なかなか上手くいかない
「馬鈴薯の植え付け時期は早春か、夏のこの時期です。馬鈴薯は生育が早く、地中にできるために風雨の影響もほとんど受けないことから、少なくとも年に二回の収穫が可能です」
数日後、復興村の各代表二十人ほどを集めた馬鈴薯講習会が、ナミラの畑を使って行われた。
いつものドレスを野良着に変えて、私はロランに用意してもらった馬鈴薯を高く掲げた。
「植え方も簡単で、このように半分に切った馬鈴薯の切り口に草木灰を付着させ、深めに二十センチほど耕した畑の中に伏せて植えてください。馬鈴薯は収量が多いために、厩肥や下肥などの肥料は多めにやるといいでしょう」
ふんふん、と、馬鈴薯に興味のありそうな農家は頷きながら聞いているが、他の農家は、実演しながら馬鈴薯を植えている私を遠巻きに見ている。
馬鈴薯推進派と否定派の数は1:3ぐらいか。私は集まった農民たちの態度からそう思った。予想より推進派が少ない。
「畝の間隔は半歩ぐらい、植え付けの間隔は自分の手首から肘までぐらいがいいでしょう。あとは水やりを控えても芽が出ます。芽が出たら、二~三本程度を残して残りの芽は欠いてください。春作ならば、だいたい百日程度で収穫が可能です」
百日……と、誰かが唸るように感嘆するのが聞こえた。
そう、麦や蕪なら一毛作が限度であるところに、この収穫期間の短さは魅力的を通り越して驚異的な間隔だろう。
しかも馬鈴薯は麦や蕎麦、その他の穀物と違い、収穫や食べられるまでの加工が容易であるという利点もある。
「収穫した後はよく表面を乾かし、冷暗所で保存することで一年程度の保存が可能です。食べる際は有毒部位である芽や皮の部分は必ず捨てるようにしてください。また、保存しすぎたり、未成熟で緑色になっている芋はなるべく食べないようにした方がいいでしょう」
私は説明を終えると、空を見上げた。
既に太陽が高くなっている。ちょうど正午頃だろう。
「さて、栽培の講習はこれで終わりです。次はいよいよこの馬鈴薯の実食に移りましょうか!」
私はそう言い、屋外に出されたテーブルの上に並べられた皿の覆いを取った。
今朝、リタたち屋敷の侍女にお願いして研究してもらい、実際に作ってもらった馬鈴薯料理だった。
「今回はシンプルな調理法を試してみました。まずは蒸かしただけの馬鈴薯、これだけでも食べることが出来ます。他には馬鈴薯のマッシュ、磨り潰した馬鈴薯のスープ……」
私が次々と説明していった、その時だった。
急に村人たちの表情が曇り、なんだか顔を背けるような人々がちらほら出てきた。
「ん? どうしました、みなさん?」
私が訊ねると、一人の農民が引きつった愛想笑いを浮かべた。
「あ、いや、悪いんだけど……俺は遠慮するよ」
農民はそう言ってそそくさと背を向け、畑を後にしてしまった。
その一人に勇気づけられたように、先程まで馬鈴薯を遠巻きにしていた農民たちが顔を見合わせ、一人、また一人と逃げるように帰ろうとする。
「あ、ちょ、皆さん! これはちゃんと有毒な部位を取り除いたもので……!」
「そりゃあわかるけどな……」
農民の一人が私を振り返って苦笑した。
「それでも……やっぱりなんだか怖いじゃないかよ。いくら領主様のご意向でも、食べ慣れないものを食べるのは勘弁してくれや」
「大丈夫です! ほら、美味しいんですよ! 毒もありません!」
私はとっさに茹でた馬鈴薯を鷲掴みにし、皮を剥いてがりりと齧りついた。
香ばしい馬鈴薯の香りと、ホクホクとした甘みが口いっぱいに広がる。
だが、その行動を見ていた農民の顔に浮かんだのは、安堵の微笑みではなく、醜悪な怪物を見るような眼差しだった。
結局、その男も無言で並べられた料理に背を向け、後ろも見ずに逃げ帰ってしまった。
「ちょ、みんな、待ってくれよ……!」
そう言って追いすがるような声を発したのはレオだった。
レオは続々と帰ってゆく農民たちに必死に言い張った。
「みんな! 馬鈴薯は悪魔の毒リンゴなんかじゃない! みんなだって本当はわかってるんだろう?! せっかく用意したんだから食ってみてくれよ!」
なぁ、なぁ……!? とレオは村人たちの袖を引いて翻意を促す。
だが、あくまで冷淡に農民たちはその手を迷惑そうに振り払った。
「七年前の飢饉のときに馬鈴薯があったら誰も死なないで済んだかもしれない! この村には馬鈴薯が必要なんだ! 誰も飢えないで腹いっぱい食えるのがみんなの願いじゃないのかよ! 馬鈴薯さえあればみんな笑って暮らせるようになるんだ!」
レオの言葉に、村人たちはちらちらと振り返り、そのうちのひとりが鼻で失笑した。
明らかにレオを小馬鹿にした笑いだった。
その笑いに、レオが絶望したように絶句した。
しばらく呆然と立ち尽くしたレオは、心底悔しそうな表情で怒鳴った。
「……ちくしょうめが! 俺が百姓じゃねぇからかよ!」
レオが痛恨の表情で叫んだ。
「俺のせいなんだろ! 俺が元冒険者じゃなくて百姓だったならお前たちだってきっと馬鈴薯を食ったんだ! ちくしょう! いつになったらお前らは俺を仲間だと認めやがるんだ! ちくしょう、ちくしょう……!」
怒鳴り声は最後は尻すぼみになり、レオは呻くように頭を抱えた。
結局、その場に残ったのは五人ほどで、後には私たちだけで食べるには多すぎる量の馬鈴薯料理だけが残された。
「……レオ、もういい。彼らには根気よくやっていくしかないよ」
ロランがレオの肩に手を掛け、慰めるように言った。
「……俺はいつになったらこの村で農民になれるんだよ。俺は永遠にこの村では余所者のまんまか? 俺は……これ以上どうすりゃいいんだ」
疲れたように呟かれた言葉は、あまりに孤独な一言だった。
流れ者だった彼がこの村に定着を決め、村に溶け込もうと必死に努力した結果がこれ。
村人たちは農民ではない彼の言うことなど最初から信用しようとしないのだ。
閉鎖的で陰湿なのは農村の常だが、だからってこの仕打はあまりにも酷いといえた。
「レオ、あいつは俺が後できつく叱っておく。とにかく、残った人間だけでこいつを片付けちまおう。せっかくロラン様やアリシア様が作ってくれた料理だ」
村長のルーカスが見るに見かねたような表情でレオの肩を叩いた。
その言葉に幾分か気を取り直して、私たちと残った農民たちは馬鈴薯料理を小皿に取り分け始めた。
「面白そう」
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