キスカパールムーン『テスとクリスタ』番外編
雨音AKIRAさまに頂いた素敵なイラストを元に、テスとクリスタの日常の一コマを書いてみました。
(イラストは最後に貼ってあります。お楽しみに)
このお話は『テスとクリスタ 第一話あたしの秘密とアナタの事情』の番外編ですが、本編を未読でも(たぶん)お楽しみいただけるようになっています。
武 頼庵(藤谷 K介)様主催『月(と)のお話し企画』参加作品です。
登場人物紹介
✩テス…………カヌレ大学に通う奨学生。18歳。辺境の小惑星ポルボロン出身。ごくごく普通の女の子だが『准A級認定証』を持つ超常能力者。このお話の語り手。
✩クリスタ…………テスの幼馴染みで大親友。カヌレ大学生。18歳。テスとルームシェア中。長身のスタイルを活かし子供の頃からモデルの仕事もしているが、近年人気デザイナーに見出され人気に火がついた。テスが能力者であることは知っている。
人類が木星辺りまで生活圏を広げた遠未来。新興住宅地と化したアステロイドベルトの人工改造惑星レチェルを舞台に、テスの超常能力が巻き起こす騒動を描くSF友情&ラブコメディ。ですが、こちらはホームドラマ感覚でお楽しみください。(超常能力は出てきません)
あたしたちが暮らす太陽系の中で火星と木星の間にある小惑星の軌道が集中している領域、ここを小惑星帯……もっとよく知れた名前はアステロイドベルトって言うんだけど。
そのアステロイドベルトが、太陽系連邦政府の音頭取りで推進した惑星改造計画の成果により、木星辺りまで生活圏を拡げた人類の新興住宅地となって数十年。その一角にある人工改造惑星。地球型っていうか、それはもう地球そっくりに作られた惑星レチェルがある。
あたしが大学生活を謳歌しているロクム・シティは、その惑星の北半球に存在る美しく整備された田園都市なの。
♡ ♡ ♡ ♡
リビングルームのソファにもたれて、ふと夜空を見上げたら、満月が浮かんでいた。
あたしとクリスタがシェアする高層集合住宅のお部屋の窓からだと、今夜の衛星ユエビンは、穏やかな光を放つキスカパールみたいに見える。
ああん、そうか。今夜のユエビンの視覚的形様サービス、月齢設定は満月なんだ。
(ああん、なんてきれいなんだろ)
惑星レチェルの軌道上に設置された第一人工衛星の名前は「ユエビン」というの。本来のお役目は銀河ハイウェイを行き来する宙航便の駅であり、惑星への入星管理センターでもあるのだけれど、レチェルで生活する人間はあれを「月」とも呼ぶわ。
だって、地上から眺めるユエビンの姿は、地球の衛星にそっくりなんだもん。
どうして衛星をそんなデザインにしたのかは、知らないわよ。むしろそんなことまでする必要性、ないと思うんだけど。
もしかしたら「地球そっくりに作った惑星には月そっくりの衛星も有るべき」と、この惑星の改造計画の担当者がこだわったのかしら。地球上から観測できる満ち欠けの周期の様子を、衛星の外壁材に、人工光による視覚的効果を施すことによって再現するくらい徹底しちゃうなんて。
ああん、そりゃああたしだって、地球からの月の眺めなんて映像ライブラリの資料でしか観たことないよ。
故郷のポルボロン星の空には、こんな美しい人工衛星は飛んでいなかったから、月を眺める――観月とか言うんでしょ――なんて習慣もなかったしなぁ。
でもね。ここから仰ぎ見る衛星の姿を見ていると、この惑星にあの月を作りたいって考えた人の気持ちもわからないでもないの。
あのやわらかに光輝く姿を見ていると、風流が理解できずとも、納得してしまうなにかがある……ような気がする。
「そりゃ、DNAに刻まれた記憶……ってヤツかも知れないねぇ」
いつの間にか隣にやって来たクリスタが、くるりと大きな深緑色の瞳を動かしてそう言った。
「なに、それ?」
「大昔、祖先の誰かが地球で観た光景を細胞が覚えていて、思い出させるんだよ」
「どうして?」
「あんなにきれいだからさね」
だからユエビンの設計者さんは、地球から約75,000万キロ離れた土地でも、頭のどこかに記憶されていた光景を再現してみたいと思ったのかしら。
「きれいだと、忘れないの?」
「忘れたくないだろ。こんなに美しい景色は」
空を取り込むような窓の向こうで、ユエビンが微笑むように揺らいだような気がした。
そうね。この真珠のようなお月様も、それを眺める親友の美しい横顔も、忘れたくないなと素直に思うわ。
――と、いつになく感傷的な気持ちに浸っていたら。
「ああ、でも。あの月を、キスカパールに例えるとは思わなかったねぇ。食いしん坊のおまえさんのことだから、『バニラマカロンみたい、美味しそうだわ~』とくるんじゃないかと思ってたけどさ」
そっ、そうも観えるけど。
確かに、ちょっと、マカロンにも似ている……かもしれないけどぉぉぉ。
「ひっど~~い!」
図星かと笑うクリスタの背中を、ポカポカと叩いてやった。
「こら、お止めったら」
ふーんだ。笑うから、いけないんでしょ。いくら親友でも、ちょっと失礼じゃない。もう!
「ああ、そうだ。ちょいとおまち。せっかくこんなきれいな月明かりなんだから、月光浴とシャレ込もうじゃないかい」
クリスタが部屋の照度を落とすと、上空のユエビンの姿はますます鮮やかに夜の闇に浮かび上がる。そして薄暗くなった部屋には、キスカ色の光が、音も無くゆっくりと降り注いでいた。その光景が、まるで映画のワンシーンのように神秘的で、美しくて。
あたしとクリスタは、同時に愕きの声を上げていたわ。
「ああん、あのお月様を額に入れてリビングに飾ったら素敵だろうなぁ」
と、あたしが額縁の端を形取るように親指と人差し指でLの文字を作った左手を伸ばし、お月様の左上半分を切り取ったら、
「そりゃ、名案だねぇ」
クリスタも同じようにスッと右手を伸ばして、月の右下の空間を切り取った。
あたしたちが切り取った今夜の月は、心の中のにあるリビングルームに飾っておくの。決して、色褪せないように。
イラスト:雨音AKIRA様
いかがだったでしょうか。
雨音AKIRA様にとても素敵なポスター風のイラストをいただいて、拝見している内に小さなストーリーを思いついたのです。その時はSSの最後の部分200文字程度だったのですが、そちらを元に加筆して、彼女たちののんびりまったりとしたひとときを書いてみました。
事件がなければ、ふたりはフツーの女の子なのですけどね~。
雨音AKIRA様、イラストありがとうございました。
『月(と)のお話し企画』を主催してくださった武 頼庵(藤谷 K介)様にも御礼申し上げます。。