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#1 歯車の狂うとき

第一話


菜の花——快活

ピピピピッ、ピピピピッ。


「……んぇ?」


 朝、スマホのアラーム音が部屋に鳴り響く。重いまぶたを擦りながら、うっすらと目を開ける。

 私は枕の横に置かれたスマホを手に取って画面に映る時刻を見る。


「うそっ、もう八時半!?」


 午前八時三十分、それは私にとって起床しなければいけないギリギリの時間。そうじゃないと、朝ごはん抜きで登校する羽目になる。それだけは勘弁!

 だって、朝ごはんは一日最初の楽しみなのだから。私は素早くベットから抜け出し、パジャマから学校の制服に着替える。そのスピード感を保ったまま鞄を抱えて自室を出る。階段を下り、一階のリビングへ。

 リビングの扉を開くと、こんがりと焼けたベーコンの香りが食欲をそそる。ちょうど私の妹が準備してくれていた。


「おはよう、百合!」

「おはよう、菜乃お姉ちゃん……その感じだと、また徹夜でゲーム?」


 百合は私よりひとつ年下の高校一年生。私よりずっとしっかりしてて自慢の妹。

 百合は私の寝坊した理由を見事当ててみせた。恥ずかしながら、百合には全部お見通しみたい。


「うん。やっていくうちに止めどころが見つからなくって……」

「ほどほどにしときなよ。二学期になって早々遅刻なんて論外なんだから……ほら、早く食べちゃおう」

「はーい」


 鞄を足元に置いて、さっさと席に着く。

 すばやく手を合わせ、百合もそれに続く。


「いただきます!」


 今日の朝ごはんは焼いたパンの上にレタスを載せ、さらにベーコンエッグを載せたもの。花巻家の朝食はこれにドリンクのミルクを添えるのが定番。


「う~ん、やっぱりおいしい♪ そういえば、まだ出なくていいの? 冷蔵庫に置いてくれれば良かったのに」

「この前、冷えたパンは嫌だってわがまま言ったのはどこの誰だったかしら」

「それは……すみません」


 だって、百合の料理はこの世で一番おいしいんだもん、と呟いてみる。そんなことを言ったって、けっしていい顔をしてくれたりはしない。


「そろそろ自分で朝ごはんくらい作ってくれない?」 

「え~、百合の作るごはんがいいんだよ。私はもう百合なしじゃ生きていけないよぉ」

「せめてやろうとする姿勢だけでも見せてほしいんだけど……ほら、急いで急いで!」

「むっ、りょーかい!」


 私はパンを畳んで口に入れてミルクで流し込む。これで二人とも無事に完食。


「それじゃあ、行——」

「あっ、待って。寝ぐせ」


 そう言って百合が私の髪を指さす。自分の頭に手を持っていくと、ピョコっと髪がはねているのを感じる。


「ほんとだ、ある」

「それくらいは自分で直してね。玄関で待ってるから」

「わかってるって」


 鞄を肩にかけ、私は洗面所に向かい、百合は玄関へ。

 洗面台の鏡の前に立って寝ぐせの正確な位置を確認して、横に置いてあるヘアブラシをとる。オレンジ色の髪が蛍光灯の光を反射している。今日も綺麗だね。ショートだし寝ぐせも少ないから、直すまで時間はあまりかからなかった。

