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余命3ヵ月の彼女とした約束の花

作者: 瑞木歌乃

『今日一位の星座は~?なんとおとめ座の皆さんです!!今日は気になる人と上手くいくかも!?』

 乙女のかけらもないおとめ座の俺は、テレビに映る占い結果に目を見開く。

「もしや今日は、告白日和――」

「ガハハハハッ!!」

 俺のささやかな呟きは、父さんの豪快な笑い声にかき消された。

 直球に言うと俺は今クラスのマドンナ、白雪に片想いをしている。最近は早く告白したくてムズムズしていて、勇気が出なくて困っていたところだ。

 俺はテレビを観て思う。今日告白せずにいつするのだ!


 緊張しながら開けた扉。

「蓮、おはよー!」

「あぁ、おはよー…。」

 どうしても硬くなってしまった挨拶に、南斗は不思議そうな顔をする。

「蓮、なんか緊張してる?」

「いや別に――」

「蓮、何緊張してんのっ?」

 痛っ!俺は急に背中を叩かれて振り返った。

「っ…!」

 都合の悪いことに、そこには白雪がいた。今日も可愛いなぁ…じゃなくて!

「白雪、普通に痛てぇよ…!」

「あははっ!ごめんごめん!でも少しは緊張解けたでしょっ?」

 コイツは緊張の大元が白雪だなんてことも知らずに緊張を強めてくる。でも白雪の笑顔を見て改めて思う。俺は白雪が好きだ。

「まぁ、ありがとよ。」

 俺は白雪への好意を隠すことに必死だった。

「蓮ったら、もぉ!もっと正直になればいいのにー!」

「痛ってぇ!おい白雪!二回叩くことないだろ!」

 やっぱり白雪と話していると心が躍るというか、何より楽しい。

「お前らって付き合ってんの?」

「「はっ!?」」

 南斗の唐突な発言に俺と白雪はハモる。「付き合ってる」って、まさかそんな。

「だってお前らホント美男美女って感じじゃん?」

「はっ?白雪が美人なのは分かるけど、俺は――」

 ん…?俺今何て言った…?

「れ、蓮っ…?ついに私が美人であることを認めたか!?」

 白雪は明らかに赤面していた(可愛いと思ってしまった)。やはり好意を寄せている相手だと、何事もいいように見えてしまうのだ。


 俺はあの後、勇気を出して白雪を体育館裏に呼び出した。

 こんなありふれた状況でも俺は緊張していた。証拠に緊張しすぎて呼び出した時間より10分も早く着いてしまったのだ。白雪はまだ来ていないし、練習とかしておくか…?

「わっ!!」

「うぉっ!?」

 勢いよく振り返ると、そこには口角を上げた白雪がいた。

「白雪お前、驚かすなよ。」

「えへへっ!蓮、私を誘う時緊張してたでしょ?」

 もう、バレバレじゃないか。俺はすっかり赤面してしまって下を向く。

「そういえば、この後独りイルミ行くから早く用件!」

 …イルミネーションを独りで?人間関係が広い白雪が独りになることもあるのか。いや、これはチャンスだ!

「ボッチなら、俺を誘えばいいだろ…。」

「だってイルミに男子誘うとか、蓮のこと好きみたいじゃん!」

 ぽつりと呟いた俺の声に、白雪はちゃんと反応した。笑いながら言う白雪の笑顔は、やっぱり可愛い。押しを弱めたら負けだ…!

「じゃあ俺のこと好きになればいいだろ。」

「え?」

 白雪の表情が一瞬で固まった。俺はきっと完全に赤面していただろう。でも負けずに白雪の瞳を捉え続ける。

「蓮、それ本気?」

「あぁ。」

 俺が白雪に恋をしたのは半年前。一目惚れだった。桜が似合う彼女を好きになることに苦戦はしなかった。白雪はまさに高嶺の花で、俺が話せるような相手ではなかった。

 ある日俺は学校に教材を忘れて、教室に取りに戻った。するとそこには涙を一筋流した白雪がいたのだった。

『このこと他の人に言ったら、私は退学するよ。』

 半分脅しのようなそんな不思議な出来事。他の人に言うメリットなんてないし、もちろん俺は口外していない。でも未だに、何故白雪が泣いていたのかは不明なままだ。

 その日をきっかけに白雪とはよく話すようになった。だが告白はしないまま、勇気を出さないままこの恋を放置していた。今朝テレビを観たときは、今日しかないと思ったのだ。

「ちょっと考えさせてほしい。」

 とりあえずNoでなくて安心した。

「分かった。」

 こうして俺は、鼓動速めの待ち時間を過ごすことになるのだった。

 

『今日の放課後、体育館裏』

 白雪から送られてきた、そんな素っ気ないメッセージ。

 放課後、俺は体育館裏に待機していた。きっと白雪からの返事が聞けるのだろう。果たしてYesかNoか――。

「あ、白雪…!」

 体育館裏に二人。「口から心臓が出そう」という言葉しか見合わないこの状況、俺は覚悟のうえで訊いた。

「返事、どうかな。」

 俺から聞くのはちょっと鬱陶しいかもしれないが、俺は返事が気になって仕方なかった。

「簡潔に言うと、いいよ。」

「…っ!本当かっ!?」

 こんなに大げさに興奮して、普段なら恥ずかしくて耐えられなかっただろう。でも俺は今、もう恥ずかしさなんてなかった。

「でもね――」

 突然白雪の口から出た逆接。何か他にもあるのだろうか。

「私、あと3ヵ月で死ぬんだ――。」

「…はっ?」

 それ、どういうことだ…?あと三ヵ月で死ぬ…?白雪が…?

「そんな嫌な冗談やめ――」

「6月の放課後、私が教室で泣いてたのを覚えてる?」

 梅雨の放課後――。それは俺と白雪の交流が深まった、一つの"イベント"…!

「あぁ、覚えているよ。」

「あの日病院に行って、余命宣告されたんだ――。私もともと体が弱くて、中学の時は入退院を繰り返してたんだ。やっと通えた高校に余命付きなんて、どうしたらいいか分かんないよ。」

 困ったように眉を下げて笑う白雪に、俺は絶句していた。

「私、今年の秋に死ぬんだ――。私ずっと‟みんな”から離れてて‟普通”じゃなかったから、やっと‟みんな”に溶け込めたと思ったのにね。」

 ゆっくりとした口調で話す白雪の瞳は、微かに潤んでいた。

「だったら自分から命を捨ててやろうと思ったの。」

 自ら命を絶つ...。つまりそれは、自分を自分の手で殺めるということ。それって、いわゆる自殺だよな…?

「それで飛び降りようかな~なんて思ってたところに、忘れ物をした蓮。」

「え…?」

 嘘、だろ…?俺は知らぬ間に白雪の命を繋ぎ止めていたのか。

「可笑しくておかしくて、もう笑うしかないよね。」

 涙目の彼女は、俺に優しく笑いかける。そんな――

「ヨシヨシ…。」

 白雪は突然俺の頭を撫で始めた。クシャっとされた俺の髪。俺は抵抗しなかった。

「大丈夫だよ~…。ヨシヨシ。」

 白雪の手はなんでこんなに安心するのだろう。白雪はなんでこんなに優しく撫でてくれるのだろうか。

「蓮、あなた泣いてる。」

「えっ…?」

 あれ、本当だ。なんで俺が泣いてるんだろう。

「ごめんっ!俺より白雪の方がっ…つっ、辛いよな…!なんで俺泣いてんだろっ。泣き止むからっ!すぐっ…泣き止む…。うぅ、あぁっ…!」

 俺はその場に泣き崩れて、幼児のように泣きわめいた。

「私が泣いていた時も蓮が教えてくれたから、#救__たす__#け合おう。私は蓮と支え合いたい――。」

 白雪の優しい声が耳元に残る。

「泣いていいよ。たくさん泣いて、そうしたら、泣き腫らしたあとにたくさん強くなれるから――。」

 そんな優しい白雪の言葉が意味することは、その時の俺には理解できていなかった。

 

 その日俺と白雪の、そんなはちゃめちゃな交際がスタートした――。

 

「おっはよー!」

「白雪っ!いやだから叩くなって!」

 俺たちって付き合ってるんだよな…?昨日の出来事は夢じゃなかったかと疑ってしまうほど、現状、俺たちは付き合っても何も変わっていなかった。

 ただ一つ、変わったことといえば――

「お前らって付き合ってんの?」

 以前までは軽く流せていたこの一言だ。クラスや学校の連中には交際のことを明かしていないため、この質問が飛んでくるとなんと答えたら良いか分からなくなる。

「ま、まさかねー?」

 お前は演技下手か!白雪は上手く誤魔化したつもりでいるのだろう。明らかなるドヤ顔でこっちを見てきた。まぁ、そんなところも可愛いところではあるんだけど。

「もしかしてお前ら、ホントに付き合ってんのっ?」

 興味津々といった感じで迫ってくる南斗の顔に、俺は手をつき出す。

「そういうプライベートなこと、そうやって詮索するんじゃねぇよ。」

「ちぇー!蓮のケチー!教えてくれたっていいじゃんねー白雪?」

「南斗はいつまでお一人様なんですかー?モテない男は辛いね!」

 完全に煽っている白雪に、南斗は唇を尖らせていた。

 そういえば白雪はみんなから「白雪」と呼ばれていて(クラスの人気者且つ姉貴のような存在)、俺もみんなと変わらず白雪と呼んでいる。だが俺たちが本当に#恋人__・__#なら、下の名前で呼んでも許されるのではないだろうか…?

