ラブコメの予感
書籍版『がんばれ農強聖女』、
2021/12/20、TOブックス様より発売になります!
それに合わせてタイトルを書籍版タイトルへと変更致しました!
さらにコミカライズも決定!
書籍版・コミカライズ版もよろしくお願い致します!!
ロランとレオの視線が、一斉に私に集中した。
合計三人分の視線に晒されて、私の方が動揺した。
「あなたは確か五年間、先代の聖女様であるエヴリン様の下で修行するために王都にいたのよね?」
「えっ、ええ……まぁ、王都だけじゃなく、国中を周りましたけれど」
「それじゃあ、やっぱりその時か。何しろあの頃はこの国に来てまだ日が浅かったからね。記憶が曖昧なの」
この国に来た? ライラの言葉に、私はちょっと驚いてしまった。
「ライラさん、あなたはこの国の生まれではないんですか?」
「ええ。わかってるんでしょうけれど、私はトラヴィアから十歳のときにこの国にやってきたの。戦火を避けるためにね」
「戦火――」
ライラは頷いた。
「私の家は元々、トラヴィアの宮廷医の娘なの」
「宮廷医――? それは凄い――」
「そんなに凄いことじゃないわ。皇帝を診るための医者なんて宮廷には何十人もいたからね」
そこでライラは、私のそれよりも格段に長くて引き締まった足を実にスマートな所作で組み替えた。
「十数年前、トラヴィアで大規模な動乱があったでしょう? あの時に権力に近づきすぎた父が政争に巻き込まれて、私の一家は国にいられなくなった。長く旅をして、私たち一家はクレイドル王国に辿り着いた」
ハァ、とライラはため息をついた。
「そこで何年かは平和にやってたんだけど、七年前の大飢饉が全てを狂わせた。飢饉の最中に王都では疫病も流行って、その治療に当たっていた父と母も感染して、呆気なく死んでしまった。親なしになったその後はどうにかこうにか必死に生きて、五年前、私が十六の時にようやくノーマン先生に拾われたってわけ」
こんな若いのにそんな苦労を……。
私たちとそんなに歳も違わないだろうに、その涼やかな外見に似合わない苦労を重ねているらしい。
レオもロランも、確実に彼女を今までとは違う目で見つめた。
「その――あのとき、おばあさんがライラさんを聖女と呼んでいたのは?」
「ああ」
ライラは苦笑して首を振った。
「あれはただの通称。私とノーマン先生が患者を無償で診てるから、誰かが勝手に呼び始めたの。安心して。本当の聖女様はあなたの妹さんだけだから」
「え、ええ……それはそうですね……」
その一言に、私は思わず即答が出来なかった。
あはは……と苦笑してしまった私に何かを察したのか、ライラは「なるほど」と意味深な言葉を発した。
「苦手なのね、妹さん」
「あはは……まぁ、彼女とはちょっと色々あって」
「そうでしょうねぇ。元はあなたが聖女候補者で、ユリアン殿下の婚約者だったって聞いてるし。でも、詳しくは聞かないわ」
正直、それは安心した。ここで根掘り葉掘り妹との関係を聞かれても、正直今の私には整理のついていないことが多すぎた。
先代の聖女様が亡くなられて五年。その五年の空位期間、ライラやノーマン医師のような人たちがスラムの平穏を預かってきたのだろう。
聖女――祈り、民の苦しみを受け止めるしかない教会の聖女とは違い、病を癒やす事ができるライラの方が、貧民たちにはよほど聖女であるのかもしれない。
多少無言の間が空いたところで、潮時だと思ったのだろう。
ライラが立ち上がった。
「さ、話は終わり。そろそろあなたたちの部屋に案内するわ。まずは――ええっと、レオ」
「な――なんだよ」
「あなたは申し訳ないけど二階の角の部屋を使って。食事は私が部屋まで運ぶ。トイレと湯浴みの時以外は、申し訳ないけれど部屋を出ないようにしてね。感染の危険はないと思うけど万難を排すためよ」
「ああ、わーってるよ。ちぇっ、なんか暇つぶしに本か何か差し入れろよな」
「へぇ、あなた本なんか読むのね。意外だわ」
「お前本当に失礼だよな……それじゃ、病原菌は自主隔離と行くか」
そう言って、レオは野太いため息とともに部屋を出ていった。
のし、のし……と階段を登る音と、部屋のドアを閉める音が聞こえたところで、ライラが私たちを見た。
「さ、あなたたちの部屋はこっち。狭い部屋だけど我慢してね。ついてきて」
その言葉に、私とロランも立ち上がった。
部屋を出て、しばらく薄暗い廊下を歩くと、家の中で一番奥まったところに来た。
「さ、ここがあなたたちの部屋よ」
ガチャ、とドアを開けてライラが中を示した。
「ここが僕たちの部屋か――あっ」
私の前に立ったロランが中を覗き込んで――声を上げて、固まった。
「ど、どうしましたロラン様? なにか――」
あったんですか?
