黒斑病
書籍版『がんばれ農強聖女』、
2021/12/20、TOブックス様より発売になります!
書籍版もよろしくお願い致します!!
聖女様――。
その言葉に、私はよろよろとその女性の背中を見た。
女性は私の視線に構わず、老婆の前にしゃがみ込んだ。
「ラナばあちゃん、悪いけど少しだけ静かにしてくれる? 患者さんの容態に響いたらいけないから」
女性がそう言うと、ははーっ、とばかりに老婆は頭を下げて口を閉じた。
ライラ、と呼ばれた女性は、それから身体の向きを変えてレオを見た。
「あなたがこの人の第一発見者?」
「おっ、おう……アンタは?」
「私は医者よ。この先の貧民街で医者をしてるノーマン医師の助手」
その言葉に、レオが「の、ノーマン……!?」と驚きの声を上げた。
「ノーマンって、あのノーマン先生か……!?」
「大声は容態に響くわ。それに私の詮索はどうでもいい」
ピシャリと言って、美しい女性は地面に寝かせられている患者の容態をテキパキと検め始めた。
まず目の下の皮を引っ張り、瞳孔を確かめてから、呼吸を確認し、次に首筋に指を当てて脈を取り、腹部を手で圧し……。
まるでここに来る前からそう決まっていたかのような手慣れた所作で患者を見た女性は、最後に患者の手首を見た。
青年の腕の内側には、べったりと黒褐色の痣が浮き出ている。
その痣を目にした途端、女性の美しい顔が少しだけ曇った気がした。
「やっぱり、黒斑病か……」
「こ、黒斑病……?」
私が思わず口にすると、そこで初めて、ライラと呼ばれた女性が私を見た。
長いまつげに縁取られた真っ赤な瞳――この人もトラヴィア人か、と私が思う前に、女性が口を開いた。
「ねぇあなた、この人はいつから倒れていたかわかる? 発見した時の状況は?」
「え、あ、いや、私たちが来たときにはもう既に意識はなかったと思いますが……」
「あなたたち、この人と知り合い?」
「い、いえ、たまたま声をかけただけで……」
しどろもどろに言うと、野次馬を掻き分けながら衛兵たちがやってきた。
退け退け、と人々をどやしつけながら路地に侵入し、その薄暗さにしばらく目を瞬いていた衛兵たちは、私とロランを見るとあっと声を上げた。
「こ、これは……! アリシア・ハーパー様……! それにロラン・ハノーヴァー卿……! おふたりとも何故ここに!?」
衛兵たちの驚きの言葉に、ん? と銀髪の女性が再び私を見た。
「あなたたち、貴族なの? しかも今ハーパーって……」
「あ、え、まぁ一応……」
「ハーパー公爵……するとあなたは、聖女ノエル・ハーパーの姉、アリシア様ね?」
ええっ――? と私は銀髪の女性を驚きの目で見た。
「え、わ、私を知ってるんですか……!?」
「ええ、知ってるわ。あなたが聖女候補者だったこともね。先代の聖女様には師匠が随分とお世話になったそうだから」
先代の聖女様も知ってるのか……それと、師匠、というのは、そのノーマンとかいう医師のことらしい。
となると、ロランと同じで、この人は私と出会ったことがあるのかも知れない。
どこでだっけ……と私が焦る間に、女性の視線が私から離れた。
「衛兵さん、とにかく彼を私の医院に運びます。ご助力下さるかしら?」
一分の隙もない言葉に、衛兵の方が気後れしたようだった。
銀髪の女性はその間にもそこらに立て掛けてあった棒を二本、地面に並べると、きょろきょろと私たちを順に見回した。
そして最後にしげしげと目の前のレオを見つめた女性は、それから有無を言わさない口調で言った。
「ねぇ、あなた」
「おっ、おう――」
「あなたの服で即席の担架を作りたいの。服を脱いで」
「はぁ――?」
「いいからさっさと脱ぐ。ほら!」
言うが早いか、女性はレオの頭をぐいと押さえつけ、そのまま服の裾に手を伸ばして上着をひん剥いた。
うおおおっ!? とレオが抗議とも驚きともつかない悲鳴を上げるのにも構わず、あっという間にレオは上半身の服を脱がされてしまった。
「いっ、いきなり何しやがる!? 返せ俺の服――!」
「年頃の娘みたいなこと言わないの。ほら、下もよ!」
「下も、って……! おい、いい加減に……!」
「自分で脱げないってんなら脱がせるわ」
言い終わらぬうちに、素早く女性の手がレオのベルトに伸びた。
「や、やめろォ!」という抵抗も虚しく、するりとレオのズボンが手際よくひん剥かれ、たくましい両足が見えた。
うわっと思わず顔を背けた私の耳に、マジかよこの女! とか、返せよ! というレオの声だけが聞こえた。