「白雪!提案がある!」

「蓮?そんな改まっちゃって、何ー?」

 そうだ、白雪は俺のことを下の名前で呼んでいるのだから、きっと俺から提案しても変に思われないはずだ!

「今度から白雪じゃなくて、は、華って呼んじゃだめか…?」

 絵に描いたように一気に赤面して下を向く白ゆ…華は、なんとも愛らしい。

「別にいいけど?私は結構自分の名前気に入ってるし?」

 そういう問題なのか…。

「俺も華って名前、好きだよ。」

 思ったことを口にするとまた華は赤面して、まるでオモチャで遊んでいる気分になる。ほーん。これはからかいようがあるじゃねぇか。

「ちょっと蓮、何ニヤニヤしてるの?」

 おっといけない、こういうことは顔に出さずにコソコソ眺めるものなのだ。バレてしまっては一大事。

「いや華が、可愛いなぁと思ってさ。」

 俺は上手いことはぐらかすことに成功した。おまけにまたも華の照れ顔ゲットした。これはいいコンボだ。

「蓮ってもしかして、女慣れしてる?」

 これは本当に良く言われることだ。俺は、いわゆるあざといことをするそうだ(他人事)。確かに一ミリくらいは自覚がある。よく女子をからかったりするし、ちょっかいをかけたりもしている。自覚はあるからまだセーフだ。

「俺、交際するのは華が初めてなんだけどな。」

「えっ、嘘?蓮ってモテそうだと思ってたから。」

「おい、モテると交際は別件だぞ?」

 どうやら俺と華は、お互いに届かない存在だと思っていたらしい。

 自分の容姿に自信をもったことなどなかったから、華にそう思ってもらえるのは嬉しかった。

「じゃあ私たち、美男美女なんだね!」

「それ、顔赤くしながら言うことか?」

「それは言わないでっ!」

 コロコロ変わる華の表情に俺は笑ってしまう。俺がからかえば華は赤くなって、俺が笑わせれば華も笑う。

「あぁ、幸せだなぁ。」

「えっ!?今なんてーー」

「じゃあ行こうか。」

「ちょっと蓮ー!?今誤魔化したよねっ!?」

 笑いの絶えない俺たちの付き合いは、まだ始まったばかりだ。

 

 俺は最近、とあることに憧れていた。そう、その名も放課後デート。学生誰しもが憧れるリア充特権の業。

 俺には華がいるし、放課後デートをする条件は揃っている。だが難点があるのだ。

「どうやって誘えばいいんだ…!」

 教室中の机の上で、俺は頭を抱えて俯せ状態だった。

 こんな時に相談できる友達がほしい!南斗は恋愛経験がなくて悪いが頼りにならないし、他に宛てもいないのだ。

「ねぇねぇ…。」

 そんなことを考えていると、背中をつつかれた。

「ん?あぁ、華か。どうした?」

 顔を上げると、そこには華がいた。相変わらず可愛いなぁ。

「今日放課後デートしない?」

「なぬ!?」

 なんということだ。俺が頭を悩ませて誘い方を考えていたというのに、華はさりげなく俺を誘いやがった!

「「なぬ!?」って何よ?」

「いやお前、なかなかやるな…。」

「いやだから何が!?」

 こいつ、自覚すらないのか。なかなか強いじゃねぇか。

「まぁとりあえず、放課後デートしようねー?」

「あぁ、受けて立とう。」

「私たち、喧嘩でもすんの?」

 何故だろう。こんな他愛のない話ですらも微笑みがこぼれてしまう。好きな人といれば普通のことなのだろうか。


「やっと授業終わったー!」

 今日はお互い部活もないし、この後は例の放課後デートだ。

「そうだな。ところで、放課後デートと言ってもどこに行くんだ?」

「ふっふっふ。そりゃあもう、カフェでしょ!」

 カ、カフェ…。華は女子だからいいかもしれないが、俺は男なのだ。カフェなんて恥ずかしいったらありゃしない。

「え、マジで言ってる…?」

「マジで言ってる!ほら行くよ!」

 華はさりげなく俺をの手を掴んで走り出す。きっと今頃、俺の顔は真っ赤になっていることだろう。

 最寄りのカフェに着くと、案外制服を着たカップルがたくさんいて、少し安心した。

「さぁさぁ!カフェと言ったらパンケーキでしょ!」

「そうか?まぁ、食うけど。」

 俺は甘いものが大好物だ。男は甘いものを食べないイメージがあるかもしれないが、俺は別件だ。

「蓮って甘いもの好きでしょっ?」

 図星すぎて勢いよく華を見る。

「え、なんで知ってんの?」

 俺、華に好物の話したっけ。

「いや、高校のランチでいつも甘いデザート頼んでるじゃん?だからそうかなぁと。」

 どうやら日常の中で相手を観察していたのは、お互い様だったらしい。俺は気がつけばいつも華を目で追っていて、華は横目で俺を見ていた。種明かしされたようで、なんだかスッキリした。

「何これ美味しそう!写真撮っとこ!」

 パンケーキが二人分運ばれてくると、華は写真を撮りだした。

「お前、ちゃんと女子だったんだな。」

「そうなんだよ。私は男のフリをして…って!おいっ!」

 華の完璧なノリツッコミに、俺は思わず笑ってしまう。

 こんなありふれた状況でも幸せを感じられて、なんだか不思議な気分だ。

 それもそう。恋愛経験ゼロの俺が、クラスのマドンナと付き合って2日で放課後デート。行き先はカフェ…。不思議に思うのも避けられない話だ。

「え、これすっごく美味しいよ!ほら、蓮もあーん…。」

 いや、いやいやいや、「あーん」じゃねぇよ。とてつもなく可愛いんだが?ていうかこれ、完全にカップルがすることじゃねぇか。

 俺は緊張しながらも、とりあえず華からの「あーん」に応える。

「あははっ!蓮なんか犬みたいで可愛いんだけど!」

「…。」

 なんだろう、この完全にはめられた感は。こっちは恥ずかしいと思いながら応えたのに、コノヤロー!

「蓮、どうしたの?そんな不服そうな顔しちゃってさー?」

 「お前のせいだぞ」とでも言いたくなる発言だが、煽ったような華の顔が可愛くて、俺は何も言い返せない。

 俺たちは会計を済ませ(もちろん奢ったぞ)、カフェを後にする。華はこの後少し用事があるそうで、残念だが今日はここで解散だ。今日はというのは、華によるとまた次があるらしい。

 独りでつく帰路は華が恋しくて、なんだかモヤモヤした気持ちになっていた。

 

 華と付き合ってから早一週間が経った。俺は未だに華と付き合えたことに喜びを感じている。

 あれから特に変わったことはないし、華とはいつも通り教室でも話せている。

 一週間経ったのだ。一段階目のスキンシップにチャレンジしてもいいのではないだろうか。例えば手を繋いだりとかバグをしたりとか(自分で言っておいてめっちゃ恥ずかしい)。

