話にもならない』
「……そう。君達魔族は元々の魔素が強いから、魔力操作をするまでもないってこと?」
『まあ、そういうことだな』
物わかりのいい奴だ。逐一説明しなくていいのは話が楽で助かる。
俺の答えに神妙な顔つきになったエルミアは、やがて大きく息を吐きだす。と、
『あ?』
俺が操ってた外界の魔素が霧散する。いや、霧散ではなく、これは吸い取られている?
その現象に気付いた俺がその吸収源、エルミアに目をやれば、エルミアの体内から彼女の魔素と異なる別の魔素も溢れ出し、っていや、どんな理屈だ、それ!?
驚愕に目を見張る俺の前、周囲の魔素を吸い尽くしたエルミアが目を細めて俺を見る。
「どう? 僕の魔力は。魔族の中ではどれ位のもの?」
話す言葉さえ魔力を帯びていそうな存在感。金の長髪が立ち昇らんばかりの魔力ゆえにか、浮き上がるようにして大気を泳いでいる。
強い。こいつは間違いなく。
確信に身が引き締まる。
『魔力量は特級に達してる』
加えて、
『魔界にはなかった君達の魔力操作技術。それも合わせれば特級の上位クラスとも戦えるかもしれないな』
「……そう」
率直な俺の意見に、エルミアは諦めたような、納得したような微笑を浮かべた。
「じゃあ、魔王には?」
……こいつ。
『魔界の序列を知ってるんだな』
油断ならないエルミアの確認に、俺もその確度を問い返す。
「これでも長生きしてるんだ」
エルミアはただそう言って、怪しく口角を上げた。
そう言うエルミアの見た目は、とても年月を経ているようには見えない。
長命種か。
あの神とやらは人間の寿命は魔族のそれよりは遥かに短いと言っていたが、エルフは事情が違うらしい。
「で、どうかな?」
『相手にならないだろうな』
半ば確信しているような再三の確認に、俺は素直に頷いた。
魔族の強さに明確な基準などないが、大まかに低級・中級・上級と魔素量で判断されている。
しかし、それはあくまで一般魔族のランク。
それに当てはまらない規格外の魔素を持つもの。強さを持つもの。それらは特級と呼ばれ、一般魔族とは明確に区分けされる。特級魔族には一般魔族が束になっても敵わない。何せ魔素量が根本的に違うから、そもそも傷もつけられない。エルミアはこの魔素の薄い地において驚きだが、この領域に到達している。
しかし、魔王にはその特級が束になっても敵わない。一般魔族と特級魔族の間にも等しき隔絶が、そこにはあるのだ。
「……そ。まったく嫌になる」
溜息のようにエルミアはぼやいて、収束した魔素を大気に還す。
「で、そーいう君は、どれくらい強かったのかな?」
『……さあ、どうだろうな?』
教える必要もないので、ぼやかす。
「んー、やっぱ殺しておいた方がいいかな?」
『おいっ!?』
言うに事欠いてそれか。なんて物騒な奴だ。
『……でも、驚きだな』
素直に俺は感嘆を表す。
「お世辞なんていいよ」
『いや、世辞じゃない。これだけ魔素が薄い場で、あれだけの魔力を練るってのは中々できんぞ。どうやってるんだ?』
魔素は魔力の源。世界に溢れる力の源泉。
術法を使うには、魔素を集め、術式に適した魔力へと変換する必要がある。だから、魔素が無ければそもそも魔力を練れず、術式も発動できない。
「んー、褒められるのは悪い気はしないけど、元魔族に無駄に情報あげるのもね」
『おい。こっちは今、質問に答えただろうが』
「情報としては価値あったけど、こっちの戦力増強に繋がってるわけじゃないし? 僕のは教えれば君、真似するでしょ」
『……いや、まあ。そりゃそうだけど』
そのために聞いてるわけだし。
「情報交換は平等じゃなきゃ。教える代価に転生の法でも教えてもらわないと」
『そりゃ、ぼりすぎじゃないか!?』
仮にも伝説級の術法だぞ、コラ。
「んー」
エルミアは俺の枕元の横に置かれたサイドテーブルに手を伸ばす。
