一緒に寝よう
書籍版『がんばれ農強聖女』、
2021/12/20、TOブックス様より発売になります!
それに合わせてタイトルを書籍版タイトルへと変更致しました!
さらにコミカライズも決定!
書籍版・コミカライズ版もよろしくお願い致します!!
それからの私は――正直気が気ではなかった。
宿から寝間着や着替えを運び込み、ほとんど味のわからない食事を食べ、あまり熱さを感じない湯で湯浴みをし――気がつくと日はとっぷりと暮れ、就寝時間が近づいてきていた。
こんなことなら。
こんなことになるのなら。
私はもう既に千回ぐらい後悔していた。
こんなことなら、もう少し寝間着を可愛いのにしてくるんだった……!
私はベッドの上で、自分が持ってきた寝間着を掲げながら、そのすってんてんさを呪っていた。
何の色気もそういうムフフな意匠もない、本当に単なるナイトドレスの寝間着である。
こんな古代人の貫頭衣のようなものを着て、今夜ロランと共に越えてはならぬ一線を越えろというのか。
いやだ、この貫頭衣だけは嫌だ、今から王都に出て寝る準備をしている服屋を叩き起こし、今から仕立てさせようか――。
本気でそんな馬鹿なことを考えるほど、私は追い詰められていた。
「あっ、いやいや、違うのこれは違うの……!」
私は独りで勝手に騒ぎ、ベッドの上で軽くパニックを起こした。
いやいやおかしい、なんで私がこんな慌てなきゃなんないの?
私は今夜ロランと一線を越えるという前提で何もかも考えているじゃないか。
そんなはずはない、ただ一緒のベッドで寝ろと言われただけなのだ。
ただそれだけのはずなのだからこんなに慌てる必要もないはずなのだ。
それに相手はあのロラン、野獣のような人間ではなく、むしろ穏やかで紳士的な人のはずだ。
私が一方的に襲われる可能性はいくらなんでも低いはずだ。
「いや、いやいやいや、そうとも限らないわよアリシア……男はオオカミなのよ……!」
私は髪を掻き毟りながら、また独り言を言った。
そう、オオカミ。かつてコルス鉱山で追いかけられたときの、あの生臭い吐息を私は思い出していた。
ロランだって年頃の男性――上げ膳据え膳の、無防備な寝乱れ姿を晒す私が目の前に転げ落ちてきたら?
しかも隔離期間は十日間、そんな気の遠くなるような日数、毎晩毎夜私と枕を共にするとなったら?
如何に地味な私と言えど生物学上は女、ロランの自制心がどれだけ持ってくれるかは甚だ心細いと言えなくはないか。
もしかしたら、据え膳食わぬは男の恥、いざ尋常に勝負勝負――などと、いらぬところで武闘派貴族の血が騒いでしまうかもしれない。
そうなったら私には何の抵抗もできまい。あれーっとか細く悲鳴を上げ、欲望のままに一方的に嬲られ弄ばれる他ないではないか。
そうなったら――その先を考えて、私の頭はその夜何度目かのオーバーヒートを起こした。
ああああああ、と私は目の前の貫頭衣を呪った。
なんで、なんだって私はよりにもよってこんなダッサイ奴を用意してきたのか。
こんなもの、古代人が鹿を追ったりドングリを拾ったりするときの服装じゃないか。
こんなもの、古代人がキャンプファイヤーを囲んで精霊に捧げる感謝と祈りの踊りを踊るときの服装じゃないか。
こんなもん着て記念すべき初夜を迎えるなんて、まだかろうじて消え残る女としての私のプライドが――。
「おまたせアリシア。さぁ、寝ようか」
びっくぅ! と、私はその声に五センチほど飛び上がった。
あ、あわ、と後ろを振り向くと、頭を布で拭いて乾かしながらのロランが立っていた。
湯浴みを終えたためか、ロランの顔は少し上気していて、しかも寝間着は美しい光沢を放つシルクのローブだ。
危うい角度から覗く鎖骨、引き締まった筋肉を感じる胸板――私は初めて見るこの婚約者のあられもない就寝前の姿に釘付けになった。
「……どうしたんだい? 気分でも悪いのかい?」
冷や汗ダラダラの私の顔を不審そうに見てくるロランに「い、いえ、なんでもありませんわ!」と叫んで、私は寝間着をベッドの下に放った。
もう着替えはいいや。今日一日はこの、まだ胸元と肩口が開いているドレスで寝てしまおう。こっちの方がまだそれっぽいし――。