 ヘアブラシを元の位置に戻して、玄関へ。急いで靴を履き終える。


「お待たせ!」

「はい、それじゃあいつものやるよ」

「うん」


 二人で玄関にある靴棚の上に置かれた写真の方を向く。


「行ってきます、お母さん、お姉ちゃん」


 お母さん、お姉ちゃん、今日も元気にがんばります。二人の写る写真に深く頭を下げた。


「行こっか、百合」

「うん」


◇   ◇


 なんとか遅刻することなく、無事に学校へ到着した。私たちは学年が一つ違うから、下駄箱で別れることになる。


「それじゃあ、また帰りにね~」

「私、今日は生徒会の集まりあるから一緒に帰れないよ。一人で帰ってよね」

「えぇ~、実の姉からのお誘いなのに!」

「今朝だって特別にお願い聞いてもらったからあの時間までいれたの、じゃあね」


 百合はそう言いながらさっさと行ってしまった

 百合は一年生ながら生徒会に入っている、優秀だけど多忙な子。部活とか入らなくてよかったのかなってたまに思うけれど、本人は楽しそうだしいいのかな。

 私も靴を履き替えて教室へ向かう。


「菜乃さーん!」


 その途中、後ろから聞き覚えのある声が私を呼び止める。


「あっ、八重ちゃん! 久しぶり!」

「お久しぶりです!」


 黒髪のポニーテールを揺らしながら、彼女は私の横に並んだ。

 桜田八重ちゃん、私の同じクラスで一年のころからの親友。お父さんが有名な企業の社長さんらしく、何度かおうちに案内してもらったけど、すごく広い。でも、謙虚なところがあるからみんなからも慕われてて、人気者。なんだか、私にないお淑やかさを持っている人。


「夏休みの間に会えなくて寂しかったよぉ~」

「あら、私の事をそこまでお慕いなさってくれていたのですか?」

「だって、八重ちゃんとどこかに遊びに行けなかったんだもん。大阪はどうだった?」

「とても満足いたしました。やはり、地元はいいものですね。例え人口が減っても、いつまでも私の記憶と変わらずにいてくれるものがあるのですから」

「まだ復興中なんだっけ」

「ええ、まだ傷跡は残ったままです……それより、私も菜乃さんと同じ気持ちでした」

「それって……?」

「ええ。ですので、今度は二人で大阪に行きましょう」

「やった! 約束だよ!」


 そんな話をしているうちに、教室に着いた。朝礼が始まる五分前。

 その後も夏休みに何をしていたかの話を続け、朝礼の合図であるベルが鳴るとお互いに自分の席に戻った。

 数十秒後、担任の先生が入ってきて朝礼が始まる。

 よーし、今日から二学期がんばるぞ!

