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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

心春が紡ぐ最後の言葉

作者: 春川 レイ


※いじめの描写があります。苦手な方はご注意ください。



「―――」

心春が落ちてくる。

私と目が合った彼女が、何かを囁いた。その言葉が、どうしても聞き取れない。

「――あ」

思わず声が漏れる。小春は楽しそうに笑った。曇りのない、花の咲いたような晴れやかな笑顔。そして、再び唇を動かす。

「―――」

やっぱり、その声は私の耳には届かない。










◆◆◆











「あっ、起きた?」

突然、意識が切り替えられたような感覚がした。

目を開く。真っ白な天井が見えて、次に違和感が身体を満たす。

「おはよう、まりかちゃん」

小鳥のような無邪気な声が聞こえて、そちらに目を向けると、心春が微笑んでいるのが見えた。

「もう、遅いよ。ずっとまりかちゃんが起きるのを待っていたのにー」

悪戯っぽく唇を尖らせる彼女。私は慌てて身体を起こす。

「あっ、ごめんごめん、心春。今、何時?」

「んー、結構遅い時間だよー」

時計も見ずにそう答える彼女に申し訳なく思いながら、ベッドから足を出した。そのまま床に足をつける。

「うわ、本当にごめん。なんかすごい長い時間寝てた。夜更かししちゃって……」

私が夜更かしするのはいつものこと。夜はいつも深夜までゲームをしたり、テレビを見たりしてるから。身体に悪いと分かっているけど、やめられない。

――あれ?昨日は何してたっけ?

そう考えながら、立ち上がろうとしたその時、鋭い痛みに襲われた。

「あ、痛っ――」

反射的に頭を抑える。頭痛は一瞬だけで、すぐに消失した。

「どうしたの?大丈夫?」

心春が心配そうな声をかけてきて、私は小さく頷いた。

「うん。なんか一瞬頭が痛くなって……」

「本当に大丈夫?薬飲む?」

「ううん。すぐに治まったから……」

そう言って笑ったが、心春は心配そうな表情のまま、立ち上がる。そして、すぐに水の入ったコップを持ってきてくれた。

「はい、これ」

「あ、ありがと……」

そう言って受け取ったものの、そんなにのどは乾いていない。私は手の中にあるコップの中の水をしばらく無言で見つめた。

起きた時から感じる奇妙な違和感が消えなくて、眉をひそめる。なんだろう、これは。なんだか、気持ち悪い。何かが間違っている。そんな感覚がする。

「どうしたの?まりかちゃん」

心春が不思議そうな視線をこちらに送ってくる。そんな彼女を可愛いなぁ、と思いながら見つめ返した。

心春は昔から可愛かった。目鼻立ちが整っていて、長い黒髪はサラサラで、清楚な女の子。高校で初めて見た時から、可愛いなぁと思っていた。同じクラスになった時は嬉しかった。