そんな無茶苦茶を考えている私の目の前で「そうか。なんでもないんだね」と言ったロランが、後ろ手にドアノブに内鍵をかけたのを、私は見逃さなかった。
退路を絶たれた――私は絶望するような、半面どこかに期待するような、妙な気分になった。
ロランは大股でベッドに近寄ると、そのダブルベッドを見て苦笑した。
「全く、ベッドがよりによってこれかぁ――」
ロランの苦笑顔に、私は既のところで「私が床で寝ましょうか!?」と尋ねるところだった。
だけど――いざ叫ぼうとすると、その叫びはどうしても出てこなかった。
第一この部屋の床は硬そうだし冷たそうだし埃っぽいような気もする。
こんな床で寝たら一夜にして肺を病んでしまうかも――などと、滅茶苦茶な理屈ばかり脳内に出てくる自分の助平さに絶望した。
何よこれ、まるで私自身がそういうことを望んでるみたいじゃないの――私が絶句していると、ロランが言った。
「さ、灯りを消すよ――」
言うが早いか、ロランは近くにあった燭台の炎を吹き消した。
スッ――と室内が暗くなり、部屋が一瞬で闇に落ちた。
ええい、ままよ! 煮るなり焼くなり好きにしやがれ――!
私は半ばやけっぱちの覚悟で、コロンとベッドに横になった。
一応、2つある枕を精一杯端っこに寄せ、胎児のように身体を丸め、ベッドの外の方を向く、精一杯の抵抗の形で。
きつく目をつぶっていると、しゅる、しゅる……という衣擦れの音がして、次にぎしっとベッドが軋んだ。ロランがベッドに入ったのだ。
それとともに布団が動く気配がして、ロランの香りと、背中に確かにもうひとり分の体熱を感じた。
大丈夫かな、私が真っ赤になっているの、背中から伝わってないかな。
私が妙なことを心配している間に、すう、と深く息を吸ったロランの気配が、それきり消えた。
五分、十分、十五分……随分長い間、私は目をしっかり閉じて沈黙に耐えた。
けれど――いつまで経っても、何も起きなかった。
それに、私の耳に聞こえてくる寝息は既に深く、一定になっていて、それに、なんというか、気配がしない。
えっ? と私は激しく肩透かしを喰らったような気分を味わった。
まさか、ロラン様寝ちゃったの?
私というものがありながら?
えぇ――と私は一人勝手に落胆した。
今までの私のパニックは一体何だったんだろう。
私はギンギンなのに、独りで楽になっちゃったのか。
私は自分だけが独り相撲を演じていたことを理解して、ため息をついた。
私ってそんなに魅力ないのかなぁ、それともダイエットのしすぎで肉付きが悪くなっちゃったかなぁ――。
人生ではじめて感じるガッカリ感に、私ははしたなく布団の中でごそごそと自分の体をまさぐった。
もう婚約者になると決めたときから覚悟はあるのに――ぼんやりとそんなことを思っていると、ふと、ずっと下敷きにしていた右肩が疲れてきた。
ロランが寝てしまったのなら、もう寝返りを打ってもいいだろう――ロランを起こさないよう、ゆっくりと寝返りを打った私は――。
「アリシア」
――そこで、鼻先が触れ合うかと思うほど、すぐ目の前にあったロランの顔を真正面に見ることになった。
――死にますッ。
私の理性のヒューズが一発で消し飛んだ。
ロランの端正に整った顔が、今までで一番近くにあった。
これだけ狂気的な美青年の顔が近くにあるというだけでも心臓が口から飛び出そうなものなのに、既に眠そうなロランの半目と、格段にいつもより低い声は、何だか湿っていて、普段よりも生々しく感じた。
「ぐぴゅっ――!」
「アリシア、今日はいろんな事があったね――それで」
「は、はひぃっ……!?」
それで、なんだろう。
私は須臾の間にいろんな事を考えた。
それで、子供は何人欲しい? ということだろうか。
ああ、それなら三人、一姫二太郎がいいな。
いやもっと、いっそ二チームにわけて殴り合いができるぐらい子沢山――。
あわわわわわ、と私がわけのわからないことを考えていると。
それで、と言ったロランが、静かに続けた。
「あの黒斑病――アリシアはどう思う?」
えっ? と、私は予想外の質問に混乱した。
