医者
書籍版『がんばれ農強聖女』、
2021/12/20、TOブックス様より発売になります!
さらにコミカライズも決定!
書籍版・コミカライズ版もよろしくお願い致します!!
ライラの自宅は、意外にもスラムとは違う、王都西の区画にある一軒家だった。
遠慮しないで入って、との言葉に促されて入ってみると、意外なほどに広い。
私財をなげうち、スラムで病人を診ている医者のものとは思えない造りの豪華さに、スラムのあばら屋をイメージしていた私は少し肩透かしを喰らう気分を味わった。
「もちろん、私の持ち家じゃないわ。ノーマン先生の治療のお陰で快癒したお金持ちの患者さんが使ってないからってポンとくれたの。そこを私が使わせてもらってるってだけよ」
ふと――そんな言葉が聞こえ、ライラが私を見た。
私が考えていることなど見通したように、うふっ、とライラは私に向かって微笑んだ。
いけないいけない、折角泊めてくれると言ってくれた人の家をアレコレひやかすのはよくないことだ。
私は自分を戒めながら、促されて入った広い応接室に通された。
「くつろいでいてちょうだい。今お茶を淹れてくるから」
そう言って、ライラは家の奥へと引っ込んでいった。
私たちはなんだかそわそわした気分で椅子に座った。
「全裸の次は病気か……俺、せっかく王都に帰ってきたのになんだかツイてねぇな……」
ふと、レオが太いため息を吐いて項垂れた。
そう言えば、レオには私たちのワガママに付き合ってもらってばかりだ。
彼に王都での護衛など頼まなければ十日間の隔離などしなくてもよかったはずなのだった。
「ごめんよレオ。僕のワガママでこんなことになってしまって……」
「ロラン様が謝るようなことじゃねぇよ。それに人助けした結果だしな」
レオはそう言って、太い腕を組み、しばらく沈黙した。
「……死んじまったんだな、アイツ」
口に出すか出すまいか、随分悩んだらしいその言葉に、私たちも沈黙した。
再び何かを考える間があり、レオが口を開いた。
「王都ってのはこういうとこなんだよな。誰が生まれようが死のうが誰も関心なんか持ちゃしない。彼が死んでました、あらそう、気の毒ね――それで終わりだ。いや、王都に限ったことじゃねぇのかもしれねぇ。弱いもんの立場なんてどこでも似たようなもんだ」
レオは眉尻の傷を太い指でボリボリと掻いた。
「セントラリア村だってそうだ。ナミラや、その親父だって、村に医者でもいたらああならずに済んだのに……貧乏がそうさせちゃくれねぇ。長患いになったら家族に迷惑をかけないように首括るなんて話は、一昔前なら当たり前だったからな」
ナミラ、か。私はセントラリア村で出会った美しい女性のことを思い出していた。
かつてナミラは雨風に当たって高熱を出し、その結果聴力を失ってしまった。
最近は恋人であり幼馴染であるヨーゼフも、私たちのつきっきりの指導で大分読み書きができるようになってきていて、必要な意思疎通は取れるようになったと聞く。
けれど――彼女が聴力を失うようなことが最初からなかったら、ヨーゼフは何年間もあんなに自責の念に苦しまなくて済んだはずだった。
「そうだな。ハノーヴァーや復興村を豊かにするためには、優れた医者が必要だ。アリシア」
「ええ、そうですわね」
ロランの言葉に、私も同意した。
「お金の貧乏や心の貧乏は、大概健康の貧乏から発する。健康的で文化的な生活ができないことは全ての貧困の根源ですから」
「医者か――貧乏人でも無学な農民でも診てくれる、そういう物好きの医者が田舎にもいればいいんだけどな」
レオがそう言い、私たちも沈黙してしまった。
「ノーマン先生みたいなのが特殊なんだよ。医者なんてのはどこの世界でも拝金主義者さ。地獄の沙汰も金次第、地獄にカネ払うか、自分にカネ払うか、どっちがいい? って、とかくそんな連中が多いからな」
やけに悪しざまな言い方だったけれど、おそらくそれは当たっていると思う。
医者でなくたって、その対価が払えない貧困者など最初から相手にしたくないだろう。
ましてや招聘に応え、王都から辺境の北方にわざわざ来てくれる医者などそう多くはいないに違いない。
