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修羅場

太陽が高く昇るにつれて、王都は徐々に修羅場の様相を呈し始めた。


何しろ、朝の商業地区だけで卒倒した病人は二十二人に上り、ただちに外来診療を停止して駆けつけてくれたライラとノーマン医師でも手に負える数ではなかった。

私たちも可能な限り患者たちの介抱に回ったものの、所詮は医学の素人である私たちには、倒れた患者の身体をさすって声をかける程度のことしか出来なかった。


仕方なく救貧院に使いを走らせ、ハノーヴァー辺境伯家の名義で応援を請うたものの、駆けつけた応援は十数人で、診療道具はおろか担架すら持参しておらず、予想より遥かに心細いものだった。


何故か。

それは同様の症状を訴えて昏倒する患者が、王都の全域で同時多発的に発生したからであった。


そのほとんど全員が、食中、ないし食事後に、灼けるような胸の激痛や腹痛、吐き気を訴えて倒れ、中には既に意識不明に陥っている患者もいる始末であるそうで、当然王都中の診療所は次々と運ばれてくる患者たちにパニック状態になり、中には門戸を鎖して診療を拒否する診療所まで出てきているという。

当然、奇病の発生はすぐさま救貧院、そして教会に報告されたそうだけれど、何しろ発生規模も患者数も桁違い、しかも王都全域であるため、頼みの綱の救援隊の戦力はどうしても分散せざるを得なかったようだ。

突如発生した奇病――それは数百年前の黒死病のように――否、黒死病より遥かに凄まじい速度で王都に広がり、その中で暮らしていた人々をあっという間に併呑してしまったのである。


「何が起こっているの、何が……」


もう何度目かになるかわからない呟きすら、商業地区を埋め尽くす患者たちの呻き声に掻き消されてしまいそうだった。

ライラとノーマン医師は鬼のような表情と手捌きで患者たちを見ているが、その進捗が思わしくないことは表情を見ればわかる。

とりあえず、嘔吐させることで患者の症状が寛解したことは伝えたものの、一刻を争う時期はもうとっくに過ぎていた。

仕方なく私とロランは、商業地区の家宅から毛布を調達したり、駆けつけた救援隊の仕事を手伝ったりしていたのだけれど、それにしても患者の数が多すぎた。

あまりに数が多いため診療所に運んで治療することも出来ず、いまだに患者たちの全員が石畳の上に転がっている有様だ。


「ちくしょう、僕らは無力だな……!」


石畳の上に敷いた毛布の上にやっとこさ患者を寝かしたところで、ロランがいつになくぞんざいな口調で吐き捨て、石畳の上で拳を握り締めた。

もはや私たちは全身汗だくの状況で疲労困憊なのだけれど、それにしても治療や救助活動に目処というものが立っているようには見えない。

既に数時間ぶっ続けで患者を診ているライラとノーマン医師ですら、その表情には時間を経るにつれて、徐々に焦りの色が隠せなくなってきていた。


「僕らに出来ることはないのか……?! このままだとどうにもならないぞ。誰でもいい、もっと人手を増やさないと……!」

「ろっ、ロラン様、落ち着いてください!」


私はロランの袖を引っ張って宥めた。はっと私を見たロランの表情は、今までに見たことがないぐらい強張っていた。

なんて恐ろしい表情――その表情の凄まじさ、炎のような焦りを皮一枚に留めたロランの顔に気圧されつつも、私はロランの背中をさすった。


「私たちが焦っても仕方ありませんわ。患者の発生はここだけではないらしいですし、救援が来たところで患者の数が減るわけじゃありません」


私が言い聞かせても、ロランの顔は緩まなかった。それどころか、却って己の非力さに打ちのめされてしまったかのように顔を俯向けてしまう。

なんとかしなければいけないことはわかっているし、このままではいけないことも、ロランも私も、ライラたちだってわかっているはずだ。

人手が足りなさすぎるし、それを収容する医療施設の数も圧倒的に不足している。このままでは被害は収束しないのは誰の目にも明らかだ。

それでも――私たちにできることは、今はなかった。


「ロラン様、どうか落ち着いて。医師の判断に従って作業をするしかありません。ね?」


ぐっ、と、掴んだロランの服の袖の下で、腕に力が入ったのがわかった。

畢竟、自分たちではどうすることもできない、その無力感は、痛いほどよくわかった。


こんなとき、先代の聖女様、エヴリン様だったらどうするだろうか。

すぐさま救援隊を組織し、王宮と連携して患者を保護し、事態の収束に乗り出したのではないだろうか。

そして感染の危険があるなしに関わらず、常にその先頭に立ち、人々を励ましたことだろう。

こういう有事の際、人々の希望となるべき存在――聖女ならば、一体どうしただろう――私がそんな事を考えた、そのときだった。


ふと――商業地区の奥の方がにわかに騒がしくなるのがわかり、私たちは同時に顔を上げ、奥の方を見た。

ジャッ、ジャッ……という重苦しい音は、整然と進む複数の人間の足音だった。


「なんだ……?」


ロランが不思議そうに口にした、その瞬間、商業地区の広い路地に現れたフル武装の兵士たちを見て、私たちはアッと息を呑んだ。

その先頭を行く兵士が捧げ持った、青い布地に染め抜かれた金の龍の意匠の旗――クレイドル王家の紋章が目に入り、私は驚きに立ち尽くした。


「近衛兵だ……!」


私が驚きの声を上げると、異様な空気を察知したライラやノーマン医師もはっと顔を上げ、その旗印を見て硬直した。


近衛兵――それは諸侯が保有する軍隊とは違う、クレイドル王家直属の精兵たち。普段は王宮の警護を担当している彼らが、隊列を為して王宮の外を行軍することは滅多に無く、だいたいは戦時下に限られる。

その近衛兵たちが、あろうことか王宮から遠く離れたこんな路地を行軍してくることなど、ほぼありえないことだった。


いや、それよりありえないのは――私はその青字の旗印を見上げた。

あの旗が先頭に掲げられるときは、それは国王、ないしそれに近い存在が自ら出陣することを――つまり親征の際の本陣であることを示すものだ。


まさか、まさか――と私の心臓が早鐘を打った。

その時、ひときわ厳重に警護された中に、白馬に跨った美しい金髪を見た私は――やはり、と目を見開いた。


「ユリアン王子――!」




「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。

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