第三話 桜子と迷える子羊(幽霊鈴木由美)
「ねぇ、あなた、どうしていつも女の人を連れて歩いているの?」
そういった時、周りの大人がぎょっとした顔でわたくしを見た。
その目を、わたくしは今も忘れない。
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「遅いですわ」
「す……すみません。」
学は肩で息をしながら、ぜーはーぜーはーと呼吸を繰り返し、やっと落ち着くと紅茶を飲む桜子に視線を向けた。
今日は紅茶の気分だったようで、桜子の装いは花柄のワンピースであり、髪はハーフアップにして大きなリボンで止めている。
桜子の正面にはやはり誰もいないが、美味しそうな紅茶が湯気を立てて置かれている。
桜子は、ふぅと息を吐きながら紅茶を一口のんだ。
すると、先日はなかった三脚目の椅子がおいてあることに気付く。
「座っても、よろしくてよ」
良に椅子を引かれ、戸惑いながら学は腰を下ろした。
すると、目の前に紅茶が置かれる。
思わずそれに学はキラキラとした眼差しを向ける。
「いいんですか?! やったぁぁ!」
にこにこと笑いながら紅茶を一口のんだ学は、ほぅ、と息を吐いた。
「幸せだ」
その言葉に桜子はふっと小さく笑みを浮かべた。
「それで? 鈴木由美さんの件はどうなりまして?かなり怒り狂っているのだけれど」
「あ……はい。山林で……鈴木さんのご遺体が発見され、現在犯人を捜査中です」
すると、桜子の視線が誰もいない方を向き、耳を傾けていることに学は気付いた。
桜子は何度か相槌を打つと、ふぅと、紅茶を一口飲んで言った。
「桜子さんが、パソコンのパスワードのかかっているフォルダはそっとしておいて欲しいと言っているわ。あと、本棚のカバーを掛けてある本もそっとしておいて欲しいと言っているわ」
その言葉に、学は微妙な表情を浮かべると、誰もいない椅子に頭を下げた。
「申し訳ないのですが、どこに証拠があるのか分からないので、調べないわけにはいかないです。その事が外に漏れることはありませんので、、申し訳ないです」
桜子の視線がまた、空席へ向く。
「遺品の最初の整理は妹にお願いしてくれと、言っているわ。母には刺激的な物を見せないでくれと」
「……分かりました。伝えるだけ伝えておきます。」
学は、パソコンと本棚には一体何があるのだろうと思いながらも、頭を振り、忘れる事にした。人には知られたくない事は誰にでもあるはずだ。
「警察は、男女間のトラブルなども探っていますが、お付き合いされていた方はいらっしゃいますか?」
すると、空気が一瞬変わった気がして学は腕をさすった。
桜子が厳しい表情で立ち上がった。
「参りましょう。」
「え?」
学は愕然とした。
今、このお嬢様はなんと言った?
「聞こえなかったのですか? お耳が悪いこと。参りましょうと申しましたわ。良、車を」
「かしこまりました。お嬢様」
頭を下げて良が後ろに控えていたメイドに声をかける。
学は慌てて声を上げた。
「自分が調べますから! お嬢様はここにいて下さい!」
「貴方、わたくしに意見なさるの?」
「危ない事は、見過ごせません!」
学は両手を広げて止めようとし、その真っ直ぐな瞳に、桜子は一瞬驚いた。
「わたくしに危険はありませんわ」
「あります!」
桜子は、バッと目を見開くと学の腕を掴み、一瞬で投げ飛ばすと、その首元に細い髪留めのピンを添えた。
「ひぃぃ!」
情けない声を出す学に、桜子は言った。
「わたくしは、西園寺桜子! いかなるものも、わたくしの行く手を阻む事は出来ませんわ!」
「りょ……了解いたしましたぁぁ!」
学の情けない声が響き渡った。
少しでも楽しんでもらえたらいいなぁと思います。