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いい加減にしてよ

「俺に――文字を?」


突然の押しかけに大層驚いている様子のヨーゼフは、ナミラの家よりも更に古いあばら家の中で大声を上げた。

椅子が三脚しかないため、私とロランは立ちながらヨーゼフに言った。


「そうです。苦労はしますけど、文字は後天的にだって読めるようになります。私たちハノーヴァー家が責任を持ってサポートしますよ」


私がそう言うと、ナミラがウンウンと頷いた。

話の成り行きはわからないはずだが、恋する乙女には聴力などなくても意思が伝わるものらしい。


突然持ちかけられた話に、ヨーゼフは戸惑ったように私たちを見た。


「ナミラの意志ははっきりしている。君と一緒にいたいと――今だって思っている。君が文字を解せるようになれば、きっとまた以前と同じように会話が出来るはずだ」


ロランが更に言った。

ヨーゼフは困ったようにナミラを見てから、ゆっくりと視線を俯けた。


「……無理ですよ、そんなの。この歳までまともな学なんかないんです。今更文字なんかとても」

「ヨーゼフさん……!」

「それに、俺には野良仕事だってある。そんなに頻繁に家を空ける訳にはいかないんです」

「それなら夜でもなんでも勉強する時間はある。そうじゃないのかい?」


ロランが退路を断つような一言を言うと、ヨーゼフは大きなため息をついた。


「そりゃ文字が読めるようになったら、またナミラと話が出来るようになる。それはとても嬉しいです。けれど、そもそもナミラの耳が聞こえなくなったのは、俺が彼女を連れ出したからです。そんな男、ナミラの側にいる資格なんて――」

「なぁヨーゼフ、ナミラは本当は俺みたいな荒くれ者の側にいるより、やっぱりお前といるべきじゃねぇかと思うんだよ」


ぽつり、とレオが言い、ヨーゼフがレオを見た。

レオは腕組みしながら椅子に座り、ヨーゼフの目を覗き込むようにした。


レオは低い声で、ヨーゼフを諭すように言った。


「俺はナミラの畑を手伝ってやってるが、流れ者の俺がナミラの畑を手伝い続ける限り、ナミラだって村人から遠巻きにされるんだぜ。それならこの村で生まれ育ったお前がいてくれた方がよっぽどナミラのためにもなる、そうは思わねぇかよ」


いつもの荒っぽい口調からは想像できないような繊細な言葉で、レオはナミラを気遣う言葉を口にする。

やはりこの男、見た目は冒険者そのものだけれど、他人の何倍も人の事を考え、思いやっている。

その言葉に驚いたのはロランも同じらしく、私たちは少しの間、空中で視線を交錯させた。


それでも――ヨーゼフは自信なさげに下を向いたままだ。

侘びしく丸められたままの背中に、なんだか見覚えがあった。

どこで見た背中だっただろうか――と考えて、私は数ヶ月前のネリンガ村で見た、オスカーの父親の姿を思い出していた。


畑を病にやられ、おろおろと泣きそうな顔で右往左往するしかない姿。

あの時のオスカーの父親も、こんな風に差し伸べられた手を前にして顔を俯けていた。

その背中に乗っているのは、やはり日々の生活がじっくりと刷り込んでいった諦めの塊だっただろう。

どうせ何をやっても上手く行かない、縋り付いた希望がやがて絶望に変わるのが怖い、そんな気持ちだっただろう。


でも――本当に状況は同じだろうか。

私の気持ちは次第に苛立ちに変わっていった。

私は口を開いていた。


「ねぇヨーゼフさん。あなた、レオさんに嫉妬しているんでしょう?」


私が言うと、ヨーゼフは驚いたように私を見た。

もう言葉を選んでなんかいられない。

私はストレートに思っていることをぶつけてみることにした。


「あなた、文字の読み書きができて、ナミラさんに頼られているレオさんが羨ましいのではないですか? だから馬鈴薯も受け入れたくない。本当に文字が読めるようになるかわからないことだけが気がかりなのですか?」


追い打ちをかけるかのように私は言った。


「本当はそうじゃない。ナミラさんの気持ちがレオさんに移っているかもしれない、あなたは実はその事が気がかりになっている。そうなんでしょう?」


泳いだ視線が、その答えだった。

レオが私を驚いたように見て、次にヨーゼフを見た。


「ヨーゼフ、お前……」

「ああそうです、認めますよ! 俺はレオが羨ましいんです……!」


ヨーゼフは吐き捨てるように言った。

己の心の中のどす黒さに嫌気が差したような顔で、ヨーゼフはしかめ面のまま、レオを見た。


「レオ、俺は本当はお前が羨ましかった。流れ者の元冒険者なのに、お前にはちゃんと学があるし、都会育ちだ。俺とは何もかも違う。学があって、この村なんか及びもつかないような広い世界を見てきたお前と、田舎育ちの無学な俺。ナミラが一緒にいて幸せになれるのはどっちだと思う?」


ヨーゼフは一息に話し、そして自分で言った言葉に苦しむように頭を抱えた。


「俺は……ナミラの人生をめちゃくちゃにした。それだけでも彼女を傷つけたのに、こんな嫉妬深い男と一緒になってほしくない。俺は、ナミラの側にいていいような男じゃない。俺は――最低の男なんです」


