身を寄せる場所
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結局、業火は一夜に渡って王都を焼き尽くした。
騒ぎを聞きつけた王宮が貧民街に兵士を派遣し、消火活動と治安維持とにあたったために他地区への延焼こそ起きなかったが、貧民街のかなり広大な範囲と、ライラの家は灰燼に帰してしまった。
翌日、スラムにようやっと切り通された道の上を、ロランと私、レオの三人で歩いていた。
ぷすぷす……と、まだくすぶっている柱の燃えカスから立ち上る煙に顔をしかめつつ、私たちは変わり果てたスラムの状況をつぶさに見つめた。
「これはひどい……」
ロランが厳しい目で辺りを見回した。事実、その言葉の通りだと、私も思った。
この辺りはつい先日、ライラに連れられてノーマン医師の医院を訪れた時は、それなりの居住人口があった地区だ。
薄汚れてはいたけれど、貧しさを跳ね除けるようにして日々を生きていた人々の、圧倒的な活気というものが感じられた一画。
それが今や、燃えた瓦礫がうず高く積み上げられ、焼け出された人々がうつろな目で辺りをおろおろするだけの廃墟になってしまっていた。
「みんな、焼けちまったんだな……」
痛ましい、というよりは、まだ現状を飲み込めていない表情でレオが呟いた。
貧民街に土地勘のあるレオは、お客様でしかない私たちと違い、燃えてしまったすべてのものに思い入れがあったはずだった。
可燃物が多く、家が密集している貧民街は、一度火の手が上がると大規模なものになりやすいが――それにしてもこれは、と言える程の被害を前に、レオが小さく震えたようだった。
「レオ――顔の火傷はもういいのかい?」
不意に、ロランが思い出したように訊ねた。
レオの左頬に貼り付いた絆創膏は、昨日の大騒ぎの後、ライラが貼ってくれたものだった。
そのライラも、そしてノーマン医師も、今は事情聴取を兼ねて王宮へ出向いており、朝になっても帰っていない。
仕方なく私たちはこうして燃え跡をうろついているのだけれど……その被害の凄まじさに圧倒されるばかりになっていた。
レオは首を振った。
「よしてくれよ、ロラン様。こんな傷なんでもねぇよ」
「それならいいんだけど……」
「心配してくれてるのに悪いけどよ、こんな傷のこと気にするのはよしてくれ。焼け出されっちまったみんなの前では――流石に恥ずかしいや」
その言葉に、ロランは自分の不用意な発言を恥じるかのように顔を俯むけた。
ボリボリと太い指で眦の傷を掻いたレオは、それきり無言になってしまった。
噂に聞けば、この炎は貧民街の総面積の四割近くを焼き尽くしたという。
負傷者の収容や手当は救貧院や教会が行っているようだが、そうでなくても謎の奇病に苛まれている現状が、彼らに差し伸べられるべき医療の手を塞いでいるのは容易に予想がつくことだった。
この被害が落ち着くまでいくら掛かるだろうか、半年、一年、いやもっと――と考えた私は、ふと、言いようのない恐れに身体を包まれた。
ライラやノーマン医師、そして孫娘のロレッタにとって、王都はもうどこも安全ではないのだ。
私財をなげうって貧民たちを救済していたはずの彼らは、皮肉なことにそのせいで今や奇病発生の原因として目されてしまった。
彼女たちは井戸に毒を投げ込んだ下手人として目され、貧民街の聖女や現人神様と信仰される存在ではなくなってしまった。
狂騒や誤解が解け、彼らが無実だと王都のすべての人々が理解するまでにはどのぐらいかかるだろう。
そして、その間、彼らが面倒を見ていたスラム街の人々の平穏と健康は――考えるまでもないことだろう。
物事は連鎖的に悪化してしまった。
とにかく――ライラやノーマン医師が身を寄せる場所を探さなければならない。私はそればかり考えていた。
一番簡単な方法は、彼女たちをハノーヴァーに呼び、ほとぼりが冷めるまで私たちが面倒を見るという選択肢だろう。
彼女たちは辺境では数少ない医者であり、彼らをハノーヴァーにしばらく招聘すれば、私たちも助かる。
何より、今まで眉唾の民間医療や怪しげな呪いに頼って病気からの回復を待つしかなかった復興村の人たちは、彼女たちを大歓迎することだろう。
彼女たちが、彼女たちさえいれば、私たちの復興村にもう二度とナミラのような不幸な人を増やさずに済むではないか――。
私がそこまで考えたときだった。
ワーッ、という金切り声が耳に聞こえ、私は思索を打ち切った。
見ると、焼けてしまった家を前にして泣き崩れる、一人の若い女性がいた。
顔を覆って泣き喚く女性の側で、まだ幼い、女性の息子だろう少年が、慰めようとするかのようにその背中をさすっている。
「ん? どうしたんだ、アリシア様」
不意に立ち止まった私を見て、レオが不思議そうに訊ねてきた。
「いいえ――なんでもありませんわ」
力なく首を振ってごまかしながら、私は一瞬前の自分の都合のいい考えを否定した。
そうだ、一体何を考えているんだ、私は。
