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馬鹿にしないで

ナイフで乱雑に切った髪の毛の束を流し台に落とす。

肩甲骨の辺りまで伸ばされていた髪は五センチほど短くなっただろうか。

さっき至近距離から観察したアリシアの髪型を思い出しながら、髪結紐で髪を纏め、似せられる限り似せていく。

最初の一回は失敗したものの、二回目にやり直すと、パッと見はわからない程度に真似できた。


どうしても似せることの出来ない肌の色や目つきだけは化粧に頼り、細部よりは全体のイメージを変えるように、偽りの情報を塗りつけていく。

二人がかりで着付けたドレスだけは脱ぐのにも着るのにも苦労したが、それでもなんとか形にはなったと思う。

敢えてアリシアが召していたのとは違う青色のドレスを選んだのは、大きな違和感があれば、隠しきれない小さな違和感を隠してくれると考えたからだ。


しばらくして――私は鏡の中の顔を見つめた。


いくら魂を分けた双子と言えど、顔は似ていても、私たち姉妹は全く正反対だ。

なまじ顔が似ているからこそ、雰囲気から感じる小さな違和感は大きくなる。

双子という存在が並び立った時、この人物とこの人物が異なる人間なのだと人に理解させるのは、そういった小さな差異――否、違和感の積み重ねだ。

だからこそ、ふとしたきっかけでことが露見しかねない。


アリシアの顔を思い出しながら、私は自分とアリシアのイメージを擦り合わせた。


なるべく笑うことのないように。

あけすけな意志を表情には出さないように。

ただ、目だけは人の心の闇を見つめ――そして見透かして憐れむように見る。

いつも私を見ていたときの目だった。


三回ほど練習すると、鏡の中の私は、なんとか記憶の中のアリシアに似てきた。

ノエルでもない、アリシアでもない、どちらの特徴をも持った、だがそのどちらでもない合成獣(キメラ)の姿。

その姿をしばし見つめた私は――化粧道具や切った毛束の処分もそのままに、私室を後にした。







ユリアン王子や侍女には、少し飲みすぎたから休みたい、と言って大広間を出てきていた。

王国中の貴族が大広間に集まっている以上、警備が厳重になっていると思っていたが、予想に反して宮殿内の警備はいつもより手薄なぐらいだった。

おかげで私は誰に呼び止められることもなく王太子妃の私室を出て、何食わぬ顔で行動することが出来た。


だが――流石に大広間に近づくと、警備も厳重になってきた。

私はドレスの裾を引きずりながら、ほろ酔い気分で歩く貴族たちや給仕たちの間を縫って歩いた。


やがて、大広間への扉が立ちはだかった。

私が真っ直ぐに歩いてくるのを見て、重武装の兵士二人があっと声を上げた。


「おっ、王太子妃様――!」


その後はなんと言葉を続けようか、迷ったようだった。

そりゃそうだろう。私は先程、こことは違う出入り口から大広間を出たのだ。

私は間髪入れずに口を開いた。


「先程、体調が悪くなって中座させて頂きましたの。少し休んだのでもう平気です。会場へ戻りますわね」


不審な言葉――と言えば不審な言葉だっただろう。

何しろ王太子妃その人が、護衛や従者もつけずに一人でやってきたのだ。

てっきり他の兵士に確認ぐらいは取るかと思ったのだが、予想に反して兵士二人は意外に素直だった。

「は、は――!」と直立不動の姿勢を取ったかと思いきや、すぐに扉に取りついて開いた。


私は兵士に礼をすることもなく、ツカツカと大広間に入った。

既にほろ酔い気分の貴族たちは、誰も私の顔など見なかった。

飲める飲めないに関わらず、その熱気だけは異様に感じた。

この舞踏会は後に大きなきっかけやカネを産む場でもある。

比較的順風満帆なのだろう人生の、さらなる雄飛を求めて漂う人々――必死になって光の周りを漂う蛾には、私のような暗い影は最初から目に映らないのかも知れない。


私はテーブルの上に残された蜂蜜酒入りのグラスを手にとった。

誰も口をつけてはいないようだったが、飲む気にはなれなかった。