「言わないつもりならそれでもいいけど」
そこから掴んだ木の器と布を掲げ、
「おまんま、あげないでちゅよ?」
『お、お前っ!』
ふざけた口調と顔で、俺に脅しをかけてきた。
全く逆らえない立場な俺。
アリシア、アーサーと顔も合せられない今。俺の衣食住の決定権は監視役のエルミアが握っているに違いない。基本は今まで通りメイドのクリアナがしてくれているが、こいつの指示次第ではそれも無くなりかねない。
「赤ちゃんって、どれ位放っとけば干からびるかな?」
……こいつ、マジか。
想定した最悪の事態を言外に肯定するエルミアの鬼畜発言に、顔の血の気が引く。
『教えます。教えればいいんでしょ』
「うんうん、それでいいんだよ」
諦めの俺と満足げなエルミア。いたいけな赤ちゃんを屈服させてこれとか、こいつマジヤバイ。
『えー、まず死にかけます』
「……え?」
『続いて死の淵に瀕します』
「……うん?」
『朦朧とする意識の中、死ねない理由を思い浮かべます』
「……」
『それでまだ死ねない。何とかしなければと思い詰め、かつて聞いた転生の術法に思い馳せ、全身全霊で魔力を込め、転生を願います』
「……おーい」
『するとなんということでしょう。気づけば無事に転生を果たしているじゃありませんか!』
「そんなわけないじゃん!」
おまっ! 赤ん坊の頭を叩く奴があるか!
魔力でガードしたからいいけど、普通の赤ん坊だったら危ないとこだったぞ、おい!
『そう言われても事実そうだったんだから仕方ない』
あっけからんと応える俺に、エルミアは深々と溜息を吐く。
「結局、何もわかってないってことだね」
『そうとも言う』
自称神の言う通りだとすれば、そもそも術法は成功してないらしいしな。ただそれを言っても、俺には何の得にもならんのでスルー。
『さあ、聞かれたことには答えたぞ。今度はそっちの番だ』
「……よく今の答えでせいせい聞き返せるね?」
『情報交換だからな』
しれっとした俺の態度に、エルミアはその美貌に似合わないジト目でねめつけてくる。
……僕、いたいけな赤ちゃんでちゅよ?
「……君と話してると、ホントに魔族と話してるのかって気になってくるよ」
『ほら、今は人族の赤ん坊だから』
「ホント、調子いい」
どこかあほくさそうに、楽し気に、エルミアは笑った。
「僕がどうやって魔力を練ってるかだったね」
そうそう、それそれ。
「僕達エルフは世界に愛されてる」
『……は?』
「自然に生き、自然と共に生きてる」
『……うん?』
「しかも長生きなもんだから、世界と自分の境界が薄い」
『……』
「だから、大気の魔素も自分の魔素も渾然一体」
『……ヘイヘイ』
「だからその場のすべての魔素を使って、魔力を練れるってわけだね。めでたしめでたし」
『なんだそりゃ!?』
全力で吠える俺の思念に、エルミアは楽し気に腹を抱えている。
『なにが君真似するでしょ、だ! どうしようもねえじゃねえか!』
「対等な情報交換だからね。両方同じくらいの損得じゃないと」
『……よくそんな答えで、転生の法との交換なんて言い出せたな』
「君こそ、何にもわからない情報でよくしぶる振りなんてできたもんだよね?」
チクショウと見上げる赤ちゃんな俺の眼差しにエルミアは笑って、
「君も僕も情報は交換できて、でも真似はできない。これで等価交換ってものじゃない?」
『……まあ、お互い様ってなもんか』
「そうかなー? 僕の方が貸しは大きい気がするけど」
『はあ?』
どこがだよと眉を訝しめる俺の前、
「はい、ご飯でちゅよー」
馬鹿にした言葉遣いのエルミアが、木の器のミルクに浸した布を俺の口元へと運んできた。
『……いただきまちゅ』
早く自立したい。
今日は夕方か夜にもう一本投稿予定です。
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