農業協同ギルド
【VS】
タイトルにあります通り、この度この『がんばれ農協聖女』が書籍化する事となりました!
出版社や時期についてはおいおいご報告致します!
この結果も、ひとえにアリシアに、ロランに、この作品に向かって
「がんばれ! がんばれ!」と言い続けてきてくれた読者の皆様のお陰であります!
今後もこの作品をよろしくお願い致します!
「この薬の使用方法はわかりますか?」
「ああ、大体は村の者から聞いてますだ。水に溶いて如雨露でかけるだけでよがんべ?」
「ええ、聞いたところによるとお使いいただく作物はカブだということですが、カブのべと病については既に効果は実証済みです。すぐに効果は現れると思いますよ」
「へぇ! こんな不思議な青い粉がそんなに効くんでがすなぁ!」
五十半ばと見える農民は驚いたように言い、壜の中の青い粉を物珍しそうに見た。
「ええ、その薬は先代の聖女様が晩年まで研究していたものですから」
私が、これはあくまで聖女様の功績であるということを強調するように言うと、男は更に満足気に頷いた。
よかった、この村にも先代の聖女様の名声や功徳は届いていたらしい。
「それなら、有り難く貰って帰って早速使ってみることにしますだ。お代はいくら置いていけばええですか?」
男が少し緊張したような表情で問うた。
私は首を振った。
「いいえ、お代はいただいておりませんわ」
私の言葉に、男は少し肩透かしを食らったような表情で私を見た。
「お代がいらねぇ――って、要するにタダってことだべか?」
「ええその通り、これはこの村には無償で配布しております。これは当家ハノーヴァー辺境伯の、一種のサービスだとお考えください」
そうですよね? というように隣に立つロランに目配せすると、ロランも大きく頷いた。
「この薬は先代の聖女様の圧倒的な恩寵の賜物です。それでお金を取ろうなどということは恐れ多いことですわ」
私がまるで預言者であるかのように恭しく言うと、ロランとレオがスッと視線をそらした。
吹き出しそうになったのを堪えているらしい。
この小芝居も最近ではなかなか板についてきたと思うのだけど、二人はバレバレな小芝居する私を見るのが面白いらしく、この段になると毎度どうしても笑いそうになってしまうらしい。
案の定、農民の男は戸惑ったようにロランとレオを交互に見た。
「まぁ、タダでいいっちゅうならもらって帰りますが――本当にいいだか?」
「その代わり、やっていただきたいことがあります。レオ村長、例のものを」
私がそう指示すると、レオが粗末な麻袋に包まれた一塊を男に差し出した。
男はそれを受け取り、袋の中を覗き込んだ。
「――なんですね、これは……?」
麻袋の中から出てきたのは、紫色のいびつな塊だった。
男は馬鈴薯を見たことがないらしく、その毒々しい紫色を見て少し顔をしかめた。
「それは馬鈴薯、っていう作物だ。その袋の中に十個入っている。家に帰ったら、どんな粗末な畑でもいいからそこに馬鈴薯を植えて、来年の今日までに倍の二十個を村に返してくれ。――それがこの青い薬を無償で渡す条件だ」
レオが言った。
「来年までに二十個、って……村長、どんな畑でもええだか?」
「ああ、畑に余裕がないってんなら、家の庭でも荒れ地でも、本当にどこでもいい。馬鈴薯は強い作物だからな、どんな荒れて痩せた土地にも根付く。それに地下に出来る芋だから、どんな悪天候にも負けずに収穫が出来るはずだ」
そう――私たちが考えた、この村に馬鈴薯を根付かせるための作戦。
名づけて、『無償配布作戦』。
それは先代の聖女様が遺した青い薬と、馬鈴薯の優れた点を知ってもらうための作戦だった。
来年までに倍の二十個を返済すると約束にしておけば、食べるかどうかは別にして、農民たちもこの馬鈴薯を育てざるを得なくなる。
しかも馬鈴薯を育てるうち、農民たちはその馬鈴薯の収量の多さや耐候性に驚愕することになるだろう。
青い薬と馬鈴薯を同時にこの村に普及させる――それはまさに一挙両得の作戦だった。
「まぁ、どこでもいいっちゅうなら植えてみますだが――もし来年までに二十個返せなかった場合はどうすればいいだか」
「その場合は――」
私は少し考え込んでから言った。
「その時は呪いますわ」
「呪――」
農民の男が驚いたように私を見て、それから冗談だろうというように失笑した。
「冗談でも嘘でもありません、呪います。この芋が二十個返せなくても、ハノーヴァー家は何のお咎めも下さないと約束いたします。ただ、横着してこの芋を植えなかったり、捨てたりしてしまったり、そういう理由で返せないということなら――」