ハノーヴァー領に医者を呼ぶ、それはとても難しいことのように思われた。
と――その時だった。
ふと何者かの気配を家の奥に感じた私は、ん? と顔を上げた。
顔を上げた先に――白い顔が浮かんでいた。
その顔は物陰から顔を出し、じっとこちらを見ている。
そして、一番気になったのは顔の位置だ。
私たちの、おそらく腹か胸かの位置にある顔――。
「子供……?」
私が思わず呟くと、ロランとレオも顔を上げた。
そして私の見ている方向に視線をやり、私と同じような表情を浮かべた。
「おっ、どこの子だろうな? ――オイ坊主、お前、どこの子だ?」
レオが言っても、白い顔――少年は答えなかった。
ただただ、家の中に突然侵入してきた私たちを警戒するかのように、じっと無言でいるだけだ。
「なんだよ陰気な子供だな。子供らしく元気出せよ。俺が怖いか? ん? ほら来いよって」
まるで野良犬か何かに話しかけるような口調だと思ったけれど、レオの顔には険というものがない。こう見えてレオは子供好きであるらしい。
しかし、やたらとフレンドリーに話しかけているのに、少年の方はビクともせず、相変わらず壁に顔以外のほとんどを隠したままだ。
「わかったわかった。こっち来いって言わねぇよ」
レオが根負けしたように言い、別の質問をした。
「お前、まさかこの家の子――ってことはねぇよな? どこの子だ?」
私もそれが気になっていた。
少年の肌は真っ白で、どう考えてもライラと血縁関係にあるとは思えない。
肌の色も、目の色も、髪の色も、全てが標準的なクレイドル人のものだ。
少年は答えず、くるりと背を向けると、トットットッ、という足音を立てて家の奥に引っ込んでいってしまった。
あ、とレオが声を上げ、不審そうに首を傾げた。
「まさか――この家、いろいろ出るんじゃねぇのか?」
「ちょ、レオさん、失礼ですよ。あの子は生きてますって」
「それにしてもやけに静かなガキじゃねぇかよ。俺が子供の頃はもっと元気に……」
「彼はアラン。私の息子よ」
え、息子――!? と、私たちは一斉に声のした方を見た。
そこには、私服に着替え、湯気の立つカップを四つトレイに載せたライラが、意味深な笑顔とともに立っていた。
「む、むす――ええっ!? あ、アンタ結婚してんのか!?」
レオが素っ頓狂な声を上げたが、ライラは笑って首を振った。
「まさか。進んで私の旦那になろうなんて物好きはいないわ。私は医学と結婚したの。彼とも血の繋がりはないのよ」
そう言って、ライラはカップを私たちの目の前に置いた。
「彼はいわゆる捨て子。私がこの家をもらった時に引き取って育ててるの。少し人見知りだけど、聡明でいい子だわ」
「捨て子、ですか……」
「ええ。まだ母親の愛情が必要な年齢でしょ? それにこの家は私一人が暮らすには広すぎるもの」
カップを置き終わったライラは、そこで対面の椅子に座り、スラリと長い足を組んだ。
そして組んだ肘で頬杖を突き、じーっ、と、音がなりそうな視線で私を見つめた。
相変わらず、少し空恐ろしくなるような美人だ。
同性としては羨ましい限りの完成されたプロポーションと、彫像のように整った造作の顔。
例えば妹のノエルが咲き誇る薔薇のような愛らしい顔であるなら、ライラは触れれば切れそうな、刃のような鋭く妖しい美貌だ。
そしてその赤い瞳は、こうしてじっと見つめられると、それだけで何か魔法のたぐいを掛けられてしまいそうなほど蠱惑的だ。
しばらく、私の正体を探るかのような視線に、先に耐えきれなくなったのは私だった。
「あの、何か?」
「あ、いや――」
ライラはそこで、少しだけ歯切れ悪く首を振った。
首を振ってから、ライラは少し何かを決意したような表情で私を見た。
「アリシア様。私たち、どこかで出会ったことがあるかしら?」
「えっ?」
ライラは、まるで宝石のような瞳で私を見た。
「どこでだっただろう……思い出せないわ。あなたと出会ってから、ずっとそのことを考えてるの」
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。





