爆弾タレコミ
「人間?」
スコットは不思議そうに言った。
私は慎重に言葉を選んだ。
「そう、もっと言えば自分たちの可能性を信頼する人間なんです。農民たちは個人ではあまりにも弱い。だからよりよい手段が目の前にあっても容易には手を伸ばさない、そんな諦めの気風が彼らの限界を狭めているんです。ですが、それらが団結したら? 一人ではなく、気心の知れた人間同士が集まった仲間同士なら? それなら自分たちもやればできるという気がきっと生まれてくるでしょう」
スコットは真剣に私の言葉に耳を傾けていた。
そう、私が本当に創りたいもの。先代の聖女様だって同じように考えていただろうこと。
それは自分たちの力を信じ、心の貧乏から解き放たれた人間なのだ。
「農民同士で連帯する仕組みが一度できあがれば、後は誰の手も要らない。勝手に自立して回っていく――そうなれば、あなたがた商人にとって彼らは新たな購買層となり得る。今まで様々な事象から諦めていたことに取り組み、挑戦していく農民の出現――『可能性』という言葉を信頼し、それに慣らされた人間がハノーヴァーに増えてゆく。そして、それらはおそらく、あなた方にとって誰よりもいい得意先となる、そうではないですか?」
スコットはしばし無言で私の顔を見つめた。
私がスコットの顔を見つめ返すと、やがてスコットはふふっ、と笑った。
「アリシア様、あなた様は本当に不思議なお方だ――」
スコットが私を見て、私は真顔に戻った。
「あなたは今、あくまで理詰めで私を説得しようとしてくれた。この方が利益があるぞ、とね。農民のためを、世の中の平穏を本当に願っておられるからこその情熱……そうでしょう?」
スコットの言う通りだった。
彼のような敏腕商人相手には、説得では通じない。それはわかっていた。
だから自分の中の理想に商売的な利益の話を無理やりくっつけてみたのだけど……やはりスコットには筒抜けだったようだ。
「あなた様のような貴族を――少なくとも私は他に知りません。ですが、巷で言われているように聖女様というよりは、なんというか……アリシア様を見ていると、なんだか懐かしい気がします」
「えっ?」
スコットは自分でもそんなことを言うのは気恥ずかしいのか、鼻の頭を掻きながらぼそぼそと言った。
「私は――ヴェルカの零細商人の倅です。父は片田舎に店こそ構えておりましたが、なんだか商人としては滅茶苦茶な男でしてね。得意先が困ったり、困窮している人を見れば妙な男気を発揮してなんだかんだ助けてしまう。そんなわけでその店はずっと鳴かず飛ばずだったんですがね」
いつものやり手商人の声ではなく、一人の男に戻ってしまったかのように、スコットは遠い目をした。
「カネは貯めるものじゃない、使ってこそ価値がある。さらにそのカネは世のため人のために使ってこそ本当に価値があるものになる。だから人間、ときどきは馬鹿になって人様のためにカネを使え……道楽親父の口癖がそれでした。お陰で引退してからも親父はそこそこ仲間に恵まれましてね、今も平和に暮らしてますよ」
だはは……と、スコットは情けなく笑った。
「若かったんでしょうな。私には親父は単なる道楽者だと思っていました。同じような商売道楽だけはするものかと、私は親父の店を継がず、人に譲ってマルカノー商会に入りました。ですがアリシア様を見ていると、なんだかその道楽親父の言うことが今更ながらにわかった気になってしまう。人一倍やせ我慢が得意で不器用なくせに、人の喜んだ顔を見るのが大好きで……だからですかな。最近、時々無性にあなたの話を聞きたくなるんですよ」
それは一体……と、私は少しだけ困った。
生まれてこの方、誰かに似てると言われたことも初めてだし、こんな形の評価を人から貰ったことも初めてだった。
こんな彼は見たことがないのはロランも同じらしく、なんだかキョトンとした表情でスコットを見つめている。
「スコット、なぜ今そんな話を?」
「いえ――何の腹蔵もありません。ただしたくなったからしてみただけです。嘘はありませんよ。なるほど、可能性に慣らされた人間が対価とは。面白い、実に面白い――」
私とロランは思わず顔を見合わせてしまった。
