正論パンチ〜それは、時として、フルスイングの矛となる〜
私の婚約者は、とても素敵な方。
真面目で、真面目で、真面目で。
え?真面目が三回出た?
ごめんなさい。
彼を表現する言葉のボキャブラリーが、私には、少なくて。
彼の名は、スーパー・ヤサイジーン。
ヤサイジーン一族は、始祖に勇者様がいらっしゃる、誉高き名門中の名門。
初代、キャロロット様は、宇宙から来られたと言う伝説もあります。
そんな、ヤサイジーン一族の次期当主であられるスーパー様は、所謂出来過ぎ君で、少し浮世離れされております。
なんでも白黒付けたがる性格。
グレーゾーンをストライクゾーンみたいなものと勘違いされていた時には、説明に二時間掛けましたが、最後まで首を傾げておられました。
彼の辞書に、『有耶無耶』と言う文字は、ないそうです。
あ、今日も、納得いかない事があったご様子。
少し、様子を覗いてみましょう。
「何故君達は、エジプソンを『ガリ勉』と囃し立てるんだ?」
黒縁眼鏡の努力派秀才エジプソン様を取り囲む『万年落ちこぼれパーデンネン公爵令息と愉快な仲間達』に、スーパー様が小首を傾げます。
身長百九十八センチにそれをやられても、可愛くはありません。
「スーパー!俺は、お前を呼んだ覚えはない」
叫ぶパーデンネン様に、
「あぁ、俺も呼ばれた覚えはない。で、どうして『ガリ勉』だと囃し立てるんだ?」
全くダメージを受けておりません。
それどころか、本当に不思議そうに彼らに近寄っていきます。
「うるせぇなぁ!牛乳瓶の底みたいな眼鏡かけて、勉強に明け暮れるエジプソンみたいな奴は、モテねぇんだよ!」
「ほぉ、エジプソンがモテないからアドバイスをしているのか。パーデンネン、お前意外と良い奴なんだな」
フムフムと頷かれているスーパー様。
安定のゴーインにマイウェイですわ。
「お前の思考回路、どーなってんだよ!俺らは、コイツを虐めてんだよ!」
「は!虐めていたのか!気付かなかった!」
「どうすりゃ、気付かずにいられんだよ!」
地団駄を踏むパーデンネン様。
お気持ちよくわかります。
私もグレーゾーンを説明していた二時間の間に二十回ほど地団駄を踏みました。
「しかし、何故『ガリ勉』と囃し立てることが虐めることに繋がるんだ?」
「はぁ?」
「ガリ勉のガリとは、勉強する時にペンを動かすと摩擦でガリガリ音がする事から来ているらしい」
「それがどうした!」
「諸説あるが、我利と書いて、自分に利益になることしかやらない身勝手な者というイメージもあるようだ」
「いや、だから、何が言いたいだよ!」
「総合すると、パーデンネンは、エジプソンが、ガリガリガリガリ、ペンを動かし続けなければ理解できないほど物覚えが悪く、自己中心的な奴だということを揶揄する為に、『ガリ勉』という言葉を選択したことになる」
いえ、パーデンネン様は、多分そこまで考えていらっしゃらないと思います。
「でも、よく分からない。万年最下位のパーデンネンが、何故、常にトップクラスのエジプソンに、物覚えが悪いなどと揶揄出来るのだ?」
だから、スーパー様、小首傾げても可愛くありませんから!
「もし仮に、エジプソンが、ガリガリ勉強してトップを守っていたとしても、ガリ一つ分も勉強せずに最下位のパーデンネンに虐められるいわれもないだろう」
やーめーてー。
パーデンネン様、クリティカルヒットで、号泣しております。
スーパー様の方が、攻撃力高過ぎます。
「へ、へ、屁理屈を言うな!」
虫の息でやり返しますが、
「屁理屈とは、屁のように軽く意味のない理屈のことを言う。また、理屈とは、元々理窟と書き、『理が集まるところ』と言う意味があるそうだ。ところで、『ガリも勉強せずに最下位のパーデンネンにエジプソンが虐められるいわれもない』というのは事実であって屁理屈ではないぞ」
フルスイングで、やり返されます。
あ、パーデンネン様が床に突っ伏した。
これでは、誰が虐められているのか分かりません。
「スーパー様!」
居た堪れなくなった私は、思わず、物陰から飛び出してしまいます。
「おぉ、どうしたセロリーナ」
「スーパー様の『正論パンチ』は、時として、人を傷つけることがあるのです。たとえパーデンネン様が、全く勉強せずにフラフラ遊び回り、万年最下位ゆえに、女の子からも一切モテず、逆に、眼鏡を外すと思いの外イケメンであられる将来有望なエジプソン様が、今や婚約者のいらっしゃらない優良物件として一躍最注目株になっていたとしても、パーデンネン様をそこまで貶め、追い詰めてはなりません」
私の魂の叫びに、辺りが静まり返ります。
そういえば、パーデンネン様の啜り泣く声も消えましたわね。
「セロリーナ」
「はい」
「俺のパンチより君のパンチの方が、余程効き目があるようだ」
見てみれば、エッホエッホとお仲間に運ばれていくパーデンネン様の遠のいていく姿がどんどん小さくなっていきます。
私、そんなつもりではなかったのに。
「セロリーナ、正論もほどほどにな」
スーパー様、その言葉、そのままお返しいたします。