 私は心の中でやる気に火を灯した。


◇  ◇


 森の中、太陽の光が木々の葉の隙間から地面を照らしてまだ視界は良好。歩き続けて早数時間、ヤツらの痕跡を見つけることが未だにできていない。

 腕に着けた端末からコール音が鳴り、応答する。


『こちら、梅原大牙。マリー、そちらの状況はどうだ?』

「大牙先輩、こっちは何も。目撃情報ではこの辺りに痕跡があってもおかしくないのですが……」

『こっちも成果なしだ。足跡が消えるなんてことはないはず……もう少し探索範囲を広めるか?』

「でも、これ以上は森の外ですよ? 学園の防衛圏の外となると、居住区域ということになります」

『それは最悪の状況だ。俺たちの探索能力を搔い潜って街に行ける可能性など……っ』

「どうしました?」

『縦穴を発見した。幅は一メートルくらいだな』

「それって……まさか!」

『地中を通って移動したんじゃ、気づかないわけだ。お相手はモグラか何かか……この穴は探索用のドローンに任せるとして、マリー!』

「はい!」

『一度合流して、居住区域の警戒を行う。今から指定するポイントに来てくれ』

「わかりました」


 これは一刻を争うことかもしれない。北九州や三重のようなことだけは、避けなくちゃ。


◇  ◇


 正午になる少し前。今日は始業式とホームルームがあるだけだから、お昼前に学校が終わった。つまり、放課後。

 私と八重ちゃんは下駄箱へ向かう。


「今日は授業もなくて楽だね」

「長期休み明けですから、いきなり授業を受けても身に入りません」

「たしかに。八重ちゃんの言う通りだ」


 八重ちゃん、育ちのいい子って印象だし実際そうだけれど、こういうところは私と何ら変わりない。だから、私たちは仲良しなのかもしれない。


「そうだ、八重ちゃん八重ちゃん!」

「どうしました、菜乃さん?」

「この後予定ある? なければ一緒にお出かけしない?」

「まあ、素敵なご提案! でも、妹さんの事はいいのですか? いつも一緒にご帰宅なさってたじゃないですか」


 八重ちゃんは百合の事を知っているし、たまにお話したりするみたい。姉妹で仲良しなのはいいことだよね。


「今日は生徒会のお仕事があるんだって。一年生のうちから選ばれるなんてすごいよね~」

「そうですね……でも、本人はそう思っていないかもしれませんよ」

「えっ?」


 そんなことを話しているうちに下駄箱に着いて、八重ちゃんはさっさと履き替えていた。


「さあ、行きましょう菜乃さん。時間が惜しいわ」

「う、うん!」


 私も急いで靴を取り出し、履き替えた。


◇  ◇


 私たちが訪れたのは学校から徒歩十分ほどにある大型ショッピングモール。駐車場込みで六階建て、いろいろなお店があるからここに来ればとりあえず何でもできちゃうのだ。

 中央の入り口から中へ。ここに来ると、八重ちゃんはいつも目をキラキラさせてくれるから、私も楽しくなる。


「いつ来ても大きいですね~。今日はどうしましょう?」

「うーん……とりあえずお昼にしよっか!」

「そうですね」


 何をするにせよ、まずはお昼ご飯。私たちは一階にあるフードエリアへ。ここは、一本の廊下を中心に左右どちらにも様々なお店が並んでいる。

 ハンバーガー、うどん、ラーメン、ステーキ、カレー、スイーツ、なんでもござれ。私たちのあらゆるニーズに応えてくれる。


「混んでるねぇ」

「はい。平日とは思えませんね」

「八重ちゃんはなに食べる?」

「そうですね……いつもの、で」

「じゃあ、ハンバーガーショップへゴー!」

「お~!」


 ハンバーガーショップはこのエリアでも一番の込み具合だけど、今日は運良く席を確保できた。


「空いててラッキーだったね」

「はい♪」

「じゃあ、私買って来るね。いつものだよね?」

「はい。お願いします」


 八重ちゃんに荷物をお任せして、私が購入へ向かう。手早く注文をした後に目当てのランチを二人分受け取って八重ちゃんのもとに戻る。


「はい、ミニバーガーセットお待ち!」

「わぁ~、いつ見てもミニバーガーはいいですねぇ。まさに一石三鳥です♪」


 私たちが購入したのはミニバーガーセット。味の異なる小さなハンバーガーが三つでセットになったもので、八重ちゃんはこれがお気に入り。いつも、これを二人で食べる。


「八重ちゃん好きだよね、これ」

「はい♪ それに——」

「これだよね」


 私はセットのおまけで付いてきたストラップを差し出す。


「はい、ドクリーマンはいつ見ても愛らしいです……♪」

「ドクロの社畜サラリーマン……いつ聞いても、設定はブラックそのものだね」

「でも、こんなミニキャラなら撫でたくなります」

「あはは……」


 私は苦い反応を返す。ドクリーマン、私にはわからない。

 二人で食べようとしたとき、あることを思い出した。


「あっ、八重ちゃんお薬は?」

「はっ! いけません。食事前は必ず服用しなくてはいけないのに……」

「食べる前で良かったね」

「はい。ありがとうございま——」


◇  ◇


 太陽がちょうど真上に来た時刻。梅原先輩と合流して、かれこれ目視で数十分探ってみたものの、何の成果も得られていない。


「先輩、そろそろドローンからなんか報告来ませんかね?」

「だな。かなり進んだはずだが……」


 先輩が端末を操作し、私にもマップが見れるようにホログラム状にしてくれる。

 

