力を合わせて
「すまねぇなぁ、アリシア様、ロラン様。せっかく馬鈴薯料理まで作ってもらったのに、俺のせいで恥をかかせるようなことをしちまって……」
レオが無念そうに言った。
一人分には到底多すぎる分量の馬鈴薯料理を無理して詰め込んだためか、それとも落胆が身体にまで影響を及ぼしているためか、屋敷までの道のりを帰る足がひどく重かった。
私は首を振った。
「そんなことないわ。それに私だって反省してる。みんな、笛を吹いたら踊ってくれるはずだって思ったのも間違いだった」
それは私の正直な気持ちだった。
村人たちが馬鈴薯に感じている心の敷居は想像以上に高いことがわかった。
きっかけさえあれば馬鈴薯は広まるはずだ、と思ったのは間違いだった。
だが、レオが言ったこともあながち間違いではないだろう。
村人は明らかに馬鈴薯そのものではなく、レオを疎外しているのだ。どこの馬の骨とも知れない冒険者上がりの人間が持ち込んだ食い物なんぞ誰が食べるか、という、やっかみに近い感情も大いに手伝って、今日の会食が失敗したに違いなかった。
「とにかく、方法を変えないと……代表者だけに話を通して馬鈴薯を広めるのは間違いだってわかった。もっともっと下から馬鈴薯を広めないと……」
「下から、というのは確かにそうだ」
ロランが厳しい表情のまま言った。
「もう頭の硬い年寄りたちには期待できない。こういう言い方は嫌いだけど、領主の言葉さえ彼らには届かないんだからな。もっともっと馬鈴薯を必要としている人間から広めていく必要がある」
ロランの言葉ももっともだ。
今日集まった村の地区の代表者たちは、貧しいことは貧しいがいずれも決定的に追い詰められずには済んでいる者たちばかりだ。
現状、食うぐらい食えているから、馬鈴薯に魅力を感じていないのも理由のひとつなのだろう。
と、その時だ。
さっきまで晴れていたはずの空がにわかに曇り始め、低く、どんよりとした雲が空を覆い始めた。
ロランがその空を見てちっと舌打ちをした。
「マズいな、夕立が来るぞ」
夏の天気は変わりやすい。とかく、山沿いにへばりつくように開墾されたこの村ならなおさらだった。
私たちが歩を早めながら館に帰ろうとするうちに、すぐにぽつっと来た。
「わ、わわ……!」
すぐに雨は本降りになり、村を濡らし始めた。
私たちは近くの木陰に身を寄せ、鉛色の空を見上げた。
「参ったなぁ、しばらくやみそうにないぞ」
ロランが困ったように言った。
鉛色の雲は世界に蓋をしているかのように果てしなく広がり、低く遠雷も轟き始める。
ドン、ゴロゴロ……と太鼓のように鳴り響く雷が腹の底に響く。
遠雷を聞きながら、レオが舌打ちした。
「マズいな……」
雨に掻き消されそうな小さな声でレオがうめいた。
何事なのか、その目には誰かを心配する色が浮かんでいた。
「アリシア、寒くないかい?」
ロランに言われ、私は首を振った。
肩を寄せ合って地面に座り込み、私たちは雨が小降りになるのを待った。
三人とも、無言だった。
さっきの講習会が不首尾に終わった落胆もあったし、この村に馬鈴薯を広めることが如何に困難であるのか思い知った気疲れもあった。
しばらく、飽くこともなく降る雨を見上げていると、ぽつりとレオが言った。
「……俺が育った冒険者ギルドは、はぐれものに優しかったんだ」
私はレオを見た。レオはぼんやりとした表情で空を見上げている。
「俺みたいな孤児の汚いガキでも、ちゃんと受け入れて、名前をくれて、三度三度食わせてくれた。ギルドマスターのおっさんには二十人以上の息子や娘がいた。もちろん血なんざ繋がってないさ。ギルマスのおっさんも元は孤児で、色んなつらい経験や悲しい経験をしてきたらしい。だからだろうな。俺たちを本当の息子のように扱って、剣だけでなく、最低限の学問もちゃんと教えてくれた」
レオの独白を、私たちは無言で聞いていた。
「もともと人間は一人だ、一人は弱いし寂しい。だから家族になって、力を合わせて辛いことや悲しいことを乗り越えていくんだって、それがギルマスのおっさんの口癖だった。俺は仲間を信頼することを、初めて人間と力を合わせることを学んだんだ。それなのに、この村はまるで違うな……」
悔しいというよりは、悲しいというような表情でレオは呟いた。
冒険者時代、命を懸けてお互いを信頼し、背中を預けた経験のあるレオにとって、この村で感じる孤独は相当堪えるに違いない。
レオは仲間を想って馬鈴薯の栽培を提唱しているのに、差し出された手を無碍に振り払い、あまつさえせせら笑う農村の閉鎖性。
さっきそれをまざまざと見せつけられた私たちにも、レオの感じている孤独や辛さはありありと想像できた。
レオは足をあぐらに組み直して、地面を見つめた。
そこには雨に濡れまいと木陰に身を寄せ、大勢でなにかの虫の死骸を巣に運ぼうとしているアリの一団がいた。
愛おしいものを見るようにそのアリを見つめて、レオは分厚く皮の張った手を握りしめた。
「アリだって協力して自分の何倍もでかい獲物を巣まで運ぶ。この村の人間だってそうなんだ。みんなで協力すれば凄いことが出来る。けど、みんなそれがわかってない。貧しくて、常に飢えているから――自分たちが持ってる力が見えないんだ」
『決して彼ら農民を憎んではいけません。彼らの心の貧困こそ聖女の敵なのです』
ふと――昔聖女様に言われた言葉が頭の中に聞こえた。
そう、心の貧困。それこそが彼らを狭い世界に追い込んでいる敵の正体。聖女と呼ばれる存在が戦わねばならない最大の敵だった。
ゴロゴロ……! と、一層雷が激しさを増して鳴り響いたときだった。
私の視界に、何かがちらついた。
私は抱えた足の膝頭にうずめていた顔を上げた。
道の向こうから人が来た。
しかも、二人。
なんだかおかしな格好だった。一人の小柄な人物は、怯えきったように身をかがめ、耳をふさぐように頭を抱えている。その人物を、もうひとりが庇い守るかのように抱きかかえて、雨に濡れるのも厭わずにやってくる。
その怯えきったような人物の、美しい黒髪に見覚えがあった。
「ナミラさん……!?」
私が声を上げると、ロランとレオが顔を上げた。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
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