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施しの価値

「しかし、本当にこのままハノーヴァーに帰っていいのかい? やはりマンシュ伯爵ともう少し話をすべきじゃ……」

「もう見るべきものは見ましたわ。それに、マンシュ伯爵も薬の試験は続けてくれると言っていますから。当座のところはそれで十分です」


視察を終えた日の翌日、私は三人連れで王都の石畳の上を歩いていた。

人通りが多く、肩を寄せ合うように様々な商店が並ぶ王都の商業地区は、ハノーヴァーとはまるで違う。

建物に切り取られた青空は狭くて、周囲を高い山々に囲まれたハノーヴァーとは正反対の息苦しさを感じる気がした。


「あの薬の効果は本当に凄い。凄いからこそ、様々にデータを取る必要がありますわ。それに……」


そこまで言いかけて、私は向かいからやってきた人をすんでのところで躱した。

なんとなく、こんなに人通りの多いところを歩くのは久しぶりであるためか、人混みを縫って歩くのが下手になった気がする。


「それに、私たちの手にも似たような薬があります。除虫菊……あれとあの魔女の霊薬と、どちらが駆虫効果が優れているかを試験する必要もある。伯爵だって除虫菊の話はスコットさんから聞いているはずですからね」

「ああ、除虫菊……確かにそれもあったね。そう言われると確かに、除虫菊はまだ試験もしていないしなぁ」

「へへへ、アリシア様もロラン様も、本当にずっとその話題だな」


長々と議論を続けている私たちを見て、レオが呆れたように笑った。

舞踏会の日の夜は久しぶりに古巣の冒険者ギルドに帰り、親代わりのギルドマスターと再会し、浴びるほど飲んで帰ってきたそうだ。

そう言えば、二日ほど見ないうちにレオの顔は復興村の農民の顔ではなく、すっかりと王都の冒険者の顔に戻った気がする。


「そんな凄い薬なら俺も見たかったなぁ。そういうもんがあればもっともっと村の生活が楽になるだろうに」

「そんなこと言って……レオさんは昨日、二日酔いで使い物にならなかったじゃないですか。もっと無茶しないようヤンチャしてください」

「む……いいじゃねぇか、久しぶりにこうして王都に帰ってきたんだからよ。ヤンチャくらいさせてくれよ」


そう言って、レオは胸を広げて深呼吸した。

胸いっぱいに久しぶりの王都の空気を満喫したようだ。


「いいねぇ、人の体臭、異国の料理や香辛料の匂い、そんでドブと反吐と小便の臭い……これぞイステレニアの空気だ。どうもハノーヴァーは空気が綺麗すぎていけねぇ。俺にはこれぐらい汚れてた方が居心地いいんだよ」

「なんだか魚みたいなことを言うね、レオ」


ロランはそう言って苦笑した。


「さて、アリシア様。買い物の算段は整ってるのか?」

「いえ、そこらをそぞろ歩きながら色々冷やかす予定ですわ。なにしろ王都にはあんまり土地勘がないもので……」


私たちは今、王都に滞在して四日目に来ていた。

どうせ遠い王都に行くのなら、手土産に王都で様々な農学書や珍しい野菜の苗を購入しようと言い出したのはロランで、大部分の護衛はハノーヴァー辺境伯夫妻につけて領地に帰し、今は護衛兼案内人であるレオだけを連れて王都観光と洒落込んでいるのだった。

今年の僕らは働き詰めだったからね……というのはロランの弁だが、きっとほとんど休みなくアレコレ領土経営に関わっている私のことを心配して言い出してくれたことには違いなかった。

そういうことなら思い切り羽根を伸ばそう、ということになり、今私たちは王都の商業地区の中心部である東地区に来ているのだった。


「まずは何から攻める? 野菜か? 本か?」

「そうですねぇ……まずは書籍からいきましょうか。本だけはじっくり時間をかけて選びたいですし……」

「それならこっちだ。ギルドと懇意にしてた書店があるんだ。外国の本も結構置いてあるいい店だぜ」


そう言って、レオはまるで悪童のような足取りで人混みを掻き分けて歩いていく。

なんだか、本当に子供に戻ってしまったかのようなレオに、私たちは顔を見合わせて苦笑した。


そのままレオについていくと、レオは勝手知ったる様子でひょいひょいと裏路地や小道に分け入り、あれよあれよという間に人混みに紛れていってしまう。

しばらくもくもくと王都を歩くと、何だか採光の悪い、薄汚れた路地に出た。

見ると、周りに立ち並んだ看板には書店だとか古本屋だとか、そういう文字がずらりと並んでいる。


「東地区の本屋街だ。王都中の本の虫が集まってくる街だぜ」


レオの説明に、私はふと懐かしいような気持ちになった。

ああ、ここは数年前にも歩いたことがある……そんなおぼろげな記憶が持ち上がってきた。

あの時は――誰と王都に行ったのだっけ。もう覚えてはいないけれど、このむっつりと沈黙し、用があるならそっちから入ってこいと言わんばかりの静寂を保つ町並みに見覚えがあった。


