魔女の霊薬
この所、書籍化準備に追われて更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。
只今、書籍の方もそこそこ作業しております。
毎日毎日暑くて死にそうな中で苦行するみたいにあーでもないこーでもないしております。
そのせいで今後もちょっと更新が凸凹になるかもしれませんが、とりあえず書いております。
そういうわけで、本日は先日サボったリングしてしまった分を
夕方にもう一話投稿いたしますのでよろしくお願い致します。
「霊薬?」
私が問い返すと、マンシュ伯爵は奇妙な程に整った顔で笑った。
「ええ。あの青い薬が聖女の秘薬であるなら、我々が生産した薬はさしずめ魔女の霊薬――と言ったところでしょうか」
意味深長な口調でマンシュ伯爵は私の反応を窺っている。
私は慎重にカードを切った。
「まさか、人間を不老不死にするようなお伽噺の中の霊薬ということでして?」
「まさか。そういう話ならあなたにこのお話をしたりいたしませんよ。もちろん農業に関する霊薬です。そしてそれは、あなたが我が国にもたらしたあの青い薬と同等の力を持っていると私は半ば確信している」
「青い薬と同等、ですか?」
私は思わず鸚鵡返しに問うてしまった。
興味を惹かれたことを察したらしく、マンシュ伯爵は頷いた。
「ええ。まだ正式な名前はつけておりませんし世にも出しておりませんが、領地で試験は続けさせております。確実な効果は保証できるかと。――時にアリシア様、我が領地の主要な農産物はご存知ですよね?」
「それはまあ。なんと言っても小麦やライ麦などの穀物ですわね。それに王都向けの様々な野菜や果実なども……」
そう、マンシュ伯爵は王都に最も近い領土を持つ貴族であるのと同時に、その領地の中には『クレイドルの食料庫』と呼ばれる、肥沃で温暖な土地の殆どが入っている。
五十万にも達する王都の民の旺盛な食糧事情を支えているのが、マンシュ領とその周辺の温暖な土地から生産される穀物や野菜、果実であることは、この国では常識であることだった。
「流石よくご存知だ。確かに我が領土は立地条件的に王都に非常に近く、ほとんど運送費をかけずに大量の食料を供給可能です。ですが七年前の飢饉がそうであったように、その生産は必ずしも安定しているとは言い難い。天候や病害ももちろんその通りですが、我が領地でより直接的な被害となりうるのは忌々しい害虫どもの存在です」
マンシュ伯爵は立て板に水の口調だった。
確かに、降雨量がそれほど多くなく、気候が温暖である王都周辺では、病気以上に害虫の被害の方が多くなるのは自明のことだろう。
害虫被害に比較的強い穀物はともかく、葉物野菜や根菜は芋虫や毛虫、アブラムシなどの食害には滅法弱い。
特に害虫類が深刻な病害を媒介する果実類の場合は尚更で、気がついた時には手遅れの場合も多く、その安定的な生産は一種の博打、神の領域の話――とさえ言われる。
「イナゴや毛虫だけではなく、ダニやアブラムシなどのより小さい虫に至るまで、奴らは我々人間の食料を喰らい、そして厄介な疫病をも媒介する。この虫どもを駆逐することは我が領地だけでなく、人類の悲願のひとつである――そうではないでしょうか」
「それは違いありませんわね」
私は間髪入れずに肯定した。
農家にとって、害虫の存在はべと病のような目に見えない病害とは違い、目に見えるだけインパクトの大きな厄災だ。
古くはこの国にも発生したと言われる蝗害や毛虫の異常発生による食害に対して、人類はほぼ対抗する手段を持っていない。
人々は毎日畑を見回り、半ば祈るような気持ちでその葉を食い荒らす芋虫を潰し、虫やらいの祈りを捧げたりして退散させようとする。
「私たち人間は未だ何の対策法も持っていない。あんな小さく、低劣な存在相手にも私たちは手をこまねいているのが現状だ。害虫は天、そしてこの世を創りたもうた女神の意志であると言うなら――その意に逆らいこれを駆逐しようというのは、神をも恐れぬ魔女の所業かもしれませんなぁ」
そこでマンシュ伯爵は蜂蜜酒の残りを一息に飲み干した。
随分大げさな言い回しだと思ったが、マンシュ伯爵の言った事自体には一理あると思う。
なにしろ有史以来、我々人類は一度も害虫に勝利したことがないのである。
古い時代には、畑を今まさに食い荒らしている害虫たちの群れの前で神権裁判を行った司祭もいたそうだ。
ザワザワと蠢き、今まさに畑を枯らさんとする害虫たちの群れに、神官は威厳ある声で神罰を降してくれと天に祈る――それを見ている農民たちの無力感、悲壮感はいかばかりであっただろう。
もはやその勢いはひとつの天災というべきものであり、神の意志として最早逃れることが叶わないものであった。
しかし、それに対抗する「魔剣」を、この切れ者の伯爵が見出したと言うなら。
ふん、と私は鼻を鳴らした。
「それで、魔女の霊薬――そういうことですの?」
「その通り。今、現物はお持ちしておりませんがね。我らが開発した薬は、その恐るべき神の意志さえ捻じ曲げる力を持っています」
マンシュ伯爵の目が光った。
「様々な試験を繰り返しておりますが、この薬はあらゆる病害虫に効果を発揮するようです。芋虫や毛虫の類から始まり、ダニやアブラムシ、ウンカ、コガネムシやナメクジの類まで、我々の薬で一律に駆除できることが既にわかっております」
そんなに……私はすんでのところでその声を押し留めたが、顔には出ていたと思う。
スコットから譲り受けた除虫菊の殺虫成分がどれほどのものなのかはまだわからないが、それにしてもコガネムシやナメクジという大型の害虫まで駆除できるかはわからない。
案の定、私の驚きを察知したらしいマンシュ伯爵は私に意味深な流し目を寄越した。
「ご興味がおありで?」
私は観念して頷いた。
この人が私に何をさせようとしているかはわからないが、現状では話を聞かなければわからないことが多すぎる。
「よろしい。我々は近々この薬を世に解き放ちたいと考えています。無論ささやかな対価を得た上でね。ですがそれには薬の能書き以上に一種の権威というものが必要だ。あなたがやったようにね」
「私が――?」
「わかっておられるはずですよ、ハノーヴァーの聖女様」
聖女様。
その一言に、私はようやくマンシュ伯爵の言わんとしていることを理解した。
「失礼ですが、あなたがあの青い薬を広めることが出来たのは、あの薬の効果が素晴らしいものだった、ということだけではない。まさしくあなたが聖女候補者であったからだ。少なくとも私はそう考えています」
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。





