9 密会 【エルミア=シル=グランディス】
【エルミア視点】
ヴァーンハイム王国。
魔族大侵攻時の人族の英雄、アルフレッドを始祖とする戦士の国。
大戦の功績を称えられたアルフレッドに与えられた領地だけあり、その地勢条件は人族の最前線とも言えるもので、半魔や僕達エルフといった非人族勢力の領域であるユンカース大森林に隣接している。
そんな国だからこそ、秘された一室に僕とその国の王の二人だけがいるなんて奇妙な状況もあるわけだけど、と僕は笑ってしまった。
「どうした、エルミア?」
ハインが渋面の眉をピクリと上げる。その身には、人族と思えない魔素のプレッシャーを帯びている。
「ううん、なんでもないよ」
事実なんでもないのだけど、ハインの魔素に彼の祖先であるアルフレッドの在りし日の姿を重ねてしまって、僕は益々笑ってしまいそうになる。
「……左様であるか」
誤魔化す僕に、ハインは諦めたように息を吐いた。いい切り替えだ。子どもの頃から僕と付き合ってるだけはある。
「まさか魔族の生まれ変わりとはな」
溜め息を吐いたくらいで、ハインの渋面が和らぐことはなかった。
それはそうだろう。国王の彼としては、孫にそんなものが生まれたとあっては災厄の芽以外の何物でもない。
「そういうこと。それで君はどうする?」
それでも僕は問いかける。彼は国王で、彼の選択によって僕の取るべき行動も変わるから。
深くもう一度溜め息を重ねて、ハインは眉間の皺を緩めた。
「そもそも、そやつはなぜそのようなことを自白したのだ?」
そうして出てきたのは、無意味な愚痴や怒りの言葉ではなくて、きちんと問題を、その相手を理解しようとするための質問。
――アルフ。貴方の子達は真っ直ぐに育っているよ。
そのことが嬉しいから、やっぱり僕は口元を緩めてしまう。
「申し訳ないと思ったんだって。アーサーとアリシアを騙していることが」
僕の答えを聞いて、ハインはここしばらく彼のそんな間抜けな表情を見たことなかったなと思うくらいには目を真ん丸に見開いた。
「クク……ハハッ……ハッハッハ!」
そして、面白いくらいに大笑する。彼のこんな素直な笑い声も随分久しぶりに聞いた気がする。
「面白いよねぇ。噂に聞く魔族とは大違いのお人好しだ」
それが嬉しくて、そしてやっぱりそんな元魔族も可笑しくて、僕も未だに笑ってしまう。
「加えるなら大馬鹿だな。そんな一時の情で無力な自らの身を危険に晒すとは」
「本当だよね」
そんな憎まれ口を叩きながらも、僕達はまだ口の端の笑いを噛み殺している。
「でも神聖国や帝国の連中よりも、僕はよっぽど好感が持てたよ」
「……そうか」
ハインは、国王としての口調を崩していた。
「しかしそんな危険な身の上で、そんな決定的な情報を口にする愚か者は、この国を預かる者として捨て置けん。それこそ神聖国や帝国にどう付け込まれるか知れたものではないからな」
それでも当然、国王としての責務をハインは忘れない。人の好き嫌いなんかで、国の行方を左右することはあっちゃいけないから。
「それはもっともだけどね。彼は決して愚か者じゃないし、利用価値もあるよ」
「ふむ?」
僕の言葉の続きを促すように、彼は目で問い返してくる。
「彼は魔界と地上の情報交換に応じた。無力な自分に拒否権がない立場も理解している。それでいて、自身の一族に不利益にならなければという条件提示をしている。そして、それが叶わなければ自死をも厭わない覚悟も持ってる」
さっき以上ではないかと思う程に、ハインは目を剝く。
「なんだそれは」
「言葉の通りだよ、ハイン」
言外に信じられないと言うハインに、僕は続ける。
「彼は本当に君達や僕等にそっくりだ。僕は心から神聖国や帝国の連中よりも好きになれそうだよ」
「それではエルミア。お前はクリスをどうするつもりだ?」
肘置きについた手の指で、ハインは傾けたこめかみをコッコッと叩く。
「僕はもっと彼と話してみたいかな。ハインがこの国でそれを難しいって言うのなら、エルフの森まで連れていこうかと思ってる」
「それはまたシアルグレインで揉めそうなことを」
ハインは驚いたように、あるいは呆れたように口を開く。
「揉めてもいいさ。多くの意見が出るのが健全な共同体ってものだよ。もっとも僕は彼を生かすっていう意見を変える気はないけどね」
「これはまたエルフの大老・エルミア=シル=グランディスともあろう者が随分入れ込んだものだな」
「否定しないけど、大老って言い方は好きじゃないんだよねー」
「すまない。そうだったな」
僕の非難にハインは苦笑する。
「さて、その魔族をどうするかだが、そもそもそいつの目的はなんだ?」
「一族を守るため。そのために死ぬわけにいかなかったんだってさ」
「いよいよもって魔族らしくないな」
「でも嘘は言ってないと思うよ」
苦笑を続けるハインに、僕は保証する。
「しかし、となればそやつの目的と私達が対立することは特にないわけだ」
「そうだね。彼は魔界の自分の一族のことが第一だ。それでいて、アーサーとアリシアには負い目を感じる程度には情があるみたいだしね。二人の不利益になることを進んではしないと思うよ」
「……本当に何なんだか」
ハインは頭を振るが、その口元はどこか嬉し気に緩んでいる。
「まあ、可愛い義娘の顔を焼いてくれたんだ。それ位の引け目は感じてくれていないと困る」
「多分わざとじゃなさそうだけど」
「故意であれば許さんわ」
ハインも何だかんだ家族バカだよねと内心で感想を抱きながら僕は笑う。
「何はともあれ現状では、我が国にとってどう転ぶか判じかねる」
ハインはそう結論付けたらしい。
「であれば、利益となるように少なくとも情報は引き出すべきだろう。我らとしても当然それは行うが」
そこでハインは僕を見る。
「既に交渉を済ませてる身であるエルミアにも引き続き協力を願いたい」
「もちろん。それは僕も望むところだよ。彼もまだ隠してることもあるみたいだしね」
迷いなく請け負う僕の頷きに、ハインは深い茶色の瞳に安堵の色を浮かべた。
「貴方にはいつも負担をかける、偉大なるエルフの相談役・エルミア=シル=グランディス」
「それはお互い様だよ。第四十二代ヴァーンハイム国王・ハインリッヒ=グラン=ヴァーンハイム」
互いの身上の労と信頼を労って、僕達はまだ師弟の間柄だった昔のように、屈託ない微笑みを交わし合った。
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