本当に、嬉しかった。

「何を考えているの?」

心春がそう尋ねてきて、私は微笑んだ。

「高校生の時を思い出してた」

「高校……?」

「心春と同じクラスになった時のこと」

ああ、と心春が軽く頷く。

「懐かしいねー。なんだか、すごい大昔のことみたい」

「あの頃は楽しかったな~。また高校生に戻りたいよね」

私がそう言うと、心春は曖昧に笑った。そして、少し首をかしげて口を開いた。

「初めて話した時のこと、覚えてる?」

「もちろん」

私は大きく頷いた。

「心春がキーホルダーを失くして、放課後に一人で探していた時でしょ」

大切なキーホルダーを紛失した心春は本当に困っている様子で、学校中をウロウロしていた。

あの時の心春の顔が、鮮明に浮かび上がる。

今にも泣きそうに瞳を潤ませながら、声をかけた私を見上げてきた心春。あの時の彼女は――

「本当に、焦ったよ」

ぼんやりと思い出を振り返る私に対して、心春は少し笑いながら言葉を続けた。

「だって、あのキーホルダー、すごく大切にしていたから……ほんと、失くした時は泣きそうになったよ」

「まあ、あの後、すぐに見つかったけどね」

キーホルダーを見つけたのは私だった。ゴミ箱の中から救出したそれを心春に差し出すと、心春は何度も頭をペコペコ下げていた。

「あれって、やっぱり三谷さんがしたの?」

「……」

その名前に私は顔をしかめた。

「――さあね」

そう答えたけど、本当は知っていた。

心春の大切なキーホルダーをこっそり盗み出して、ゴミ箱に捨てる事を提案したのは、同級生の三谷紗綾だということは知っていた。










◆◆◆











三谷紗綾はクラスの女王だった。

親が資産家で、派手な美人で、スタイルもよくて、頭もいい。

私は幸運にも、女王である紗綾とは普通に友達だった。

『まりかはさ、ほんと、すごいよね。可愛いしー、スタイルいいしー、しかも運動神経抜群だし』

紗綾はそう言ってくれたけど、私の容姿は紗綾ほど目立つものではない。紗綾が私を友達の一人として扱ってくれたのは、多分私がバスケの選手として、結構それなりに注目を集めていたから、だと思う。

『この間、スポーツ雑誌の取材受けてたでしょ?いいなー』

『……そんなに大したことないよ。紗綾の方が可愛いし』

そう言うと、紗綾は満足そうに笑う。周囲の女の子達も、うんうんと頷く。紗綾厳選、紗綾の、紗綾による、紗綾を彩るための友達。

私の世界は、そうして成立していた。






『あいつ、死ねばいいのに』

三谷紗綾がいじめのターゲットに心春を選んだのは、同じクラスになって1ヶ月ほど経った時。

別に心春が何かを紗綾にしたわけじゃない。心春と紗綾はほとんど会話をしたことがなかったはずだ。裕福な家のお嬢様で常にカーストの上位にいる派手な紗綾と、大人しくて静かでクラスでは特に目立つ存在ではない心春は、同じクラスに在籍しながらも別世界の人間だった。

紗綾が好きな男子生徒が、心春の事を好きだということが分かるまでは。

『ビッチだよね、地味な顔してるくせに』

紗綾は嘲るようにそう言ったけれど、私は同意できなくて、曖昧に笑った。

心春の顔は確かに目立つ方じゃない。けど、綺麗な顔だと思っていたから。

『ほんと、ムカつく』

でも、そう言って舌打ちをする紗綾にそんな言葉は返せなかった。






心春へのいじめは、最初は小さなことから始まった。まずはクラス中の無視。そして、定番の嫌がらせ。机の上や教科書などに落書きされ、持ち物を隠され、ひどい噂を広められた。

担任の教師は気づいていたのかどうか、分からない。でも、きっと気づいたとしても何もしなかったと思う。事なかれ主義の先生だったし、何より、あの頃の紗綾の権力は絶大で、教師さえも逆らえなかったから。