私は重々しく言った。
「その時は、私が責任を持ってあなたを呪います。畑は荒れ、水は枯れ、家族に不幸が相次ぎ、嘆きと呻きとが満ち満ちるように――私が全身全霊をかけてあなたを呪いますわ」
いいですね? と念押しした私に、農民の男がたじろいだように一歩退るのを見て、ロランとレオが下を向いた。
爆発しそうな笑いを必死に押し殺そうとするかのように、ちらりと窺ったその顔は二人とも真っ赤になっている。
「どうです、やめますか?」
「あ、いえ、貰って帰ります――馬鈴薯の方もなんとかしますだ……」
「よろしい。お話は以上ですわ」
私が言うと、男はすぐさま踵を返し、そそくさと館を出ていってしまった。
男がドアの向こうに消えてゆくと、それを待ちかねていたかのようにロランが大笑いした。
「呪う、呪うって――! アリシア、君は役者の才能があるんじゃないのかい! ぷっ、くく……ははははははっ!」
「もう……そんなに笑わないでください。私だって咄嗟にあんな事を言われたらああ言うしか出来ないじゃないですか」
私が口をとがらすと、今度はレオが目尻の涙を拭いながら言った。
「でも、見たところ今のは相当効いたみたいだぜ。おっさんの顔、ちょっと青かったもん。あれは絶対に約束を守るな」
「ええ、そうなってくれるでしょう。レオのお陰で、この村でも徐々に馬鈴薯が受け入れられつつあるみたいですしね」
あの畑荒らしの一件以来、復興責任者であるロラン直々の使命を受けたレオは、あの後随分渋りながらも新村長就任を受諾してくれた。
村の復興のために大鉈を振るったロランの決断が受け入れられるかは不安だったけど――蓋を開けてみると一転、レオの新村長就任はさして問題もなく、それどころかそこそこの好意を持って迎え入れられたのだった。
その背景には、今まで馬鈴薯反対派の筆頭であったヨーゼフが、条件付きで馬鈴薯植え付けを容認し、更に同じく馬鈴薯に懐疑的だった村人たちの説得に回ってくれたことが大きかった。
今も農作業の合間を見てはナミラと一緒に館にやってきて、私やロラン、リタたちに文字の読み書きを教わっているヨーゼフの、それは彼なりの恩返しということでもあったのだろう。
そういうわけで、馬鈴薯推進派の筆頭だったレオが新村長に就任したことにより、今まで状況を窺っていた中立派の村人たちが一気に馬鈴薯の推進に傾くことになり、村は馬鈴薯を普及させていくという方向で意見の一致を見ていた。
無論、委細は伏せられていたままではあったものの、領主の息子直々に村長の職を解かれ、村人たちの大半が新村長のレオを支持する現実を前にしたルーカスはすっかりと立場を無くし、家財を処分することもなく村から逐電してしまっていた。
たった一人の男女の仲を元通りに戻すように動いただけで、まさかここまで事が上手く運ぶなんて――。
私はこの一ヶ月で解決した問題の多さを思って、安堵のため息をついた。
思えば、農村は閉鎖的な空間であるが故に、少しの釦の掛け違いがバタフライ効果のように物事をややこしくするのかもしれない。
だからそれと同じように、少しの釦を正しくかけ直しただけで大きく物事が解決に向かうこともありうるのだ。
「最近では青い薬目当てに馬鈴薯を植え付けする農家も増えてきた。やっとこの村にも復興の希望が見えてきたね」
「いえ、恐れながらロラン様、それはまだ早計ですわ」
私はロランを戒めるように言った。
「とりあえず、当座の食料確保は大丈夫でしょう。ですがまだまだこの復興村には問題が山積しています。耕作放棄地の整理、ナミラさんのように潰れてしまった農家の復興、そして何よりも村の根本的な生活水準の向上が急がれますもの」
「確かに問題はまだまだあるなぁ」
ロランが頷きながら首の後に手を回した。
「新村長にレオが就任したことで、村もなにか新しいことをやろうという気風が生まれてる。できればこの空気が消えないうちに、何かもうひとつ大きな改革をやってみたいものだな」
「ええ、そうですわね。もちろん、それについて私も考えてることがないわけではないのですが……」
話の流れでそこまで言いかけて、私ははっと口を噤んだ。
だが、耳ざといロランが私が口を噤んだのを見て、眉を上げた。
「アリシア……」
ロランが呆れたような、その反面期待するような表情で椅子に座り直した。
「あ、いえ、私は……」
「ずるいぞ、もう君はなにか思いついてるんじゃないか。そういうことは早く言ってもらわないと」
