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好きなこと

作者: さなこ

奏が女、深苑が男です。

 (かなで)には答えられない質問がある。

 付き合っているのかと聞かれればはっきりと肯定するが、恋人かと問われれば言葉を濁す。

 なぜなら好きと言われたことがないから。

 それでも構わない。側にいられるなら。




 室内にはドライヤーの風音が響く。

 会話はない。

 いつものことだから、奏は気にしない。

 深苑(みその)の髪は、黒く艷やかだ。それでいて柔らかな毛質をしているので必要もないのに触りたくなるが、なかなか触らせてくれない。

 このドライヤーをする時間は、とても貴重だ。

 いつか頬擦りをしたいと思っているが、怒られるのが分かっているので、やるなら意識のないときを狙おう、と不穏なことを考えていた。


「終わりましたー」

「ん。ありがと」

 深苑からお礼を言われる数少ないことの一つ。

 言葉一つで何事もやる気になってしまう。

 好きで好きで、どうしようもないくらい好きで、側にいられるなら何を犠牲にしても構わない。

 たかだか22年しか生きてないけれど、そんなことを言えてしまうくらい、奏は深苑が好きだった。


 奏は、深苑の髪を乾かしてから入浴をする。

 リビングへ戻るころには、深苑はリビングで勉強をしていることが多い。

 その時間は、側にいてもいいときは呼ばれるが、呼ばれないときは、テレビで風光明媚な映像を見ることにしている。

 ミュートにして鑑賞する世界遺産や国内外の原風景は、奏を空想の旅に出立させ、いつか行きたい場所リストに追記される。

 今日は深苑の許可がでたので側にいく。

 ソファの肘掛けに背を預けて専門書らしきものを読む深苑に奏は抱きついた。

 抱き返されることはないが、振り払われたこともないので、深苑も苦ではないのだと思うことにしている。

 たまに神々しいほどに何もかもが整っていることがあり、同じ人間なのかと疑うときもあるけれど、こうして胸に耳を当てていると規則正しい鼓動を感じて安心する。

 やるべきことが残っているけれど、あと少しだけこうしていたい。

 今は私だけ深苑さん。




 浮遊するような感じがして目を開けると深苑と目があった。

「おまえ、俺の上で寝るとはいい度胸してるね」

「え。あ。えー?」

 いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 そして今現在、奏はお姫様抱っこをされている。

「…ごめんなさい、歩きますから…」

「ついでだから、いい」

 深苑は鼻で笑うと、そのまま歩き出した。

「あの、ごめんなさい」

「それは何に謝ってるの」

「えーと、…運んでくれたこと?」

「それは問題ない。他に謝ることあるんじゃないの」

 奏をベッドにおろすと深苑は自身の胸のあたりを指さした。

 グレーのルームウェアの一部が濃くなっている。

「あら…、あれー? もしかして?」

「もしかしなくても奏のよだれ」

「…! ごめんなさい! 口開いてました!? 開いてたからですよねー!?」

 慌てて口元を拭うが特有のカピカピしたものはなくサラリとしていた。

 運んでくれただけでなく、口元も拭ってくれたらしい。

「かわいそうなコだね。居眠りするとよだれたらして。お子様か」

 深苑は憐れみを込めた目で見ると、奏の頬を両手で包み親指で目元を拭う。

 触れる手が温かい。

 口調とは裏腹に頬に触れる手から優しさを感じるのは気のせいだろうか。

「もう、そんな目で見なくても! どうせお子様ですよー」

「なに、開き直るのか」

「あひゃ!」

 両頬をつねられた。

「よだれつけた仕返し」

「あれは、不可抗力というもので」

「何だって?」

「ごめんなさい」

「もうしないか」

「…」

 とっさに言葉を返せなかった。

 深苑にくっつくのは好きだ。やめられない。

 なのでまた寝てしまうかもしれない。

「またするつもりなのか」

「…ぅ」

 よだれをつけない約束はできない。

 たぶん、またしてしまう。深苑が好きだからやめられない。

「だって、くっつくの好きなんだもん」

()()()()のが好きなのか」

 呆れて深苑は奏の頬から手を離した。

 仕返しからは解放されたが温もりがなくなり寂しくなる。

「やだ…」

「奏は、()()()()のが好きなんだろ」

「違いますっ」

「よだれつけられないようにするには離れるしか…」

「違うっ」

 奏は深苑の腕をつかみ、ベッドに引き倒した。

「あ、おい、危ないっ」

 とっさに手をついて体をささえると、傍からみると深苑が奏を組み敷いてるようにみえる。

「おまえなー。いきなり何する…」

「やだっ! 深苑さん、行かないで」

 ぎゅーと深苑を下から抱きしめる。

「行くってどこに」

「…分からないけど、どこかに」

「なんだそれ」

 苦笑いする声が聞こえ、耳に息がかかった。

「俺はどこにも行かないけど、奏はくっつくのが好きなんだから、俺でなくてもいいんだろ」

「違う、違うの! 好きなの。私、深苑さんが好き」

 まわした腕に力を込める。深苑には言えない願いも込めて。

 私を側において。少しでも長く。

「好きだから」

「知ってる」

 深苑は奏と体の位置を入れ替えた。

「さっきのは仕返し」

「えっ!」

「よだれつけない約束をしてないだろ」

「だって約束できないです。深苑さんが好きだから。くっつきたくなる。深苑さんはとっても心地がいいもの」

 奏はまた胸元に耳を当てた。

「トクトクしてるんですよ、深苑さんの心臓。安心します」

 深苑さんにくっつくの、大好き。

 奏がふふ、と笑みをこぼすと、頭を撫でてくれた。

「安心?」

「そうです。トクトクしてる」

鼓動(それ)、してくれないと困るから」

 奏は体を少し起こして深苑に唇に触れるだけのキスをした。

「深苑さん。好き。どこにも行かないで」

 私のことを好きじゃなくても。


「大好き」

 もう一度キスをすると、離れられなくなった。


 このまま時間が止まればいいのに。

 体に巡る熱を持て余しながら、奏は思っていた。




ありがとうございました。


深苑の髪を乾かすのは奏の役割、あと、深苑も奏のこと好き、というのを入れたかったのですが、技量不足で今更説明です。


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