あまりにも卑屈な――と言えば、その通りの言葉だった。

その余りにも頑なな表情の下にあったのは、遥かな世界への憧れと羨望だったのだ。

そして、それはじわじわと大きくなり、他ならぬヨーゼフの首を絞めている。


「俺は、俺はナミラが好きです。だからこんな男と一緒になるところなんて想像したくもない。俺なんかよりももっといい人がいるのに、俺がナミラと一緒になるなんて――」




「いい加減にしてよッ!」




物凄い悲鳴とともに、バァン! とテーブルが叩かれた。

その金切り声に仰天し、ヨーゼフが口を半開きにしたまま固まった。


ぶるぶると震えながら、ナミラが立ち上がっていた。

初めて聞く彼女の声に、私は呆気にとられてナミラを見た。


ナミラは目を真っ赤にしながら、歯を食いしばってヨーゼフを見た。


「……私にはどうせわからないと思ってるんでしょう? 私の耳が聞こえないから!? 口の動きで何を言っているかぐらいはわかります! 黙って聞いてれば、ヨーゼフ、何を勝手なことばっかり言うの!」


ナミラはボロボロと涙をこぼしながら叫んだ。


「ヨーゼフ、私はあなたを恨んでない。この耳があなたのせいだと思ったこともないわ! あなたがレオに嫉妬してたのも、わからないとでも思ってたの!? それなのに話をしようとすればコソコソ逃げ隠れまわって! 何が私のためよ、あなたの勝手な妄想で私がどれだけ傷ついたかわかる!?」


次々と飛び出す非難の声にも、ヨーゼフは何の反応もしなかった。

ただ、おろおろと視線を泳がせ、怒りの塊になったナミラを見ている。


「耳が聞こえなくなった、だから何よ! いきなり私が何もかもわからなくなったとでも思っていたの!? 人に代筆でもなんでも頼めば、私といつだって話し合いができたのに! あなたはそれさえ拒否した、違う!?」


ヨーゼフが追い詰められ、喘ぐように口を開け閉めした。

ぐすっ、と大きく洟を啜って、ナミラが言った。


「……ずっと私はあなたと話がしたかった。レオには恩があるけど、だからってそう簡単にあなたを諦められなかった! ヨーゼフ、もう逃げるのはやめて! 耳が聞こえなくなった私にきちんと向き合って! 話ができるようになって!」


大音声の一喝と共に、ナミラは肩で息をした。


そうだ、そうだった。

如何にナミラの耳が聞こえなくなったとは言え、後天的なもの。彼女にだって言いたいことがあったはずなのに、それを無視して話をしたのは間違いだった。

ナミラの涙ながらの主張は、そんな反省を私たちに抱かせた。


それにしても――なんだか熟年の夫婦の喧嘩のようだと、私は思った。

この人たちは根本的に、お互いがお互いを信頼しあっていることをわかっているのだ。


それがなんだか可笑しくて、ぷっ、と私は吹き出した。


「あはっ、あははは……!」


私が声を出して笑うと、ナミラやヨーゼフが私を見た。

後から後から湧いてくる可笑しさに、私は少しの間笑い続けた。


「……ごめんなさい、ちょっと可笑しくて。ヨーゼフさん、ナミラさんはこう言っていますよ。耳なんか聞こえなくなっても、ちゃんと心は通じていたじゃないですか」


そう言うと、ヨーゼフが顔を真っ赤にして俯いた。

私の口の動きから大体の意味を察したのか、ナミラも顔を俯ける。


「そうだな、アリシアの言う通りだ。ヨーゼフ、君は彼女のそばにいるべきだと、僕らも思うよ」


ロランも釣られて微笑みを浮かべ、ヨーゼフに言った。

ヨーゼフは遠慮がちにナミラを見て、そしてその顔をしばらく見つめた。


「レオ」

「なんだよ」

「代筆、頼めるか」

「ああ、いいぜ」


ヨーゼフが奥に引っ込み、粗雑な紙とペンを持ってきた。

レオがそのペンを握る。


「こう書いてくれ。……今まですまなかった。俺は必ず文字の読み書きが出来るようになる。そうなったら、一緒に暮らそうと」


レオが半笑いで頷き、そしてお世辞にも上手いとは言えない字で文字を書いた。

半ばまで書いた時、レオが少し困ったような顔で肩を回した。


「どうしたんだい、レオ?」

「あ、いや……相変わらず下手な字で見苦しいなと思ってさ。なんかこう、重要な言葉をこんな下手な字で書くと、なんだか痒くなっちまうな……」


レオが照れたような苦笑顔で言った。

私は首を振った。


「いいえ、そんな事はありませんわ。レオさんの文字は、とてもいい文字です」

「そうかなぁ、褒められたのは初めてだ。なんだか困っちまうなぁ……」


そう言って、レオは眦の傷を指で掻いた。

そして若干震える手で書いた文字を、ナミラに示した。


その文字を読んで、やっとナミラが笑顔になった。

涙を拭い、愛しそうにヨーゼフを見たナミラは、その手を取った。


「やっと私を見てくれるようになったわね、ヨーゼフ」

「ああ、三年ぶり。ナミラ、すまなかったな」


そう言って恥ずかしそうに微笑み合うナミラとヨーゼフの顔は、とても幸せそうだった。




「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[一言] 私がナミラだったら、ヨーゼフに失望して見限ってるなぁ。
[一言] そういえば文字の種類は何になってんだろ? 基本的に文字は(言葉もだが)後天的に覚えるものです。 先天的という物は【生まれながらに出来る事(能力)】に対して後天的は【生まれた後に訓練や教育を…
[良い点] ナミラさんの気持ちがヨーゼフに通じたこと。 [気になる点] >文字は後天的にだって読めるようになります。 この世界では、先天的に文字を読める人が多数派なのでしょうか。 読み書きは大人に…
感想一覧
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