 華は90日(三ヵ月)という短い時間しか命が保たないのだ。最期は絶対に「幸せな人生だった」と思えるように、俺が未来を変えていきたい。

 改めて華の余命のことを考えると涙が込み上げてきたが、なんとかもちこたえた。華の方が辛くてたまらないに決まっているのだから、俺がメソメソしている場合ではないのだ。

 俺は放課後、勇気を出して華のところに向かった。

「ちょっと提案があるんだけど。」

「またー?」

 確かに「また」だ。華は女子グループと一緒にいたため、華以外の女子はヒソヒソと何かを話している。

 どうやら俺と華のことはちょっとした噂になっているらしい。多分俺と華が「付き合ってる?」という質問に対して否定しなかったからだろう。きっと南斗の仕業だ。

「まただ。」

「じゃあ一緒に帰ろー!」

 俺たちは二人で教室を後にする。

「それで、提案って何かな?」

 若干「期待」の色を帯びた瞳を俺に向ける華。いや、「手を繋ぎたいです」?そんな発言、あまりにも気持ち悪い。

「えっと、一回黙ってあっち向いて。」

「…ん?」

 あまりにも不自然なことは分かっている。でもこうするしかなかったのだ。

 華は言った通りに俺と反対方向を向いてくれる。これで繋ぎやすい。

 おらっ!俺は目を瞑って、勇気を振り絞って華の手を取った。

「えっ…?」

 俺は華を一瞥する。すると華は真っ赤になっていて俺にもその真っ赤が移る。

「れ、蓮…?」

 華は明らかに動揺していた。

「いや、もう付き合って一週間経ったし、そろそろ手くらい繋いでもいいかなって。」

 俺は華に向かって、「俺は決してキモいわけじゃないぞ」と主張する。

「もう一週間経ったんだ…!ちょっと恥ずかしいけど…。」

 華はそう言って、俺の手を掴む力を強める。俺もそれに応えるようにギュッと握り返す。

「ていうか#これ__・__#、下校中にやること…?」

 …俺は慌てて華から手を離す。

「ふふっ。蓮、また今度やろうねー?」

「さあな。」

 確かに同級生に見られたりでもしたら大変だ。一応俺と華の関係性は#非公開__・__#だから、もし手を繋いでいるところを見られたりでもしたら恥ずかしすぎる。

「じゃあ私、こっちだから。」

「送ってくよ?」

「いいよ。お母さんに、蓮と付き合ってるってこと言ってないし。」

 そうか。確かに俺も両親にお付き合いのことは報告していない。でも両親が余命三ヵ月の子と交際しているなんて聞いたら、きっと否定されるだろう。

「俺は華がいいのに…。」

「え?蓮、今何か言った?」

「いや、気をつけて帰れよ。」

「うん!ありがとう!また明日ねー!」

 華に手を振ってから背を向け、自分の家に向かう。

 華と繋いだ右手は、まだ温かかった。

 

「蓮っ!」

 華と手を繋いだ翌日、華は教室で堂々と俺に話しかけてきた。

「えっ?あぁ、華か。どうした?」

「メアド交換しようよ!」

「えっ…?」

 華とメールアドレスを交換…!それは普通にありがたいため俺は了承する。

「やったー!これでいつでも蓮とやり取りできるねっ!」

 嬉しそうに笑う華の横顔は、なんだか今にも崩れそうで守ってあげたくなる。

「でも、そんなにやり取りする内容特にないだろ?」

「そうかな~?でも嬉しいっ!」

 あぁ、この華の笑顔を見れるのも、俺だけがいいな。そんな独占欲に囚われながら、俺は呟く。

「好きだなぁ…。」

「へっ!?」

 真っ赤になる華はやっぱり可愛くて、俺は華から顔を背けた。こんな幸せが、いつまでも続けばいいのにな…。

 俺のそんな甘い願望は、余命三ヵ月の彼女相手には通用しないのだった――。


 華と付き合ってから、もう二週間が経った。それは、華の余命があと2ヵ月と一週間になったということを意味しているのだ。

 俺はあれからカレンダーを使うようになった。死のカウントダウンを破るにつれ、華のことが心配になる。

 余命が三ヵ月とはいえ、三ヵ月経つ前に倒れたりこの世を去ったりすることもきっとある。そんな事実が俺を震わせる。あんなにか弱い華が、今にも崩れてしまいそうで恐かった。

 手を繋げば体温が伝わってきて、笑えば頬が桃色に染まる。でもそれは当たり前ではない。生きている証なのだ。


 今日は月曜日。普段は憂鬱だった週明けも、華と付き合ってからは気持ちが昂ってしょうがないのだ。

「あ、蓮おはよー!」

 教室に入ると同時に手を振ってくれる華が、最近は俺の癒しでしかない。

「あぁ、おはよう。」

 こんなに明るく笑っている華も、あと2ヵ月強でいなくなってしまうのか。俺はそんな事実がどうしても信じられなくて、華をマジマジと見つめてしまう。

「れっ蓮…?そんなに見つめられたら恥ずかしいんだけど…。」

 俺だって恥ずかしい。けど、華が今にもいなくならないか不安でたまらない。

 俺は気がついたら華を抱き締めていた。

「ちょっ、蓮っ?ここ教室!」

「うん…。」

 俺と華が付き合っていることは、まだ誰にも言っていない。だが教室のど真ん中でバグをした時点でバレバレだろう。

「ちょっ、あれって付き合ってるってこと?」

「マジかよ…。まさに美男美女じゃん。」

 ヒソヒソとクラスの連中らの話し声が聞こえる中でも、俺は華を離すことができなかった。

「蓮、分かったからっ!こういうのは後でやろ?みんな見てるっ!」

 俺はやっとのことで華から離れ、現実に気がついた。

「え、あ、ごめん華…。つい…。」

「いや、「つい」じゃないんですが?」

 俺たちはすっかりクラス全員の注目を浴びて、華は頬を膨らませる。ムッとした華も可愛いな。

「お前ら本当に付き合ってたんだな。」

 俺の現実逃避を見事に破ったのは、南斗の声だった。

 そりゃあ教室のど真ん中で男女がバグなんて、交際の他ありえない。

「もぉっ!付き合ってるよぉ…!」

 悔しそうな顔をしながら事実を明かす華に、クラスの連中たちは目を丸くして噂を始める。

 中には廊下に飛び出している人もいて、「こりゃ学校中の噂だぜ…」と、俺は潔く諦めた。

 元はと言えば、俺が我慢できずに華を抱き締めたのがいけないのだけれど。


 そんなハチャメチャな月曜日を終え、もう帰るぞという時、俺は面倒事に絡まれてしまった。

「あんたが九条蓮?」

「そうですけど…。」

 え、いや誰?校門を出たすぐ後に、見知らぬ女子に話しかけられたのだ。

「あたしは中学の時から華と仲良くさせてもらってる、茜だけど。」

 いや誰?もしかして、今日の件か?

「あんた、華と付き合ってるらしいじゃないの。いい度胸ね?」

「…はい?」

 え、そんなに華と付き合うことって危険なことなのか?

「あんた、華の余命のこと知ってるわよね?そのうえで華を幸せにするつもりがあるってこと?」

 そうか、コイツはただの友達想いだったのか。きっと華の余命のことを知っている唯一の女子なのだろう。

「あぁ、俺は華の人生を「最高だ」と思えるものにしたいと思っているよ。」

「そう。まぁ華が相手を間違えるわけないわよね。あんた、顔もなかなかいいみたいだし?」

 え、俺顔いい判定なのかよ。まぁいい。もう用も終わったみたいだし、帰るとするか。

 華に人想いな友達がいて良かった。俺は心から華の幸せを祈れている。そんな事実に胸が温かくなる。

 こんな儚い華との時間も、すぐに消え去ってしまうということに疑いを覚えてしまう。

 華はまだこんなにも元気で明るくて、温かいというのに。

 

 今日は華と出かける。つまりこれはデートなのでは、という喜びの事実だ。

 放課後デートをしたり一緒に下校したりはしたが、休日に二人で出かけるのは初めてだ。

 集合場所は最寄り駅の時計台で、時間は午前10時ちょうどだ。それなのに俺が今集合場所にいる時間は9時半。いくらなんでも張りきりすぎた。

 あと三十分も時間があるのだが、特にすることもない。

「早いね。」

「っ!?」

 俺は勢いよく振り向く。するとそこには、私服姿の華がいた。

「やっほー!って、なんでそんなに見るのさ!ちょっ、照れちゃうんだけど…。」

 俺が通っている高校は制服だから、華の私服は初めて見た。

 華は袖にチェック柄が入った黒い長袖に、デニムのショートパンツというコーデだった。

 まずい…。俺は極普通の服で来てしまって、一切服など気にしていなかった。

 いや、華もこれが普通なのだろうか。

「おーい!蓮ー?」

 はっ!しまった!

