異邦人
「ロラン様、やっぱり謝りますわ! 本ッ当にごめんなさい! 私がもう少しあのバッカ妹のことを気にかけておくべきでした!」
舞踏会から一夜明けて、私たちは宮殿から引き上げる馬車の中にいた。
あの後――私たちは正直、ウロウロと舞踏するどころではなかった。
あのクソ妹、今日こそはなんとしても一発引っぱたいてやる、宮殿内と言えど寝込みを襲えばなんとか……と息巻く私と、それをなだめるロランとレオの大騒ぎ。
私にしてみれば、あのときノエルから一瞬でも目を離したのは全くの大失態だった。そのせいであの妹の毒牙に――私ではなく、婚約者のロランが屠られてしまった。
ロラン様が穢されてしまった――目の前が真っ暗になり、亡霊のように謝罪を繰り返す私をなだめ、落ち着け、何もなかったんだと繰り返し釈明する羽目になったロランも、流石に今日の朝は疲労が隠せない様子だった。
再びの謝罪を口にした私に、ロランはぎょっとした目で私を見た。
「ま、またその話かい……? 参ったな。何度も言うけどアリシアが謝ることじゃないよ。それに、王太子妃様の誘いに乗ってホイホイついて行った僕の方にも責任があるし……」
「そんなことはありません! むしろよかった! あのときロラン様がついていかないなんて言えば、却ってノエルは何をしたものか……!」
そう、ノエルとはそういう妹だ。昔から己のワガママが通らない場合、ゴネるだけで済んだ試しがなかった。
ましてや今や王太子妃となったノエルなら、それにヘソを曲げてハノーヴァー家にかなり強力な政治的・軍事的圧力を掛けてこないとも限らない。
だから私にしてみれば、ロランがあまり四の五の言わずにノエルについて行ってくれたことは、むしろホッと胸を撫で下ろしたい選択だった。
もちろん婚約者としては面白くないけれど――このロランのことだ、きっと余程の圧力を掛けられ、ノエルについていかざるを得ない状況に追い込まれたに違いないのだ。
「ロラン様、何度も訊ねますけれど、本当に何もされなかったんですね? 例えば私と婚約破棄してノエルと婚約し直せと命令されたとか、無理やり押し倒されて犯されそうになったりだとか……!」
「そっ、そんなことはないよ! ないない! 本っ当に君の近況を聞かれただけ、ただそれだけだよ! いくら彼女でもそんなことしないよ!」
それだけ? おかしいな、ノエルがそんなことで満足するとは思えない。
昔からあの妹はそれだけで済まなかったから今ここまで関係がこじれたのだ。
しかし反面、ロランが私に嘘をつくとは思えないし――つけるとも思えない。
そのことで却って私の中の不信感が増した。
「おかしいですわね、それはおかしい……ノエルならきっと裏で何かを企んでるハズですわ。きっとあの瞬間にロラン様に向かって呪いかなにかかけたのかも。例えば髪の毛が抜ける呪いとか、私に触れるとかぶれる呪いとか……」
「あ、アリシア――それ本気で言ってるのかい?」
「本気で言わざるを得ない妹ですもの」
ハァ、と私はため息をついた。
あのノエルに何かを要求しても仕方がないけれど――近況を聞きたいだけなら、何故ロランに聞くのだ。
いくらお互いに気に入っていないもの同士とはいえ、私たちは姉妹、血を分けた双子同士なのだ。
過去にいかなる意趣遺恨があっても、ちゃんと話を通してくれれば、私だって話ぐらいはしたかもしれない。
それに、一体何なのだ、あの最後の一言は――?
『こんな情けない男、私が相手にするはずがない』――アレは本気で言っていたのだろうか?
どう考えても昨晩のノエルとロランは、間違いなく何か揉めたに違いない。
そうでなければあのノエルからは出てこない台詞だ。
そして私が室内に闖入した時、まるで今から殴り合いをしようというように殺気立っていた二人の空気、アレは一体何だったんだろう?
