除虫菊を手に入れたい
「除虫菊、ですか?」
私が言うと、スコットは大きく頷いた。
「そうです。アリシア様なら既になにかご存知でしょう?」
そう水を向けられて、私も頷いた。
「正式名はシロバナムシヨケギク、でしたか。あまり詳しくは情報がありませんけれど、何でもこの花には天然の殺虫効果があるとか……」
「その通り、さすがよくご存知だ。この花も遥か海を渡った温暖な国の植物です。この花には面白いエピソード……逸話がありましてね。ある女性が家の中にこの花束を飾っていたところ、家の中じゅうのノミが全滅してしまった……そういうところから殺虫成分が発見されたという言い伝えがあります」
スコットは異国の発音混じりで言った。
「新大陸の原産地では、この花を粉末にしたものはノミ取り粉として使用され、その原材料は秘伝と言われていました。今ここにあるものは、マルカノー商会がとあるルートを通じて手に入れることに成功したものです」
大変でしたよ? というように、スコットの目が笑った。
私も思わず前のめりになって話を聞いていた。
「なるほど――これを施用すれば農作物の害虫に対して効果が期待できる、と」
「その通りです。我々に門戸を開いてくれた原産地農家では、既にこの除虫菊を粉末にしたものを殺虫剤として利用しており、施用方法等は既に確立されております」
欲しい、と私は痛切に思った。
どこの世界でも農作物を冒す病害虫は農家にとっては天敵だ。
直接農作物を食害する害虫もいれば、厄介なことに病気を蔓延させてしまう害虫もいる。
獣と違って捕殺が難しい害虫は一種、病気よりも恐ろしい存在であり、それだから人々は虫やらいの祭りを行ったり、祈祷を行って退散を願っている。
事実、先代の聖女様だって、よく請われて虫やらいの行幸に出ていた。先代の聖女様も病害虫には直接的な対抗策を持っていなかったのだ。
しかし、これさえあれば――。
私はスコットの目を見つめた。
「当商会もこの除虫菊の効果には期待しております。しかし、この靴は少々値が張るのも事実でしてね――」
スコットの目が光った。
「なるほど。タダではない……ということでしょうか」
「えぇまぁ。クレイドル王国内のお客様にご紹介するのはこれが初めてです。アリシア様になら価値がわかっていただけると確信してお持ちしました。これはいわば一種の信用投資です。元本分は回収できるだけの案件を期待したいものですな」
こういうところは流石に商人だ。
しかし、私もこういうことを予想していなかったわけではない。
私はいよいよ本題を切り出すことにした。
「わかりました、スコットさん。今度はこちらから今日お呼びした件をお話しましょう」
私が言うと、スコットが満足気に頷いた。
「やはり。もう何か思いついていらっしゃいましたか」
「ええ、現時点ではまだ雲を掴むような話なのですけれど――今回、私たちは農民主体のギルドを立ち上げようと考えているんです」
「はぁ? ギルド――?」
スコットの顔が珍しく虚を衝かれたような表情になった。
このやり手商人から初めて一本取った喜びは隠しながら、私は淡々と言った。
「そう、ギルド、組合ですわ。農民は個人ではあまりにも弱い。ですが協力して助け合えば大きな力になり、災害も団結して乗り越えていける――それを形にしたのが、今構想中の農民ギルドです」
「ほほう、インタラスティング……詳しく聞きましょう」
スコットが身を乗り出して来た。
「スコットさんにお願いしたいのは、その共同購入先としてマルカノー商会を任命させていただきたい、というお話です」
「ほほう、共同購入――ですか?」
「共同購入はどの職能ギルドでも当たり前、そうだよな? 当然、農民ギルドでもそのシステムを採用したいんだ」
ロランが代わりに言った。
「どのギルドでも、そのギルドの構成員が使う道具や物資は共同で購入し、単価を抑えるだろう? 農業ギルドでは共同購入のメリットは特に大きい。ギルドで農機具や肥料をギルド特価で一括購入する形にすれば、今まで肥料や効率的な農具を導入できなかった貧農は助かる」
「なるほど、それは道理ですな」
スコットが頷いた。如何に横一列並びが当たり前の傾向である農村と言えども、耕作面積や人手、財力の問題もあり、使用している農具や施す肥料の内容や量はバラバラだ。だがそれはギルドでの一括共同購入という形で解決することができる。
「それだけじゃありませんわ。農具や肥料を共同購入するということは、それを規格化できるということです。それぞれの家庭でまちまちな肥料の種類や量、施用する時期や効果的な施用方法なども、一括共同購入ということにすればギルド内である程度統一できるし、何よりそのノウハウも共有できると思うんです」
「なるほど。その共同購入先として我が商会を指名していただけるとすれば、我々にとっても大きな利益を生むことが期待できますね。当然、ギルドの規模が大きくなれば大きくなるほど共同購入額は大きくなるし、我々はいちいち個人農家に売り込みをする手間が省ける、というわけだ――」
さすがはスコット、一を聞いたら十を考えられる頼もしい男だ。
これはお互いにメリットがあると頭の中で次々とソロバンを弾いている。
しばらく虚空を漂っていた視線が私に戻った時、スコットが笑いながら言った。
「アリシア様のお知恵は本当に素晴らしい。この世界に農民主体のギルドなどを立ち上げようと考えるのは貴方様ぐらいのものでしょうな。なるほど、農民ギルドですか、利益が上がるか否かを抜きにしてもこれは面白い。ですが」
その瞬間、スコットが笑みを消し、目が鋭くなった。
「それはまだ構想中の段階――そうですよね? 具体的に話が纏まっているわけではなく、実際に加盟しようと手を挙げている農民がいるわけではない。いわば我々マルカノー商会にとってその構想を買うとなると実態のないものに先行投資する形になってしまう。それはおわかりですよね?」
確かに――それは痛いところであった。
これはまだまだ構想中の段階だし、そもそも成立させることができるかはまだまだ不透明だ。
転んでもただでは起きないスコットのことだから、現状先行きが見通せないギルド構想は、この除虫菊の対価としては不確かであるに違いない。
「青田買いというわけにはいかないと?」
「青田というより、この場合ではまだ種すら播かれていないという方が正しいでしょう、ロラン様。この除虫菊がもたらす利益とギルド構想がもたらす利益が同等だと言える根拠は現状ない、そうでしょう?」
そこはどうお考えで? スコットの視線がロランから私に移動した。
「確かに仰る通りですわ、スコットさん。この構想は現状では私たちの頭の中にしかない、実態のないものです。ですが――」
そこで言葉を区切り、私は少し考えて後を続けた。
「私が本当に創りたいのは、組合ではなく、人間なんです」
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。
【VS】
活動報告の方でもお知らせいたしましたが、当作品の書籍化に当たり、
噂の「書籍化作業」というのが始まって来ております。
つきましては今後、少し更新の速度が遅くなることが予想されます。
とりあえず水・金曜日には一話だけでも更新しようと考えておりますので、何卒ご了承ください。





