ナメられたら終わり
水曜日の更新はすみませんでした。
新しいネット機器がやっと届きましたので更新です。
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。
「あの、お嬢様……?」
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ……。
「お嬢様」
「何?」
「あの、紅茶が入りましたが……」
「そこ置いといて」
「はい。あの……」
「何?」
「あ、いや……その、お嬢様は昨日から何をやってらっしゃるんですか?」
「何って、乳鉢でカルカンサイトを粉末にしてるんですけど」
「あの、こんな量を、ですか?」
「馬鈴薯と一緒に無償配布してるんだからもっともっと必要なの」
「でも、いくらなんでも量が……」
「まだまだやるわよ。なんなら鉱山中のカルカンサイトというカルカンサイトをみんな粉にしてやろうと思ってるし」
おっかなびっくり声をかけてくるリタにそっけなく言いながら、私はせっせとカルカンサイトを粉にし続けていた。
まぁ確かに――リタが心配してくるのもわからんではない。
昨日からほぼ徹夜で乳鉢ゴリゴリを続けた私は、今や館に運ばれてきていたカルカンサイトの在庫をほぼすべて磨り潰してしまっていた。
最初は粉末にしたカルカンサイトを石灰に混ぜ、ひと包みごとに青い薬を作っていたのだが、途中で何もかも面倒になり、今ではただひたすらにカルカンサイトを磨り潰すだけになっている。
おかげで書庫に用意した容器では足りなくなり、館の隅に転がっていた素焼きの壺にそれを溜め続けて、それももう3つ目になろうとしている。
「そ、それにしても、お嬢様、ちょっとお休みになられた方が……」
リタは滅多になく遠慮がちだった。
そりゃそうだろう、私だって今自分が何をしているのかわかっていない。
ただ、なにかに没頭する時間が欲しかっただけだ。
「いーのいーの、どうせ眠れないし。ただぼーっとしてるぐらいならこういう事してたほうがマシだし」
「お嬢様……」
「とにかくほっといて。集中したいのよ」
私がそっけなく言うと、リタが少し迷ったような素振りを見せつつも、私の背後から去ってゆく気配がした。
察しのいいリタのことだから、私がこうなっている理由について、ある程度予想はしているに違いない。
そしてなおかつ、私がこういう風にやけを起こすような話題は、現状ひとつしかないことも。
スコットの爆弾的タレコミ発言から約三日後、舞踏会の招待状が本当に来た。
しかもあろうことか招待状には、義理の父母となるグウェンダル・ヴァレリア辺境伯夫妻の名前だけではなく、ロランと、その婚約者である私の名前が記載されていたのである。
確かに、王太子と王太子妃ご臨席の舞踏会となれば、新たに婚約した私たちが王宮に挨拶しに行かねばならない道理はわかる。
だがそれは舞踏会の主宰者が国王であった場合だけだ。ユリアン王太子が王であったならともかく、今の私たちにはわざわざあの夫婦に挨拶に行かねばならない道理などないはずだった。
だが、招待状はご丁寧にも私たち二人を指名する形で寄越された。
しかも、招待状にはユリアン王子とノエルのサインまでついている徹底ぶりで。
ノエルだ――私は直感した。
おそらく、この舞踏会も、ロランと私の名前が入った招待状も、そしてその招待状に入った王子のサインも、ノエルが指示したのだ。
遅かれ早かれ耳に入るとは思っていたけれど、どうもノエルは私が新たにロランと婚約したことを嗅ぎつけたらしい。
もしかして祝福してくれたりして――いや、それはあるまい。
そうであってほしいのだけど、あの妹の性格的にそれだけはないと思う。
昔から私のものをねだり、自分のものにしては興味を失ってポイ捨てしてきて涼しい顔をしていたノエルのことだ。
流石にもうお互い配偶者とそれに準ずる人間がいるのだから、流石にロランを誘惑したりはしないだろうし、頼むからしないでくれと願う。
だが、それではあの我儘なノエルの溜飲が下がるとも思えない。来れるもんなら来てみろ、というノエルの歪んだ笑みが目に浮かぶようだった。
考えただけで腹が立ってきた。
ノエルが私を芋臭い姉だと思っているのは重々承知しているが、だからってここまで悪し様に目の敵にされると流石に穏やかではいられない。
お互い、立派に身を固めつつある大人の端くれなのだから、そんなに私が気に入らないのならば放っておいてくれさえすればいいのだ。
だが、聖女となり王太子妃となり、公爵家時代にも増して権力を得たノエルは、予想通り良くない方に増長しているらしい。
昔から他人に愛され、チヤホヤされていなければ済まないタチの人間であるから、私の幸せをどこかで水を差そうと狙っていたに違いないのだ。
むすくれたままカルカンサイトを潰している私を見て、流石のリタも諦めたのだろう。
バタン、と、背後のドアが閉じられる音がした。
