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魔法の薬

「随分持って回ってしまいましたが、いよいよこの薬の真価をお見せするときが来ましたね」




マンシュ伯爵はそう言って、私たちを広い農場の片隅にいざなった。

その一角にはキャベツ、カブ、馬鈴薯などが植えられており、ひと目でどれも虫食いだらけだとわかるほど食い荒らされている。


「この一角がこの霊薬の効果を試験している区画です。敢えて手つかずにすることで青虫やアブラムシなどに好き放題させていましてね。ほら」


伯爵がキャベツの葉の一枚を摘んで私たちに示した。

キャベツの葉には十数匹の青虫がたかり、せっせと葉を()んでいるのが見える。

カブの葉を裏返してみると、よくぞここまでというぐらいにアブラムシや青虫が集っており、思わず私は顔をしかめてしまった。


「これだけの害虫を、その……霊薬で仕留めることができるんですか?」


私が尋ねると、ふふん、と伯爵は得意げに笑った。


「論より証拠、ですよ。今から私が魔法をご覧に入れましょう。ライザール」


伯爵が声をかけると、ライザールが大きめの如雨露を持ってやってきた。


「ここにあるのが霊薬を溶かした溶液です。この薬は即効性があるため、直接注ぎかけるだけですぐ効果が出ますよ……」


言うなり、ライザールはキャベツの一株に向かって如雨露の中の溶液を散布した。


その途端、ふわりと風が吹き、私の鼻が何かの匂いを察知した。

ん? このほのかな刺激臭は――何の匂いだっただろう。

私がその匂いについての記憶をたどる前に、ライザールが如雨露を地面に置いた。


突然降ってきた雨に驚いたように、青虫たちが身を捩っていやいやと首を振り、草の影に隠れていたバッタたちが驚いて逃げ出したのだけれど……真の変化は薬液を散布して一分と経たずに現れた。