そう言って部屋の中を覗き込んだ私も――ロランと同じように固まった。
明らかに寝室のそれと思われる、シックで落ち着いた間取りの部屋。
その部屋の真ん中に「ドーン」と効果音が聞こえてきそうな迫力で置かれていたのは――キングサイズのダブルベットであった。
しかも――なんでなのか、枕がふたつ、やけに中心に寄せて置かれていて、調度品にはどことなくやらしさすら漂っているように見える。
ぷしゅん、と、脳みそのどこかから蒸気の音がしたような気がした。
その光景に理解が追いつかない私がそのベッドを凝視していると――ライラの声が耳元に聞こえた。
「申し訳ないけど、ここ以外には部屋もないしベッドもないのよ。あなたたち婚約者なんでしょ? これで我慢してね」
ライラの声は冷静だったけど、それでも、それでも声のどこかに楽しげな雰囲気がある。
いや、これはちょっと……と私が戸惑いも全開にライラを見ると、ライラが意味深な半笑いを浮かべた。
「あら、アリシア様もロラン様も意外にウブなのね。もうそういうこともとっくに経験済みかと思っていたけど」
ケラケラとライラが笑ったけど、笑い事ではない。
なにせ私たちは婚約者ではあるけれど結婚していない二人なのだ。
それどころかまだまともに手も繋いでないし、それ以上のことだってまだ全然――。
あ、いや、ダメだ。
私はあまりのことに機能を停止した頭で色々と考えた。
なんだこのダブルベッドは。ここでロランと二人、ここで仲よく寝ろというのか。
えっえっ、それはダメだ。どう考えてもいけない。
こんなところで仲良く枕を並べて就寝だなんて絶対無理だ。
まだ経験していないことが一体全体何段飛ばしでやってくるというのか――。
「ライラ、ひとつ聞いていいかな?」
不意に――ロランが冴えた声を発して、私はロランを見上げた。
ロランは今までに見たこともないほどキリリとした表情でライラを見つめている。
その顔には如何にもビシッと意見してくれそうな雰囲気が湛えられていた。
おおっ、さすがロラン様――私は久しぶりに感心した。
僕たちは婚約者同士だけどまだ結婚はしていない、そんな男女が枕を共にするなんて考えられないし考えたこともない、僕らをそんなふしだらで淫らな関係だと思っているのかい? 生憎だがそこまでは見下げないでくれ、僕たちは清い間柄なんだ。玄関でもどこでもいい、僕はアリシアとは別の部屋で寝ることにするよ――そうハッキリと断るつもりなのだ。
この人はノホホンとしているように見えて、どうしてなかなかこういうときはバシッと言ってくれる人なのだ。
そんな感じの言葉を期待している私の前で、ロランは冴えた顔と冴えた表情で口を開いた。
「この部屋は内鍵はかかるんだよね?」
前言撤回だ――!
私が愕然とロランを見つめると、ライラが何故なのかとても嬉しそうに言った。
「ええ、もちろんじゃない」
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。





