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検疫

書籍版『がんばれ農強聖女』、

2021/12/20、TOブックス様より発売になります!

さらにコミカライズも決定!

書籍版・コミカライズ版もよろしくお願い致します!!

ぎょっ――と、ロランとレオが私を見た。


「黒死病の特徴は身体に黒い痣が浮き出ることだと聞いています。もしそうなら――」


私がそこまで言いかけると、レオの浅黒い顔が見る見る青ざめた。

そう言えば――この男はあの男の肩を揺すり、抱き起こし、そして今もその病原菌が付着した服を着ているのだ。


黒死病、いわゆる腺ペストは、数百年前この大陸全土を死の坩堝に叩き落とした史上最悪の疫病だった。

病魔を媒介すると言われるネズミによって運ばれ、不衛生な都市部を中心に発生した黒死病は、その魔手から逃げようと地方に疎開した人間たちによって大陸の全土に拡大した。

激しい高熱、痙攣、脱力感、頭痛などを主症状とする腺ペストは同時に身体に黒い斑点が出現することがその特徴であり、名前の由来ともなっている。

一説によると致死率は六~九割に達し、強力な感染力をも持ち合わせる最悪の疫病は、歴史上でも度々猛威を奮い、その度に人類の歴史を大きく動かしてきた。

特に数百年前に起こった大流行はとりわけ酷く、この時は数年間に渡って大流行が続き、結果としてこの大陸の人口が三分の一に激減したと言われている。


じっと私の顔を見つめていたライラが、しばらくしてフッと微笑んだ。


「さすがはアリシア様ね。黒斑病が黒死病、さすがそこに思い当たるとは」

「おっ、おいテメェ! なに笑ってやがる! おっ、お前、まさか俺にそのことを黙って……!」

「安心して。別に私は黒斑病が黒死病だなんて一言も言ってないわ」


ライラの言葉に、ほっ、と私は安堵のため息をついた。

それを見て、レオだけでなくロランもわけがわからないというような顔でライラに視線を移した。


「それに、アリシア様は気づいてて訊いてきたんでしょう? アレが黒死病でないってことをね」

「ええ、まぁ一応……」


私は首肯した。


「黒死病は感染力が非常に強い……黒斑病が黒死病であるならもうとっくに王都は地獄になっているはずです。王家も衛兵たちも知らないわけがない上、躍起になって鎮圧にあたってるはずですから。とにかく、黒斑病は黒死病ではない、それは確かなのですね?」

「その通りよ。患者が訴えてくる症状を考えても、それだけは違う」


今度はレオが脱力する番だった。

額に滲んだ脂汗をグローブで拭い、「脅かすなよ……」と呻いたレオの声にはいつもの威勢はどこにもなかった。


「ライラ、この方は……?」


私の言葉に、ノーマン医師が不思議そうにライラを見た。


「ノーマン先生、覚えておいでではないですか? 彼女はアリシア・ハーパー公爵令嬢です。現聖女であるノエル・ハーパー様の実の姉上であり、先代の聖女であるエヴリン様の下で見習い修行をしていたはず――そうでしょう?」


ライラの、何かを確かめる視線が私に向けられ、「アリシア様……!?」とノーマン医師がソファから腰を浮かせた。


「あ、あなた様がアリシア様……!? おおお、そうでしたか……! いやはや、今まで気づかなかった私をお許しください!」

「い、いえ! 私はもう聖女候補者でもなんでもありません! その任は妹に譲りましたわ!」

「いえ、そんなことはない。あなた様も先代の聖女エヴリン様も、それはそれはお優しい方でした」


ノーマン医師は右手で白い顎髭をしごき、感慨深げに頷いた。


「エヴリン・クレイドル王妃……いや、聖女エヴリン様は本当に聖女そのものだった。私のしていることを愚かだと笑わず、応援してくださる唯一の方でもありました。あの方は救貧院にも度々足を運ばれ、患者たちの手を取っては励ましの言葉をかけてくださった……」


その通りだった。晩年の聖女様はこの国の農村の救済だけではなく、王都の貧民たちの救済にも力を入れていた。

七年前の大飢饉で王都に溢れた貧民たちを救うために救貧院を拡充し、なんとか彼らの生活が成り立つように尽力していたのだった。


「今この医院がこうして存続できているのも、聖女様の死後も打ち切られることのない、教会からの支援金のおかげです。弱い者同士手と手を取り合って困難に立ち向かえ、聖女様は繰り返し繰り返しそう説かれた。叶うことならもう一度お会いしてお礼を言いたいものだ……」


目をしょぼしょぼさせながら語り終えたノーマン医師は、それから打って変わって暗い表情になり、太いため息をついた。


「だが、その聖女様の遺志さえ無にしてしまう事態が発生している。黒斑病です」


ノーマン医師はゆっくりと語り出した。


「ライラの説明の通り、黒斑病はスラムを中心に徐々に拡大しています。貧民たちはそれを『黒痣の裁き』、と呼んでいるようですな」


私たちは顔を見合わせた。

黒痣の裁き――そう連呼していた老婆の金切り声を思い出した私は、ノーマン医師が語る話の続きを待った。


「何しろ黒斑病は疫病であるのか、そもそも感染するものであるのかすらわからない奇病です。こういう時にありがちな事態ではあるのですが――貧民たちの間には、黒斑病は女神の裁きによるものだと、根も葉もない噂が流れているようでしてな」