「ごっごめん…。ちょっと華の私服が可愛すぎてさ。」

「ちょっと?褒めればなんでも許されると思ってからかってるでしょ?」

 可愛いのは事実なんだが。

 俺たちはリニモに乗って、最寄りのデパートに向かった。

 リニモの中で俺たちは席が隣同士だったのだが、途中華が俺の肩にもたれかかってきて少し戸惑ってしまった。

 特に用もないデパートだが、華が服を買いたいと言うので服売り場に向かう。

 ていうか彼女の服を彼氏が選ぶって、これ完全にデートじゃ――

「蓮ー!これどっちが似合うと思う?」

 華が俺に突き出したのは、オーバーオールの白と黒の二つだった。

「これを俺に選べと?」

 いや、こんなのどっちも可愛すぎて選べるわけが…。

「はーやーくー!」

 華に急かされて選んだ答えは白だった。華はなんだか儚い(正直に言うと天使みたいな)感じがして、白や水色、青系統が似合うという勝手な意見に基づいた結論だ。

「蓮、なかなかセンスいいんじゃない?私も白がいいと思ってた!」

「いや、じゃあ白って言えよ…。」

 でも女子にセンスがいいと言われるのは、普通に結構嬉しいことだ。

 その後は雑貨屋に向かった。そう、なんと華とお揃いのキーホルダーを買うためだ。

 交際すら初めてなのにお揃いのキーホルダーなんて、普通に興奮してしまう。

「蓮って好きな動物とかいないの?」

 好きな動物か…。俺はわりとウサギとか――

「私はウサギとかが好きかな。」

「え…。」

 ここで一致するか。さすがに俺は驚愕して硬直してしまった。

「えっ、何なにー?」

「いや、俺もウサギ好きだから、ちょっとびっくりしてさ…。」

「おー!じゃあウサギのお揃い!」

 俺たちはウサギのお揃いのキーホルダーを買ってデパートを後にした。

 こんなに本格的にデートをしたのは初めてだから、普通に緊張してしまった。

「もうお別れか~…。なんか物足りなくない?」

「そんなこともないけど。」

 俺はわりとお腹いっぱいなんだが。華とデートできただけで、すでに結構キャパオーバーだ。

「ちょっとここで待ってて!」

「え?」

 華はデパートの中に戻って行く。いや、彼氏を置いてもう一往復とかするつもりか?

 俺はそんな不安を背負っていると、すぐに華が戻ってきた。さっきのはなんだったのだろう。

 一緒にリニモに乗って駅で解散する頃には、そんな違和感はキレイさっぱり消えていた。

 これからも華とたくさん想い出を積み重ねていきたいと心から思えた、最初のデートだった。

 

 俺たちは、暇があればデートをすることが当たり前となっていた。

 華の死のカウントダウンはあと2ヵ月ほど。もう一ヵ月が経ってしまったことに驚いている。

 一ヵ月は30日しかないということを、俺は今さら思い知る。

 身近な人が、愛しの人がこの世を去るなんて信じられない話だ。

 華の余命のことを思うと涙が溢れてしまいそうだが、毎日なんとか我慢できている。でもそれはかなり精神にくるものがあった。

「華は毎日これを耐えていたのか…。」

 華をチラッと見ると、女子グループと楽しそうに笑い合っていた。

 華はどんなに辛くても、きっと笑って誤魔化せているのだろう。凄いな…。

 あの女子たちはきっと、華の余命のことを知らないだろう。きっと華がいなくなるまで何もできないだろう。

 俺は華の余命のことを知っている。知っているからこそ、こんなに近くにいるからこそできることがあるはずだ。

「蓮っ!恋愛相談なら僕が聞くぞ!」

 急に現れた南斗はそんなことを言ってのけたが、恋愛経験がないはずだ。

「南斗は恋愛経験ないだろ?」

「ふっふっふ。蓮クンは甘いな!恋愛経験がない=恋愛のアドバイスできないという考えは古いぞ!」

「俺、お前より誕生日遅いぞ?」

「そういうことじゃなぁーい!!」

 南斗と話していると、自然と笑えている。さっきまでネガティブなことしか頭になかったのに、不思議だな。

「お前は笑顔が一番だよ。」

 南斗は何故こうも、恥ずかし気もなくそんなことを言えるのだろうか。

 俺も華に同じようなことをしているのだが、男友達相手に照れくさいことは何故か言えない。

「蓮が今、白雪に対して心配に思ってることとかを全部単刀直入に言っちゃった方が楽だぞ。」

「それが恋愛マスターのテクニックか?なんかシンプルだな。」

「Simple is best!」

 そうか、少しは華に言ってもいいのか。俺は下校時に華に相談することを決意した。


「華、ちょっといいか?」

「蓮!はーい!何でしょうか?」

 女子グループとの会話を切り上げて俺にシフトしてくれる華。

 俺と華は一緒に帰ることになった。

「嫌なこと聞くけど、華の友達って華の余命のこと知ってる…?」

 余命のことは、あまり出してほしくない話題だろう。でもごめんな、華。

「ん~…。一人だけ知ってる子はいるよー!中学から仲の良い子!」

 きっとそれは茜という奴だろう。つまり他の連中は知らないということだ。

「その一人と、あと親と先生だけ?」

「うん、あと蓮もね!どうしたのー?」

 じゃあ同級生の中では俺と茜だけということか…。俺はちゃんと華を幸せにできるのか…?俺は一気に不安に襲われる。

「蓮?本当にどうし――」

 俺は躊躇なく華に抱きつく。

「不安でたまらないんだ。今にも華がいなくなっちゃいそうで…。」

 彼氏として、彼女に頼りすぎるのはカッコ悪いと分かっている。けどどうしても不安に潰されそうになるんだ。

 華が聞いていたのかは分からない。でも華は、黙って俺の頭を撫でてくれた。

 そして一言、

「まだ、いなくならないよ。」

 と。

 

 俺には4つ(4歳)下の弟がいる。翔はまだ中学生なのに彼女がいて、きっと恋愛経験も豊富だろう。

 華の余命のことを弟に話してもいいかは分からない。何故なら華には直接訊いていないからだ。

 でも俺も、勝手な意見だが相談できる相手がほしい。

「華、ちょっと聞きたいことがある。」

 俺は勇気を出して華に直接聞いてみることにした。

「何なにー?ズバリ、「相談できる相手が欲しいんだけど、一人くらいは華の余命のこと話していいかー?」でしょっ!」

「え、いやなんで分かんの…?」

「え、いや適当に言ったんですけど…?」

 華はたまにエスパーになる。俺が考えていることを感じ取ったり、それを当てたり…。その面は普通に恐い。

「一人くらいなら全然いいよ!蓮もこんな彼女もって辛いだろうし――」

「辛い?告白したのは俺からだろ?俺はただ、華の幸せを一緒に築きたい。」

「ほーん。嬉しいこと言ってくれるじゃん。まぁ、余命のことは蓮に告白された後に言ったんだけどね。」

 華は自分のことを悪く思いすぎだ。

 まぁ、相談オーケーなのは凄くありがたいけど。

「まぁ有難う。秘密は守るよ。信頼できる一人にしか言わない。」

「うんっ。」

 こうして俺は交渉に成功した。


「兄貴が相談なんて珍しいな。で?」

 翔は興味をもって俺の彼女の事情を聞いてくれた。

「なるほどな…。兄貴、苦い恋してんな!」

 いや、そこじゃないだろ。

「まぁ、兄貴ができることは、その彼女さんを幸せにすることだろ。」

 やっぱりそうだよな…。

 翔は南斗と同じような性格をしていて(だから南斗と仲良くなれたのだが)、普段は呑気だがたまにいいことを言うのだ。

「兄貴は彼女さんを幸せにしたいんだろ?じゃあ答えは一択じゃねぇかよ?」

「そうだな。翔、今日は有難う。」

「おう!いつでも相談しろよ!」

 翔と話すたびに、翔が弟で良かったと思えることが幸せだ。

 俺の周りにはいい人がたくさんいる。俺はあまりにも幸せすぎるから、華の病気を代わってやりたいと思ったこともしばしば。

 きっと本人が聞いたら煽っているようにも聞こえてしまうだろう。

 でも俺は「どうして華に余命が…。」という絶望感に囚われていた。

 華には人を思いやる優しい心もあり、容姿も魅力的だ。小説や漫画などでも、こういう才色兼備な女性に余命がつきがちという印象がある。

 言っちゃ悪いが、小説や漫画などでもモブキャラが余命つきなパターンは聞いたことがない。

 もしかしたら、華のような恵まれすぎた人への天罰的な奴で余命がつくのかもしれない。だからと言って華のような素敵な女性がこんな不運な目に遭う必要は、どこにもないのに…。