青虫たちの動きが、少しだけ緩慢になった気がした。

思わず、私とロランはそのキャベツの株の前にしゃがみ込んだ。


青虫たちが痙攣している……? 私は目を凝らした。

小指の先ほどに大きく膨れた青虫たちが、まるで苦しむかのように首を振り、胴の太さの割には小さな頭を震わせ始めた。


数秒ごとに、虫たちの異変は強くなっていった。


青虫の数匹が身体を激しく震わせ、全身を苛む苦痛から逃げようとするかのように小さく身体を丸め、葉の上から転げ落ちた。

その間にも、足元を跳ね回っていたバッタたちすら、着地に失敗して次々と地面に転がり、苦しむように後ろ脚で地面を掻き始めた。




それはまさに――魔法のようだった。




あたかも魔女が呪いをかけたというように――今まで好き勝手キャベツを食い荒らしていた虫たちが悶え、苦しみ、一匹、また一匹と、次々地面に転がっていく。




「凄い……」


思わず、私は呟いていた。

ロランも思わずごくりと喉を鳴らしながらその光景に見入っている。


三分も経つと――キャベツの表面に集っていた青虫は、ほぼすべてが沈黙した。

あるものは地面に転がり、あるものは葉の上で横腹を見せて。

今まで元気よく遁走していたバッタたちでさえ――ひくひくと弱々しく痙攣しつつ、地面に転がっていた。


「《魔女の霊薬》の効果はいかがでしたかな?」


伯爵にそう尋ねられても、私は返答が出来なかった。

ただただ私たち二人は、伯爵が持っている《魔女の霊薬》の効果の前に、沈黙するだけになっていた。


青虫やアブラムシはともかく――バッタまで殺すというのか。

私はその常軌を逸した光景にただただ言葉を失った。


古来、この国でもバッタやイナゴによる蝗害(こうがい)は、嵐や疫病と同等、否、それ以上の猛威であった。

茶褐色に変色し、飛行能力を有するようになったイナゴの群れは、まるで雲霞の如くに飛来しては作物を食い荒らす。

ときには数十、数百キロの距離を飛行し、その後には草も木も食い尽くされ、枯れ果て、後に残るものはなにもない。

過去、この大陸に繰り返し何度も大飢饉をもたらしてきたイナゴの存在は、それ自体が一種の厄災であるはずなのだ。


だが――その魔物同然のイナゴさえも簡単にねじ伏せてしまうこの霊薬。

この霊薬が実用化されたら、冗談抜きで我々人間は害虫という脅威を打ち払うことができるかもしれない。


「いかがでしたかな。是非感想をお聞きしたいのですが……」


伯爵の言葉に頭を小突かれるようにして、私は顔を上げた。

私はからからになった口中の唾をかき集めて飲み下した。


「とても――凄いです。予想以上、いや、想定外の効果です……」


それは私の本心から出た言葉だった。

私は立ち上がって伯爵を見た。


「即効性がある上にイナゴまで殺してしまうなんて……。本当にこれは驚きですわ。それにしても伯爵、伯爵はこれほどの薬を一体どのようにして見出したのですか?」

「魔女のレシピは門外不出ですよ」


私の質問を、伯爵は微笑とともに躱した。


「ですがそれではあまりにも愛想がない。少しだけこの薬の由来をお話しますと、この薬の元となった薬の製法は、遥か遥か東方の国からもたらされたものです」

「東方?」

「ええ。既に数百年前にはとある薬学者によって見いだされていた薬であり、それを我々はある人物から買い取って研究を続けていた――それがこの薬のおおよその由来ですな」

「そんなものがあったのですか……」

「無論、それは家伝として細々と伝えられてきたものでしたので、長らく公になることはありませんでしたがね」


伯爵はそこで豊かな髪をひと撫でした。


「今の時代はすべてがそうなる。ただでさえ数千キロも海を渡り、異なる文明と貿易を盛んに繰り返している時代ですから。もとよりこのような時代にあっては、長らく秘めておける神秘などない――」


伯爵の雰囲気が再び鋭くなった。


「そういう時代にあっては人間の方こそ柔軟に変わっていかないといけない。頑迷に神秘や祈りで解決するのを待つよりは、意志とそれによる行動で問題は解決されねばならない。例えばこの薬がそうですよ。畑を食い荒らす害虫に向かって虫やらいの呪いをしたところで、それが何になります? より直接的にこいつらを排除する方法を探すのが急務であるはずだ」


そうでしょう? というように、伯爵は白い歯を見せて微笑んだ。

顔こそ柔和な微笑みを浮かべているが、その「意志」とやらの話をする時、伯爵の目は一切の感情を含まなくなる。

祈るより行動を――そう常々説いていた先代の聖女様も、それを口にする時はこんな顔をしていたっけ。


「それのための第一歩がこの薬です。どうです? ハノーヴァーの聖女様御自(おんみずか)らのお墨付きはいただけそうですかな?」


伯爵の言葉に、私は間髪入れずに力強く頷いた。


「ええ、現時点でこの薬の効果は本物であると言わざるを得ませんわ」

「そうですか、それはよかった! それでは早速詳しい話を……」

「ですが、私のお墨付きはちょっと待っていただけませんか?」


私の言葉に、え? と肩透かしを食らったような声を挙げたのはロランだった。

伯爵は深くした笑みをすっと消し、虚を衝かれたような表情で私を見た。


「現時点で青虫やイナゴに効果があるのはわかりましたが、現時点ではキャベツだけの試験データというのはどうも心細いのも事実ですわ。当然のことながら、北のハノーヴァー地方や南のランチェスター地方では害虫の種類が異なるのも事実ですから」


一体何を言い出すんだというように、ロランが慌てたのが雰囲気でわかった。

ここまで来て折角の霊薬をフイにするつもりか、と言いたいのだろう。

だけど、私は敢えて続けた。


「葡萄が主力の作物であるハノーヴァーでは、その主な害虫はハマキガの幼虫やコガネムシ、そしてカミキリムシなどです。ハマキガのような芋虫には確かに効果があるでしょうが、それが大型の甲虫であるコガネムシや、まして木の幹に穴を空けて中自体を食い荒らすカミキリムシであれば――効果がどの程度であるかはわからない。そうでしょう?」


伯爵の側に立つライザールが無言で私を見た。

私はその視線にも動じず、淡々と続けた。


「これだけの効果を示す霊薬です。拙速に事を進めて農民たちを落胆させたくはありません。しばらくそれら害虫に対する試験は継続で――ということで今回はお願いしたいのですけれど……いかがでしょうか」




「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[一言] たぶんこれ残留するタイプの農薬。 つまり人体のみならず生態系全てに悪影響が出る使用禁止薬物。 たぶん十年単位でデータを集めて初めて結果が出るやつ。 聖女の感、てやつかな?即お墨付きをしなかっ…
[一言] 木酢液くらいなら良いが、人体に有害な毒物ではないかとかイロイロと検証が必要ですよね。
[一言] これ蜂も死んじゃって養蜂大打撃になっちゃうやつでは?
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