◆◆◆











「あの頃はつらかったなー」

心春は薄く笑いながら、そう呟いた。

「なんであんなことになっちゃったんだろうね」

「……それ、は」

答えようとしたけど、何も言えなかった。思わず顔を伏せた私に構わず、紗綾は首をかしげて言葉を続けた。

「まあ、運が悪かった、のかな。どう思う?」

「……」

何も答えられなかった。そんな私に対して、心春はフッと笑い、肩をすくめた。

「でもさ、私は、頑張れたんだよね。今考えてみれば、別に耐える必要なんかなかったのに。なんで、頑張れたか、分かる?」

「……」

「まりかちゃんが、唯一、私の味方だったからだよ」

その言葉に、私はぎゅっと強く瞳を閉じた。










◆◆◆











『ねえ、大丈夫?』

あれは確か、心春のいじめが始まってすぐのことだった。

生徒がほとんど家に帰った放課後、泣きそうな顔で学校中を歩き回る心春に、私は声をかけた。心春は瞳を潤ませながら、口を開いた。

『――大切な、キーホルダーがないの』

か細い声で、心春はそう言った。

『あの、この辺にキーホルダーが落ちているのを見なかった?』

『キーホルダー?』

『猫のキーホルダー……失くしちゃって……大切な、物なのに……』

その猫のキーホルダーは、心春の妹が心春の誕生日のプレゼントに贈ってくれた物だったらしい。妹を大切にしている心春にとって、絶対に失くしたくない宝物だった。

心春の顔を見た私は、すぐに口を開いた。

『……私も、探すよ』










◆◆◆











「結局、ゴミ箱の中に捨てられていたんだよね」

心春の言葉に、私は小さく頷いた。

ゴミ箱の中から発見したそれを差し出すと、心春は何度も何度も私にお礼を言った。

「あの出来事がきっかけで、私達は、友達になったんだよね」

心春の言葉に、顔を上げる。心春は微笑みながら言葉を紡いだ。

「まりかちゃんは、いじめられている私に何度も声をかけてくれたよね。慰めて、元気づけてくれたよね」

「……うん。だって、心配だったから」

「いっぱい二人でお話したね。いろんな所で遊んだね」

「うん。だって、私は、心春の、」

友達だから、と続けようとしたのに、言葉が止まった。

――あれ?なんだ、これ?

「あ、痛――」 

また、頭痛がした。










◆◆◆











『まりかちゃん』

あの頃の心春は、何かつらいことがあるとすぐに私に泣きついてきた。

それは、唯一私が心春を無視しないクラスメートだったからだろう。

心春がつらい時はそばでずっと話を聞いた。泣いている時は、肩を抱き締めて慰めてあげた。時には休日に二人で遊びに行った。

私がそうすると、紗綾は少し複雑そうな顔をしたけど、止めることはしなかった。

つらい時、悲しい時、私は心春に寄り添う。ただそれだけで、心春は救われたような顔をした。

『まりかちゃん、いつもありがとう』

私をまっすぐに見つめて、微笑んだ。

『私、まりかちゃんのことが、大好き』










◆◆◆










重苦しい湿気がまとわりつく。なんだ、これは。違和感がどんどん膨らんでいく。何かに、追い詰められている、みたいな。嫌な、モヤモヤした感じ。

――やっぱり、なんか、変だ。

「こ、心春――?」

頭を抑えながら、声をかけると、すぐに心春は答えてくれた。

「うん?どうしたの?まりかちゃん?」

心春が笑う。可愛くて、清楚な笑顔。その笑顔に、頭痛も忘れて、反射的に私も笑い返す。

そして、心春は口を開いた。




「まりかちゃん、そろそろ気づこうよ」




その言葉に、私は目を見開いた。

「え?」

心春は楽しそうにクスクスと笑いながら、言葉を重ねる。

「まりかちゃんって、案外、お馬鹿さんだよね」

「こ、心春――?」

意味が分からなくて、狼狽えながら心春を呼ぶと、心春は首をかしげながら私の顔を覗き込むように見てきた。

「ねえ、なんで私がここにいるか、分かる?」

「え、なんでって――」

心春の問いかけに言葉を返そうとして、返せなかった。

そういえば、どうして心春はここにいるんだろう。あれ、待って。そもそも――

「ここって、……」

ここは、どこ?

てっきり目が覚めたその瞬間から、自分の家だと思っていた。でも、ちがう。そもそも、私の家だとしたら、心春がここにいるのはおかしい。

「ねえ、まりかちゃん。昨日は何してた?覚えてる?」

もちろん覚えてる。そう言おうとしたのに、

「――あれ?」

何も覚えていない。あれ?私は昨日は何をしてたっけ?目を閉じる。必死に頭を働かせる。でも、思い出せない。え、あれ?そもそも、今は何月何日?