 俺は時々悲嘆に暮れてしまう日がある。華のことを想うと眠れなくなったり、不安になったりしてネガティブ思考になってしまうのだ。


 俺が一人で校門を潜った日の話だ。学校を後にしようと校舎に背を向けると、ちょうど華と茜が二人で話していたのだ。

 特に用もない俺は横を通り過ぎ――

「ちょっとあんた?」

 横切った瞬間に茜に呼び止められたのだ。これまた面倒事に絡まれた。

「えっ?二人知り合いなの?」

「前にちょっと話しただけ。コイツが本当に詐欺男じゃないか怪しくてね。」

 詐欺男って…。俺はどれだけ悪そうな容姿をしているんだか。

「茜、うるせぇな。で、用は何だよ?」

「華を送って行きなさい!」

「…はっ?」

 その依頼自体はいいのだけれど、何故こうも命令口調なんだか。

 結局、俺は華を家まで送って行くことになった。

「茜と仲良いの…?」

 訝しみながら俺に聞く華は、どこか不安そうだった。

「全然仲良くない。ていうか一回しか話したことがない。なんでだ?」

「いや、下の名前で呼んでたから…。その、嫉妬…?」

 赤面し、下を向きながら言う華はものすごく愛くるしい。

「華は可愛いな…。」

 呟くように言う俺に、華は耳まで赤くしていた。その姿が余計に可愛くて、俺は思わず華の頭を撫でる。

「ちょっ、蓮…?恥ずかしい…。」

 華の髪はフワフワしていて撫で心地が良いから、つい飽きずに撫でてしまう。

 周りはもう黄昏の頃、俺は華の横顔を眺めていた。

 あと2ヵ月弱でいなくなってしまうとは、到底思えない容姿。

 夕日に照らされた華の横顔は、つい見惚れてしまうほど美しい。

 華には頼れる人がいるのだろうか。俺はつい翔や華に頼ってしまうし、心に余裕はある。

 でも華は、もし茜にも相談できていなかったら…。

 俺は華を抱き締める。

「えっ、れっ蓮…?」

「俺は華に頼りすぎちゃうことがある。だから華にとっての相談できる人は、頼れる人は俺がいい…。」

 俺だけ華に頼っていたら、なんだか片想いのようで寂しいのだ。

 華は俺のわがままにしっかり頷いてくれて、俺を安心させてくれる。

 俺は華の「安心させてくれる存在」になれているだろうか。

 いつまで経っても返事がこない独りの疑問は、黄昏の中に溶け込んでいった。

 

 俺が華と交際し始めてから1ヵ月と15日ほど。早いことに、もう華の死の45日前に辿り着いていた。

 余命を知らされてから1ヵ月以上が経った今、華の余命が当たり前になってしまっていた。

 でも俺は、まだそれが夢なのではないかと疑い続けている。

 一ヵ月以上経っても不安でたまらないのは変わらないし、むしろ死が迫ってきているのだから、不安は募るばかり。

 大胆に言えば、華と会った翌日に華がいなくなるなんてことがありえるのだ。

 華だって毎日怖くてたまらないだろう。夜寝たら、そのまま寝たきりになるかもしれないのだから。

 それでも毎日強く生きる彼女は、強く生きようとする彼女は、本当に素敵で素晴らしい。

 俺はそんな彼女の強さに惹かれたのかもしれない。


「あ!蓮おはよー!」

「あぁ、おはよう。」

 教室に入ると毎日聞ける華のおはよう。でもこの"日常"も"日常じゃない"と思うと、怖くてたまらなかった。

 そこで昨日から考えていたことを、俺は華に提案する。

「毎日夜8時から少しは電話。1分でも3分でも、もしくは1時間でも。」

「えっと…ん?」

 おっと、主語をつけ忘れた。

「俺からの提案だ。」

 華は少し気まずそうな顔をして周りを見渡す。なんだろう。

「ここ教室なんですケド…。」

「あ。」

 慌てて周りを見渡すと、俺たちは視線の渦の中心にいた。

「あーあ。これじゃ完全にラブラブカップルじゃん。」

「違うのか?」

「蓮、そろそろ怒るよ?」

 華でおもちゃのように遊んでいると、周りの視線なんて気にならない。

 結局俺の提案は了承され、今夜からスタートという話に至った。


 毎日の夜に華との何気ない会話が追加されるだけで、俺の世界には彩がつく。

「それでその時の茜が面白くてさー!」

 電話の向こうで話す華は、声色だけでも楽しそうで安心する。

 華と一緒にいる時間をできるだけ増やすことで、突然さようならという自体を避けやすい。

「ーー蓮って好きな人いるの?」

「はっ?」

 途中からほっこりした気持ちになって話を聞いていなかったが、彼女がいる彼氏に好きな人を尋ねるとは何事だ…?

「…俺一応彼女いるけど。」

「その彼女のことは好きなの?」

 こいつ、完全にからかっている。

「…言わせる気か?」

「何がー?」

 スマホ越しでも分かる、華のこのニヤけ具合。まぁ、言えることは言っておこう。後悔のないように。

「…あぁ、好き――」

「ガッシャーン――」

「えっ?大丈夫か!?」

 俺の声がかき消えるほどの物音に、俺は目を丸くした。

「えーっと…。実は私、料理しながら電話してまして…。」

「怪我は!?」

「そういうのは全然大丈夫なんだけど…。あの、蓮のセリフ…。」

 いや、お前はこんな時にどこを心配してるんだよ…。

 前から思っていたことだが、華はどこかお人好しなところがあって危なっかしい。強気で姉貴っぽい性格とは裏腹に、さりげなく人に気遣いできる優しさをもっている。

「そんな間を置いてからじゃ、さすがに恥ずかしくて言えねぇよ…。」

「じゃあさ、一つ約束して?」

 約束…?なんだろう。

「お詫びになるのなら。」

「うん。絶対だからね?」

 そんなに念を押すなんて、どれだけ引き受けにくい約束なんだろう。

「私が死んでも、悲しまないこと。」

「はっ!?そんなの――」

「約束ね?」

 そんな守りようのない約束は、華の寂しそうな口からこぼれた一言だった。

 

『私が死んでも、悲しまないこと。』

 あの後は、適当な言い訳を言われて通話を切られてしまった。

 守らなければいけない約束。守りたい笑顔。守れない命――。

 そう考えると自分の無力さを知らしめられ、虚しくなる。


「蓮って意外と頭いいんだね!」

「意外ってなんだよ。」

 辛辣な言葉を用いると、「くだらない会話」を電話越しに繰り広げる俺たち。

 例の約束は昨日のことだが、そんなことなんて忘れたように話す華に、俺は合わせて普段通りにしていた。

「あ、蓮っ!そういえば今度中間テストあるよね?勉強教えてくれない?」

「別にいいよ。勉強会するか。」

「じゃあ私の家はっ!?」

 華の家…。俺は変なことを考えそうになって慌てて思考を止めた。

「図書館とかでもいいけど。」

「もぉー蓮ったら!そんなに照れちゃって…変なこと考えてたでしょ?」

「…いや、何が?」

 冷静は大切だと知っておいて良かった。こういうのは、変なことを考えてしまった時点で負けだ。

「じゃあ明日の放課後、私の家に一緒に行こうねっ!」

 別に否定することでもないから、俺はとりあえず頷いておく。

 心の内で楽しみにしているのは俺だけの秘密だ。


 華と電話を切って独りになる。人と会話した後は孤独感に包まれがちだ。

 そして俺の場合はネガティブ思考になって暗いことを考えて…と、負の連鎖が続くのだ。

 でも今日は特別、「明日の勉強会が楽しみ」という理由であまりネガティブ思考にはならなかった。

 

 今日は華の家で勉強会だ。学校に行って帰ってから集合とのことなので、俺は私服に着替えて家を出る。

 華の家は、華を送って行ったことがあるから知っている。

「ピンポーン――」

 そういえば、勉強は華の部屋でやるのだろうか。もしそうだったら、凄く緊張してしまうのだが。

「ピンポーン――」

 ん…?チャイムを二回押してみたが、中から物音すらもしない。

 華が校門を出るところは見かけたから、家にはいるばずだ。どうしたんだろう。今部屋を片付けているとか?