ロランは――きっとノエルに怒ったのだ。
しかもおそらく、理由はノエルが私を侮辱したからだ。
過去、セントラリア村で村長のルーカスを殴ったときのことを考えれば、この人が激高する理由はそれぐらいしか思いつかない。
ロランは――その侮辱された内容を私に伝えたくない一心で「何もなかった」と言い張っているに違いないのだ。
そして昨日は、遂に妹に手を上げるところまで激高してしまった。
「情けない男」――そうロランを侮辱されたことで、頭に血が上って――。
私はロランの顔を見つめ、それからため息をついた。
結局、私たち姉妹の下らない諍いにこの人を巻き込んでしまった、後悔のため息だった。
「アリシア……」
「ごめんなさい、ロラン様。それしか言えませんわ」
私はしょんぼりとして、何回目になるかわからない謝罪を口にした。
「あなたを私たち姉妹の諍いにつき合わせてしまって……やはり、私はここへは来るべきではなかった。反省してもしきれませんわ」
私の言葉に、ロランは首を振った。
「そんなことはないよ。むしろ、アリシアのお陰で我がハノーヴァー家は王家にナメられずに済んだ。昨晩の君は立派だったじゃないか」
「でも……」
「それに、マンシュ伯爵という有力者とのパイプも出来そうだ。何もかも無駄にはなってないよ」
マンシュ伯爵――私は半ば忘れかけていたその名前を思い出した。
そう、この馬車は今、マンシュ伯爵の居城に向かっているところなのだった。
あの後、是非明日我が居城に、と伯爵からの使者に誘われた私だったけど、正直言ってそんな気分にはなれなかった。
視察は後日に改めようとした私を励まし、明日は是非一緒に伯爵の下へ行こうと言ってくれたのは、ロランだった。
ロランはロランで昨日あんなことがあったのに、きっと彼なりに私の事を気遣ってくれているのだ。
そう考えて……やっと気分が落ち着いてきた。
私はかなり無理をして気分を変えることにし、馬車の窓の外を見た。
「そろそろ、伯爵の居城に着きますわね……」
外の世界に広がった、一面の麦畑――。
麦自体は初夏に収穫されたばかりで、畑には何の実りもなかったけれど、驚くべきはその面積だ。
その広さはまさに「見渡す限り」。道の真ん中に立ってその場でぐるりと一回転してみても、目に入るのは麦畑のみという非常識さだった。
それは森と山にぐるりを囲まれたハノーヴァーでは決してお目にかかれない光景であり、この麦の収穫がそっくりマンシュ伯爵の懐に入るかと思うと、お金には全く執着のない私でも、思わず羨ましいと思ってしまう。
「しかし、本当に広い畑だなぁ。これだけの畑があっても、伯爵はまだ領民たちに新田開墾を賞金つきで奨励していると聞く。ハノーヴァーと比べることもなく、もう十分なぐらいなのにどうして……」
「まぁおそらく……マンシュ伯爵にとってこの畑の存在は、一種の人質みたいなものなのでしょうね」
「人質?」
ロランがちょっと驚いたように私を見た。
「ええ、マンシュ伯爵が一度王都への麦や野菜の供給を断てば、あっという間に王都は干上がることになる。他の貴族の領土から徴収するにしても、それだと輸送費がそのまま穀物の価格に上乗せされる。王都の側という立地に加えてこの圧倒的な供給量――事実上、伯爵は食料供給という人質を取っているようなものですわ。自領に依存させれば依存させるほど王都への影響力も増す、おそらくそういうことでしょう」
「食料供給という人質、か。流石だなアリシア。もうそんなところまで見抜いたのかい?」
「いいえ、マンシュ伯爵ならそれぐらいは考えるでしょうから。あの人は――そう言う人だと思いますわ」
あの夜見た目の鋭さを思い出しながら私は言った。
あの、魂魄の裡まで見透かす鋭い目――あんな目をしている人間なら、それぐらいのことはやる。
あの手この手で王都への、王への影響力を強めること。それは彼ぐらいの人間にとっては保険のひとつというところだろう。
その後、あれやこれやとマンシュ伯爵領を冷やかしているうちに、向こうに豪壮な城が見えてきた。
これぞやり手伯爵の本拠、と言える堅牢さを窺わせる豪壮なもので、門に入る前からずらりと衛兵が並んでいる。
まるで国境の検問のような物々しさに、さすがの私たちも自然と無言になっていた。
馬車が門の中に入ってすぐ――馬車の窓を叩かれた。
私が窓を開けると、立派な礼装の青年が恭しく腰を折った。
「アリシア・ハーパー様、並びにロラン・ハノーヴァー様ですね? お待ちしておりました」
私が気圧されたのは、その実直さがわかる低く野太い声に、だけではなかった。
青年は――この国では珍しい褐色の肌、そして、紅玉のような、真っ赤な瞳をしていた。
この人は――? 私はちょっと驚いてしまった。
青年はどう見ても服装的に下っ端の使用人などではなく、伯爵にごく親しい、側近と言える立場の人間ということになるだろう。
しかし、この国においてこの肌とこの瞳を持つ人間がそれだけの地位にいるということは――余程珍しいことと言えた。
この人は――トラヴィア人だ。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。
【追伸】
活動報告の通り、ここのところ更新が滞っておりますが、書籍の方も「着々」と音が聞こえそうなぐらい着々と出来上がってきております。
もうこの胸を断ち割って私の感動と情熱を皆様に吹き掛けたいぐらい素敵な本になってきておりますので、どうぞご期待ください。
【VS】
新作短編投稿しました。
よろしくお願いします↓
『キス一回の「課金」で俺になんでも雑用を押しつけてくるとなりの四姉妹』 https://ncode.syosetu.com/n4820he/





