黒死病
書籍版『がんばれ農強聖女』、
2021/12/20、TOブックス様より発売になります!
書籍版もよろしくお願い致します!!
「はぁ、やっと温かくなってきたぜ……」
ズルズルと温かい紅茶を飲み干して、レオがため息をついた。
さっきまではやたらと洟を啜ったりしていた彼だが、ロレッタが淹れてくれた茶でやっと人心地を取り戻したらしい。
「レオ、そう言えば君は『あのノーマン先生』と言っていたね?」
レオが紅茶のカップをソーサーに戻したところで、ロランが小声で尋ねた。
担架に使われたせいなのか多少くたびれたように見える服の裾を引っ張りながら、「ああ……」とレオが答えた。
「ノーマン先生は王都では有名人だよ。特に俺らみたいな地虫あがりの連中なら誰でも知ってるさ、現人神のノーマン先生ってな」
「現人神?」
その単語に反応したのは私だった。
聖女を頂点とするこの国の聖女教会は、現人神、という呼び名は、基本的に聖女にしか用いないはずだった。
そう言えば、さっき路地で発狂したあの老婆も、「聖女様を呼べ」だの「聖女ライラ様」だのと言っていたっけ。
不審そうな私の声に、レオはずびっと洟を啜ってから答えた。
「もちろんそんなのは通称だよ。要するにノーマン先生はこの北地区のスラムで開業してて、貧乏人だろうが無宿人だろうが、別け隔てなく、しかもタダで診てくれる。それでそう呼ばれてんのさ」
「そんなに凄い人なんですか……」
「その上、腕は確かと来てるぜ。王都の金持ち連中でさえ、人目を忍んでノーマン先生のところに来るらしい。まさに知らねぇやつはいねぇ、ってな」
「ライラは? 彼女も有名人なのかい?」
「アレは知らねぇ。第一あんな滅茶苦茶な女、いたら噂になってねぇはずがねぇよ」
レオは吐き捨てるようにそう答え、口を尖らせた。
「人前で人の服無理やりひっぺ返しやがって……おかげでかかなくていい恥を来世分までかいたぜ……今度しっかりと文句を……」
「まだその話をしてるの?」
呆れたような声に、私たちははっと顔を上げた。
見ると、さっきまで着ていた簡素なドレスに純白のドクターコートを羽織ったライラと、立派な白ひげを蓄えた温和そうな老人が応接室に入ってきた。
「もう服は返したでしょう? 元冒険者のくせに、過ぎたことキーキー喚くのはみっともないわよ」
「こ、この野郎……! 初っ端から随分ご挨拶だなオイ! 見ろ、俺の貴重な一張羅がダルダルに草臥れてんじゃねぇかよ!」
「だからそれについてはさっきから悪いってずっと謝ってるじゃないの」
「いやいっぺんもごめんなんて聞いてねぇよ! だいたいアンタはな……!」
「お、おいレオ! もうそれくらいにしといてくれ!」
放っておけば延々と続きそうな漫才を、ソファから腰を浮かせて制止したロランに、ライラがすっと手を差し出してきた。
「改めてご挨拶させて。ライラと申します。ロラン・ハノーヴァー様……でしたわね? 今回は下僕さんのご協力に感謝しますわ」
「げ、下僕……!?」
「あ、ああどうも。こちらは僕の婚約者でアリシアと言います。ご挨拶を」
そう促されて、私も立ち上がってライラの手を握った。
その怜悧な見た目にはそぐわない、温かくて、そしてしなやかな手だった。
「そしてこっちが私の師匠、テッド・ノーマン医師です。先生、彼らが患者さんの第一発見者ですわ」
「おお、あなた方があの患者を連れてきてくださったのですか」
如何にも名医、と言える理性を瞳に湛えたノーマン医師は、年相応に節くれだった手で私たちの手を順に握った。
そして私たちに「座れ」と目で言ってから、自らも大儀そうに椅子に座り込んだ。
「まずは諸兄のご協力に感謝いたしますぞ。うちの医院は人手がない。スラムを回って患者たちの健康管理をするところまでは手が回らんので助かりました」
ノーマン医師はそこで大きくため息をついた。
なんだか、心から疲れ果てたような、魂まで消えていきそうなため息だった。
「あの……」
思わず、私はノーマン医師に向かって口を開いた。