「凄いなぁ、これら全部が本屋かい?」

「全部ってわけじゃねぇけどな。さあアリシア様、好きなところから覗いてくれ」


自慢気に腰に手を当てたレオに促され、私はしばらく興奮気味に街を歩いた。

洋書店、古書店、新書扱い処、そして出版社……様々な看板を眺めながら歩き、店の前に出されている本を眺めながら、私は十分程街をそぞろ歩いた。


まるで花の周りをひらひらと漂う蝶になった気分で歩いていると……。

ふと、ツンと鼻にカビ臭い匂いが漂ってきて、私は何気なくそっちの方向を見た。


ほとんど陽の光も届かない路地に、項垂れて沈黙している人物が数人、見えた。

思わず足を止めてそれらを眺めると、まるで石像のように動かない人々の前に、縁が欠けた器がひとつ置かれていた。




物乞い、か――。

私はいっぺんに事情を悟った。




七年前の飢饉の時、王都イステレニアはまさに修羅の庭だった。

耕作地を捨てて王都に流れ込んできた農民たちは、けれども辿り着いた時点で力尽き、飢えと疲労によってその多くが行き倒れた。

あの時は王都の路地どころか大路にまで、そこら中、(むくろ)か、まもなくそうなる予定の人間が転がり、か細く断末魔の呻き声を上げていた。

まだ子供だった私にはその光景は強烈すぎたけれど、先代の聖女様は怯える私を必ず伴い、彼らを救済するところを見せ、学ばせた。

飢えているものには粥を、貧しているものには金子を、病めるものには薬を与え、可能な限り教会が運営する救貧院に収容するように取り計らっていた。


あの飢饉から七年が経過し、流石にあのときほどではないにせよ――貧するものの存在は決して消えたわけではない。

ただ――大路から追いやられ、こんな日陰で細々と露命をつないでいるのだ。


じっと彼らを見つめていると、「おい、アリシア様――」という、レオの焦ったような言葉とともに、レオが耳打ちしてきた。


「ダメだってアリシア様……! 気持ちはわかるけどよ、あいつらにあんまり関わろうとするなって……!」


レオは困ったように私の背中を押した。


「この地区には日陰も多いからこういうのが多いんだよ。一人に施したら俺も俺もってたかられるぞ。可哀想だけど無視しなきゃよ……!」


そういうレオの顔を、私はじっと肩越しに見つめた。

しばらく無言で見つめると、その視線に気圧されたように、レオが私の身体から手を離した。


私は頭の中でパチパチと算盤を弾いた。

持っているお金と、この路地にいるだろう物乞いの数、それらに施すために必要な金額……。

今日の昼を抜けば、なんとか本の一冊ぐらいは購入できる金額を残せるかも知れない。


「人に施すことを恐れてはなりません。彼らの苦しみや痛みを、自らの苦しみや痛みとして感じなさい――」


えっ? とレオが困惑を満面に浮かべて私を見た。

その言葉に、日陰の中の一人、しわくちゃの顔を煤けさせた老婆が顔を上げ、私を見た。


「彼らには、彼らが感じる苦しみや痛みを受け止めてくれる人すらいない。であるなら、その任はあなたが負わなければならない。民の苦しみに責任を持つこと、そしてその痛みを感じ、共に寄り添うこと、それが――」


聖女の務めです――先代の聖女様は、私によく言い聞かせた。

私はレオの側を離れ、彼らが潜む暗闇の中に歩み入ろうとした。




ぐっ、と、手首を異様な力で掴まれたのはその時だった。




その感触よりも、手首にかかった力の強さに、私ははっとして背後を振り返った。

振り返った先で――今まで一度も見たことのない冷たい白い光を、私は見た。


「ろ、ロラン様――?」


ロランが、私を行かすまいというように、私の手を掴んでいた。




「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。



【VS】

そろそろ書籍版の情報も公開できることと思います!

正直、もう情報開示が待ち遠しくて仕方がないぐらいの出来ですので、

みなさん正座してお待ち下さい!

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[良い点] 本筋とは関係ないですが。 レオが嬉々として語る香ばしいとは言い難い匂いの描写に、人が行きかう雑踏の雰囲気がリアルに感じられます。 [一言] >民の苦しみに責任を持つこと、そしてその痛みを感…
[一言] 書籍化おめでとうございます。 発売情報をお待ちしています。
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