「俺たちの位置がここ、そして穴を進んだドローンの位置がここだ。これをマップに照らし合わせると——」

「市街地、それも人の多いショッピングモールじゃないですか!」

「やはり、あの穴を掘り進んで気づかれないようにここまで来たらしい。狙いは当然、id(イド)適合者だよな」

「でも、適合者のおおよそはEDEN(エデン)管轄の施設で保護されるんじゃ?」

「イレギュラーはなんにでも起こるもんさ。まあ、覚醒する前の人間がいるってとこだろ」

「今からでも急ぎましょう!」

「ああ。出撃中の仲間に報告だけはしておこう」


 端末のマップが消え、先輩が発見報告送信を行った後、私たちは目的地へ急ぐ。


「マリー、わかってるな?」

「ええ、Search and Destroyですよね?」

「その通り。行くぞ!」


 ◇   ◇


 それは、突然の轟音だった。何かが地面を突き破るような音。周りが煙でおおわれて見えなくなり、咳き込む。


「ゲホッ、八重ちゃん大丈夫!?」

「ゲホッゲホッ……な、なにごとですか……?」


 煙は徐々に薄くなり、視界が良くなる。お店の中にいたお客さんの視線が音の方、私たちの側へと集まっていた。

 そこには今まで目にしたことのない生き物がいた。全身が黒く、ガラス越しに入る太陽光を反射し、両手は何本も刃のある鋭い鎌のようになっている。虫のような顔をしており、それは二足歩行で立っている。身体に不釣り合いな小さな目で私たちを見つめてくる。

 ジュジュジュル……クシャア。

 口を細かく動かして言葉にしがたい奇妙な鳴き声を放つ。

 これは、なに、なんなの。背筋が凍り、頭が真っ白になる。


「きゃあああああああ!」


 誰かの叫び声で正気に戻る。そして、私は本能的に悟る。


(逃げなきゃ!)


 すぐに八重ちゃんの腕を掴んで立ち上がる。


「八重ちゃん! 走って!」

「えっ、あ、はい!」


 八重ちゃんも転ばないように走ってくれた。その場にいた逃げ惑う人々とぶつかりつつも、なんとか離れようと抗う。ちらりっと後ろを見ると、それは私たちをゆっくりと追いかけてきていた。入口からは遠いし、人だかりのせいで混雑していてたどり着けるかも怪しい。どこに行けばいいのかわからない。

 二人で夢中になって走り、エレベーターのある場所までたどり着く。私はすぐにボタンを押すけど、エレベーターの現在位置は六階。待っている間に追いつかれるんじゃないかと考えて、横にある階段を使うことにした。


「八重ちゃん、こっち!」


 八重ちゃんの足が止まり、私は一度八重ちゃんを掴んでいた手を放す。八重ちゃんが横に並ぶ。


「菜乃さん、あれはいったい!?」

「わかんない! わかんないけど、逃げなきゃ!」

「どこへ?」

「どこへでも!」


 再び手を取り一階、二階と駆け上がっていく途中、三階への途中踊り場で足を止めた。


「ッ! さっきまで下にいたのに!」


 一階にいたはずの怪物が、三階の階段入口で私たちの前に立ちふさがった。あまりにも早すぎる回り込み。階段を降りて、二階へ戻る。

 二階の階段から抜け出し、エスカレーターの方へ走る。


「あれで降りて出口に――」

「ひっ! な、菜乃さん!」


 そう言って八重ちゃんが指さす場所——エスカレーター付近にはあの怪物が。


「ど、どうなってるの!?」


 グジュル・ゴ……ゴ。


「ッ!?」


 後ろを振り向くと、後ろにも怪物がいた。いたんだ……最初から二体いたんだ。

 辺りを見渡して、逃げ場がないか探す。


「こ、こっち!」


 もう考えている暇はない。そう思ってひたすら足を動かして向かったのは店舗スタッフのみが通れる通路。両開きの扉を勢いよく開け、中を進んでいく。ここなら非常用の出口があるかもしれない。

 人が二人横に並べる程度の道を進んでいくが、私たちの希望はすぐに打ち砕かれる。


「い、行き止まり……」


 私たちが進んだ先には壁しかなく、行き止まりだった。


「ゲホッゲホッ!」

「や、八重ちゃん!?」


 八重ちゃんが口元を手で押さえ、倒れ込む。もしかして、お薬を飲み忘れたから……?