「――よし、担架が出来たわ」
「担架じゃねぇ! 俺の服だろ!」
「見られたって減るもんじゃないでしょ。――さぁ衛兵さん、彼を私の医院に連れていってください」
ビシバシと命令口調で言われて、衛兵が顔を見合わせた。
私が衛兵と同時に視線を戻すと、下履き一枚になって身を捩っているレオと、上下の服の裾に棒を差し込んで作られた即席の担架があった。
「早く!」
女性が再び一喝すると、衛兵たちがようやく動いた。
やがて青年が路地から担架で運び出されていくと、銀髪の女性が鋭く私を見つめた。
「アリシア様。そして、ロラン・ハノーヴァー様。そして――ええっと」
「レオだよ! レオ・アルトマー!」
「そう、じゃあレオ。あなたたちも私の医院に来てくれるわよね? 色々状況を訊きたいのよ」
「あ……」
「う……」
「さっきから何もかも一方的に決めんな! だいたいこんな下履き一丁で王都が歩けるかよ! 代わりの服を持ってこい代わりを!」
「はぁ……キーキーうるさいわねぇあなた。別にあなたはついてこなくったっていいけど、その場合はあなたの服は返せないわよ?」
ぐっ、とレオが反論に詰まった。
私がロランを見ると、ロランが頷いた。
「わかりました、僕らもついていきます。ええっと――ライラ、でいいのかな?」
女性は銀髪を揺らしながら頷いた。
「わかった、ライラ。それじゃ案内してくれ。それにレオ」
「お、おう」
「申し訳ないんだけどそこにつくまで我慢してくれないか。あいにく僕も一張羅で服の替えがないんだよ」
「え、ええ――!? じゃあ何か? こんなほぼ全裸で街を歩けってか!」
「見られても減るもんじゃないでしょう、って言ってるじゃない。ケチねあなた」
「うるせぇな! お前がひん剥いたんだろうが! もう少し悪びれろよお前!」
「れ、レオさん……! とにかく患者さんの容態が心配です、今は我慢してください!」
私が窘めると、レオががっくりと顔を俯け、髪をがしがしと掻き毟った。
「今日中には噂になるぜ……あのレオ・アルトマーが露出狂になったってよ……」
「あら、あなた有名人なの? 私は知らないけど」
「お前どこまで失礼なんだよ! 俺は元冒険者なんだ! この街にはたくさん知り合いがいるんだよ!」
「その全裸は立派な人助けの成果よ。むしろ人徳の冒険者だって威張って歩けばいいわ。あ、元冒険者か」
「てめぇ、この野郎……! どう言ってもああ言えばこう言う……!」
「もっ、もう! とにかく行きましょう! レオさんもライラさんもそこまで!」
滅多になく私が音頭を取って促すと、野太いため息を吐いてから、レオがゆっくりと立ち上がった。
これは……予想はしていたけど、とんでもなく目立つ。
流石は元冒険者らしく、鎧の如くに筋肉を蓄えた全身にいくつもの古傷を拵えているレオは、今は股間と尻だけを危うく隠す下着一枚に靴という出で立ちだ。
何をか言わんや、と私がその姿をじっとりと見つめて顔をしかめると、レオが少しだけ赤面し、股間をかばうようにしてモジモジと身体をくねらせた。
「お、おいアリシア様、あんま見んなよ……恥ずかしいだろうが……」
気持ち悪ッ……! 私はすんでのところでそう叫ぶところだった。
筋骨隆々で真っ黒くて基本的に粗暴な男が恥じらいに悶える姿――それはまるで悪趣味な近代芸術の彫像のようで、正直、直視するのに非常に勇気がいる有様であった。
「あ、アリシア、あんまり見ちゃ可哀想だよ……」
ロランに肩を引っ張られて、私はくるりと後ろを向かされた。
「さ、今から私の診療所に向かうわ。ついてきて」
さらりとそれだけ言うと、ライラはその風貌に似合いのキリリとした足取りで歩き始めた。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。
【VS】
新連載始めました。
こちらもよろしくお願いいたします。
『婚約破棄され追放された先で山暮らしをエンジョイしていたら、そこに浮気相手に国を乗っ取られた元婚約者のヘッポコ王子が転がり落ちてきました』
https://ncode.syosetu.com/n5150hg/
『私が育てました! ~魔女ですが拾って育てた双子のチート美兄弟に溺愛されてます。聖女? 異端審問? ウチの息子たちには指一本触れさせません!~』
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