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約束を守った犬 と繋がっています
「はい。此方消費者相談センターです」
「あ、あのぉ、通販で買った物が広告とは全然違っていて……」
私は田中花子、商品の売買上発生するトラブルの相談に乗る仕事をしている。
此処は近年増えた消費トラブルの影響で大変だが、働き方が人それぞれの世の中だ、都合だって色々なんだから当然だろうさ。
……兄貴みたいに三徹とかで働いている訳じゃないんだし。
そんな訳で今日もお仕事、クーリングオフとか誇大広告とか情報社会の世の中で対処方法が直ぐに分かっても、調べる方法や調べた内容を活用出来ない人も多い。
なら、私達がどうにか助けるしかないってもんだろ。
「田中さ~ん、今度の日曜の勤務なんだけれど代わって~。旦那と息子夫婦が変えられない急用で留守になっちゃったのよ」
電車が鳴り止んで少し経った頃、真面目で良い人だけれど口うるさい上司が席を立ったのを見計らい、隣の鈴木さんが話し掛けて来た。
この人もお子さんも結婚が早いから既に小学生高学年のお孫さんも居るらしい。
「あっ、良いですよ。にしても鈴木さんの所ってお子さんもお孫さんも多いから大変ですよね」
まあ年の離れた飲み仲間の頼みだ、お孫さんの話が長い所以外は問題無いし、良い店を沢山知っているから楽しいし。
「ありがとう~。今度焼き肉食べ放題でも奢るわね~」
「生ビール飲み放題も!」
……人間関係は悪くないと思う。
鈴木さんと互いに親指を立てて顔を見合わせた後は仕事に集中、定時には必ず帰る仕事押し付け魔の糞上司がいる兄貴とは大違いだろう。
「……はあ」
偶に連絡しても信じられないブラックだし辞めれば良いのにと何度言った事やら。
お盆も正月も仕事、有給なんて夢幻、何時か過労死するな、アレは。
「ポチ、アンタが夢に出て辞めるように言いなさいよ」
信じられないど田舎にある実家、行き帰りの手間を考えれば親の顔と飼い犬達位しか帰るメリットが無い彼処で、私が知る中で一番の古株だったポチ。
兄貴が拾って来た犬で、後から知ったらドーベルマンだったとか。
逃げたって連絡は届いて居ないから飼ったは良いけれど飽きて捨てて餓死寸前だったあの子は兄貴の唯一の友達だった。
そんな愛犬は何年もアニキの顔を見ずに死んでしまった。
「おっと、電話だ」
入院中の叔父さんがヤバいって聞くし、せめて墓に顔出す位はしてやって欲しいと思いながら受話器を取った瞬間、背中に冷たい物が走る、一瞬で総毛立つ程の嫌な予感・・・・・・またか。
幼い頃から私は”ナニカ”に縁があった。
自分の容姿が綺麗かどうか聞いてくるマスクにコートの不審者、頭だけは人間の犬、それ以外にも気味の悪いナニカ。
親にも兄貴にも見えないし、私だけの時以外には遭遇しないから縁みたいな物が有るのだろう、要らないけれど。
このがさつな口調も幼い頃の体験が元でひねくれたから。
そんなナニカが現れる時、私は何時もこの悪寒を感じていたんだ。
「もしもし……」
電話の向こうから聞こえるのはテレビの砂嵐みたいなザーザーって五月蝿い音と、それに時折混じるノイズみたいな音。
正直言って今すぐ電話を切って知らん振りを決め込みたい所だけれど、長年の経験がそれに警鐘を鳴らしていた。
私はもう関わってしまったから、ちゃんと対処せずに逃げたら後で取り返しが付かなくなる、ってね。
「……し、あし、あしあしあしあし……」
やがてノイズは徐々に大きくハッキリと聞こえ、それが人の声だと判断したのは良いけれど、さっきから窓の外に浮いてるのが電話の主かなあ……。
口裂け女、人面犬、その他色々、当時は知らなかったけれど都市伝説のお化けだったり妖怪だったり、私の遭遇して来たのは人の間に伝わって来た存在。
口裂け女はコートの下が裸の変態だと思ったから完全スルーだったし、他のも運良く対処出来ていた。
だからナニカの名前を知った後はネットとか本とかで色々調べたんだけれど……。
血の気の失せた顔をして腹の下から先がほぼ全部無い、”テケテケ”かと思ったけれど、アレって確か急には曲がれないんだっけ?
まあ、違うでしょ、殆ど無い……つまりは少しはあるって事で、それが足。
下半身が切断された上半身から二本の足が生えていた。
この時点でテケテケじゃない……筈。
要するに私は目の前のナニカが何か分からないって事。
取り敢えず悲鳴を堪え、周囲から普通に見える振る舞いを、狂った扱いは沢山だ。
「足が、足が、私の足が……」
しわがれ声で殆ど聞き取れなかったのがハッキリと聞こえ始めるけれど、足なら有るけれどな?
そして、そのナニカは窓をすり抜け、両手でテケテケと音を立てながら私の前までやって来た。
ギザギザの歯を見せるように開き、ガラスを引っ掻く音に似た声でそれは来訪理由を告げた。
「押し売りされた足が体に合ってないんです!」
あっ、因みに両足は後ろに向かってピーンと伸ばしてた、じゃないと邪魔になって手で歩けないし。
「でしょうね。腰の辺りが足りない以前に……左右で長さが違うんですから」
右足は日に焼けたマッチョな足で、左は入れ墨がビッシリだけれど弱々しい多分老人の足、長さだって合っていない。
……所で貴女のお名前なんってーの? 聞いても呪われないなら教えてちょ。
「テケテケ、貴女達人間はそう呼んでいます」
”テケテケ”、雪国の列車事故で体が両断されたけれど寒さで出血死が遅れ、助けてくれなかった周囲を呪って生まれた悪霊。
話を聞いた人の前に現れる……の筈だけれど。
「いや、人間はって……」
「私、幽霊じゃないですよ? 最初からそんな設定を持って生まれた存在です。そもそも雪国の寒さで下半身切断クラスの出血が抑えられる筈が無いじゃないですか。下半身を探しているって話もあるけれど、普通は回収されて上半身と火葬になってますよね」
「ああ、成る程」
何か妙に冷静なテケテケさん、怪談じゃ問答無用に襲い掛かる筈だったのに妙な話だ。
それでも長年の疑問と怪談のお化けに関する話の矛盾が解決したのは良いけれど……。
「床、汚いなあ……」
動く度に床に血がポッタポッタ落ちてるけれど、私以外には見えてないから気になるのは私だけか。
じゃあ、この血で滑って転けたら何も無い所で滑った風に見えるのか。
てか、もうグロいの実物も作り物も沢山見て来たからか普通に話が通じるから全然怖くないわー。
「それで相談に乗って下さい! この足、急に現れたお婆さんに無理矢理売りつけられたんです!」