森の奥へと続く道
復興村を飛び出て十分程経っても、ウェルズリーの足は殊更に快調だった。
私たち二人を乗せているというのに衰えることもなく、蹄鉄の音も高らかに田舎道を疾走するウェルズリーは、やがて二股の道にやってきた時点で進路を東に取った。
「アリシア! 怖くないかい!?」
耳元をごうごうと流れ過ぎてゆく風の音にも倍する声で、ロランが言った。
そう言う間にもロランは手綱を緩めたり張ったりし、実に軽妙な手綱捌きでウェルズリーを御している。
怖いとか怖くないとか、今訊きます――!?
私は叶うことならそう叫びたかった。
だができない。私に今できること。それは歯を食いしばり、猛烈な勢いで上下に跳ねるウェルズリーの背に必死にしがみつくことだった。
怖くないわけがない――何しろ、私は馬に乗った経験など全くないのである。
それなのに、ウェルズリーはまるで矢のような速度を維持したままなのだから堪ったものではない。
さっきまでの浮ついた心もどこへやら、私は半ば半泣きの有様でウェルズリーのたてがみを両手で握りしめ、身を固くしてじっと馬上での尋問に耐えていた。
恐怖に震えている私をよそに、ロランは実に楽しそうだった。
乗馬に慣れているのは本人の言葉通りらしく、今まであまり見たことがないような楽しげな表情で目を輝かせている。
手綱を華麗に操りながらも、あそこに村人がいるとか、今鳥が空を飛んでいったとか、いろんな話を一方的にしてくるロランの声は、確実にいつもより弾んでいた。
もちろん、私にはその言葉に返事する余裕はないのだけれど――それでも、ロランに話しかけられる度に、確実に私の身体からは力が抜け、やがて時々薄目を開けて周りの景色を見るぐらいには余裕が出てきた。
ウェルズリーは全速力を維持したまま、街道を東に折れた後は二、三度の右折左折を繰り返し、今度は進路を北に向け始めた。
目の前に広がるハノーヴァーの雄大な山々は、近づきつつある秋を感じさせ、山頂の方には既に若干紅葉の気配が感じられた。
山の方に向かっているのか――私は髪を押さえながら後ろを振り返った。
「ろっ、ロラン様――! 一体どこへ向かうんですか!?」
「秘密だ! 現場についてから説明したいからね!」
ロランはまっすぐ前を見たまま答え、ぐいっと手綱を引っ張った。
その途端にウェルズリーは鋭く進路を変え、路傍の岩を器用に避けた。
わわっ! と私は慌ててウェルズリーの首にしがみつく力を強くした。
◆
さらに十分ほど走らせただろうか。
ハノーヴァーの主であるように鎮座する山々の麓に広がる森に差し掛かった辺りで、ロランが手綱を緩めた。
徐々にウェルズリーがスローダウンし、駆け足、早足……とスピードを落とし、最終的には普通に歩くぐらいの速度になった。
これでやっと体が起こせそうだ――と悟って、おっかなびっくり上半身を持ち上げた私に、ロランが言った。
「はぁ、楽しかった――どうだった? 乗馬の感想は?」
むう、と私は頬を膨らませて後ろを振り向き、ロランの顔をじーっと見つめた。
「ロラン様――私が驚くことをわかってて、わざと飛ばしましたよね?」
「あはは、バレたか」
ロランはイタズラがバレたような顔でぺろりと舌を出してみせた。
「実は馬に乗るのが久しぶりでね。思いっきり風を感じてみたくなったんだよ」
「もう……そういうことはお一人のときにやってください!」
私は遠慮なく口を尖らせた。
「全くもう、ロラン様の悪い病気ですわ! そうやって私をからかって遊ぶようなところ! こっちは振り落とされないようにしがみつくのが精一杯でした!」
「そう怒るなって。それにここまで連れてきたのは理由があるんだよ」
「理由って――ただの森じゃないですか」
そう言われた私は、辺りをぐるぐると眺め回した。
広葉樹の森であるが、どことなく人の手によって管理されている感のある、整然としていてすっきりとした森である。
おそらくはどこかの樵たちがそれとなく手入れしているのだろうけれど、この先に集落はなかったはずだ。
「どうなさるんです? この先に通じる谷越えの道でもあるんですか?」
「そんなものはないさ。それにハノーヴァーの山々は急峻だから馬ではとても越えられないよ」
「ということは、どこか畑のたぐいが……」
古来から寒村ではこういう奥山を切り拓き、開拓地としている場合がある。
私の問いに、ロランは「半分正解だ」と答えを濁した。
「確かに昔、ここらへんに開拓地があったのは事実だけど、何年も前に放棄されたきりだ。だがその開拓地に今度別の住人が来ることになってね」
「別の住人……?」
「さぁ、そろそろだ」
ロランが言うと、道の奥に鬱蒼と広がっていた森がやおら途切れ、上から日光がさんさんと降ってきた。
思わず手をひさしにして開けた場所に視線をやった私は――あっと声を上げた。
そこにあったのは、幾つもの箱――。
綺麗に刈り払われた草地に、一抱えほどの箱が置いてあり、日光をさんさんと受けて、なんだか輝いているように見えた。
箱の数は二十もあるだろうか。その箱から激しく出入りしている、あの黒い粒のようなものは――。
その箱には見覚えがある。
以前、私がロランに進言して始めた養蜂の箱だった。
「わぁ――」
私が思わずウェルズリーの背の上から身を乗り出すと、ロランが言った。
「どうだいアリシア? 君が今年の春に始めた養蜂だ」
「す、凄い……! もうこんな数に増えてるなんて……!」
私が興奮して言うと、ロランが笑いながら言った。
「久しぶりにネリンガ村のグスタフから手紙が届いてね……この旧開拓地で大規模な養蜂を始めることになった、機会があれば見ていってくれ、ってね」
「面白そう」
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「頑張れ農協聖女」
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