「さっき運び込んだ患者さんなんですが……どうしていますか? 容態は安定していますか? 入院は長引きそうでしょうか?」
「ああ」
私の質問に、ノーマン医師は何度か小刻みに頷き、立派なあごひげを震わせて答えた。
「彼は――亡くなりました」
あまりに突然の言葉に――私は二の句が継げなかった。
その言葉は、まるで雨が降ってきたことを報告するかのような、ごく自然で、何の感情も籠もっていない声だった。
硬直している私の横で、ロランやレオも息を呑んだのがわかった。
ノーマン医師は視線を落とした。
「いや、仰らないでいただきたい。医者としての言葉でなくとも、私だって無念だ。ですが、たとえどんな患者だって最期を看取るのが医者の務めでしてな。改めてご報告しますが、彼は天に帰った。だがあなた方が彼をここに連れてきてくれたお陰で、どうにかベッドの上で看取ってやることが出来た……」
そう言って、ノーマン医師はメガネを外し、親指で目頭を揉んだ。
「彼の名前はドミニクと言いましてな……親兄弟を大飢饉で亡くしてから、長く心を病んでいた。そうでなければ彼ほど若い人間が物乞いなどするはずがない。最後の最後に人の温かみに触れて、そしてようやく家族の元に帰れて――彼も満足でしょう。彼に代わって礼を言わせてもらいます」
そう言って、ノーマン医師は私たちに深々と頭を下げようとする。
慌てたのは私たちの方で、私とロランは手でそれを制した。
「の、ノーマン先生、礼は結構です。それに僕らだって成り行きで彼と出会っただけで……」
「それでも、彼は嬉しかったでしょう――なにしろ、あの黒斑が身体に浮き出た人間には、もうこのスラムにすら居場所はないのですからな」
黒斑。その言葉に、私ははっとした。
「あの、ノーマン先生、その黒斑病とは……あの、えっと……」
「私が代わりに説明するわ。まず第一に、あの病気は感染性の病気じゃないから安心して」
まるで私の心を見透かしたかのように、鋭くライラが口を開いた。
あう、と口を半開きにしたまま言葉を途切れさせた私に、ハァ、とライラはため息をついた。
「正確に言えば、感染性の病気であるかどうかすらわからない……ということになるのだけれどね」
「わからない……って、どういうことだよ?」
レオが不審そうにライラに尋ねた。
「わからないのよ。あの黒斑が、そしてあの黒斑が現れたことによって引き起こされる病気が一体何が原因なのか。感染するのかしないのか、はたまた何か別の理由があるのか。地が悪いか水が悪いか土が悪いか、それさえ私たちは掴めていない。ただひとつわかっているのは、あの黒斑病がスラムを中心に広がってるってことだけ」
ライラが流れるように説明した。
「黒斑病は数年前から王都の全域で発生が報告され始めた奇病なの。わっと増えるわけでもなければ、反面、沈静化するわけでもない。それでも週にニ、三人はこの医院にも患者がやってくる。そして遅かれ早かれ、治療の甲斐なく殆どが死んでしまう……」
そこでライラの美しい顔が歪んだ気がした。
医者としての無力感を噛み締めているような表情に、私はつい口を開いた。
「あの、素人質問で申し訳ないんですが、黒死病……という可能性はないのですね?」
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。
【VS】
新連載始めました。
こちらもよろしくお願いいたします。
『自分の食い扶持ぐらい自分で稼いでくださいませ、王子様 ~追放された先で山暮らしをエンジョイしていたら、そこに浮気相手に国を乗っ取られた元婚約者のヘッポコ王子が転がり落ちてきた話~』
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『私が育てました! ~魔女ですが拾って育てた双子のチート美兄弟に溺愛されてます。聖女? 異端審問? ウチの息子たちには指一本触れさせません!~』
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