「あ、でも、まだまだ私の中でも固まっていないことですし、そうホイホイ口に出すのは……」
「そうじゃない。君はいつもいつもそういう言い方をするから困る」
滅多になく――ロランがふくれっ面で私を見た。
ん? なんだろうこの反応は。
いつもは『君の中で意見が纏まったら話してくれ』というようなことを言ってサッと引き下がるロランである。それなのに、今日はなんだかやけに湿った目線で私を見てくるではないか。
その視線に驚いていると、ロランが憎まれ口を叩いた。
「なぁアリシア、僕と君はどんな関係だい?」
「えっ?」
「いいから答えなよ」
ロランが椅子をガタガタ揺らしながら更に押し被せてきた。
私はしばらく経って言った。
「――婚約者同士?」
「なんで疑問形なんだよ」
ロランはまるで子供のように口を尖らせてぼやいた。
「僕らはゆくゆくは夫婦になる間柄じゃないか。そんな人間相手に水臭く『まだ固まっていないことですし』なんて言ってくれるな。迷ってることがあるならなんでも相談してくれればいいじゃないか」
はぇ――? と私はロランを驚いて見た。
「相談――?」
「そう、相談。君はズルい。僕なんかが考えつかないようなことをポンポン思いついてさっさと実行に移してしまう。だけど、僕だって多少の知識や意見ぐらいは持ってるんだぜ。どんなに僕が頼りなくたって、君が悩んだり迷っているときは相談ぐらい乗るのに」
ロランのその言葉に、私はロランの顔をまじまじと見た。
私に頼られたい――結局、ロランはそんなことを言ったことになる。
こんなに穏やかで、控えめな青年が見せた、それは初めての私に対する不満。
私が、ロランを男として、婚約者として見ていないのではないか――。
今しがたロランが言ったことは、結局はそういう内容の不満だった。
こんな、日がな一日お花畑で首飾りを編んでいるような人にも、ちゃんと男として、婚約者としてのプライドがあるのだ――。
初めて見るロランの嫉妬に近い感情に、私は「おおっ」と短く驚きの声を上げてしまった。
「――なんだよ?」
「あ、いえ、ロラン様がそんな風に感じているなんて思っていなくて……すみません、確かにそうでしたわよね」
私は慌てて取り繕う声を発した。
「わ、私たちはもうなんでもない他人ではないのだから……相談、ですか。確かにそういうものが必要になって来ますわよね」
私があたふたと言うと、ロランの視線が更に湿り気を帯びた。
「本当にわかってる?」とその視線は無言のうちに訴えかけてくる。
その視線に更に追い詰められた私が愛想笑いを浮かべると、今度はレオの目が光った。
「ふーん……アリシア様、なにかよほどの事を考えているな」
えっ? と驚くと、レオが名探偵のような口調で断言する。
「俺は元冒険者だからな。人よりは目端が利くつもりだ。アンタがそうやってフフッって笑う時は考えてることを当てられたくない時の癖だ。そしておそらく、滅多に口に出さないってことは、その『考えていること』っていうのは何か理由があるから……そうだろ?」
確かに――レオのその指摘は当たっていた。
私が今考えていること。それは今後の農業の、否、農村のあり方を変えるかもしれない重要な思いつきだった。
もちろん、今はまだ構想の段階だけど、これが実現すれば凄いことが起こる。その確信は既に心の中に朧気に固まっていた。
けれど――これは正直、今までのどの思いつきよりも話しにくいことは確かだ。
何しろ、それは考えようによってはハノーヴァー家直々にダメ出しを喰らう可能性もあるのだ。
私がなおも口ごもっていると、ロランが一転して怪訝な表情を浮かべた。
「……なにか本当に口に出しにくいことなのかい?」
「ええ、その通りですわ。もしこの事が実現すればいいのですけれど、流石にこれは大それた考えというか……」
そう、それはあまりにも大きな目標。
農民たちの最大の武器である「連帯」を形にするという、雲をも掴むような話。
ちら、と私がロランを窺うと、ロランは目だけで頷いた。
話してみろ、ということらしい。
すっ、と私は短く息を吸った。
もしかしたら一発NG、それどころか一笑に伏されるかもしれない。
そうなったときのことを考えると多少身構えておいたほうがいいだろう。
意を決して、私は言ってみた。
「農民たちのギルドを作る……という思いつきなんですけど」
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。