ここで私が少しでもこの蜂蜜酒の味に感動してしまえば、少しでもアリシアのした事を認めることになれば――いくら私だって、この先の行動をやり遂げる自信はなかった。


そのまま、歩みを止めずに会場を歩き回ると――いた。

ひときわ背の高い、亜麻色の髪の好男子。


ロラン・ハノーヴァー。

ゆくゆくは、私の義理の兄となる男だった。

彼は顔も知らない禿頭の親爺に、蜂蜜酒のグラス片手に談笑していた。


その彼に歩み寄ろうとして――私はふと足を止めそうになった。

その禿頭の親爺相手に、青年は恍惚の赤ら顔をとろけさせ、蜂蜜酒を指差しながら何かを言っている。

とても美味しいでしょう? 僕の婚約者が作ったんですよ……口はそのように動いたようだ。

そのたびに、親爺は呆れたように追従笑いを浮かべて頷いている。

どうも二人は和やかに談笑しているわけではないらしい。

これは一方的にロランが親爺に絡んで婚約者自慢をしているのだ。

あんな顔してるのに、彼は少し絡み酒的なところがあるらしい。


それに、さっきは随分豪勢な服を着ていると思っていたのに、今や彼は上着をどこかに脱ぎ捨ててシャツ一枚だ。

そのシャツも大胆に釦が寛げられていて、そこから鎖骨と、意外なほどに引き締まった胸板が見える。

そこから覗く肌色に、私は少しだけ、ほんの少しだけ、どきっとするような、嫌な興奮を覚えた。


いかんいかん……と、私はその興奮を無理やり押し留めた。

私は自分が意外な変態だったことに少し愕然とする気分を味わった。

アリシアもあの鎖骨を見てときめいたりしているのだろうか……などと詮無いことを考えながら、ふう、と私は息を吸った。


「ロラン様!」


喉から出た声に、自分でも驚いた。

それは私の声ではないように聞こえたからだ。

はっと、胸元を寛げた青年と禿頭の親爺は私を見た。


「おお、アリ、シア……?」


ほんの数秒間、青年は眉間に皺を寄せ、私を見つめた。




その次の瞬間、ロランが浮かべた表情は――今まで私がただの一度も見たことがない、奇っ怪な人間の表情だった。




動揺、困惑、いやそれ以上に、混乱の表情が色濃く浮かんだ顔。

私がここでこうしているのも、こんな格好で話しかけてきたのも。

一体全体どういうことなんだ――ほろ酔い気分など一発で吹き飛んでしまったような顔で、青年は私をまるで怪物を見るような目で見た。


なんだ、もうバレたのか……。

その表情に、私は安堵するような、反面拍子抜けするような、不思議な気持ちになった。

ロランが何かを言う前に私はその側に寄り、媚びるような目でその整った顔を見上げた。


「ロラン様、申し訳ございませんでした。実は蜂蜜酒を飲みすぎてしまって……でも、もう大丈夫ですわ!」


あっけらかんと言い放ち、私はロランの身体に馴れ馴れしくもたれかかった。

彼は少しだけ身を固くしたようだったが、私は反論を塞ぐようにシャツの袖を強く引いた。

その強さに驚いたように、ロランが口を閉じた。

私が次に禿親爺をちらりと窺うと、親爺は私を見て声を上げた。


「おお、この蜂蜜酒をお作りになった婚約者様ですな! 先程は実に堂々として美しい立ち居振る舞いでございましたな!」


ロランがぎょっと禿親爺を見た。

よしよし、と私は心中でほくそ笑みながら、少し困ったように眉尻を下げた。


「お恥ずかしい、私は何もしておりませんわ、私はただの小娘です。全ては我がハノーヴァー領の農民たちの努力と工夫の賜物です。褒めるなら彼らを褒めてくださいませ」

「流石はハノーヴァーの聖女様、仰ることも慈愛に満ち溢れていらっしゃる! ……それではハノーヴァー卿、後はご夫婦水入らずということで、私はこれで」


親爺はその禿頭に似合いの助平な表情を浮かべてロランと私を見ると、そそくさと去って行ってしまった。

後には、彼にもたれかかった私と、身を固くしたままのロランが残された。


「……あの、これは一体」


ロランは、困惑と憤りを露わに私を見た。

私は笑みを消して首を振った。


「はじめまして、ロラン・ハノーヴァー様。アリシア・ハーパーが妹、ノエルに御座います。不躾なご挨拶になってしまって申し訳ございません。ところで、少しお時間を頂きたく存じます」