 でも片付ける前にインターホンに応えるだろう。

 俺は、外から中を覗ける窓がないか確認してみることにした。

 家の側面にあたるところに、大きな窓があった。俺は中を覗く。

「…っ!?は、華っ!?」

 家の中を覗くと、家主である華が倒れていたのだった――。

 

 華の余命はあと一ヵ月ほど。華と交際してから二ヵ月が経っていた。

 未だにいつも横で笑っている華がいなくなってしまうとは思えないし、そんなの思いたくもない。

 一緒にいるうえで、華から余命という言葉も感じない。本当に余命はあるのか、そう疑ってしまうほどだ。

 だが「本当に余命つきですよ」という証か、先日華が倒れた。俺は慌てて救急車を呼び、一命は取り留めた。

 病状はまだ何も聞いていない。


「ごめんなさい、貴方はクラスメイトの方かしら…?」

 華の母親と対面したのは初めてだ。

 俺はそんな華の母親の質問に、「はい」か「いいえ」のどちらで答えるか迷った。

 考えた末、正直に言うことにした。

「いいえ、俺は華と付き合わせてもらっている者です。黙っていて、申し訳ありませんでした…。」

 華の母親は、酷く驚愕したような表情をしていた。

「華の余命のことは?」

「余命のことは承知のうえで交際させてもらっています。」

「あら、そう…。華にも彼氏が…。」

 華の母親は、疲れているのか目は半開き。もしかして不眠なのかもしれない。

「九条蓮といいます。えっと、華の病状を訊いてもいいでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。」

 それから聞いた話だ。どうやら余命二ヵ月の頃に入院していない時点で奇跡だったらしい。普通は余命半年ほどから入院をしている人が多く、華は珍しいとのこと。

 また、昨日倒れた時点で死の可能性も十分にあったということ。

 そして、華は病院で死を迎えることになるということ――。

 つまりもう、華は学校には行けないのだ。当たり前だった日常が、一日で消え去ったのだ。

 俺はすべての事実を知らされたあと、華との面会を進められた。

 静寂に包まれた病室。どうやら華は一人部屋らしい。

「蓮、心配かけたよね…。ごめんね。」

 そんな重い静寂を破ったのは、華の謝罪の言葉だった。

「私、明日死ぬかもしれない。今日死ぬかもしれない。」

「うん…。」

「そう考えると、未来に行きたくないって思っちゃうの…。時間はどんどん進んでいくのに、私だけ止まることなんてできるはずもないのに…。」

 華は泣くという感情よりも無心といったようで、涙も忘れた様子だった。

「それは、俺も、華の立場だっ、たら、そう、な…ると、思う…。」

 上手く言葉を紡げない。

「恐いの。明日が恐い。明日蓮と離ればなれになるかもしれない…。」

「うん……。」

「死にたく…ないよ……。」

 華の声は震えていた。見た目では泣いていなくても、心が泣いているような。

 俺は泣いていた。華は我慢しているというのに、俺は駄目な彼氏だ。

「なんで私なの…?なんで、せっかく幸せに辿り着いたのに。なんで…?」

 華はすっかり放心状態だった。精神を追い詰めたように斜め下を向いて、静かに呟いている。

 俺には答えをあげることも、同調することもできない。俺は、無力だ。

 その日はとりあえず帰って、明日また華に会いに来るという話に落ち着いた。

 俺が帰ろうと席を立ち上が――。

「蓮…。」

 手首には温かい華の手が、俺を引き留めていた。

 華の手は、一ヵ月後にこの世を去るとは思えないほど温かくて、傍にあったその温もりが消えることが信じられない。

 むしろ俺よりも体温を感じられて、ここが病院で華が病人なことが信じられないほど。

「ごめん、またね。」

 俺から手を離して眉を下げて笑う華は、どこか無理をしていることが滲み出ていた。

 そんな彼女の辛さに気づいていても、俺は何をすることもできずに病室を後にした。

 

 華はもう、学校にはいない。そんな事実は俺の胸を締め付ける。

 俺は今、華がいる病室にいた。

「学校の友達には言うの…?今日華が学校休んでて、みんな心配してた。」

 余命のことを言えば言ったで、聞いた時に辛いだろう。

 言わなければ言わないで、華がいなくなった時にみんな辛いだろう。

「私は、言わないでほしい。私が死んだ時にみんなが辛い思いをしちゃうのは分かってる。でも、余命のことは言いたくない…。」

「…そっか。」

 俺はあくまで付き添い。華の判断に文句を言える立場ではない。

「入院のことは、一時の体調不良とでも言えば誤魔化せるからさ。」

 確かに心配する人はいても、深掘りする人はいないだろう。上手く誤魔化せば余命のことは隠せる、けど…。

「華はそれでいいのか…?」

「うん、蓮がいたら十分だよ。」

 恥ずかし気もなく言う華に、俺は顔を背ける。真剣で真っ直ぐな華の瞳が、痛くて辛かったから。

「私はずっと孤独だった。だから別に、病室で独りでも大丈夫なの。」

 大丈夫と言う人ほど大丈夫じゃないとはまさにこのことか。

「華には俺がついてるよ。」

「…うん。」

 俺の励ましに嬉しそうに返事をする華は、どこか寂しそうだった。


「あんた、ちょっといい?」

 校門を潜ろうとすると、冷えきった茜の声に呼び止められた。

「なんだ?」

「華が学校休んでるのって、本当に一時の体調不良なの?」

 茜は華の異変に、薄々気づいているのかもしれない。

「なんで俺に聞くんだよ。俺もお前と同じ情報しかもってない。」

「じゃあなんで、華が休学になる一日前に深刻そうな顔してたの?」

 茜が言っているのは、まさに華が倒れた日のことだ。

「あぁ、身内が亡くなったから、あんまり深掘りしないでもらいたい。」

 架空の身内を殺し、「傷を抉るな」という言い訳をする。

「あっそ。知らないならいいわよ。」

 茜は諦めた様子で俺に背を向ける。

 そういえば、茜の苗字を知らないな。今日の出来事を華に話す時、また嫉妬されそうだから聞いておこう。

「そういえば茜って、苗字何?」

 去ろうとする茜に聞く。

「宮崎。なんでよ?」

「宮崎を下の名前で呼んでると、華が嫉妬しちゃうから。」

 言い方はアレだが、事実だ。

「ラブラブそうで何よりですー。」

 そんな冷たい言葉を放って宮崎は去っていった。

 宮崎は素っ気ないけど友達想いだよな。いわゆるツンデレか?

 これを宮崎に言ったら絶対に腹パンはされるから、黙っておくのだが。


「宮崎が心配してたぞ。」

「そっか…。確かに、茜に秘密なんて初めてだ。」

 華は申し訳なさそうに言う。友達全員に隠すという華の判断は正しいと思うし、自分を責めることないのにな。

「親友に秘密なんて、まるで裏切りだよね。言った方がいいのかな…?」

 問いかけるように語尾を上げる華に、俺は何も返せない。

「俺は、華の意見を優先するべきだと思うよ。」

「そうだよね。アドバイスありがとう。私、やっぱり言わないでおくよ。私は私の意見を貫く。」

 華は強くて凛としている。俺の支えなんて要らないんじゃないかと思うほど真っ直ぐで、でもどこか少し危なっかしくて…。

 でも支えが必要ない人間なんてこの世にいないのだ。世界中のみんなが孤独と戦って、寄り添って、支え合いながら生きている。

 みんな知らぬ間にすれ違った人や目の前の人に支えられている。俺も、目の前の人に支えられている一人だ。

「蓮、私の余命、もう20日しかないんだよ…。いつもこんなに動いてて、笑えてるのに。」

 華は涙を一筋。

「眠るのが恐い。明日が恐い…。未来が恐い……。置いて行かれることが、すごく恐いの……。」

 語彙力を捨てて話す華を、俺は助けられない。それは、俺が無力だからだ。

「嫌だよ…!蓮と離れたくない!死にたくないよ!!」

 華の感情は頂点に達していた。その発言で何かが壊れたように、華は赤子のように泣き始めた。

「俺も華とずっと一緒にいたい…。何もできなくてごめん…。」

 俺は泣きそうになりながらも言う。

 こんな時でも無力な自分が醜い。

「蓮は謝らないでよぉ…うぅ……。」

 華は泣きじゃくっていた。俺を抱きしめながら涙を流して、二人して悲嘆に暮れていた。

 