 薬について詳しく知らないけど、重要なものだってことは分かる。毎日欠かさずお昼ご飯の時に飲んでいたのだから。

 行き止まり、八重ちゃんの不調。そして、後ろでは二体の怪物が追いかけてきている。この状況を踏まえ、辺りを見渡す。すると、倉庫と書かれた札のついているドアを見つけた。ドアノブを回してみると開いた。


「八重ちゃん、ゆっくりでいいからここに」

「はぁ……はぁ……」


 八重ちゃんに肩を貸し、部屋の中に入る。倉庫の中は物であふれかえっているけど、人が座ったり横になれるくらいのスペースはあった。

 すぐに鍵を閉め、ロッカーを背にして八重ちゃんを座らせる。


「八重ちゃん、大丈夫?」

「は、はい……発作、だと……」


 八重ちゃんはそう言うけれど、明らかにそうは見えなかった。

 顔が赤くなり、走り続けたせいでもあるだろうけど過呼吸のレベルを超えているほどに呼吸のペースが早い。


「ごめん、八重ちゃん」

「な、菜乃さん……?」


 私は自分の額を八重ちゃんの額に当てる。


「すごい熱! さっきまでこんなことなかったのに……これも発作のせいなの?」

「……わかりません。でも……あの時みたい……」

「あの時……」


 その時、脳裏に浮かんだのは四年前の記憶。妹の百合が高熱で倒れ、病院で苦しんでいた様子。ただの発熱ではない、それどころかインフルエンザ以上の何か。もしかして、アレなの?

 ケテリケテリ。

 ケテリケテリ。

 廊下から何かの足音が響く。きっと怪物だ。なにか、何か武器は。


「あっ」


 たまたま視線の先にブラシが一本あった。何もないよりは、ずっといい。そう思って、そっと右手で握りしめる。

 自分の身長より高くて、大きい生き物に敵うかわからないけど、やるしかない。今、八重ちゃんを守れるのは私だけなんだ。


「菜乃さん……」

「八重ちゃん……」


 互いに寄り添い、彼女の手を強く握る。どうか、どうか、私たちを見つけないで。

 ここから消えて。


 ケテリ、ケテリ。


 ケ テ リ 。


  。


 ドアの前で足音が途絶えた。


 ……。


 ドッ!

 ドアに何かが刺さるような音が部屋の中まで響く。きっと、無理やり開けようとしているに違いない。

 あっけなく、扉が壊される。部屋の前に二体の怪物が縦に並んでいる。私との距離は二メートルくらい。

 足が、腕が、脳が震える。呼吸が乱れる。

 怖い、怖い、怖い。

 逃げたい、逃げたい、逃げたい。

 でも、守るんだ。


「く、来るならこい!」


 八重ちゃんを、友達は傷つけさせない。自分に強く言い聞かせ、奮い立たせた。

 その時、何かが心に響いた、開いた。何かわからない、けれど、温かくて、きらめいている。私だけの、何かが花開いた。

 怪物の鳴き声に混じって、違う音が聞こえた。ブーツが床を踏みつける音だ。


「Search」


 その音は少しずつ大きくなる。部屋に近づいてきている。


「and」


 その声は女の子だった。


「Destrooooooooooy!」


 叫び声、最後にカッと地面を蹴る音と共に何かが飛んできて後ろの怪物に刺さり、横に吹き飛んで私の視界から消える。

 前にいた怪物は急なことに驚いたのか、部屋の外に出て行く。


「大牙先輩!」

「ああ! もうこちらの[[rb:領域 > きょり]]だ」


 廊下の奥からもう一人分の足音と男性の声が耳に入る。そして、小さな光が走るともう一体の怪物の首が落ちて血が噴き出る。その血は床を青く染めていく。怪物の身体は倒れた。


「あ、あああ……あ、あ……」


 血の気が引いて、かすれた震え声をあげることしかできなかった。


「なんとか間に合ったな」

「はい」


 私たちを助けてくれた二人がこちらに気づいた。私たちと対照的でとても冷静だ。


「あっー……」


 魂が、抜ける。


 ◇   ◇


「なあ、この子たちじゃないか?」

「あっ……そうかもしれませんね。死体は後からくるフラワーナイトに任せるとして、二人は連れて帰りますか?」

「ああ。マリーはその子を頼む」


 先輩は刀を腰の鞘に収め、オレンジ髪の子を背負う。私も怪物の血を振り払ってから斧を背中に背負い、黒髪の子をお姫様抱っこする。


「よし、行くか」

「はい」


 私たちはその場を立ち去った。

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