黒斑病。今の今まで忘れていたその名前に、私は「は――」と言葉に詰まった。
「あの黒斑病はどうしてスラムで広がっているんだろう」
ロランが、半分寝ぼけたような声で言った。
私は一瞬考えて、「……わかりませんわ」と正直に答えた。
「スラムは得てして不衛生な環境なのはそうですけれど……黒斑病が感染病なら、もうとっくにスラム全域に広がっているはずです」
「その通りだ。あれは感染症じゃないと、僕も思う……」
ロランはそこで眠そうに目を閉じて、また開いた。
眠気に抗っているらしく、少しずつ瞑目する時間が長くなってきている。
「いや、それどころか、僕にはもっともっと直接的な原因であるような気がするんだ……」
「直接的、とは?」
「それは……わからない。けれど……」
けれど? ロランのその言葉の続きを待ったけど、続きはなかった。
ロランはゆっくりと深く息を吸ってから言った。
「何かこれは……大変なことが……起きかけている、気がするんだ。僕らにとっても、王国にとっても……もちろん素人考えだけど……」
ロランはそこでまた、すう、と深く息を吸った。
半分寝ているような声で、ロランは続けた。
「それに……今日は新しい……課題もみつかった。医者を、僕たちの復興村に……」
ロランは徐々に睡魔の虜になってきているらしい。
そうなりながらも、ロランは医者、医者と何度か言った。
「医者が、医療があれば……不幸な人間を増やさなくて済む……ハノーヴァーは豪雪地帯で、冬になれば医者にも満足に……かかれないから……」
ロラン様……私は少しだけ、この美貌の青年の置かれた立場を心配した。
寝る直前、意識を手放すその一瞬前まで、この人は自分の領地のことを心配している。
作物の実りはどうか、震えて泣いている農民はいないか、病に苦しんでいる領民はいないか――そんな事ばかり考えているのだ。
得てして領主というものは、自分の領土に関心がないものだ。問題はその領地から上がる利益がいくらになるかということだけで、マンシュ伯爵や彼のように、自分が音頭を取って領地の経営に頭を悩ませる領主は少ない。
ましてやそれが領民の健康のこととなると――そんなものは農民たちの自助努力の範疇のことで、領主が責任を持つことではないと一笑に伏す領主が大半だろう。
けれど――この人はそうではないのだ。
七年前の大飢饉。その被害は北方にあるハノーヴァー領の被害が最もひどかった。
その地獄を見てきたロランと私には、二度とあんな地獄を見たくないという強迫観念のようなものがお互いにあるらしい。
けれど――私は少しだけ、切ないような気分になった。
それにしたって、この青年は若くして抱え込み過ぎだと思う。
人間は無責任な方が気楽に生きられる、世の人はそう言う。
それなのに、この人は自分の責任の範疇を遥かに超えて、生真面目に抱え込み、責任を負おうとする。
それこそ寝る一瞬前まで――。
そう思うと、私はこの青年のことが堪らなく心配になって、ロランに言った。
「ロラン様、今はお休みになって」
私が言っても、ロランは瞑目したまま無言だった。
私はおっかなびっくりとロランにふれると、その亜麻色の髪を二、三度撫でてやった。
「大丈夫ですわ、私が居ります。医者の件にしても、そのうちに具体的な計画も立てましょう。きっといいお医者様が見つかりますわ……」
私がそう言ってやると、ロランは無言で、ほんの少し頷いた。
それきりロランは無言になり――やがて本当に寝入ってしまったらしく、静かに寝息を立て始めた。
ふ――と、なんだかその穏やかさが心に沁みて、私が我知らず微笑んでしまうと、今度は私の方にも眠気が来た。
あ、いけない、背を向けて寝なきゃなのに――そう思ったけれど、昼間に色々あったためか、その晩の睡魔の誘惑はひときわ強力だった。
満足に抵抗する事もできず、私の視界がやがて徐々に暗くなってゆき――私は遂に意識を手放した。
私はそのまま、ロランと向かい合ったまま、深い眠りに落ちていった――。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。