 俺はあれから、毎日のように病院に通っている。いつもは病院なんて滅多に行かないのに、今や行くことが習慣となっていた。

 今日は華に花を買って向かう。

 華は花が好きらしいから、きっと喜んでくれると信じている。

「あ!これガーベラ!?やったぁ!めっちゃ嬉しい!ありがとう!!」

 やっぱり華は、手を叩いて喜んでくれた。少しでも元気が出たみたいで良かった。

「白のガーベラって、花言葉何だっけ?」

 何故ガーベラにしたかというと、お見舞いには何がいいか調べると、ガーベラがいいと出てきたからだ。

 そして実はフラワーショップでガーベラを買う時、店員さんに色ごとの花言葉を教えてもらった。

「白いガーベラの花言葉は、『希望』とか『律儀』とからしい。」

「そっか。まぁ、言ってしまうと今の私に希望はないけどね。」

 笑いながら言う華はまさに空元気といった感じで、見ていて辛い。

「余命、あと15日だよ…。でも余命って信用にならないらしくて、余命半年の人が一年生きたみたいな例もあるらしい。」

「そっか…。」

 余命や命などの重い話をされると、どう返事をしていいか分からない。

「そういえば、今日茜が来てくれるんだって~!久しぶりに話すの楽しみだなぁ。」

 宮崎が来るのか…。それなら俺はあと少しで帰るとするか。

「ガラガラ――」

「あ、茜が来た!!」

 あ、こんなに時間が被っていたのか。俺は荷物を片付け始める。

「あれ?蓮もう帰っちゃうの…?」

「あぁ、またね。」

 俺は宮崎とすれ違って病院を後にする。

 思い返せば、余命のことを知らされる前も華はたまに困ったような笑い方をする。あれはもしかしたら、何か悩んでいた証拠なのかもしれない。

 そりゃあ当たり前だ。急に余命を知らされて「あなたは◯ヵ月後に死にます」なんて、衝撃すぎるだろう。

 俺だったら学校に行かなくなったり、もし学校に行っても華のように元気に振る舞えないだろう。俺ならきっと、人生を諦めてしまうと思う。

 正直言って、俺は華を尊敬している。最期まで全力で生きようとするその姿が、素晴らしくて美しいからだ。

 ふと自分の姉を思い出す。俺の姉も、いつも堂々としていて凛としている。

 自分で言うが、実は俺はなかなかのシスコンなのだ。姉は、梨華(りか)という――。


 俺は病院に行くことが当たり前になっていた。それは、華が入院していることが当然になってしまったと言い換えられる。

「蓮も毎日来てくれなくていいのに…。」

 俺は放課後、毎日病院に向かっている。

 雨の日でもそれは変わらないし、都合によっては花を買っていくことも。

「いや、俺が勝手に来てるだけだから。」

「そっか。ありがとうね…。」

「…っ!」

 華の瞳には涙が滲んでいた。

 華の感情は、入院してから明らかに不安定になっていた。病室で話している時に泣き出して、でも泣きながら笑っていたり、些細なことで苛立ってしまっている様子が伺えることもしばしば。

「蓮が毎日来てくれるのが嬉しくて…。本当に蓮は私の支えだよ。」

 「俺は華の「安心させてくれる存在」になれているだろうか。」これは過去に思ったことだった。

 今華の口からこぼれた言葉は、信頼してくれている証だった。少しでも華の役に立てていてこっちも嬉しくなる。

「私、あと何日もつかな…?何日蓮と一緒にいれるかな…?」

「ずっと一緒にいられるよ…。」

「嘘ばっかり。」

 華とずっと、俺が死ぬまで一緒にいられたらいいのにな。

 そんな儚くて淡い願いは、空気に溶けて消えていった。

 

 俺の姉は昔、事故で亡くなった。俺が中学生の頃だった。

『蓮は強くなるよねっ?』

 梨華が残した言葉だ。俺は幼い頃、よく友達と喧嘩して泣いていた。その度に梨華に、そんな励ますような言葉を掛けられていた。 梨華が亡くなった日は、いつも通りの朝。いつも通りのおはよう。いつも通りの時間にいつも通り登校した。

 梨華は自転車で通学していた。いつも通りの時間に出ていった梨華の最期の言葉は、いつも通りの「行ってきます」だった。

『お姉さんが事故で病院に搬送された』

 そんな衝撃でしかない言葉を担任に投げられ、俺は教師の許可も得ずに即座に教室を飛び出した。

 信じられなかった。表面では理解できていても、頭では理解できていなかった。

 病院に着くと母親から現状を知らされた。俺が病院に着いた時、梨華は手術中だった。

 まさか手術まで至るとは思ってもいなかったし、そんな大怪我だと言う事実も信じたくなかった。もちろん手術が失敗だなんて、候補すら挙げたくなかった。

『手術、失敗だって……。』

 医者ではなく、母から伝えられた言葉だった。その言葉だけは本当に理解できなくて、俺は思わず聞き返した。

 母は泣いていた。俺もつられて泣いた。悲しくて辛くて、でも信じられなくて。

 これはドッキリで、梨華はケロッと笑って待っているのではないかという考えも過った。でも俺の家族はそんな悪ふざけをしない。その#信頼__・__#が、余計に辛かった。

 俺は手術の結果を告げられた後、すべての音が遠退いて、そしてやがてそれは心音に代わった。俺は鼓動の速さを感じながら、絶望に暮れていたーー。


「蓮、最近元気ない…?」

 俺は最近、梨華のことを思い出してしまった。華は梨華のようにいなくなってしまう。

「そうかな?テンションが低いだけだと思うけど。」

 華に梨華のことは言っていない。これは秘密というより、ただ単に俺が思い出したくないからだ。

 どうしても華と梨華を重ねてしまって、どんどん辛くなってしまうのだ。

「それなら良かった。ていうか私、やり残したことがあってさ~…。」

 やり残したこと?なんだろう。

「何?やれることならやろう。」

「…蓮とキス。」

「え…?」

 俺は思わず硬直してしまう。キスって…。

「あははっ!蓮耳まで真っ赤ー!!」

 …完全にからかわれた。俺は恥ずかしくて顔まで熱くなる。

「もう俺は帰る!」

「あ、蓮が拗ねちゃったー!」

 俺は荷物を片付けて病院を後にする。もう少し話していたかったが、さすがにこれ以上は恥ずかしい。

 俺は独りになると涙がこぼれ始めた。実はさっきまで、涙を我慢していたのだ。

 大切な人が二人もいなくなるなんて、辛くてたまらないのだ。

 梨華も不幸だし華も不幸だが俺も不幸だ。あまりにも天罰がすぎる。

 高校生になって強くなったと思ったのに、俺はまだ涙脆かった。俺は梨華の言葉を守れていない。俺は駄目な子だな…。

「あれ?あんた華のお見舞いの帰り?」

「えっ?」

 俺の思考の渦に入り込んできたのは、今から見舞いに行くという宮崎だった。

「あぁ、そうだよ。」

「ふーん。あんた、華を不幸にしたら許さないからね。じゃっ。」

 宮崎はそんな辛辣な言葉を置いて行ってしまった。

 華は今、不幸なのだろうか。きっと不幸だよな。中学も高校も病気で自由が利かない。不幸にも程がある。俺は宮崎に恨まれるな。 独りでそんなことを考えていると、またも涙がこぼれてしまう。

「うぅっ……。」

 声を殺して泣く声は、誰もいない街に響いて残った。

 

「プルルルル――」

 自分の部屋に電話の音が響く。誰だろう。相手は華だった。

 俺は今日委員会の用事があって、放課後すぐに華のところに向かえなかった。俺が病院に行くのが遅くて電話をくれたのか。

「華ごめん。今から行――」

「華が倒れたの!!」

 電話の向こうから聞こえたのは、華ではない誰かの甲高い声だった。

 俺は走った。通話中のまま携帯をポケットにしまい、病院に走った。

 外は雨が降っていたが、そんなこと気にせず病院に走った。

 どうして今日遅れてしまったのだろう。委員会よりも華が大事なのに、「用事がある」って言えばサボれたのに…!

 ごめん華っ!すぐに行けなくてごめん…!ずっと一緒にいられるって言ったのに…!

 俺は後悔の波に押されていた。

 これでもし華がこの世を去ってしまったら…。考えたくもない。

 体育の授業でタイムを測るよりも全力で走って、目の前に佇む病院を認識する。

 華のところへ速く…!!

「ガラッ――」

「華っ!!」

 忙しく病室に入ると、いつも通り華がベッドに寝ていた。

「…華?」

 顔の上に白い布はない。きっと助かったのだろう。

 俺は大きなため息を吐き出してその場にへたり込む。

「良かった……。」

「あら、蓮くん来てくれたのね。今ちょうど、先生とお話をしていたの。」

 振り返ると、そこには華の母親がいた。思い返せば、あの甲高い声は華の母親のものだったのだろう。あの時はパニックで、それすらも理解できなかった。

「華はまだ生きていけますよね…?華はまだ死なないですよね……?」

 俺の確認する声は、完全に震えていた。

「正直、分からないわ…。でも今回は一命を取り留めたわね。」

 いついなくなるか分からない。そんな儚くて美しい華を、俺は見つめていた。


「――あれ…?蓮…?」

 しばらくすると、華が目を覚ました。

「華っ!起きたか…!」

 俺はあれからずっと必死で、いつまでも華の横で慌てていた。

「あれ?蓮泣いてる…。」

「え…?」

 俺は瞳の下に手をやると、確かに濡れていた。華が本当に生きていると確信できて、安心したのかもしれない。

「ごめん…。」

「いや、むしろこっちこそ心配かけてごめんね…。私の身体が弱いせいで…。」

 華は申し訳なさそうに下を向く。こんな時に「そんなことないよ」と否定できるのがいい人なのだろう。だが俺は、残念ながらそんな優秀なことなんてできない。俺はなんて無力なのだろう。