「まりかちゃん、全然覚えてないよね」

目を開ける。そして、恐る恐る心春に視線を向けると、心春は不思議な表情で私を見つめていた。

「それじゃあ、あの事も覚えていないよね」

心春の形のいい唇が動く。

「私を、こっそり影で笑いものにして、いじめていたことも、覚えていないんだよね?」

その言葉に、目を見開いた。







きっかけ?そんなの覚えていない。ただ、心春をいじめる紗綾に便乗しただけ。

……いや、嘘。はっきり覚えてる。

初めは、ただのクラスメートだった。前から、顔は可愛いと思っていた。普通に、友達になりたいとも、思っていた。

だけど、紗綾が心春をいじめのターゲットに選んでしまったから。

私は結局、それに逆らえなかった。

ああ、そうだ。

思い出した。

心春の大切なキーホルダーを盗んで、ゴミ箱に捨てたのは、私だ。

提案したのは、紗綾。けれど、実行したのは私だ。

紗綾の命令には逆らえない。だけど、やっぱり心春に対して、罪悪感があったから、あの日の放課後、紗綾が帰った後に、こっそり心春に声をかけたんだ。

『ねえ、大丈夫?』

そう話しかけると、心春は必死な顔をこちらに向けた。

『大切な、キーホルダーがないの』

あの時の、心春の顔。忘れられないあの美しい顔。絶望の中、私を見上げてくるあの泣きそうな表情。潤んだ瞳、震えている赤い唇、真っ白な肌。

その顔は、あまりにも可愛くて。

それを見た瞬間、あまりの愛らしさに、表現できないほどの愛しさを感じた。感情が揺さぶられて、ゾクゾクして、全身の血液が沸騰しそうな、そんな感覚。

『……私も、探すよ』

そう言ったら、今度は救いを見出だしたような目で私を見てきた。その顔もまた、電気が体中に走ったと思うくらい、可愛くて、私を興奮させた。

「それで?その後は、どうしたの?」

どうした?そんなの決まってるじゃないか。

私自身が捨てたキーホルダーを、一緒に探してあげた。素知らぬ顔で、キーホルダーをゴミ箱の中から救出すると、心春はとても喜んでくれた。それをきっかけに、私は心春の友達になった。いや、ちがう。友達のふりをして、紗綾と共に心春をいじめた。少し違うのは、紗綾のようにあからさまに嫌がらせを繰り返すのではなくて、友達のふりをして影でいじめをしていたこと。大丈夫だよ、私は心春の味方だよ、と言いながら、裏では心春の持ち物を隠したり、落書きしたり、酷い噂を広めたりした。紗綾とともに、心春を笑いものにした。心春は私の事を信頼していたから、全然疑っていなかった。

いなかった、はずだ。

「どうして、そんな事をしたの?」

どうして?だって、そうすると、あの愛らしい泣き顔を心春が見せてくれたから。

そして、私が声をかけると、救われたような目でこちらを見てくれたから。

可愛かった。この世界で一番。

可愛い、可愛い、私だけの心春。

あの頃、心春は確かに私だけのものだった。

「ショックだったなぁ。まりかちゃんが影で私をいじめていたって知った時は……」

「な、なんで……」

それを知ってるの?と続けようとしたのに、身体が震えてそれ以上言葉が出せなかった。

「ああ……放課後に、まりかちゃんと三谷さん達が私の事を話してるのを、こっそり聞いたから」




ああ。そうだ。確かに、放課後に紗綾や数人の友達と、心春の話をした。何度も、何度も。

『あいつ、馬鹿だよね』

『まりかが友達だって信じてさぁ』

『本当はまりかが一番あいつをいじめてるのにね』

『心春ちゃん、かわいそーっ』

『あははっ』

紗綾がふざけたように笑って、私も声に出して笑った。





「三谷さんのこと、憎いよ。許せないし、大嫌い。でも、一番、許せないのはね……まりかちゃん、あなただよ」

心春の真っ白な顔が私を見下ろす。

「まりかちゃん。私は、あなただけは友達だと思っていたのに。……まりかちゃんは、友達のふりをして、裏では私の事を馬鹿にして、いじめていたんだよね。それが、何よりも許せない」