スコットはやり手で、一人の人間である前に商人である男だとばかり思っていたのだけれど、どうも私は彼のそうではない部分を揺り動かしてしまったらしい。
ややあって、スコットは大きく頷いた。
「わかりました。これも先行投資という形にはなりますが、この除虫菊の種子をお譲り致しましょう」
「えっ、本当ですか!」
「ええ。とても面白いお話を聞かせていただきましたし、それにアリシア様の名前の使用料もお支払いせねばならない。その二つ分としては十分な対価だと考えますよ。世のため人のために真に価値のあるカネを使う――私にとってそれが今この時なのかもしれませんからね」
「おっ、やったなアリシア!」
ロランに喜色を満面に湛えて言われ、やった! と私は子供のように喜んだ。
スコットはそんな私を見て満足そうに笑うと、話は終わったと言うように例のごとく出された紅茶を一息に飲み干した。
「さて、今回の商談もうまく行きました。私の気が変わらないうちに退散するとしましょうか」
そう言って立ち上がったスコットが、ひらりと身を躱すかのようにドアノブに手を掛けてドアを開きかけたときだった。
「ああ、そうそう」
ふと――スコットが思い出したように私たちを振り返った。
「ここからは独り言です。私も風のうわさで聞いただけなので滅多なことは言えないのですが――どうやら、一月後に王都で盛大な舞踏会が開かれることが決定したとか」
えっ? と私はスコットを見た。
スコットは意味深な目で私を見る。
「これは第一王子のご成婚を祝賀するために王家の肝煎りで開かれるもののようですな。当然、ユリアン・クレイドル第一王子だけでなく、そのお妃様もご臨席なさる」
どきりと、私の心臓が一拍跳ねた。
第一王子と王太子妃様――つまり、私の元婚約者であるユリアン王子と、私の双子の妹であるノエル。
スコットが私とノエルの、ある意味での確執を聞いて知っているわけはないし、そのことをロランが言うはずはない。
しかし、私が聖女の地位を妹に譲ったと聞いた時点で、事態の予想は大体ついていたのだろう。
それが証拠に、私を見るスコットの目には、なんだか私を心配するかのような色が浮かんでいた。
「当然、舞踏会へのお誘いはすべての貴族に向けられることになっているようです。他の貴族たちはもう浮足立っておりますよ。新しい王太子妃様とお近づきになりたい、覚えを目出度くしたいとね――デカいカネが動く匂いがしますよ。こういう王侯貴族の間の口約束は案外馬鹿には出来ない。しばらく、当商会もこの舞踏会については神経を尖らせておくつもりですよ……それでは」
なんだか、取ってつけたように聞こえる商売の話で、スコットからのタレコミは終わった。
スコットは鼻歌交じりに応接室を出ていき、後には呆気に取られてその背中を追う私たち二人が残された。
「王都で舞踏会だって? スコットの奴、一体どんな連中とパイプを持ってるんだ……」
ロランが呆れ半分、驚き半分という声で呟いた。
ハァ、と私はため息をつき、なんだか一瞬で重さを増したような気がする頭を右手で抱えた。
スコットめ……今回私に一本取られたのがそんなに悔しかったのか。
婚約解消――もとい、婚約を破棄してきた相手と、それを掠め取った双子の妹と過ごす、楽しく華やかな夕べ?
いずれこういうことはあり得ると覚悟していたが、なんの事前準備もないところにこういう話をされるのは別だ。
「もう……やっぱり私、スコットさんが苦手です」
その舞踏会とやらが具体的にいつになるのかはわからない。
だが、その舞踏会はおそらく針の筵になるだろうことは容易に予想がついた。
元婚約者と、私の双子の妹。決して心の通じ合わぬ人間たちとの再会。
それは、ようやくここハノーヴァーに居場所を見つけ始めた私には、あまりにも高い障壁だった。
「どんな顔をしてあの二人に会えばいいのよ……」
私はがっくりと項垂れながら、スコットへの恨み言を口にする他なかった。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
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