「私多分、三途の川の目の前くらいまで逝ってたよね!」

 明るく言う華の余命は、あと5日だった。短すぎる余命と空元気。あぁ、辛い…。

「私元気なんだけーー」

「本当は?我慢しないで言ってごらん?」

 俺は華の頭を撫でながら尋ねる。本当は心もボロボロに決まっている。

「いや、本当に元気……だよ。」

 まだ強がる華を、俺は抱きしめる。

「華にはこれ以上我慢してほしくない。」

「我慢なんて……うぅ……っ…死が恐い…!みんなと違う世界に逝くことが恐い!!まだ死にたくないよぉっ!!」

 そう叫んだ華の目からは、大粒の涙がこぼれていた。

 ベッドの上の華はか弱くて儚いのに、口からこぼれた言葉は力強かった。

 それは華の"心"そのもの。どれだけ辛いかがよく伝わってきて、俺まで涙を流してしまう。

「蓮……!やだよ!!蓮とずっと一緒にいたいよ!!蓮と一秒でも長く一緒にいたい!!嫌だよ…!!」

 駄々をこねるようになきじゃくる華を、俺はもっと強く抱きしめる。

 華は前より少し冷たい気がして、俺はもっとたくさん泣いてしまった。

 夕日の光が、俺たちの悲しさを際立たせていた。


 

 華の余命は残り0日だった。つまり今日華がいなくなるということだ。もちろん余命より長く生きることもあるが、俺は今日がたまらなく恐かった。

「私今日死ぬんだよ?なんかそんな気がしないよね!こんなに動けるのになー…。」

 いつも通り病室で華と話す俺は、今にも華が倒れそうで見ていられなかった。

 でもそんなことで華との時間が最期にならないように、華の姿を目に焼き付ける。

 華は今にも消えてしまいそうなくらい白くて透明感のある肌をしている。

「蓮?何そんなに見てるの?」

「いや、肌綺麗だなぁって。」

 俺は華が病院で倒れてから、後悔のないように思ったことを言うようにしている。二度とあんな後悔はしたくない。

「えーっと…。あ、ありがとう?」

 戸惑った様子の華は愛くるしい。本当に今日この世を去るとは思えない。

「あ、もうこんな時間だ!蓮、今日はもう遅いし、またねー?」

「いや、俺まだ居たい。」

 俺は不安のあまり、駄々をこねる。今日いなくなってしまうかもしれない彼女を置いて帰るなんて、嫌だ。

「もー…。明日また来て…?」

 俺は仕方なく帰ることにした。明日は土曜日だから、最速で(14時から)華に会いに来ることにする。明日まで命が保ちますように。


 華の余命は-1日。土曜日の14時になった今まで特に電話等はなくて安心した。

「蓮!ねぇ凄くない!?お医者さんが言ってた余命より1日も長く生きてる!」

 病室に入った途端、華は嬉しそうな声を上げた。華が元気そうで俺も嬉しい。

「ねぇねぇ!もしかしたらこのまま死ななぃ…ゲホッゲホッ……はぁ、はぁ……。」

「華…!?大丈夫か!?」

「うん…。最近なんか息が荒くなっちゃうんだよね。咳とかも……ゴホッ…。」

 元気そうだと思っていたけれど、華にはちゃんと症状が現れていた。もう、最期が近いのかもしれない。

 これはナースコールを押したりするのか?まずい…。俺はそういうことの知識がまったくないのだ。

「華、医者呼ぶか!?」

「いや、大丈夫、だよ…。」

 華は明らかに元気が薄い。これはナースか誰かを呼んだ方がいいのだろうか。

「華?誰か呼んだ方がいいか?」

「…。」

「華っ!?」

 華はそれこそ目は開いているものの、半開きだし意識が怪しい。どうしよう…。

 俺は慌てて廊下に出る。するとちょうどナースが通りかかって忙しく事情を話す。すぐに医者が来るそうだ。

 俺は病室に戻って華の意識を確認する。

「華!?今医者呼んだからな?華っ…!」

 また前のように復活してほしい、俺はその一心だった。

 俺は華の手をとる。

「…っ!」

 華の手は少し冷たかった。前に手を繋いだ時より圧倒的に。

「大丈夫ですか!?」

「っ!早く華を!!」

 医者が来て華に駆け寄る。それと同時に華の母親も来た。頼む…!お願いだから、生きてくれ…!!お願いだから…!!



 そんな俺の願いは叶うことがなく、その日華はこの世を去った――。


 華はいない――。これは夢でも妄想でもなく、現実だ。

 最期の言葉はあやふやだったし、日常的な会話しかできなかった。

 「好き」とか「愛してる」すらも言えなかった――。

 俺は酷く後悔していた。もっと俺に医療やそういう時の対処法の知識があったら華は助かったのではないか、もっと長く生きれたのではないか、と。

 自分のことを責めても辛くなるだけとは分かっている。だけど、どうしても梨華の時のように責めてしまうのだ。

 華の御葬式に行くのは、華の死を認めているようで嫌だった。だから俺は行けなかった。華は来てほしかっただろうに…。

 ごめん、華…。


 華がいなくなってから一週間。俺は久しぶりに学校に行った。

 教室に入ると、何気にみんなの元気がないような気がして気分がより落ちる。

「蓮っ!大丈夫かっ!?」

 教室に入って一番に話しかけてくれたのは南斗だった。

「うん……。」

 みんなは華が余命で亡くなったことを知らないのだろう。俺に問い詰めてくる人はもちろん、話しかけてくる人すらいなかった。

「九条っ!」

 廊下から声が聞こえたと思って振り返ると、そこには息を荒くした宮崎がいた。

 俺は廊下に出て宮崎と話しに行く。

「あんた!やっぱり華は体調に異変があったんでしょ!?なんで黙ってたのよっ…!なんで私には秘密にしてたのよっ…!!なんで…!なんでなのよぉ…っ!」

 宮崎が叫び続けるなか、俺は何も言えなかった。心は申し訳なさとやるせなさでいっぱいになって、余計に辛い。

「私たち、親友じゃなかったの…?なんでこうなるまで言わなかったのよぉ…!……うぅ…っ……。」

 宮崎はその場で泣き崩れた。大切な人が亡くなって泣くのは当たり前だろう。

「……九条は悪くないのに、責めてごめん。きっと私に黙ってるっていうのは、華が決めたことでしょ…?九条は自分を責めなくていいから。」

「え……?」

 急に申し訳なさそうな顔をして謝る宮崎は、心から苦しそう。

「きっと華は私たちが悲しむことを望んでないわ。泣いといて言うのもアレだけど、泣くことで強くなれるわ。これからは明るく、生きましょ?」

『私が死んでも、悲しまないこと』

 ふと、華からの約束のことを思い出した。そうだ、華は俺に悲しんでほしいなんて言っていない。むしろ悲しまないでほしいと言っていたんだ。これは華が遺した願い。

「……そう、だな。前を向こう。」

 俺は宣言通り前を向いて宮崎の瞳を捉えた。そんなにすぐに人は変われない。でも少しずつ変わっていくことは可能だ。このように、些細なことから。

 「悲しまないで」というのが華の最後の願いなのだから、それを守らないのは華も辛いだろう。

 まだ気持ちは落ち込んだままだ。だけど梨華の時のように過去を忘れないでも悲観を回避する方法はあるはずだ。

 雨が降った後の土は、より硬くなる。

 俺はその日、"変わるために"思い切り泣いた。

 

 華がいなくなってから2年が過ぎた今、俺は大学に通っている。

 時折華のことが恋しくなって泣きそうになったり、未だに彼女すらできなかったりと、未練タラタラだ。

 でも毎日泣いていたりメソメソしているわけでもなく、毎日きちんとした生活を送れている。

 大切な人が二人もいなくなって絶望していても、少しずつ変わっていくことはできた。だから後悔を背負いながら毎日一歩ずつ前に進んで、俺は変われたのだ。

 たまにどうしようもなく悲しくなって泣くこともある。でも泣き腫らした後の外の景色は温かくて、また前を向いて歩ける。

 梨華の時はこんなに前向きな気持ちになれることはなかったのに、華が俺のために約束を提示してくれたから今は前向きな気持ちになれている。

 きっと華は、自分がいなくなった後に俺が弱くなってしまうことを想像してあんなことを提案してくれたのだろう。

 あの約束は無事俺を救った。未だに恋愛ができなくても、未だに華のことを思い出しても、俺は生きている。

 華がこの世を去ったのは、梅雨の日だった。そう、華と出会った日も梅雨だ。

 出会ってから一年という短い時間で華はいなくなった。この短い時間でどれだけ「初めて」を体験したか。どれだけ変われたか。言うまでもない。

 これはすべて、華が遺してくれたものだと俺は思っている。

 俺は華がいなくても強くなれる。悲しまないように前を向ける。

 俺は最後、笑えていた。

 

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