私は挨拶もそこそこに、事務的な口調で言った。


「別室に人払いをしてありますの。ほんの少しでいい、少しお話ができません?」

「それは――どういった意味のお話で? お――」


王太子妃様、と言おうとしたのだろうか、人目をはばかったのか、ロランは慌てて言葉を飲み込んだ。

このタイミングで私を王太子妃と呼ぼうとしたのは、そんな地位にいながらお前は一体何をやっているんだという意味でもあっただろうし、私が既に人妻であるということを再認識させる意味でもあっただろう。


私は薄く笑みを浮かべ、ロランの頬に触れようとした。


「そんなに警戒しないでください。内々の話ですわ。それほど重要ではない、けれどアリシアには聞かれたくない類の話というだけです。だからこうするしかなかった。私がこんな格好をしているのにそれ以外の理由はありませんわ」

「一体何を仰います――!」


ロランは苛立ったように声を荒げ、差し伸べかけた私の手首を握った。

ひとつ、発見だ。この青年は見た目に反して、怒ると顔がとても怖い。


「恐れながら、これは少々悪ふざけが過ぎます! どうぞ周囲の人間がお気づきのないうちにお戻りくださいませ!」


青年は私の手首を掴み、憤怒を皮一枚で押し留めた顔をぐっと私に寄せてきた。


「あなた様がアリシアにどんな意趣遺恨をお持ちなのかは存じませんが――あなた様が望んだ地位はすべて手に入ったはずだ。これ以上はもういいでしょう? どうかアリシアをそっとしておいてください。それにあなたには既にユリアン殿下がいらっしゃる。殿下がお気づきになったらなんと仰るか――!」

「馬鹿にしないで」


私はロランの手を振り払い、低い声でロランを恫喝した。

思いの外低くなった声と振り払った手に、ロランが思わず息を呑んだようだった。

ふーっと、私は長くため息をついた。


「もし、私が今からあなた様を一夜の間違いに誘おうとでもしているなどとお考えなのであれば、それは見当違いも甚だしい。あなたはどんなに私が媚びてもへつらっても、私のようなつまらない人間には興味も覚えないし、靡くこともない。それぐらい私にだってわかりますわ。アリシアが普段私のことをなんと言っているのかは存じませんが――そこまでは見下げないでくださいませ」


その言葉に、ロランがちょっと意外だというように私を見た。


「それともうひとつ。あの人は、ユリアン王子は、そんな人じゃありませんわ。それは私が一番よくわかっている。私たちが一言二言会話したからといって、私たちに頭から嫉妬するような人ではない。私たちは――きっと、あなたたちが思う以上の絆で結ばれているのだから」


アリシアが、彼に私のことをどう伝えているのかはわからない。

だが少なくとも先程のロランの反応を見るには、基本的にはいい伝え方はされていないに違いない。

アリシアのものを全て奪い取り、捨てて、それでなお涼しい顔をしてきた女――さしずめそんなところだろう。

いいんだ、それは別に。それは事実であるのだから。


だが、それは今は関係がない。

それとは別の話がしたいだけなのだ。


私が視線だけで押し迫ると、ロランはほとほと困り果てたように辺りを小さく窺い――。

そして、観念したようにため息をついた。


「――アリシアにはなんと説明するつもりで?」

「ご安心くださいませ。アリシアがあなたと私の関係を疑うなら、私は私の名誉にかけて何もなかったと説明しますわ。私を淫売だと罵るなら罵られ、殴るというなら殴られます。いずれにせよ、あなたのことを疑わせはしません」


安心して? と、私は逃げ道を作るように、ロランに微笑んだ。

その微笑みに、ロランは観念してくれたようだった。

長い長い溜息の後――美しい青年はひとつだけ念を押した。


「わかりました。ですがその話が終わった後は――二度とこのような接触はご勘弁ください。いいですね?」


それはもちろん、と言うように私は微笑んだ。




「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。



【追伸】

前回も申しました通り、書籍化作業中ということで、しばらく更新が週いち程度になるかもしれません。一応週二回を目指しては頑張りますが、何卒ご了承くださいませ。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[一言] 真面目で誠実、かつ優しい人間の弱点は、敵対する者にも『一片の良心がある』等と考えて対話による解決を図る傾向にあることだ。 実際には、如何なる理由があろうとも一方的に他者を迫害するクズに対して…
[一言] 気づいてくれたのは良かったんだけど、何をしでかされるのか困惑。
[一言] 自分からまな板の上に乗りに行っている気がするが。 弱みを握られたわけでもないのに、まあホイホイと。 巻き返しが成るのかどうか。
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