「全く、スコットの奴……そりゃタレコミは有り難いけど、なんでちょっと嬉しそうだったのよ……! 私があたふたする顔がそんなに面白いわけ? せっかく特大の儲け話持っていってやったのに、あの優男は……!」
晴れて部屋に一人となった私は、ようやく大声でブツクサと文句を言い始めることが出来た。
何しろその時の私は本当に腹が立っていたのである。
ここまで真剣に頭に来たのは随分久しぶりのことで、それ故か私のボヤキはとどまることがなかった。
「ノエルもノエル、ユリアン王子もユリアン王子よ……! このクソ忙しい時になんだって華やかな舞踏会なんぞ開くのかしら……! そんなに踊りたけりゃあのバカ二人で頭に花でも刺して山の中で踊ってりゃいいのよ! 舞踏会? 私を見下すためだけにおカネを掛けて、ホンットにバカバカしい……!」
私はわけのわからない呪詛と共にカルカンサイトを容赦なくひき潰した。
この精神状態で作った薬でもちゃんと病気に効くだろうか……まだ冷静な頭の片隅でそんな事を考えはしたものの、ぶきっちょな私は何かに打ち込むことでしか憤懣を解消することができないのだから仕方がない。
愚痴っていると、ただでさえ寝不足で加熱していた脳みそがますますヒートアップしてきた。
私はほとんど人に聞こえるぐらいの声量で怒鳴りながら乳鉢をガンガンとどついた。
「全くあの妹と来たら! 人から聖女も婚約者も取った癖に平然と私とその婚約者を舞踏会に呼ぶわけ!? どうせ私は合わせる顔がなくて来られないと思ってるんでしょうね! 一体どんな面の皮のドぶ厚さなのよ! ホンットあの妹の性根の悪さは一体誰に似たのかしら! ね! そう思うわよね! ねぇ!?」
「ああ、そうだな」
ギャア、と悲鳴を上げて私は背後を振り返った。
そこにいたのは、顔をひきつらせたリタと、野良着姿のレオだった。
怯えたような表情を浮かべるリタの側で、レオはなんだか珍妙な表情を浮かべて私を見ていた。
「あの、アリシア様。薬を受け取りに来たんだが……いくらなんでもこんなにはいらねぇぞ」
うわ、聞かれた――!
怒りと寝不足で加熱する頭が急激に冷え、私はあたふたと慌てた。
「うぇ、レオさん――!? なんでここに!?」
「いや、馬鈴薯と一緒に配る薬を受け取りに来たんだが……一応、侍女さんの許可も取って部屋に入って来たんだけど」
「いっ、今の独り言、聞いちゃいました!?」
「ああ、あんまり大声で喋るもんだから俺に喋ってんのかと思ったし」
うわぁ、最悪――。
ロランに聞かれるのも嫌な話を、よりにもよって部外者の村長にしてしまった。
あ、う、となにか気の利いた言い訳を考えた私だったけれど――結局、観念して頭を抱えた。
ずーん、と肩を落として机に突っ伏した私に、レオが遠慮がちに言った。
「あ、いや、悪かったよ。あんなデカい声、まさか独り言だとは思わなくてよ……」
「いえ、いいんです……。私が悪いんです。レオさんが気にすることじゃないんです……」
「しかし、なんだかとんでもないことを聞いちまったな……こうなったら俺も流石に素通りは出来ねぇか」
えっ? と私が顔を上げると、レオの眉尻の傷がほんのり紅色になっていた。
レオは少しだけ険を含んだ目で私を見た。
「なるほどな、アリシア様。アンタが聖女になれなかったのは婚約者であるユリアン王子を妹に寝取られたから、ってわけだ」
「え? あ、いや、違うんです! 寝取られたとかそんなんじゃなくて、両親にそうしろって言われて……!」
「どっちでも同じだよ。なるほどね、なんで元聖女候補なんて人がハノーヴァーにいるのかわからなかったが……そういうことだったのか」
ふーっ、と、レオが意味深な長い溜息をついた。
なんだか空気が変わったレオを、リタがちょっと驚いたように見た。
レオはなんだか初めて出会ったときのようなふてぶてしい雰囲気を湛えて、いつもはロランが座っている椅子をちらっと見た。
「座ってもいいか?」
「え? ああ、いいですけど――」
言い終わるか否かのうちに、レオはのしっと椅子に座り込み、足と腕を組んで私を見た。
レオは少しの間だけ、言いたいことをまとめるかのように虚空を見上げ、やがて静かに言った。
「言っちゃ何だが、なかなかクソ人間だなぁ。アンタの妹も王子様も」
「え?」
「それで、そのクソ妹様――おっと、仮にも聖女様か。アンタを捨てた王太子殿と、婚約者を奪った妹様と、今度ツラを突き合わせる機会があると」
「ええ、多分そうなる、のかなぁ……まだ確定ではないんですけれど……」
私がそう言うと、レオの纏うなにかの雰囲気がムンと濃さを増した気がした。
レオは視線を下に落とし、紅潮した眉尻の傷を指で掻いた。
「冒険者には鉄則がある」
「は、はぁ――」
「アリシア様、アンタのことは好きだから教えてやるよ」
ぐい、と私に顔を近づけて、レオは低い声で言った。
「それはナメられたら終わり、ってことだ」
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。