彼女ら医者が必要なのは辺境の民だけではない、この王都の貧民たちにだって医者が必要なのだ。
まして今は大規模な災害の後――住む場所や財産を失った彼ら貧民から、ライラたちまで奪うことは出来ない。
私は知らず知らずのうちに自分の都合のいい、おためごかしの選択肢を考えていた自分の未熟さを恥じる他なかった。
「しかし、次はライラたちの住む場所を考えないと。医院も家も焼けてしまったからね」
そこでロランが、まるで私の考えを見透かしたかのように言って、私たちは顔を見合わせた。
おそらく三人とも、頭の中には彼女たちをハノーヴァーに招聘するという選択肢があったはずだ。
けれど――それを口に出せないのも、おそらくは三人に共通した思いだったはずだ。
ロランや私が無言でいるのを見て、レオが口を開いた。
「救貧院に匿ってもらえねぇかな」
「それが最適解のような気がしますけれど、暴徒がまだいるかもしれません。救貧院の人々は武装していませんから……」
「ならロラン様、アンタが親父殿に掛け合えねぇか? ハノーヴァーの援助がありゃ、医院の新築ぐらいは……」
「それは僕も考えた。けれど、ハノーヴァーの援助でたとえ王都に医院がまた建ったとして、暴徒に焼かれたら同じことの繰り返しになる。彼女たちに再び何かあったとき、僕らは王都から遠すぎる」
「ダメかぁ。いい案だと思ったんだけどなぁ」
レオががっくりと肩を落とした。
そりゃあ、ハノーヴァー家のような有力貴族が後ろ盾になれば、医院の再建費用ぐらいはすぐ捻出できるし、暴徒からも庇護できる。
けれど、それはあくまですぐ後ろに貴族の威光がきら光りしている場合であって、なおかつハノーヴァーは辺境を守る貴族だ。
王都から馬車で三日以上もかかる場所を治める貴族が後ろ盾になったところで、その効果は甚だ薄いと言わざるを得ないだろう。
貴族――貴族か。
瞬間、私の脳裏にある人物の顔が思い浮かんだ。
私の心の底を見通す、鷹の目。
あの鋭い目で、この王都の動乱を注視しているに違いない人物――。
はっ、と、私は顔を上げた。
「貴族……貴族、ですか。なるほど、それなら候補がいないわけではないですね」
私の言葉に、ロランとレオの視線が集中した。
瞬時、頭の中で算段を整えて、私は提案した。
「マンシュ伯爵――あの人であれば、彼女たちを受け入れてくれるかも」
ああ――とロランが頷いた。
「なるほど、伯爵か。それなら――望みはあるかもな」
私たちの言葉に、レオが少し戸惑ったような表情を浮かべた。
「マンシュって……あの“切り裂き魔”かよ? 大丈夫か、あんなおっかねぇ貴族に先生たちを預けて」
「この間話しましたけれど……意外に気さくな方でしたよ。領地も王都に近いですし。それに、伯爵には莫大な富があります。勝手ですけど、医院の立て替え費用ぐらいなんでもないかもしれませんわ」
そう、それは真に勝手な妄想だったけれど――伯爵には唸るほどの財力があるのは事実だ。
そうでなければ、凄まじい金食い虫に違いない、あの実験農場を維持していけるとも思えない。
彼の気が向きさえすれば、一人や二人の生活をしばらく面倒見るどころか、更に設備が整った医院を再建するぐらいはなんでもないことだろう。
「それに、彼には莫大な富を背景にした武力もある。いくら暴徒だって、あのマンシュ伯爵のお抱えと事を構えるのは踏みとどまるだろう。伯爵は彼女たちの庇護者としては申し分ない。けれど――」
「けれど、伯爵がノーマン先生やライラたちを必要とするか、だな。伯爵にだって懇意の医者ぐらいいるだろ」
先回りしたレオのその言葉を聞いて、私たちも考え込んでしまった。
そう、伯爵はああいう人であるから、自分に利益のない交渉はしないだろう。
何卒……と私たちが揃って頭を下げたとしても、それは伯爵が相手では交渉ではなく説得になってしまう。
なにかひとつ、その代わりのネタを持っていかないことには、私たちも伯爵に頭は下げにくい。
しばらく考えて、私は言った。
「あの魔女の霊薬――」
「ん? なんだって、アリシア」
「あの魔女の霊薬に私がお墨付きを与えると言ったら――伯爵も頷いてくれるのではないでしょうか」
ロランが少し困惑したように私を見た。
「まぁ、確かにあの霊薬のことを保留にはしていたけど――いいのかい、アリシア。まだ少し納得していないことがあるんじゃなかったのか?」
「もちろんデータを採ることは継続してもらいますけれど、返答を前倒しにすることぐらいはできます。マンシュ伯爵だってそこらへんの事情は汲んでくれるのではないでしょうか」
ロランが頷いた。
「そういうことなら……早速マンシュ伯爵に連絡を取ろう。アリシア、お願いできるかい?」
「もちろん」
私は頷きながら、焼け跡に通された道を歩き続けた。
「面白そう」
「続きが気になる」
「がんばれ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。