ああ、そうだ。

思い出した。心春は――、

「そろそろ、思い出したかな?私が、学校の屋上から飛び下りたこと」

あ、ダメだ。また、頭痛が。




頭を抑えながら、必死に声を絞り出す。

「と、飛び下り、た……?」

心春は軽く頷いた。

「まりかちゃんに騙された事がショックでね。屋上からドーンって」

そうだ。そうだった。どうして忘れていたんだろう。思い出した。

心春が、上から――

「こ、心春……」

「意外とね、怖くなかったよ。ああ、やっと終われるって、スッキリしてた」

何でもないことのようにそう感想を述べる彼女を見つめることしかできない。

「まりかちゃんは、覚えてない?」

「お、覚えて……」

心臓が凍ったみたいに、寒くて痛い。クラクラする。

「待って、……待って、心春。心春は、その時に……」

「うん。死んだね」

あっさりと、彼女は頷いた。

「あっという間だったよ。ほんと」

淡々と言葉を続ける心春に、私は震えながら再び問いかけた。

「こ、心春」

「ん?」

「心春は、幽霊、なの?」

その言葉に、心春は吹き出した。

「あはは、まりかちゃん、面白いこと言うねー」

「な、……っ、」

何が面白いのだ、と続けようとしたその時、心春が微笑みながら首をかしげた。

「もう。まだ思い出せないの?」

思い出す?全部、思い出したはずだ。

何を言ってるんだ、心春は。

私は思い出した。心春が飛び下りた時の事を。

心春が、上から落ちてきて――

「あ、れ……?」

上を見上げると、心春が、落ちてくるのが見えて。

なにか、おかしい。なに、これは。そういえば、さっきの心春の言葉。あれは――、

『屋上から、ドーンって』

ドーンってなんだ。

「あは、あはははははははっ」

心春が大笑いをする。そして、呆然としている私に向かって、楽しそうに笑った。

「ようやく思い出した?私が、まりかちゃんに向かって飛び下りたこと」

そうだ。そうだった。

思い出した。ようやく、全てを。

心春に呼び出されて、待ち合わせ場所で待ってた。自分が呼び出したくせに、なかなか現れない心春にイライラしながら待っていたその時、強い視線を感じた。ふと、上を見上げると、晴れやかに笑う心春と目が合って――、



そして、衝撃。



「上手くいくか分からなかったけどね、見事に直撃だったよ。ドーンって。嬉しかったなぁ」

ガクガクと足が震える。また頭痛が強くなっていく。

「……あ、わ、私は」

「うん?」

「私も……し、死んだの?」

そう尋ねると、心春は首を横に振った。

「ううん。ちがうよ。私はあの時、間違いなく死んだけどね。まりかちゃんは生きてる」

「え……」

思わずホッとする。しかし、

「あの時、私、殺し損ねちゃった。まりかちゃんはね、あの時から意識不明の植物状態なんだよ」

「は……?」

心春は少し悔しそうな顔で唇を尖らせた。

「頭を強く打ってね。でも、なんか、死ななかったみたい。まりかちゃんは知らないみたいだけど、あの時から何年も経ってるんだよー。まりかちゃんの身体は、まだ病院で眠ってるよ」

「な、に……それ」

脳がその事実を受け止めきれなくて、呆然とその場に座ると、心春もしゃがみこむ。そして、私の肩を軽く叩くと、ニッコリと笑った。

「安心して、まりかちゃん!もうね、まりかちゃんの身体は持たないんだって!!」

「……は?」

「ようやく死ねるよ!今までお疲れ様!今日が終わりの日なんだよ!だから、私、まりかちゃんにお別れを言いに来たの。どうしてもお話したくて」

「……は、……は?」

言葉が、出てこない。不明瞭な声を出す私に、心春は嬉しそうに笑って、また肩を叩いた。

「これから行くところは、すっごく大変だとは思うけど、頑張ってね!」

これから行くところ?それって、何?

そう聞きたいのに、やっぱり声が出ない。そんな私に構わず、心春は、

「そろそろ時間が来るなぁ。意外と短いよね。でも十分だった、かな?」

心春の身体がフワリと揺れる。

「私、そろそろ行かないと。まりかちゃん、あのね――」

「こ、心春!」

私が大きく呼びかけると、心春は小さく首をかしげた。

「なあに?」

これから、どうなるのか、検討もつかない。自分が死ぬなんて、実感はない。でも、これだけは言いたい。心春に、伝えなくちゃ。

「ご、ごめんなさい、心春」

大きく、息を吸って、そして、言葉を吐き出した。

「初めて会った時から、心春が、好きだったの。本当に、ごめんなさい」

その言葉に、心春が楽しそうに微笑む。そして、フワリと煙のように心春の身体が揺らめいて、消える。消える直前、心春は微笑みながら、唇を動かした。ああ、そうだ。落ちてくる時も、心春はこの晴れやかな笑顔で、私に最後の言葉を紡いだんだ。心春の唇から声が出るのと同時に、私はようやく彼女の最後の言葉を思い出すことができた。

























「くたばれ、クソ女」
















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