「女神の裁き……」

「ええ、穢れた貧民たちを裁く、神の御意志によるものだと」


その言葉に、私は顔を歪めた。


「なるほど。それで黒斑病患者には居場所がなくなるわけですね」

「ええ、その通りです。身体のどこかに黒斑が現れた時点で、患者は酷い迫害を受けることになる。神罰を受けた穢れた存在であるとね。途端に扱いは変わり、今まで親しくしていた人間でさえ、口を利くどころか目線さえ合わせてくれないようになる」


ノーマン医師は再びため息をついた。


「無論そんなものはただの噂ですが、それを否定すべき我々医者でさえ原因が特定できない。その状況が拍車をかけている。おそらく黒斑が出たことを隠したまま生活している、あるいは亡くなっている患者も多いでしょう」


心の貧困――私は苦々しい思いとともにそれを噛み締めた。

天罰だの神の審判だの、そのたぐいの話は疫病が流行した時には必ず出現する流言飛語、要するに無知蒙昧に由来する単なる噂だ。

無論、そんなものは事実無根の与太話でしかないのだけれど、かと言ってバカバカしいことだと切り捨てられないことであるのも事実だ。

何しろ、数百年前の黒死病の大流行の際には、天罰を恐れた人々が教会に殺到して感染が拡大することが繰り返されていたし、井戸に毒を投げ込んだという謂れのない疑いをかけられて虐殺された人間も多かったと聞く。


一向に衰えることのない病魔の猛威を前にして人々は怯え、憤り、怒り、挙句の果てに、その時代に在位していた聖女を――。


「この病魔は我々が食い止めねばならないわ。スラムの人間たちの生命線を預かる身としてね」


ふと――そんな決意の声が聞こえて、私は物思いを打ち切った。

ライラは神秘的な色の瞳で私たちを順に見回した。


「それと――こんなことを一方的に頼んでしまって悪いんだけれど、下僕さん」

「俺は別に下僕じゃ――ああもう、もう下僕でいいよ。なんだ?」

「悪いんだけど、あなたには十日程度、王都に留まっていただきたいの」


その申し出に、私たちは顔を見合わせた。


「あの黒斑病が感染性の病気である可能性は限りなく低い。低いけれど、一応医者として、ドミニクと身体的接触のあったあなたをそのまま領地に帰すわけにはいかない。検疫(クアランティン)の期間を設けたいのよ」


クアランティン――私は昔、歴史書で読んだその異国の言葉を思い出していた。

クアランティンとは異国の言葉で『四十日間』を意味する言葉で、その昔この大陸で黒死病が大流行した際、感染者がいないことを確認するため、入港する船を四十日間海上に留め置いたことに由来するという。

流石に四十日間とまではいかないが、私たちは今や人の命を奪うかもしれない凶悪な病気の感染源になっているかもしれないのだ。

十日程度、王都に留め置かれることぐらいは覚悟しなければならないのかもしれない。


「お、おい、どうするロラン様? 俺だけ王都に残るか?」

「いや――十日程度ならすぐだ。それに、王都でやり残したこともまだある。僕らも付き合うよ」


即断したロランはライラを見た。


「ライラ、レオが寝起きする場所は宿でいいのかい?」

「いいえ、私の家に案内します。あまり広くはないけれど、使ってない部屋ならいくつかあるから。お願いした上に宿代まで払ってもらうのは心苦しいわ」


ライラは静かに言った。


「それに、いざというときは医者である私が近くにいた方が安心でしょう?」


ふふっ、とライラが冗談めかした口調で笑った。

思わず女の私でもはっとするほどの、妖艶で理知的な笑みだったけれど、『いざというとき』という単語が引っかかったのか、レオが少し渋い顔をした。


「ノーマン先生、そういうことでいい?」

「ああ。ロラン様、そしてアリシア様。こんなことを頼んでしまって本当に申し訳ない」


ノーマン医師はすまなさそうに頭を下げた。


「じゃが、どうにか我慢をお願いしたい。救貧院や衛兵たちも黒斑病についてはほとんど何も関心がない状態でしてな。我々で全て解決する他ないのです」


その言葉に、私はこの二人が直面している事態の重大さを思った。


私がもし聖女だったら、今すぐ救貧院に連絡し、可能な限りの支援をするようにと指示するだろう。

だが今の聖女は私の妹のノエルであり、私が聖女の頭越しに救貧院に指図することなどできない。

それに妹とはつい先日大喧嘩したばかりだし、私が彼女宛に手紙を書いたとして、彼女が読む可能性は限りなく低い。

後でどうにか救貧院と連絡を取るようにしなければ、と考えて、私はライラを見た。


「わかりました。私たち、王都に留まりますわ」





「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
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