一緒にはいられない
ロランが言うと、男はバツが悪そうに口元を歪め、ロランに向かって頭を下げた。
「ロラン様……先程はお見苦しいところを見せてしまい申し訳ございませんでした。貴族の令息様に仲裁までしていただき、なんとお礼を申し上げたらよいやら」
「いや、そんなことはいいよ。それにあの場で止めなかったら君が危なかっただろう? レオが相当頭に来ていたみたいだからな」
「レオ……? すると、あいつと話したんですね?」
「ああ、流石に事情を聞かないわけには行かなかったんでね」
その言葉に、ヨーゼフは呆れたようにため息をついた。
「ロラン様、先に申し上げておきたいのですが、俺はあの畑を荒らしたりしていません。昨日の晩にはアリバイもあります。なんなら、村の者に聞いてもいい。とにかく、俺は潔白ですよ」
ヨーゼフは淡々と言った。
「レオはああ見えて面倒見もよくて、基本的には悪いやつじゃないんですが、ああいうことがあるとどうしても頭に血が昇ってしまうんです」
これはシロだ、と私は直感した。
その立ち居振る舞いといい、供述といい、ヨーゼフにはどこにも動揺や怯えの影はない。
貴族の令息を前にして些かの動揺も見られないことからも、おそらく彼は畑を荒らした人間ではないだろう。
「ヨーゼフ、君はあの畑を荒らしたい人間がたくさんいると言っていたな? アレは本当か?」
「まさか、ロラン様もあの馬鈴薯とかいうものを信用しているわけじゃないですよね?」
先回りの一言を吐いて、ヨーゼフは睨むようにロランを見た。
「実は私もあの馬鈴薯を食べたことがあるんです。確かになかなか味は良かった。だがその日の晩、家族総出でとんでもなく苦しみましたよ。あの馬鈴薯には毒があるんです。レオの言うことは信用に足りません」
「そっ、それは! きちんと芽と皮を処理すれば防ぐことが出来ます!」
思わず、私は大声を上げていた。
ルーカスがぎょっとしたような表情で私を見て来て、しまったと私は口をつぐんだ。
「ロラン様、こちらの方は……?」
「ああ、彼女はアリシア・ハーパー、僕の婚約者だ。彼女にはこの国の誰よりも農業について正しい知識がある。馬鈴薯は有毒な部位を処理すれば美味しく食べられる、そうだよな、アリシア?」
さっきまであんなに村人の偏見には注意しようと言っていたのに、思わず言ってしまった。
私は、はい、と小さく頷くしかなかった。
案の定、ハァ、と、ヨーゼフは失望を隠さないような表情でため息をついた。
「確かに、そうなのかもしれません。あの馬鈴薯は工夫をすれば確かに安全に食べられる食べ物なのかもしれない。けれど、俺たちは先祖代々この土地で麦や豆を育ててきました。そこに何やら得体の知れない作物を作れと言われて、いきなり受け入れられるわけがない、そうではないですか?」
それも、肯定するしかなかった。
農村が得てして保守的であることは、常に明日をも知れぬギリギリの生活をしているという事実の裏返しでもある。
ヨーゼフたち、馬鈴薯を受け入れない人間にしても、それは単に無知や偏屈さだけが理由ではないのだ。
「だから俺はレオに言ってやったんです。こんなものは俺じゃなくても誰かが荒らすと。あれは客観的な事実を言ったまでですよ。……農民たちの生活がどんなものなのか何も知らない、冒険者上がりの人間がやる事ならなおさらです」
ただただ僻みというだけではない声で、ルーカスは吐き捨てた。
確かに、レオの方にも農民はおしなべて無知蒙昧だとする偏見があるように思う。
その釦の掛け違いがあんな事態と大喧嘩を引き起こしただろうことは想像に難くなかった。
これは、ただ単に犯人を捕まえたら済むような話ではないのかもしれない――。
私がそう思っている時、ロランが口を開いた。
「確かに、レオはそれでもいいかもしれない。だがナミラはどうすればいいんだ?」
ロランがそう言った途端、ヨーゼフの眉間が少し痙攣したように見えた。
えっ、と私はその反応に目を瞠った。
ロランは低い声で続けた。
「レオは確かにあの通りの男で、君たちとは反りが合わないかもしれない。だがナミラは? 君とナミラは幼馴染だそうだな。幼馴染ならなおさら、彼女が受けた仕打ちに対して憤る心があってもいいんじゃないのか」
すっ――と、ロランの言葉が冷たくなった。
ロランは両の手を握り、ヨーゼフをまっすぐ見ている。
ロラン様が怒っている――?
私はロランの瞳を見た。
ロランは明らかに今、感情の話をしたと思う。
そしてその感情は、私が初めて見る、怒りの感情だった。
彼を静かに怒らせるそれ。それはきっと、ヨーゼフとロランが共通して抱いている、何かについての話だった。
しばらく、ロランはヨーゼフを無言で睨みつけた。
やがて、ヨーゼフの方がロランから視線を外し、吐き捨てるように言った。
「……俺はもう、彼女の側にはいられないんです」
その言葉に、私はハッと息を呑んだ。
ヨーゼフの顔には、莫大な悲しみが滲んでいた。
「俺とナミラは、この村でほとんど家族同然で育ちました。子供の言うことではありましたけど、将来はきっと夫婦になろうと……。でも、三年前ぐらい前です。俺は不注意から、彼女の人生を台無しにするようなことをしてしまいました」
ぐっ、と、ヨーゼフは唇を噛んだ。
その言葉に滲んでいたのは、莫大な自責の念。
一体、二人の過去になにがあったのか――私にはよくわからなかった。
「最近、ナミラはレオを頼ってばかりです。彼女は俺の隣にいるより、レオの隣りにいた方がいい。その方が幸せなんです。俺には――もう彼女を心配する資格なんかないんだから」
それは違う、と、もう少しで言うところだった。
あの時、町中で大喧嘩していたときにナミラが見せた、あの切ないような表情。
あの表情には、幼馴染に向ける以外の強い感情が絶対にあったように思う。
ナミラも、きっとヨーゼフと同じように、いやそれ以上に一緒にいたいと思っているはずだった。
でも――言えなかった。
何の確証も持てる話ではなかったし、第一これはあまりにも個人的な話だった。
私は声を上げることが出来ずに、そのまま視線を下に向けるしかなかった。
「――すみません、つい感情的になってしまいました。でも、俺は馬鈴薯も、レオも認めない。それだけわかってくれればいいんです。それじゃ」
そう言って、ヨーゼフは足早にどこかへと去っていった。
ロランは、何故だか悲しそうな顔でその姿を目で追っていた。
「ロラン様……」
「帰ろう、アリシア。とりあえず、講習会のための準備をしよう」
硬い声でそう言い、ロランは私の手を引いた。
途中、一度だけその表情を窺うと、ロランはまっすぐ前を向き、口を真一文字に引き結んでいた。
「面白そう」
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「頑張れ農協聖女」
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